folks‐lore 05/14



519


クラスに入る。


「あー、ねむ…」


春原は席に着くなりそう言う。


「人を待たせておいてよく言うな…」


反省の色はないようだった。春原からすれば、遅刻していないだけ立派すぎる、ということなのだろうが。


坂の下で人を待たせていると思うと多少は起きる気力にでもなるのかもしれない。


「これじゃ、マトモに授業受けれそうにないよ…」


言って、あくびする。


「おまえはマトモに授業受けたことがないだろ」


「はは、ま、勉強なんてしてもしょうがないし」


この学校の生徒とも思えないセリフだ。


席に着くと、早速突っ伏す。


すぐに寝息を立て始める。恐ろしいほど寝つきがよかった。


「…ふわ」


そんな様子に、眠気が移る。


ここのところ色々あって疲れているのだろうか。


ま、睡眠は授業でとるとして…


「おい」


俺は手前の男子生徒の肩をつついた。


「ん? 何?」


朝っぱらから自主勉に勤しんでいた男子生徒が、迷惑そうに振り返る。


その眼前に、ヒトデの彫刻を突き出した。


「これ、見覚えないか?」


そう聞いた。


こいつは、以前には風子のファンクラブ会員を自称しているような奴だった。


風子の存在を介して、多少、こいつと会話できるようになった部分がある。


だが風子がいなくなった今、こいつがどう変わったか。そして記憶はどうなのか、確認しておきたかった。


「は?」


相手は呆れたような声を出し、目の前に突き出されたそれをしげしげと眺めた。


…そして、困惑した視線を向ける。


「なに、これ?」


「…」


あれほど風子に心酔していたのに、そんな素振りなど、今は微塵もありもしない。


風子ちゃん風子ちゃん言っていた少し前の姿も、見ていて楽しいものではなかったが…。


だが、それでも、ついつい俺の表情はこわばる。


「…なんだと思う?」


「えぇ?」


表情は、今度は面倒そうなものに変わった。


「知るかよ、邪魔しないでくれ」


言って、前を向こうとするのを止める。


「…おまえ、創立者祭でヒトデのグッズを売ってただろっ」


「え?」


「それを、忘れたのか?」


「ああ…」


言われて、はじめて思い出したとでもいう様子だった。


「そういや、そうだったな」


だが、ただ、思い出したというだけ。何の感懐もない様子。


「…」


俺は息をつく。徒労感。


「悪い、それだけだ」


「ふぅん…?」


鼻白んだ様子で俺を一瞥すると、前を向いた。


しかし…そのまま、しばらくぼんやりとして、勉強には手がつかない様子だった。


俺は声もかけず、その後ろ姿を眺めていた。


もしかしたら。こいつも心中で、なにかを忘れているような気がする、とでも思っているのかもしれない。


そうだ…。


きっと、風子の記憶は誰の記憶からも消えてしまったというわけではない。単に、徹底的に薄まっただけだ。


全ての努力がゼロになったわけではない。


…ならばこそ、俺もまだまだ、何かできる余地があるのかもしれない。


ざわつく教室の中で、俺はそんなことを考えていた。






520


休み時間になる。


隣の席の春原は無人だった。相変わらず、どこかでサボっているらしい。


ま、よっぽどヤバくない限りは自己責任だ。さして気にすることもなく、教室を出ようとする。


「あ、あの、岡崎くん」


…ところで、呼び止められる。


「なに?」


振り返る。


「あ、あの…テストの後の土日、暇ですか?」


「土日?」


恥ずかしそうな椋の表情。そして、どことなく、期待しているかのような様子。


それを見て、なんとなく察した。


…これは、デートのお誘いなのだろうか。かなり珍しい。


「今のところ、特に予定はないけど」


昨日、椋とふたりで隣町まで行ったことを思い出す。あれだって、いうなればデートみたいなものだった。


それで、こいつも少しは積極的になったのかもしれない。


「本当ですか」


つぼみが開いたように表情をほころばせる。


「それなら、ぜひ、岡崎くんにも来てほしいですっ」


「…俺、にも?」


「はい。お姉ちゃんも、きっと喜びます」


「待て。杏もいるのか?」


どうやら、コブ付きのようだった。


「もちろんです」


当たり前という様子。


そういや、別の世界ではこいつとのデートに杏がくっ付いてきたことがあったっけ…。


「すみません、なかなかみんなのスケジュールが合わなくて。やっぱり、テストの後じゃないと無理っていう子が多いので…」


「…待て」


「え?」


「コレ、何のお誘いなんだ?」


「ええと…」


椋は戸惑うように俺を見て、言う。


「創立者祭の、打ち上げですけど…」


「…」


どうやら、俺は勘違いしていたようだった。


「ああ、そうだよな」


…言い繕っておく。


なんだか、自分が恥ずかしい奴みたいだな。


ごほごほとせきをして、一旦場をリセットしようとする。


そんな時。


「朋也〜、見たわよ〜」


「…」


背後から妖怪が現れた。


「お、お姉ちゃん。どうしたの?」


椋は俺の背中から生えてきた姉の姿を見て、さすがにぎょっとした表情になっていた。気持ちはわかる。


「ん、土曜の参加者、うちのクラスは大体みんな聞いたから」


言って、俺たちの脇に移動する。名前の並ぶリストを見せてくれた。E組からの打ち上げ参加者は、かなり沢山のようだ。


「ところで」


にこっと弾ける笑顔を俺に向ける。


「今の会話聞いてたけど、あんた、もしかして期待しちゃってた? 椋からデートに誘われたと思ったんでしょ〜?」


「…」


「で、デート!?」


椋が素っ頓狂な声を上げた。ぱっと顔が赤くなる。


「残念だったわねぇ、打ち上げの話で」


ニヤニヤとした笑みを向ける。


俺は話を逸らすことにした。


「…で、その打ち上げの幹事までおまえらがやってるの?」


「ええと、は、はい。私たちの方が、やっぱり両方のクラスから色々聞けますから」


まだ浮足立った様子で、椋が言う。


たしかに、二人揃ってクラス委員だから、意見の集約はしやすいだろう。


どうやら、今は参加確認をして回っているらしい。


うちのクラス展は規模が大きく、かなり多くの生徒が手を貸した。打ち上げにも多くの生徒が集まるだろう。


テスト後というとまだまだ先のようだが、今から動いているようだ。


「…」


というか…


「テスト?」


俺は思わず、アホっぽい声を出してしまった。テスト?


「岡崎くん、どうかしましたか?」


「あんた、まさかテストの存在を忘れていたってわけじゃないわよね?」


「…」


すっかり忘れていた。


「ホントバカ」


杏が呆れたように俺を見た。


「岡崎くん…テスト、大丈夫ですか…?」


椋は、心配してくれる様子だった。


「ああ…」


「うわ、ダメそー」


杏が(またも)呆れたように俺を見た。


別の世界の可能性だのなんだのということに取り関わっていて、全くそんなことの存在を忘れていた。


うちの学校は、創立者祭の後に中間テストがある。お祭りが終わると、一気に勉強モードに突入していくのだ。


俺は先日新しく手に入れた記憶で、未来のテストの問題を覚えてたりしないか? と考えてみる。


「…」


当然、そんなもの覚えているわけはなかった。


というかテストの記憶すらなかった。別の世界の自分も、そんなものはむしろ早く忘れ去ってしまいたかったのかもしれない。


「もしよければ、勉強教えましょうか?」


俺の姿がよっぽど哀れだったのか、椋がそんなことを言ってくれた。


「椋、あんたこいつの頭の悪さを知らないからそう言うのよ。すごく時間取られるわよ」


「で、でも…」


言いたい放題だった。


ま、俺の成績が恐ろしい低空飛行を続けているのは事実だが。


「それも、悪いだろ。なんとかしてみる。せっかくだし、ことみにでも教わるかな」


「…朋也」


「なんだよ」


「ことみにもの教えることができると思う?」


「…」


…かなり疑問だった。


俺と杏は、なんとなく、深刻な表情で目配せをし合う。


ことみにアホでもわかるところから懇切丁寧に教えるなんて芸当は期待できそうにない。


「あの、私は全然教えるのは構わないですから…」


「それじゃ、頼むよ」


「はい、よろしくお願いします」


優しげに微笑む椋。


しばらくは、テストテストで部活どころじゃなくなりそうな気がした。


かといって風子のことも気がかりだし…頭が痛くなる。


「で、椋。さっきの話の続きなんだけど」


「あ…うん。打ち上げだよね。岡崎くんも、さっき、行けるって」


「あ、そう」


ちらっと一瞥。


「ま、多分な」


結構先のことだし、わからないが、今のところ特に予定はない。


「で、椋。打ち上げだけどね」


「あ、うん」


杏に言われ、椋もスカートのポケットから四つ折りにした紙を取り出す。うちのクラスの名簿みたいだ。椋も、俺の知らないところでいろいろ調整を始めていた らしい。


「ええとね、うちのクラスの参加予定者がこれくらいで、あと、他のクラスの子にも聞いてみるつもりだから…」


姉妹は名簿を見て、顔を突き合わせる。


こうして見ていると、髪の長さ以外は当然とてもよく似ている。


「うーん、やっぱり、結構大人数になりそうだね…」


「どこか貸し切る?」


「高校生で貸切なんてできるのかな…」


「ま、当たってみればいいじゃない」


「うん…」


「なあ」


ふたりの会話に口をはさむ。


「宮沢の友達の店とかだったら貸切ができるんじゃないのか?」


以前、部員たちであいつの友達の店に行ったことがある。喫茶バーみたいな店だ。たしか、貸切もやっていた。


その意見に姉妹は揃って俺を見て、再び顔を突き合わせた。


「そういえば…」


「たしかに、いいかもね。昼休みにでも、有紀寧に貸切の予算とか聞きに行きましょ」


「うん。宮沢さんが間に立ってくれれば、あんまりうるさく言われずに借りられそうだし…」


ふと思いついて言ってみただけだが、好感触だった。


顔見知りの紹介ならば、面倒は少なくなりそうだ。


「それじゃ、またお昼ね。あたし次移動教室だから」


言うなり、長い髪をひるがえして出て行ってしまう。


俺たちはその後姿を見送った。


…なんだか、嵐みたいだった。


「岡崎くん、すみません。どこか行くところだったのに」


「いや、いいよ」


たしかに向かうところはあったが、今でなければならないという用事でもない。


休み時間はそろそろ終わろうとしていた。







521


で、また、次の休み時間。


やっておきたいことがあった。


俺は教室を出て、旧校舎へと向かう。


その途中。


「岡崎じゃないか」


「よう、奇遇だな」


ばったりと智代に出くわした。移動教室からの帰りのようだ。数人の女子生徒と一緒のようだ。


足を止めた智代を見て、連れ立っていた女子生徒は、一声かけて俺たちの脇をすり抜けていく。どうやら、気を遣わせてしまったようだ。


智代は彼女らに軽く礼を言って、俺に向き直ると腕を組んで目を細めた。


「おまえ、授業をサボりにでも行くんじゃないだろうな」


「どれだけ信用ないんだよ」


…まあ、自業自得だが。


「美術室に行くところだ」


「美術室?」


智代が意外そうに俺を見た。


「ああ。実は芸術に目覚めたんだ」


「おまえが芸術?」


全然信じてもらえなかった。


そこまで、俺と芸術は縁遠いものに見えるのだろうか。


まあ実際、行く理由は自分が芸術に目覚めたからというわけではない。俺の美術の成績は、他の教科同様死んだアヒルみたいな状況だ。


目的は、木片。


…風子がいなくなったが、それでも、俺だけは彼女のためにまだヒトデの彫刻を作り続けることができる。テスト勉強などを考えてしまうと時間を取るのも難し いかもしれないが…ならばと脇に置いておけるような問題でもない。


少しでも、あいつの気持ちを引き継いでやりたい。


そして、風子が渡せなかった人たちに、その星形の気持ちを届けたい。それで、美術室に木片の補充でも、と足をのばしているところだ。


そう考えて…俺はふと、朋也にはまだ風子のヒトデを見せていないと思い立つ。


あいつと智代の関係は正直浅いから、覚えているというのも考えづらいところではあるが、もちろん、可能性がゼロというわけではない。聞くだけならばタダ だ。


「智代…これなんだけど」


そう思い、俺は無理矢理にポケットに突っ込んでいたヒトデの彫刻を智代に見せる。


「ん? なんだ、これは」


智代は俺が差し出したヒトデを不思議そうに見つめた。


やはり、覚えていないか。


心の中で小さくため息をついた時…


「…?」


何かに気付いたように、はっとした表情になった。


「岡崎…もしかして、これを、私に?」


「え?」


智代の頬に、さっと軽く赤みが差した。


「おまえがプレゼントなんてくれるなんて、意外だな。これは手作りの…星か? よくわからないが、おまえが私のために作ってくれたものなら…喜んでもらお う」


さっと手を伸ばす智代。


さっと手を戻す俺。


「…」


「…」


微妙な沈黙が、一瞬、ふたりの間を通り過ぎていく…。


「別にプレゼントじゃないぞ」


「…それならそうと、先に言えっ」


智代は恥ずかしそうに文句を言った。


「聞きたいことがあるんだけど、これに見覚えはないか?」


「これに? すまないが、わからない。以前にこれを見たことがあるのか?」


やはり、空振り。


「いや、なんでもない。ちょっと聞いてみただけだ」


「そうか…?」


納得できない様子ながらも、状況がわからないから深く聞く様子でもない。


「じゃあな」


それだけ言って、歩き出す。


「あ…岡崎」


だが、後ろから声をかけられた。


俺は智代を振り返る。


「なに?」


「ああ、いや…」


だが、珍しく、逡巡した様子。


「もし…何か困ったことがあったら、いつでも相談に乗る。うん、それだけだ」


「…俺が、困っているように見えるのか?」


「なんとなく、そんな気がしただけだ。でも、岡崎は顔に出やすいからな」


「…」


「いや…」


言葉も出せない俺を余所に、智代は小さく首を振る。


「岡崎だから、いつもと違うと気付くのかもしれない」


…それは、深く、俺の気持ちに踏み込む一言だった。


別の世界の自分の未来。智代と歩んだ記憶がうずく。


「おまえも急ぐんだろう。それじゃあ」


「ああ…」


さっと髪をひるがえし、智代が廊下を歩き去る。


俺はぽかんと立ち止まり、美しい後姿を眺めていた。


ああ、まったく…。


どこまでも、嫌味なく人の俺の気持ちの深くまで、照らすような言葉をかけてくれるものだ。


その後姿が見えなくなるまで、見惚れたように視線を逸らすことはできなかった。







522


美術準備室に入る。中は、無人だ。


イーゼルやキャンバスがごちゃごちゃと隅に置いてある。むせるような、絵の具の匂い。


その中の一角、隅の方に端材がまとまっている。


彫刻の練習用か何かに保管されている木片だ。相変わらず死蔵されているようで、最後に見た時から数は全然減っていない。


がさがさとあさって状態のいいものを見繕っていると、前触れもなく引き戸が開いた。


「…あれ? 誰かいるのか?」


振り返ると、そこに立っていたのは美術教師。


「ちっす」


目が合ったので、軽くあいさつ。


顔を知っているくらいの男性教師だ。そういえば、以前にもここで会ったことがある。あの時は、風子も一緒だったが。


「岡崎? こんなところで、なにしてるんだ」


疑いの目、というよりは不思議そうな様子だった。まだ年若い人で、友達みたいに気安い調子でしゃべる人だ。


「あぁ…ちょっと、物をもらいに」


言って、木片を見せる。


すぐに相手の表情に理解の色が浮かんだ。


「ああ…そういえば、前に、取りに来たことがあったね」


どうやら、あの時のことを覚えているようだった。風子と一緒に、ここに来た時のこと。


「なあ」


その様子を見て、俺はつい聞いてしまう。


「その時、俺と一緒に女子がいたことを、覚えてないか?」


「女子? いや…たしか、ひとりだったと思うけど」


「…」


一瞬期待したが、肩を落とす。


やはり。記憶から、風子の姿だけが抜け落ちている。


「あっそ」


それだけ聞くと、相手から興味が失せた。


手早く木片をせしめて、美術教師の脇を通り過ぎる。


「あっ、岡崎」


「なに」


声をかけられて、顔だけ振り返る。


すると相手が真剣な顔をしてこっちを見ていて、思わず向き直る。


「たしか、その時、言った気がするんだ。おまえがその木で何か作ってて、できたらそれを、見せてくれって」


そういえば、そんなことを言われたことがあるような気もする。


風子の記憶が消えてしまっても、その周囲の部分まで一緒になくなっているわけではないようだった。


「なあ。いいものは、できたかい?」


相手の視線は、俺の制服のポケットに注がれていた。でかすぎるヒトデの彫刻が、ポケットからはみ出している。


「ああ…」


俺は木片を小脇に抱えて、ポケットから彫刻を取り出す。


「これと同じものを作ってるんだけど、これ自体は俺が作ったわけじゃない」


「へぇ…。彫刻か」


俺からヒトデを受け取ると、しげしげとそれを眺める。


「バランスは難しそうだよね、こういうの」


これは、あいつが最初に作ったヒトデだ。出来がいいものではない。不格好だし、ささくれだってある。


「あいつが最初に作ったのがこれなんだ」


「へぇ、何個も作ったんだね」


「ああ…」


正確には、何十個も、百個以上も、だ。


「これを作った子は、きっと、心を込めてこれを作ったんだろうね」


「え?」


どう考えても、それは不出来なものだ。


酷評されるのならわかるが、相手が言ったのは、真逆の言葉だった。


「かなり、不器用というか…全然、こういうのは作り慣れていないんだろうな。でも、一生懸命に形にしたって感じだ」


「…」


その言葉が胸に沁みた。


風子がいなくなってから、やっとはじめて、あいつについて誰かが話してくれた。


もちろんこの人は風子のことを覚えているわけではない。ただ、あいつが作ったプレゼントを見て、軽く講評して見せただけ。


だが、それだけのことが、非常に深く俺の心を満たした。


そう。


あいつは、姉の結婚式のためにプレゼントを作った。


自分がヒトデを好きだから、それを形にしてやればみんなが笑顔で集まってくれると考えた。


そして、その気持ちが形になった。


だから不器用であり、だから不格好であり、だからこそまっすぐだった。


風子がいなくなり、俺はあいつの影ばかり探していた。


だが。


あいつの影は、傍にいたのだ。


あいつの気持ちは星形になって、ずっと俺の傍らにあったのだ。


「ああ…」


俺は、頷く。


やっと、探し物を見つけたような気がした。


「そういう奴なんだ」


美術教師からヒトデを返される。俺もまじまじとそれを見つめる。


「俺も…これと同じものを作ろうと思う」


「うん」


「だから、できあがったら、もらってほしい」


そう言うと、相手はにっこり微笑んだ。


「ああ。それは、楽しみだ。待ってるよ」


その顔を見ていて、俺は思う。


風子の意志を引き継ぐために、ヒトデの彫刻を作ろうとした。最初は強く考えていたわけではなかった。それは、せいぜいひとつやってみよう、というくらいの 気持ちだった。


だが、今では違う気持ちになっていた。


今度は自分の気持ちを星形に託そう、と。


俺のプレゼントを作り、人に配って回ろう。


そして、それを渡しながら言うのだ。


週末の、結婚式に出てください、と。


風子の代わりに言うのではなく。間違いなく自分の気持ちとして。


気持ちを込めてお願いすれば、きっとこの人は頷いてくれるはずだ。公子さんの誕生日を祝ってくれるはずだ。


その時のことを思うと、俺は、待ち遠しい気持ちになった。


「それじゃ」


踵を返す。歩き出す。


脇に挟んだ手つかずの木片が、からりと楽しげに音を鳴らした。




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