folks‐lore 05/11



448


制服に着替えてE組を出る。


やっぱり、堅苦しい執事服よりは、制服の方が落ち着く。


「いやぁ、終わったねぇ」


春原はどこかほっとしたような様子だった。たしかに、俺も解放感を感じる。


「まだ、クラスの手伝いが終わっただけだ。むしろ、本番は演劇なんだからな」


「そりゃ、わかってるよ。でも、まだ出番は先なんだし、息つくくらいいいじゃん」


「ま、そうかもな…」


発表はまだ四時間くらい先だし、今から緊張しているのも疲れるだけかもしれない。


「おふたりとも、お疲れ様でした」


外で待っていた渚が近くに来る。


「ああ。悪いな、忙しくって全然話せなくて」


「いえ、それは仕方ないです」


「どうだった? 僕の執事服姿」


「はい、とても素敵だったと思います。岡崎さんも」


にこにこ笑って褒めてくれる。


「よっしゃーっ。岡崎、聞いた?」


「聞いたけど…」


春原がこっそり耳打ちしてくる。


「今なら僕の高感度も超アップしてるし、渚ちゃんも惚れ直してるかも」


「ないだろ、それは」


どれだけ能天気なんだ、こいつは。


「ん? でもちょっと、不安になってる?」


「…なってない」


春原がニヤニヤ笑っているのが腹立たしい。


「それじゃ、モーションかけてみるよ」


どうやら、手伝いが終わった途端、ナンパを始めるらしい。


「言っとくけど、今時モーションなんて誰も言わないからな」


止めたいところだが、そうしても逆効果な気がする。俺にはせいぜい嫌味を言うくらいしかできることはなかった。


「ねぇねぇ渚ちゃん」


春原はこっちのセリフを聞いてもいない。馴れ馴れしく渚の隣に行く。


「よかったら、後で僕と二人でちょっと抜け出そうよ…」


「…はい?」


渚はよく意味が理解できなかったようで、不思議そうに春原を見た。


「つもり、渚ちゃんと二人っきりになりたいってことだよ…」


「はあ…」


ぽかんとした調子で曖昧に言葉を返すが、やがて意味を理解したようだった。


「すみません、春原さんにはもっと素敵な方がいると思います」


「…」


普通に振られていた。


「春原、泣くなよ」


「泣いてなんてないやいっ」


強がっているようだった。


「あの、岡崎さん」


「何?」


「さっきふぅちゃんと話していたんですけど、もうしばらくお店のお手伝いをしていくそうです」


「そうか…」


風子には、プレゼントを配るという大切な仕事がある。もちろんまったく遊びに出ないというつもりはないだろうが、できるだけここに詰めていたいのだろう。


「ちょっと、あいつと話してくる」


「はい」


幸い、女性陣は着替えにまだ時間がかかるようだ。俺は再び客で混み合うD組へ。


風子は男子生徒にヒトデを渡して何か話しているようだった。俺はそれが終わるまで、しばらく待つ。


「…おい、風子」


話が一段楽したところを見て、声をかける。


「はい」


すぐにぱたぱたと傍にくる。


「おまえ、このまままだここにいるんだって?」


「はい。ダメですか」


「いや、いいよ。ただ、そうだな…。十一時になったら昇降口にこいよ。昼前にに芽衣ちゃんも来るはずって親父が言ってたし、、一緒に昼飯も食おうぜ」


「わかりました」


こくりと頷く。


「あの…お心遣い、ありがとうございます」


そして、素直にぺこりと礼をした。


「…」


俺は無言で、片手を自分の額に当てて、もう片方を風子の額に当てる。


「…あの、なんですか?」


「いや、熱でもあるのかな、と」


「岡崎さんは、とても失礼ですっ」


「冗談だ」


「信じられません」


ぷい、とそっぽ向く。


「それじゃ、がんばれよ、風子」


俺は苦笑しながら、彼女の肩をぽんと叩いた。


「あ…はい」


すぐに、また素直にそう言う。


「あの、ありがとうございます」


背中に、彼女の言葉を聞きながら、俺はまたクラス展を後にする。






449


廊下で女性陣が着替え終わるのを待っている間、何度か知り合いに声をかけられる。クラスメートもあるし、別のクラスの知り合いもいる。


さっきまで俺がウェイターじみたことをしていたのを見ていた奴もいて、それについて茶化されたりもするが、冗談だとわかっているからそこまで悪い気もしない。


春原も同じように、適当にそれに返事をしていた。


「…でもさぁ、もしあの格好で外歩いていいとかだったら、ナンパもしやすかったと思うんだよねぇ」


「そうか?」


渚はE組の中で着替えの様子を見に行って、そのまま中で雑談をしている気配。


俺と春原は窓枠に体重をかけながら、視界の端でクラス展の盛り上がりを見守る。


「やっぱりさ、ちょっと普通じゃないカッコの方がこういう時はいいと思うんだよ」


「大丈夫だ、おまえの顔面は十分普通じゃないから、フォローできてる」


「足引っ張ってるよっ」


春原はツッコミを入れた。


「ともかくさ、どっかでカッコいい衣装でも手に入れて、あの子ちょっとイケてるんじゃない? って感じを前面にアピールしていこうかな」


アホさをアピールしているような気もするが。


「でも、仮装している奴も結構いるからな。ほら」


そう言って廊下の向こうをあごで示す。


ちょうど、うちのクラス展の宣伝用看板を持って校内を練り歩いていたクラスメートが戻ってきたのが見えた。二人組で、一人はメイドでもう一人は執事服。こういう感じで宣伝をしている生徒は他の出展でも結構いるだろう。


「他にも、クマの着ぐるみを着た奴とかもいたな…」


ふと、先ほどのことを思い出す。しばらく、俺のことを凝視していた謎のクマ…。


「へぇ、そんなのもいるんだ」


「ああ。一体どこの宣伝だったんだか、わからないけど」


「なんだよ、それ」


「さあ…」


「おまたせーっ」


着替えが終わった杏、椋、ことみと渚が出てくる。


「たく、待ちくたびれたよ」


「女の子の準備には、時間がかかるのよ」


「へぇ…?」


春原は不思議そうな顔をする。


「あたしたち、ちょっと次の当番の子に教えることがあるから、先に行ってて」


「私とお姉ちゃんで、コーヒーの作り方を何人かに教えることになったんです」


椋が補足する。


「そ。これから、合唱の子達のお化け屋敷に行くんでしょ? 半になったらそこ集合にしましょ」


「半?」


時計を確認すると、半までは十五分くらいある。まあ、他のクラス展を見ていればそれくらいの時間はすぐに経ちそうだ。


俺たちはいったん藤林姉妹と別れて、二階へ降りる。


一階と二階は、各クラスのクラス展が主になる。


三階はうちの喫茶店は盛り上がっていたものの他にイベントなどはやっておらず、少しお祭り感に薄い部分もあったが(その分廊下などにも飾りが侵食していたが)、さすがにこちらの方が盛り上がりとしては上だ。


多くの生徒や、外来の客が行きかっていた。


手に手にパンフレットや、どこかで買ったのだろう軽食を持っている姿も多い。


「書道〜、書道、いかがっすかー?」


「グラウンドで射的やってまーす。豪華景品盛りだくさんですよー」


「占いやってます。手相もタロットも、色々占えまーす」


「記念撮影ができますよー! 今なら待たずにすぐ撮れますよーっ」


「たい焼き、一個100円ですーっ。…うぐぅ」


「チアリーディング、11時からセレモニーやりまーす」


看板を持った生徒が何人も行き交い、あるいは周囲の生徒に声をかけている。


廊下にも多くのポスターが貼られていた。




『校内でゲリラ的にかるた勝負をやってます。見つけたらぜひ一戦!』

『サッカー部親善試合 工業高校との熱戦! サッカー場にて』

『創立者祭限定メニュー「竜太定食」650円 食堂で販売中(数量限りあり)』

『県大会の感動を再び! 吹奏楽部 体育館で15:30〜』

『文集「雅 第二号」販売中 旧校舎二階文芸部室』

『今流行のヒトデグッズを販売中! グラウンドにて』

『「恋はみずいろ」演奏会 中庭にて マンドリンクラブ』

『部員一同の力作ぞろいです 写真部』

『女子テニス部 ホットドッグ1本200円 グラウンドで販売 激辛ソースもあります♪』

『ミニプラネタリウム11:00〜 14:00〜 15:00〜 理科室にて 科学部』

『自主制作映画「お猿さんは見ていた」二年A組教室にて』

『和風お化け屋敷 二年C組』

『茶道部 野点やってます 植物園』

『歌劇部 合唱「時を刻む唄」「影二つ」午後二時から体育館』

『創立者祭のお供はやっぱりアイスクリームだね! 250円 一年E組』

『あなたは だれと ミリオネア? わたしは きみと ミリオネア 「クイズゲーム」 参加は無料 二年E組』

『家庭科部 手作りお菓子販売中 1袋150円〜OF家庭科室』

『バザー開催中! 視聴覚室にて!』

『そこに山があるからさ 山の写真とグッズ 〜両神山で小さい春見つけた〜 ワンダーフォーゲル部』

『読書会開催します 図書室にて 11:00〜夏目漱石「夢十夜」13:00〜梶井基次郎「Kの昇天」14:00〜芥川龍之介「お富の貞操」 図書委員会』

『歌劇部 演劇 「幻想物語」 体育館で二時半から』(カラフルなウミウシがいっぱいに描かれている…)

『休憩ルーム ドリンク80円〜 1年D組』

『二階渡り廊下に作品展示中! 人気投票もあるのでどんどん参加してね! 華道部』

『部員に勝ったら豪華景品!? 囲碁部 地学準備室で熱戦!』

『本格コーヒーをメイドさんと一緒に 「喫茶杏仁豆腐」三年D組』

『ビーズアクセサリーを作ろう 手芸部 旧校舎二階』

『女装妖怪があなたを襲う! お化け屋敷「フリーズ・ゼロ」一年F組』

『丹精こめて育てた春の花をご覧ください! (小さな字で)特別なことをやってるわけじゃないけど… 園芸部 植物園にて』

『おいでませ〜 たこやき5個300円 1-C』

『各運動部インハイ予選のダイジェストを放送中! 映像部』

『素敵なロンドンを英語でご案内します オーラル教室 英語部』

『今年のテーマは「夢」 美術室で作品展示中! 美術部一同』



くらくらするほど、カラフルなポスターがあふれている。


正直、今まではろくに創立者祭など見ずに出席とった後は帰っていたので、きちんと参加するのは初めてだ。


うちの学校は推薦で優秀な生徒をとっていて、運動部が有名なのは知っていたが、こうして見ると文化部も色々と活発に活動しているようだ。


ポスターを見ているだけで飽きない。


「なんか、新鮮だね」


春原が言う。


「ああ。さっさと帰ってたけど、結構大きなイベントなんだな」


「私も、ちゃんと見るのは初めてなの」


学校行事に非協力的な三人組を見て、渚はちょっと苦笑している…。


「せっかくですし、色々、見てみましょう」


「ああ、そうだな」


「でも、杏たちとすぐに待ち合わせじゃん? 時間がかかりそうなのは無理だよ」


「それなら、なにか食べ物とかを買うのがいいと思うの」


「ま、そうだな…それで十分時間もつぶれるだろ」


周囲の喧騒のおかげか、なんとなく俺たちの会話も少し浮き足立っているような感じもする。


俺たちは口々に、ポスターを見ながら何を食べたいとか、これを見てみたいとか、そんな会話を口々に交わした。


この学校のいたるところで交わされているだろう、なんでもない会話。


だけど今ここで、自分たちにはかけがえのないもの。


俺たちは言葉を交わし、笑いあい、人がひしめき騒がしい校内をしばらく散策した。






450


約束の時間はすぐにやってくる。


さすがにわずかな時間だから、たこ焼きを分け合って食べて飲み物を買うだけで終わってしまった。


途中、ラグビー部の連中に囲まれている美佐枝さんの姿を見かけた。呼ばれて、今日は一緒に参加しているらしい。


大柄な男共に囲まれながらも、時折誰かを探すように周囲に視線をやっているのがいつもの彼女らしからぬ様子だったのが、不思議といえば不思議だった。


待ち合わせをしている仁科のクラスのお化け屋敷の場所へ向かうと…まだ杏と椋は来ていないようだった。時間ぴったりではあるが、大方、クラスの方の細々とした仕事が長引いているのだろう。


「あ…いらっしゃいませっ」


ぞろぞろと現れた俺たちを見て、教室の前に長机を出して受付をしていた仁科が立ち上がってぺこりと一礼をする。その横にいた原田も立つと、にこっと笑った。


「よう」


ちょうど客が来ているわけでもなく、傍に寄って雑談。


仮装をするとは聞いていた。


仁科は真っ白な着物を着て、頭には三角頭巾をしていた。四谷怪談のお岩さん、ということなのだろうが…当然特に顔とかにグロテスクなメーキャップをしているなどというわけでもないので、本当に簡素な仮装ではある。


…というか、正直、妖怪のコスプレのはずがかなり似合っていて、しかも可愛らしかった。


真っ白な着物という格好だから、仁科の清純な雰囲気とよく合っている。彼女にこの衣装を振った人間は、その辺りのことをかなり熟知しているのだろうな、という気がした。


「似合ってるぞ、それ」


「そ、そうでしょうか。ありがとうございます…」


褒めると、恥ずかしそうに子供っぽい手つきで衣装をぺたぺたと触る。


「よく似合ってますっ」


「うん、とってもとっても可愛いの」


渚もことみもそう褒める。春原はヘラヘラ笑っているのみだった。何も言わないとは、気のきかない奴だ。


「原田、おまえの格好もいいじゃん」


「あ、ありがとうございます…」


続いて原田も褒めると、さすがに照れくさそうな顔をする。


黒いワンピースに黒いマント。頭は黒い三角帽子。ところどころにオレンジのリボンを配していて、手元にはカボチャの形をしたプラスチックの手提げ鞄がある。ハロウィーンのカボチャの魔女、ということなのだろう。


腰には魔法のバトンもさしていた。


なんだか見覚えがあるな…と思ってそれを見ていると、原田はその視線に気付いたようで腰からバトンを取る。


「あ、これ、部室の物置みたいになってるところから借りちゃったんです。すみません、また創立者祭が終わったら返しますね」


備品か。


「いえ、全然構わないですっ。多分、昔の演劇部が使っていたものだと思いますのでっ」


たしかに、使う予定はまったくない。というか、半ばゴミみたいなものだ。それなのに、結構ちゃんとした物っぽいから捨てるに捨てられないという半端なもの。


「そんなの、あったんだ」


仁科は今気付いたという様子でそれを見る。


「うん。魔法のバトンみたいだったから、使えるかなって」


「まほうのばとんって、なあに?」


ことみが興味深そうに尋ねる。


「ええと、呪文を唱えながら振ると、星がばーっと現れたり妖精が出てきたり…」


原田が説明する。


おまえが呪文を唱えても、そんな可愛い妖精なんて呼べそうにないけどな。


「呪文って、どんなものなんでしょう?」


渚が聞く。


「私、ご本で読んだことがあるの」


「あ、そうなんですか。もしよければ、教えてもらってもいいですか? 使えるかもしれないので」


「うん」


ことみは頷くと、原田から魔法のバトンを受け取る。


「…」


ぶんっ。


振ってみせる。


「てぃび、まぐぬむ、いのみなんどぅむ、しぐな、すてらるむ…にぐらるむ、え、ぶふぁにふぉるみす、さどくえ、しじるむ」


ぶんぶんとまた振ってみる。


…何も起こらない。


「あれれ?」


ことみは不思議そうにバトンを見た。


「何も起きないですね」


仁科が言う。何か起きても怖いが。


「もしかしたら、ちょっと発音が悪かったのかもしれないの」


「何してるの、一体?」


「遅れてしまって、すみません」


そこに、杏と椋が現れる。


「魔法を唱えていたところなの」


「わけわからないこと、してるのねぇ…」


呆れたように言う。


「おまえもやってみたらどうだ?」


「あのね、あたしがそんなバトンを振り回してる姿、想像できる?」


「想像するだけなら…」


思い浮かべてみる。







杏「ピラルクピラルク☆ギョギョギョギョギョ〜〜〜☆」


呪文を唱えると、彼女の体が輝いて魔法少女の格好に変わる!


魔法少女ピラルク杏「お魚だ〜い好き☆えへっ!」







「うわはははははっ!」


「あはははははっ!」


俺と杏は、ド派手に笑い声を上げた。


「泣くまで殴っていい?」


「すみません…」


マジ怖かったので素直に謝る。


「これで、おそろいですか?」


俺たちを見回して仁科が聞く。


「ああ、そうだ」


「人数が多いので、すみませんけど二組にしてもらってもいいですか?」


たしかにそうだな。


俺、渚、ことみ、春原、そして杏と椋。


さすがに狭い中を大所帯で行くわけにもいかないだろう。


その場でじゃんけんをして組分けをする。



…。



「それでは、いってらっしゃいませ」


にこっと笑う仁科に見送られ、俺と渚と杏はお化け屋敷の中に入る。


中は線香のにおいがしていた。


…俺は少しだけ、先日の有紀寧の墓参りを思い出す。


そういや、今日はまだ彼女に会っていないな。多分、お友達連中と見て回っているのだと思うが。


壁にはホラー映画のものらしい写真が貼ってあって、雰囲気をかもし出している。


「わ…」


渚が萎縮したように肩を縮こまらせる。あんまり、こういうのは得意じゃないはずだからな。


「大丈夫か?」


「はい。ちょっとびっくりしただけですから」


「…こっちにも怖がっている女の子がいるんだけど?」


杏が不機嫌そうに口を挟む。


とても怖がっているようには見えない。


「大丈夫か?」


お義理で声をかけてやると、わざとらしく科をつくる。


「うん…でも怖い…」


「あははははっ!」


「やっぱり殴っていい?」


「冗談だ」


拳を握ったのを見て、慌てて言い繕う。


「行くか」


「はいっ」


中は薄暗い。


ダンボールで通路が作られ、一人ずつしか入り込めないようになっている。


お遊びだとは思っても、これから脅かされると思うと少しは緊張感があるな。


俺を先頭にして、渚、後ろに杏。俺たちは列になって歩いていく。



…。



天井から水滴が落ちてきたりこんにゃくがぺたぺたとくっついてきたり壁から手が飛び出してきたりと、中の作りはオーソドックスなものだ。とはいえ、丁寧に作っているらしくなかなかに雰囲気はある。


和風お化け屋敷という触れ込みのとおり、世界観が一定だから心情的にも没入しやすい。


そして最後。


いよいよラストの出し物、という雰囲気の開けたところに出た。


先から廊下の光が漏れ出しているから、これで終わりだろう。


その中は、陰鬱な沼地、という雰囲気の内装だった。真ん中が橋らしく欄干になっていて、左右が沼。もちろん、室内なので本物の水があるわけではなく、青色・水色のビニールが敷き詰められ、どこからか水音が流れている。ご丁寧に、その池の中には手作り感あふれる地蔵が立っていた。


祟りでもありそうな雰囲気がよく出ている。


俺たちはその中を恐る恐る進んでいく。


と…。


「河童ー!」


後方から、聞き覚えのある叫び声と共に全身緑の影が飛び出してきた!


「かっぱ…ぶげっ!?」


だが次の瞬間、喉を潰されたかのような声と共にうずくまる。


「あ…ごめんっ。急に出てきたから…」


杏が申し訳なさそうに謝る。


…どうやら、反射的に反撃してしまったらしい。


「おまえ、さっき怖がってるとか言ってなかったか? 戦意満々じゃねぇか」


「あははっ、つい…」


「あ、あの、大丈夫ですか?」


渚が心配そうに倒れた妖怪を介抱する。


というか、よく見るとそれは全身に緑・黄緑のビニールをくくりつけて頭に皿をのせている杉坂だった。


そういや、こいつ、河童役とか言ってたな…。


こんな役をやらされた杏にしばかれて、踏んだり蹴ったりだ。


「う、うぅ…」


叩かれたところをおさえながら、杉坂(河童)は俺たちを見やる。


彼女を覗き込んでいる、部員たちの姿を。


途端、杉坂の頬が真っ赤に染まった。


「かっ…」


そう言って、しばし口をぱくぱくとさせるが…


「河童ー!」


「うおっ?」


「河童、カッパーッ!」


「ちょ、おいっ」


「わっ、わっ」


「ハァーッカッパーーーッ!!」


ものすごい剣幕で河童河童と叫ぶ杉坂に追い立てられて、俺たちは教室の外に飛び出した。


「…」


「…」


明るい廊下が目にまぶしい。


急に喧騒がよみがえってくる。


その中で、俺たち三人は呆然と無言で立ち尽くしていた。


なんか…


あいつも大変だな…


俺はしみじみとそんなことを思ってしまった。


「お疲れ様でした」


仁科が苦笑しながら出迎えてくれる。


「なんか、すごく河童の叫びが聞こえましたけど」


原田も笑えばいいのかダメなのか、という微妙な顔をしていた。


「あいつも大変だな…」


俺はそう言うしかない。


「あとで、労ってあげてくださいね」


「いや、話題にしてやらない方がいいと思うんだけど」


俺は仁科にツッコミを入れた。




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