folks‐lore 05/11



451


カッパー! と声が聞こえる。


それに追い立てるように、春原、ことみ、椋がお化け屋敷から出てきた。


「な、なんか、最後の奴随分元気だったよ…」


春原は呆れたように息をついていた。


そういや、こいつはあの河童がわれらが歌劇部部員だということは知らないのか。ま、知らなくていいことかもしれないけど。


「こ、怖かったです…」


「うん…」


椋は少し表情がこわばっていて、ことみも涙目だった。


最後の河童はほとんどギャグだが、確かに全体のクオリティーはなかなか高かったと思う。


「はいっ。わたしも、とてもどきどきしました」


渚はにこにこ笑っている。椋とことみに比べると、肝は据わっているようだ。


「結構、本格的だったわね」


杏も出来には納得しているようだった。


たしかに、あれだけ出来ていれば質は申し分ないだろう。なかなか楽しめた。


俺たちは仁科と原田に別れを告げて、また騒がしい廊下を歩く。


「そろそろ、十一時になるな」


覗いたどこかの教室の時計を見る。


「風子を呼んでるんだ。昇降口で待ち合わせって」


「あ、そうなの。ま、あの子もずっとあそこにいるわけにも行かないしね」


「それなら、そのままグラウンドのお店を見てみましょうか」


「そうですねっ。ふぅちゃんのファンの方のヒトデグッズのお店も見てみたいですっ」


「すんげぇ売れてなさそうな気がするんすけど、その店」


口々に言い合って、今後の目的地は決まる。


俺たちはそろって足を昇降口に向けた。






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既に風子はきていた。


知らない生徒と会話をしていたようだが、ちょうど近づいた頃には話は終わっていた。


多分、あいつの噂を知ってちょっと会話をしていたとか、そういうところだろう。


「あ…」


「待たせたな」


「いえ、今来たところですから」


まるでデートの待ち合わせみたいな会話だな。実際は全然違うけど。


「クラス、あの後どうだった?」


「はい、大盛り上がりです。みなさん、ヒトデを眺めながらのコーヒーは最高だぜぇ、と大喜びです」


それは多分嘘だろ。


「それはよかったわ。お昼になったら、ちょっとは暇になるかもしれないわね」


「うん、そうだね。食べ物はケーキしかないから、お昼はちょっとすくかも」


風子の捏造情報を華麗にスルーして言葉を交わす藤林姉妹。もはやいちいちツッコミを入れることすらないようだった。


靴を履き替えて、外に出る。


グラウンドへ向かう前に、先に校門へ。


そろそろ、芽衣ちゃんが到着するはずなので、先に彼女と合流することにする。


校門付近に出展はない。代わりに、生徒会の案内ブースがあるくらいだ。


創立者祭の門が構えられていて、校舎へ向かう道すがらには出展の看板がいくつも立てられている。


当然ここに留まっている人は少なく、少し喧騒が遠のく感じがした。


高校の文化祭だから、続々と客が入ってくるというわけでもないが、見ているとぽつぽつと、結構外部の客も坂を上ってくる。


両親や近隣住民といった雰囲気の中年世代。ここを受験する予定なのか、中学生の集団。同年代の者もいるし、卒業生なのか、大学生くらいに見える若者。


こうして見ていると、客層も様々だ。


「へへっ、他の学校とかから、可愛い子がこないかな」


春原は他校の女子生徒が脇を通り過ぎていくのを見て、テンションあがっている。


「おまえ、まだ諦めてなかったのかよ…」


「もちろん。ナンパを成功させて、彼女ゲットだぜっ」


そううまくいくものだろうか。


別に春原の顔が悪いとも言わないが、軽薄な雰囲気になびく女はそう多くないような気がする(内面はまだマシだが)。


しかし見ていると、たしかに他の高校の生徒、という雰囲気の客も多い。


この学校に友達がいたりすれば、それも当然か。自分がそんな交友関係に恵まれていなかっただけに、なんだか新鮮に感じる。


ぼんやりと立ち尽くして待ちながらふと周囲を見てみると、渚が見知らぬ少女と雑談をしていた。


私服だから…客なのだろう。短髪の、活発な印象の少女だ。多分、同年代といったところ。


渚の中学時代の友達とかだろうか。


親しげに言葉を交わす渚と少女をつい観察してしまう。


やがて、二人は手を振り合って別れた。


「…友達か?」


俺は近寄って、渚に聞いてみる。


「はい。木村さんっていう、お友達です。今はもう、大学生なんですけど」


「へぇ」


なるほど。


渚が休学する前の友人なのだろう。


彼女よりも先に、規定どおりこの学校を卒業していってしまった。それは当然だ。誰しもが、歩みをとめることはできない。


だがそれでも、懐かしい気持ちを感じてかつて過ごした場所に戻ってくることもある。それは決して悪いことではないはず。


「わたしが今日劇をやるってお話したら、見に来てくれるって言ってくれました」


「それじゃ、がんばらないとな」


「はいっ」


渚の表情に、迷いなどはなかった。


かつて経験した創立者祭の時とは、まったく別の表情。


自己嫌悪と戸惑いにとらわれていたあの時の渚とは違う。


俺は本番の劇が楽しみになってきてしまう。


今ならきっと、最高の劇をすることができるだろう。


かつて、たった三人で成功させたあの時の創立者祭を越えるような、すばらしい舞台を。






453


しばらく待っていると、芽衣ちゃんの姿が見える。


創立者祭の派手な門を感心したように見上げながら入ってきて、顔をこちらに向けるとすぐに気付いたようだった。


途端に、彼女の表情がぱっと輝く。


「こんにちはっ。おひさしぶりです」


小走りにこちらに寄ってくると、頭を下げて挨拶をする。


「といっても、あれから大した時間は経ってないけどな」


「あはは、そうなんですけど、やっぱり懐かしい感じがしちゃいます。実家に帰ってからも皆さんのことはよく思い出していたので、こうしてまた会えて嬉しいです」


相変わらず、しっかりした子だ。


「芽衣ちゃん、こんにちはっ」


「お久しぶりです」


すぐに、他の連中も彼女を囲んで雑談をはじめる。


芽衣ちゃんはニコニコしてそれに応対して…少しして会話が区切れると、その輪の外で様子を伺っていた春原の下に歩いていく。


「お兄ちゃん、久しぶり」


「ああ」


「ちゃんとやってる? 部活、がんばってる? お母さん、心配してたよ?」


「別に、心配いらないよ…」


「そうなの?」


「大丈夫だって」


「ほんとかなぁ…?」


「ちっ、いいだろ、そんなこと」


春原は不機嫌そうに舌打ちをすると、芽衣ちゃんから視線を外した。


俺はなんとなく、微笑ましいような気持ちでそんな会話を見ていた。


春原の奴、照れているのだろう。それに、友人に囲まれた中で家族の会話をするというのは結構気恥ずかしいのだろう。


それについてつっつくとさらに不機嫌になりそうだったので、黙っておく。


「それじゃ、行こうぜ」


春原にすげない対応をされて頬を膨らませている芽衣ちゃんの頭に手を置く。


「あ、はいっ」


俺を見上げると、笑顔で見上げる。


集団にひとり加えて、またぞろぞろと歩き出した。


先頭を歩く杏と渚は、創立者祭のパンフレットを見ながら話をしている。これから見てみる店についてでも話しているのだろう。遊びに行くというような顔ではなく、お互いに真剣な表情だった。この創立者祭を楽しみつくすために、入念に計画を立てているような様子で、俺は苦笑する。


真ん中を、椋とことみと風子で歩いていく。ことみがさっき軽く校舎の中を見てみた時に興味を持ったクラス展のついて、色々と話している。椋は笑いながらそれを聞いていて、風子もふんふんと頷いている。こうしてことみが、積極的に外の世界と関わろうとしているのを見ると、連れ出した身としては嬉しい限りだった。


で、最後尾を俺と春原と芽衣ちゃん。


「もっと早くくれば、岡崎さんたちの仮装が見れたんですけど、残念です。それに他のみなさんもメイドさんの格好をしたって聞いたので、見てみたかったです」


「そんないいものじゃないって。そういや、風子とかはまたクラスの手伝いをするみたいだから、あいつの仮装してるのは見れると思うぞ」


「そうなんですか? それじゃ、ぜひ一緒に写真を撮りたいですっ」


芽衣ちゃんは興奮した様子で言う。


「はん、はしゃいじゃって、子供だねぇ」


「だって、せっかくのお祭りなんだもん。お兄ちゃんも楽しまなきゃ損だよっ」


「そうだぞ。いつもみたいに上半身裸になってケケケケエエーーーッ! って笑ってくれよ」


「そんなのしたことねぇよっ」


「がーん……お兄ちゃん、もうそんなに病んじゃってるんだ…」


芽衣ちゃんが頭に手を当ててふらふらとした足取りになる。


「おまえも信じるなよっ」


「まあ、ありそうなところが怖いな」


「はい…。あの、岡崎さん、本当にそんなことしてないですよね?」


「今のところは」


「そっか…。ならよかったです」


「僕、一体なんだと思われてるんですか」


「ギリギリ人間?」


「あとちょっとで、一体何になっちゃうんだよっ」


いつものように春原をからかって、陽気にグラウンドへと向かっていく。


校門が見えなくなる最後、俺はつい最後にそっちに目をやってしまう。


今日はこれから親父も来てくれるはずだ。


オッサンと早苗さんも来てくれるといっていた。


そして…。


公子さんも、劇の前には来てくれるはず。


発表の時間がわかった後に、渚から公子さんへ話はしてもらっている。一時くらいに来ると言っていたらしいから、まだ少し時間はある。


その時になったら、風子を連れてあそこで公子さんを待とう。


そして…公子さんに、風子の気持ちのこもったプレゼントを渡すのだ。


結婚おめでとう、と。


そんな気持ちをヒトデに託し、特別製のヒトデをプレゼントするのだ。


俺はその時の公子さんの気持ちと表情を思うと、胸がどきどきする。


…その気持ちは、決して、楽しみだからというばかりではなかった。同時に、その情景を思おうとすると、へばりつくように嫌な予感もする。


風子と公子さんは…あそこで、再会することができるのだろうか?


公子さんには、風子の姿が…


…いや、それ以上は考えてもしょうがない。


公子さんと再び会うこの日のために、風子は一生懸命がんばってきたのだ。それが無になってしまうなどという想像はしたくない。


「岡崎?」


「岡崎さん?」


俺はつい、校門の方を見て足を止めてしまっていたようだった。


前を見ると、春原兄妹がそれぞれ肩越しに振り返ってこっちを見ていた。


「いや、なんでもない」


俺はごまかすように言う。


「ふたりとも、さすが兄妹だな今の体勢、そっくりだった」


「ええ…?」


「うわぁ…」


自分の気持ちをごまかすように彼らに茶々を入れてやると、兄と妹は同時に嫌そうな顔をしてみせた。






454


グラウンドにはいくつもテントやテーブルが並べられ、様々な店が並んでいた。


食べ物屋もあれば、くじ引きの店などもある。いくつかのテントからは煙が立ち上り、肉が焼けるようないい匂いがただよってくる。


それぞれ、テントの下に詰めている生徒たちが声を上げて呼び込みをしていた。


二人三人と連れ立って歩いている生徒や客たちは、時折足を止めて店を見たり、出店に並んだりしている。


大混雑、というようなことはないが、それなりにどこも盛り上がっているようだった。


どこからか、風に乗って弦楽器のような音色が届く。どこか近くで演奏会でもやっているのだろう。


「わああーっ」


芽衣ちゃんがそれを見て、目を輝かせる。


「すごいっ、すごいですっ。うちの方じゃ絶対こんなすごい学園祭なんてないですっ。やっぱり、さすが都会ですねっ」


都会かどうかは微妙だと思うんだけど…。


だが、たしかに結構規模は大きいな、と思う。


「あんたたち、食べたいものある?」


前を歩いていた杏が振り返って聞く。


「なんでもいい」


「僕も」


男たちは主体性のない意見だった。


「わたし、さっきみんなでたこ焼きを食べたので、軽いものでいいです」


「色々なお店があって、目移りしちゃうの」


「私は…ええと…どれがいいかな…」


たしかに、ぱっと見てもよりどりみどりで、すぐには決められないだろう。


そんな中、周囲の様子もなんのその、断言する奴もいる。


「風子、肉がいいです」


「ラグビー部の連中みたいなことを言うな、おまえ…」


さっきまで忙しく働いていたのだから、腹が減っているのかもしれない。


「そんな人たちと一緒にしないでくださいっ」


「肉ねぇ…。たしか、フランクフルトならあったはずだから、探してみましょ。見てれば、他にも食べたいのがあるかもしれないし」


俺たちは大所帯でぞろぞろと店をひやかしていく。


その道中…。


「風子ちゃーーーんっ!」


突然、野太い男の声。


声の方を見てみると…向こうのテントの下、クラスメートの男を含め、風子ファンクラブの連中が手を振って満面の笑みでこっちを見ていた。


変なのに見つかってしまった…。


逃げ出したいが、もう遅い。


仕方がなく、俺たちはそっちに歩いていく。


「あの、渚さん、あの人たちは?」


芽衣ちゃんが不思議そうに聞いている。


「はい、あの方たちはふぅちゃんのファンの方です」


「わぁー…すごい、そんなのあるんですねぇ」


「別にすごくない」


俺はげんなりと肩を落として言う。


「変態だ」


「岡崎さん、何もそこまで…」


渚は苦笑している。


「渚も、あんなファンがついたら嫌だろ?」


「いえ、わたしなんかじゃ、ファンクラブなんてできるわけないですから」


「渚、こういう時こそ自分に自信を持てよ」


「え、そ、そうでしょうか…」


「ああ。自分にファンクラブがいて当然だっていうくらいの態度をやってみろよ。度胸が必要そうだから、きっと劇をやる上で足しになるぞ」


俺はそんなことを言いながら、思い出していた…。


かつて自分が目指していた、渚ナルシスト計画を…。


「わ、わかりましたっ」


渚は言いくるめられて、意気込む。


俺と芽衣ちゃんが見守る中、すうはあと呼吸を落ち着けた。


「わ、わたし、とっても可愛いですから、ファンクラブのひとつやふたつくらいあっても当然です…って、これじゃわたし、すごくヘンな子ですっ」


恥ずかしそうに、ぷるぷると頭を振った。可愛い。


「おふたりとも、息ぴったりですねぇ…」


芽衣ちゃんは感心したような様子で嬉しいことを言ってくれる。


「わたし、いつも岡崎さんに騙されてばかりです」


「でも、おまえだったらあんなファンクラブができてもおかしくないぞ」


そう言っておく。そして、それは本心だ。


ひたむきにがんばる渚の姿に、心動かされる奴がいても俺は驚かない。


ま、そんな奴が出てきたら即行血祭りだが。


そんな俺の言葉まで冗談だと思ったのか、渚はちょっと頬を膨らませてゆっくり頭を振る。


「わたし、そういうのはあんまり得意じゃないです。その、一緒に傍にいてくれるような人がいればいいです…。こんなわたしなんかと…って、なんだかすごく贅沢言っているような気がするので、今のナシですっ」


無茶苦茶質素だと思うんだが。


そんな様子を、芽衣ちゃんはにこにこと見守っていた。


俺と渚の姿は、果たしてどのように見えているのか…。


ともかく、気を取り直すように風子のファンクラブの出店を覗いてみる。


そこには…


ヒトデポストカード、ヒトデ袋、ヒトデサイフ、ヒトデテレカ、ヒトデTシャツ…


目にも鮮やかなヒトデグッズがこれでもかと並んでいた。


種類が結構多いし、出来もそこまでチャチいということもない。なかなかのクオリティーだった。


「これ、全部おまえらが作ったのか?」


「ああっ。すこしでも、風子ちゃんの力になりたくて!」


「買ってくれた人には、風子ちゃんのお姉さんの結婚式について、説明しています!」


元気な返事が返ってきた。暑苦しい。


「おまえらのセンスも、相当だな…」


クオリティーが高い分、おぞましい情熱が伝わってくる。


「いえ、でもとてもよくできていると思います」


「おい、風子、どうだ…?」


当の本人の反応はと思って見てみると…


「ふわあぁぁ〜〜〜〜〜……」


至福の表情でとても素敵なことを考えているようだった。


「はぁ…」


俺は呆れた息をつく。


ま、本人が嬉しそうだから、いいか…。




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