folks‐lore 05/06



365-a


その相手は、宮沢だった。


なんてことはない。


互いにタネがわかっていれば、気まずい思いをしなくても済む。ただそれだけのことだ。


なかなか冴えている選択だと思う。


まったく、ここまで頭の回る自分が恐ろしいぜ。


俺はそんなことを思いながら、薄暗い体育倉庫にひとり立っていた。


…ここに宮沢が来て、一緒に閉じ込められるのか。


しかし改めて考えれば、ここに来ると面倒なことになるとわかっていて、わざわざ来るだろうか。


というか、宮沢は普通に部活に直行するだろう。


そうなると、俺は延々ここで待ちぼうけを食わされるという可能性もある。


考えてみれば、文面に今日すぐにとは書いていなかった。いずれ、ということなのかもしれない。


そう思うと、不安になる。


待ちぼうけを食わされても、馬鹿みたいだな…。


というか、おまじないがそんな百発百中と決まったわけっでもない。


外れる場合もあるだろう。


そんなことを考えていると…


からから、と控えめに体育倉庫の扉が開く。


少し開いた扉の先に、宮沢が顔を覗かせていた。


…悪魔に魂を売ったかのようによく当たるおまじないだった…。


「み、宮沢…?」


「あ、まだ、相手の方は来ていないんですね」


ひとり立ち尽くしている俺を見て、宮沢は安心したように笑って扉を開けて、中に足を踏み入れる。


相手の方はおまえだ。


「おまえ、なんでここに…?」


「すみません、少し気になってついここまで来てしまいました。ですけど…わたし、お邪魔ですよね。すみません、先に部活に行っています」


戸惑う様子の俺を見て、宮沢は苦笑すると踵を返した。


扉に手をかけて、出て行こうとする。


ガコン。


…だが、何かが引っかかっているのか、あるいは恐ろしい呪いなのか、扉は開かなかった。


「…?」


宮沢は小さく首をかしげて、何度か扉を開けようとした。


ガコン、ガコン。


…だが、当然、扉は開かない。


そんな事態に直面して、宮沢は一緒に閉じ込められている人間が自分だと自覚したのだろう。


びくりと肩を震わせると、俺に背中を向けたままに硬直した。


「…」


「…」


沈黙…。


「わ、悪い、宮沢…」


おまえが相手だと、話が楽だと思ったんだよ。


そんな言い訳を続けようとしたが、その言葉は彼女によって止められた。


「朋也さん」


「…な、なに?」


強張ったような言葉の調子だった。


もしかして怒っているのだろうかと心配する。


くだらない事故に巻き込んでしまっているのは、自分だ。


背中が向けられていて、表情がうかがえないのが怖い。


「朋也さんは…わたしとふたりで閉じ込められたいって、思ったんですか?」


宮沢が、くるりとこちらに振り返る。


少し不安そうで、しかし潤んだ瞳が俺を見つめていた。


「そ、そりゃ…まあ」


おまえが相手だと、言い訳の必要がないと思って。


そう言おうとしたが、何故か言えない。


「他の人じゃなくて…わたし、ですか」


「あ、ああ…」


「…」


「…」


互いに、黙り込む。


なんだ、この沈黙は。


緊迫したようなこの暗い空間の雰囲気に、俺はうまく言葉が出てこない。


「他にも、部員のみなさんには素敵な方がいっぱいいるのに…」


宮沢から、そんな自信のない言葉が出てくるのは珍しい。


「わたしなんかで…」


「いや、そうじゃなくて」


俺はその言葉を遮る。


「おまえだからだよ」


「朋也さん…」


…ん?


…あれ?


空気が変わった?


かすかに日が差し込むのみの薄暗い体育倉庫。


その先で、宮沢が恥ずかしそうで、緊張したような表情で俺を見つめている…。


ま、まずい。


俺たちふたりとも、吊橋効果のおまじないだと認識しているはずなのに…なんだかヘンな気持ちになってしまう。


「わ、悪い。こんなところに閉じ込めちゃってるの、俺のせいだな」


「い、いえっ。わたしのほうこそ、このおまじないを紹介したせいですから」


「さっさと出ようぜ。ほら、解呪の呪文もあっただろ」


「そ、そうですねっ。たしか…」


慌てた様子でそこまで話す。


そして、俺たちは再び沈黙した。


解呪の呪文…。


それは、もう聞いている。


俺はそれを思い出す。



『まずは、お尻を出してください。そして、ノロイナンテヘノヘノカッパ、と心の中で三回唱えてください』



そんな、説明してくれた宮沢の言葉。


…お尻を出さないと、ここから出ることはできない。


俺と宮沢の頭の中には、今同じセリフが浮かんでいるはずだった。


さすがに…


これは、俺の役目だろう。


「宮沢」


「朋也さん」


二人の言葉が重なった。


俺は威圧されたように口をつぐんでしまう。


宮沢がやはり恥ずかしそうで…だが、決意を秘めた顔でこちらを向いていた。


「すみません、わたしのおまじないのせいでこんなことになってしまって」


「いや、実際やってみて、おまえを巻き込んでるのは俺だし」


「いえ…朋也さんは、悪くないです」


宮沢はふるふると頭を振った。


つややかな髪がかすかに差し込む光を弾いて輝いているのが見える。


「で、ですので」


宮沢は、見たことないくらい真っ赤に頬を染めていた。


「わ、わたしがこのおまじないを解きますね」


そう言うと、おもむろにスカートに手をかけた。


「ま、待てっ」


俺は慌てて、静止の声をかける。


「は、はいっ」


宮沢は相変わらずリンゴみたいに真っ赤だった。


「さすがに、おまえにそんなことはさせられないって」


「で、ですけど…」


スカートに手をかけたまま、逡巡した様子。


…やばい。


今の宮沢の姿…なんだか、すごくエッチだ…。


いや、何を考えているんだ、俺は。馬鹿か。


くそ。


だが…


俺はじっと宮沢の姿を見てしまう。


極度に緊張しているのだろうか…彼女の肩が、かすかに震えている。


そうだ、宮沢もあんなことをして平気なはずはない。


義務感だけで、彼女にお尻を出させるわけにはいかない…。


「俺が脱ぐ」


「ですけど…朋也さんにそんなことをさせられないです」


「俺は男だし、気にしなくていいよ」


「男も女も、関係ないですよ」


ぎゅ、とスカートをつまむ手を強く握る。


「わ、わたしが責任を持って…」


「いや、俺がやるから大丈夫だって」


話は平行線だった。


互いに責任を感じて、両者がお尻を出すと主張している…。


「で、でしたら」


しばらく話をして、埒が明かないと思ったのだろう。宮沢は強い口調で話を進める。


「でしたら…ふたりで、一緒にというのはどうでしょうか?」


「一緒に…?」


「はい…」


ふたりで一緒にお尻を出す。


「…」


やばい…。


それって、なんだか、かなりエッチだ…。


俺は頭が沸騰しそうになった。


それは魅力的な提案だ…。


ふたりでお尻を出して…


そして…


「って、何を考えているんだ、俺はーーーーッ!!」


「と、朋也さん?」


俺は頭を振り回して、煩悩を振り払う。


「宮沢ッ!」


「は、はいっ」


「そこを見てみろっ! おまえの後ろに背後霊がいるぞ!」


「え、えっ」


ビシッ! と宮沢の脇を指差すと、彼女は慌てたようにそちらに目をやった。


俺はその隙に自分のズボンを脱がす。


ノロイナンテヘノヘノカッパノロイナンテヘノヘノカッパノロイナンテヘノヘノカッパ…


心の中で、呪文を三回唱える。


その瞬間、がらがらと体育倉庫の扉が開いた。


「あれ? 鍵しまってた? …って、中で何やってるの?」


外から漏れる光の先。


扉を開けた女生徒が、目を丸くして中の俺たちを見比べていた…。



…。



「とんでもない目にあったな」


「は、はい」


晴れて外に出て、俺たちはしみじみと言葉を交わした。


宮沢は恥ずかしそうに顔を背けている。


「す、すみません。わたし、変なことを言ってしまいましたね」


「ああ、いや…」


「ご迷惑をおかけして、すみませんでした」


「いや…俺のせいだし…」


「あの、わたし、先に部活に行っていますから」


宮沢は頬を染めたままそう言うと、ぺこりと一礼して、早足にその場を立ち去っていった。


俺はその後姿を見送りながら、思う。


おまじないって…危険な遊びだな…。





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