folks‐lore 05/06



362


昼休みになる。


資料室に、続々と部員が集まってくる。


授業をサボって資料室にしけこんでいた俺と春原の姿を見ると椋が何か言いたげな視線を向けてきたような気がしたが、口にまでは出さなかった。


そういえば、あいつも結構授業をサボることを気にしていたな、などと思って少しは控えようかという気になる。


正直、今さら真面目に授業なんて受けても意味がない、という気分ではあるのだが。


いつものように一同机を囲んで食事。


「あ、そうそう、ことみ」


食事中杏が、思い出したような素振りでことみに声をかける。


「?」


ことみは首をかしげる。


「明後日、前庭であんたのヴァイオリンの発表会するからね」


「発表会?」


ことみの頭の上にハテナマークが浮かんだ。


「そ。せっかくヴァイオリンの練習してるんだからそれだけじゃもったいないじゃない。やっぱり、そういうイベントがないと励みにならないでしょ」


「…」


部員たちは微妙な視線を交わした。


今まさに大量虐殺の話し合いが行われているぞ、と。


「えぇと…」


ことみは少し戸惑ったように考え込むが…


「…うん、やってみるの」


応援されていると思ったのだろう。ことみはにっこり笑って頷く。


…外野には戦慄が走っていたが。


「すみません、風子、明後日は大事な用事がありますので」


風子が一抜けしようとしていた!


「ぼ、僕も用事があるんだよ」


「風子のマネしないでくださいっ」


「し、してねぇよっ」


「明らかにパクってますっ」


風子と春原は見苦しい争いをしている…。


「ええと、大丈夫なんでしょうか…」


椋は動きが止まっている。


「わ、私もできる限りのことは、お教えしますね」


仁科は悲壮な顔つきだった。少しでもことみの技術を向上させないと、自分は死ぬ、などと確信しているような表情だった。


「明後日地獄を見ると思ったら、今食べているご飯がおいしく感じてきました」


「え、でも、いつもの夜ご飯の残りだよね?」


「残りじゃないよっ。ちゃんと別にタッパーしてるよっ。というか、原田さんはなんとも思わないの?」


「私、明後日、風邪ひくかも」


「……」


「ああっ、いたいいたいっ」


杉坂は無言で原田の耳を引っ張った。


「わたしも、うまくいくように応援していますね」


「はいっ。わたしも、せっかくですからお父さんやお母さんを呼んでみようかと思います」


宮沢の言葉に、渚も続ける。心が広いふたり組だ…。


巻き込まれる早苗さんがかなり不憫だった。オッサンは…まあ、大丈夫だろうけど。


「…おい、杏、本気か?」


俺は杏を資料室の隅に引っ張っていって、聞く。


「本気にマジ」


たしかに、目はマジだが…。


「死ぬ気か?」


「そんなわけないでしょ。でも、せっかくなんだから発表の機会くらいあってもいいじゃない」


「…」


ああ、まったく。


こいつも、随分ことみにほだされているようだった。


いや、そう言ってしまうと悪いな。


杏にとって、ことみは友達だ。


友達のために力になってやりたいと思う気持ちは、否定されるものではない。


…たとえそれが若干寿命を縮める危険を伴うものだとしても。


こいつの面倒見の良さやら気配りは、筋金入りだ。


あまりそうとは見えないが、こいつも随分お人よしだよな。


「なるほどな、わかったよ」


「ついでに、集まった生徒に耳栓の販売でもしようかしら」


「…」


こういう風なたくましさがなければ、素直にいい奴だと思えるんだけどな。


俺は席に戻る。


再び、弁当を食べ始める。


仁科が丹精込めて今日も作ってくれた弁当。


さっきまでおいしく食べていたのだが、今は全然味がしなかった。


恐怖で味覚が麻痺しているようだった。


すげぇな、ことみのヴァイオリン。


俺、どんだけ恐れているのだろうか。


そんなことを思って、苦笑した。






363


昼休みも、中ごろ。


各自が昼食を食べ終わり、お決まりのように食後のコーヒーの準備。


宮沢が用意に立とうとしたところを、杏が止めた。


「あたしたちも模擬店用にコーヒーを淹れる練習、結構してるのよ。やってみてもいい?」


「はい、もちろん構わないですよ」


「ありがとね、有紀寧」


「いえいえ。創立者祭の日は杏さんと、椋さんと、ことみさんがクラスのお店でお料理も作るんですよね?」


「ええ。ちょくちょく教わりにいっているの」


「まだまだだとは、言われているんですけど」


「とってもとっても難しいの」


椋とことみが言葉を続ける。


俺の知らないところで、あれからも練習に通っているらしい。部活の後に行っているのだろうから、大変だ。まったくそれを感じさせないけれど。


杏はさっさと水をくべに行く。


「本当は、お水もこだわることができるんですけど、なかなかそういうわけにはいかないので」


杏を見送り、コーヒー器具の準備をしながら椋が言った。


「コーヒーは一般的に軟水が相性が言いといわれているの。水道のお水は一般的に軟水だから、それで構わないって教わってるの」


「軟水?」


春原が首をかしげる。


その問いに、ことみはぱっと表情を綻ばせる。


「あのね、お水には硬度っていうのがあって、お水に含まれるカルシウムとマグネシウムの含有量によって軟水と硬水に分けられるの。計算式は…」


「ストーーーップ。これ以上難しい話をすると、春原の頭が爆発するぞ」


ついでに言うと、俺の頭も爆発する。


「ですが、もう頭がありえない色になっているので、手遅れかもしれません」


「いや、爆発直前になると赤く点滅する」


「とてもヘンで、とても危険ですっ」


「爆発するかっ!」


「でもおまえ、化学はいつも赤点だろ」


「おまえもだろ、岡崎」


「俺はギリギリセーフだ」


「もうちょっと高いレベルで勝負しましょうよ、先輩」


情けない言い争いをする俺たちを見て、杉坂はため息をついた。



…。



三人が代わる代わる、コーヒーを淹れてくれる。


俺もありがたくそれをいただくが、やはり、うまい。


「うまいよ」


「何か、ダメなところある? 雑味とか、熱さとか」


俺の分を淹れた杏が吟味するような表情で尋ねる。出店とはいえ、金を取って出すものだからだろう、真剣な様子だった。


「いや、特には」


「それなら、よかったわ。でもあんたのは割とよくできたのだから」


「ふぅん…」


コーヒーにも、よくできたとかがあるのか。


正直、飲めればなんでも言いという印象だ。まあ、俺の貧乏舌というところか。


他の部員たちも試飲するが、おおむね好評のようだった。


そんな様子を見て、椋もことみも安心したような表情だった。


「なんだか、まだまだこれでお金を取るのは申し訳ないような気がしてしまいます…」


椋はそんな殊勝なことを言う。


「ま、創立者祭の出店だし、砂糖と塩を間違えるようなミスさえしなきゃ大丈夫だろ」


「う…その、たしかに間違えたことはありますけど、時々ですから」


以前椋が料理でミスした話を話題に出すと、恥ずかしそうに頬を染めた。


「さすがにお塩を添えて出したりはしません」


「ですけど、塩コーヒーとかもありますし、それはそれでアリなのかもしれませんよ」


杉坂がフォローする。


「なに、その塩コーヒーって?」


「本場のエチオピアとかだと、そういう飲み方もあるみたいです」


「エチオピアではコーヒーはブンナって言っているの」


「ふぅん」


雑学の話になると、ことみが生き生きとしている。


俺はぼんやりとそんな話を聞き流す。


「…そういや、クラス展の…喫茶杏仁豆腐だっけ? コーヒーはいくらなんだ?」


ふと気になって、杏に聞いてみる。


「一杯2000円♪」


びっくりするくらいの笑顔で即答。


「ボッタクリすぎだろっ!」


「ちなみに、メイドさんの指名には指名料がかかりまーす」


「いかがわしい店になってるぞ…」


「冗談よ。…でも、意外にいいかもしれないわね」


「お姉ちゃん、思ってることが声に出てるよ…」


恐ろしいことを考える奴だった…。


「ですけど、メイドさんの格好の制服なんですよね? お客さんは来るかもしれません」


仁科が笑ってフォロー。


「女子がメイドで、男子が執事ね」


「ああ、そういえばそうでしたね」


「マジで俺もあの格好で接客するのか?」


「それくらいいいでしょ」


「そりゃ、まあな…」


藤林姉妹が部活を手伝ってくれているおかげで、たしかに相当助かっている。


多少の恩返しならば喜んでしてやりたい。


「先輩も、店員としてその執事の格好をするんですか?」


「ああ、いつの間にか決まってた」


「そ、そうなんですか」


仁科がこくこくと頷く。


「先輩の執事服姿、見に行きますね」


「はい、楽しみにしてます。ね、りえちゃん」


「う、うん」


原田と杉坂に促され、仁科はまたこくこくと頷く。


「そんな、いいものじゃないぞ」


「あ、あの、わたし、とても似合っていたと思いますっ」


「そうか…?」


渚に褒められると悪い気はしなかった。


「…岡崎さん」


風子がこっそり耳打ちしてくる。


「鼻の下、伸びてます」


「…」


「伸びすぎて、馬面になってます」


「どんな顔だよっ」


ともかく、慌てて表情を繕った。


ごまかすようにコーヒーに口をつける。


やはり、うまい。


これが商品として並ぶならば、割と本格的な店になるのではないだろうか。


自分がコスプレしなければならないのは正直面倒だが…


それでも、創立者祭当日を楽しみに思う気持ちは、やはりある。


その日が、楽しい一日になればいい。


いい思い出になればいい。


そう思いながら、今週末に思いを馳せた。






364


放課後になる。


今日もいつものように部活…。


だが、その前にやることがある。


バスケ部の部長と、お遊びでバスケをやろうという話。


グラウンドの片隅に、バスケットコートがある。バスケ部の部活は体育館で行うから、たまに一年がそこで練習をすることはあるが、基本的には人はいない。今日はバスケ部はあまり練習もないらしいし、そこを使ってしまって問題はないだろう。


だが、その前に行く場所があった。


…それは、体育倉庫。


昼前に宮沢とのおまじないをした効果を確かめに。


もちろん、俺が体育倉庫に行かなければおまじないは失敗なのだろうが、溢れる好奇心を止めることはできなかった。


俺は、改めてこのおまじないを思い返す。


たしか…


閉ざされた体育倉庫にふたりっきり。果たしてふたりは無事脱出できるか!?


…などというおまじないだった。というか、まさに呪いだった。


まったく、どうしようもないことに首を突っ込んでしまったものだ。


呆れて苦笑しつつ、俺は一緒に閉じ込められる人で思い浮かんだ相手のことを考える。


その相手は…






・宮沢だった。

・ 風子だった。

・ 生徒会長だった。

・ バスケ部部長だった。





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