folks‐lore 05/06



365-c


それは、生徒会長だった。


俺はそれを思い出して、肩を落とす。


どうしてこんなことに…。


素直に女の子とかを思い浮かべていれば、もっと楽しいイベントだっただろうに。


よりによって、一番ふたりになりたくない相手だった。


いや、だからこそちらっと脳裏に浮かんでしまったのかもしれない。


ふたりになって、一体何を話せというのか。


会話を始めたら、どうしても最後には喧嘩になってしまうような気がする。


マジ気が重かった。


俺はグラウンドを歩いていく…。


しかし、本当にあいつがこんなところに来るのかねぇ?


「ん…? 岡崎か。一体ここで何をしている?」


…悪魔に魂を売ったかのようによく当たるおまじないだった…。


「こんなところに一体どんな用事なんだ? また何か企んでいるんじゃないだろうな?」


「別に、何も企んではねぇよ。というか、おまえこそなんだよ、随分暇そうだな、おい」


相変わらず見下すような口調で話しかけてきて、腹が立つ。


自然、こちらも挑発するような口調になった。


「生徒会長の仕事に、各クラブの見回りも含まれている。おまえと違って、ブラブラしているわけではない」


「なんだと」


反射的に相手の胸倉を掴みそうになる、その瞬間。


カキーーーン!!


グラウンドに、鋭い音が響いた。


はっとして音のあるほうを見ると、ライナー性の打球がこちらに飛んできていた。ちょうど、生徒会長にぶつかるような軌道で。


「あぶねぇっ!」


俺は相手を押し倒すように腕をぶつけて、そのまま…




がらがらっ! がしゃんっ!




ものすごい勢いのまま、ふたりの体は体育倉庫の中へと入ってしまっていた。


扉も勝手に閉まってしまったようで、中は薄暗い。


「いてて…」


「くそ、岡崎、なにをするっ」


「おまえ、見てなかったのかよ。野球部のボールが飛んできてたんだぞ」


「…は、どうだかな」


俺の言い分をあまり信じていないようだった。


だが、それ以上小言を言わないあたり、少しは信じているのかもしれないが。


「まったく、おまえと係わり合いになると厄介ごとばかりだ…」


「…」


まあ、今おまじないのせいで体育倉庫にふたりになっているあたり、正直そのセリフは否定できない。


会長はぶつぶつと文句を言いながら、薄暗い体育倉庫の中を歩き、扉に手をかける。


ガコン。


「ん…?」


扉が、動かない。


会長は何度も扉を開けようと力を込める。


ガコン、ガコン…。


だが、それでも扉はびくともしなかった。


「開かないのか?」


「ああ…。何かが引っかかっているのかもしれない」


会長は両手を引き戸にかけて全体重で開けようとするが、それでもかすかに扉はきしむのみ。


「くそ、閉じ込められている…」


「そりゃ、最悪だな」


おまじないの効果は抜群のようだった。


最低な空間が、今ここに完成していた。


暗くて会長の表情ははっきりとは見えないが、苦々しい顔つきをしているのはなんとなくわかる。


「やはり、おまえに関わるとロクなことにならない…」


「うるせぇよ」


「他の出口はないのか?」


「そこに窓がある。けど、鉄格子があるな」


「くそっ、なんで体育倉庫なんかにそんなのがあるんだっ」


「落ち着けよ」


「落ち着いていられるかっ。まだ仕事もあるし、生徒会の引継ぎもしないといけないのに…」


せわしない様子で、狭い体育倉庫の中を歩き回ったり、ガンガンと扉を叩いたりする。


…そんな姿を見ていて、宮沢が教えてくれた解呪の呪文を思い出す。


『まずは、お尻を出してください。そして、ノロイナンテヘノヘノカッパ、と心の中で三回唱えてください』


その呪文を使えば、扉が開いて助かるはずだ。


ここにこうしていても時間の浪費だし、さっさとおまじないを解いてしまおう。


幸い、相手が男なので尻を出すのは女相手よりは気が重くはない。


「おい、いいから少しじっとしてろ」


「なんだと?」


「俺に、ひとつ案がある」


「何? どんな案だ?」


「今からやるから、じっとしてろ」


「ふん…」


俺が何を考えているのか、値踏みするような視線を向ける。


あまり気持ちのいいものではない。


その視線を無視して、俺はおもむろにズボンを下ろす。


「え? お、岡崎?」


「あん?」


トランクスを露出して呪文を唱えようとした時に話しかけられて、興が削がれる。


見ると、会長は目を丸くして俺を見ていた。


「お、おまえ、一体何をしようとしているんだ?」


「なにって、そりゃ、おまえをやろうとしてるとこだよ」


ん? セリフ、少し言い間違えたな。おまえがやろうとしてること、と言おうと思ったんだけど、まあ、いいか。


つまり、ここから脱出しようとしている会長の画策を引き継ぐだけだ。


「僕を…ヤろうとしている…!?」


何故か、会長の体が硬直している。


そして何故か、尻を押さえていた。


「ま、待て、岡崎っ! 僕はそんなつもりはないッ!」


「はあ?」


こいつは何を言っているんだ?


脱出したくないのか?


「僕はさっさと自由になりたいんだ!」


「いや、俺だって同じだよ。自由になるためにやってる」


「いや、おまえの言う自由は…違う、何か違うッ!」


わけがわからないことを言っている。


「というか、岡崎、いきなりそんなことをして…おまえはそっち系だったのか?」


「そっち?」


「ああ、なんていうか…特殊な考え方というか…」


「いや、こういう状況になったら、誰だってこうするだろ」


解呪の呪文を知っているのだから、活用しない手はない。


「誰だって!? するかそんなもんッ!」


大声で否定される。なんなんだ、こいつは。


「さっさと解放してやるから、じっとしてろよ」


「近寄るなっ」


誰も近寄っていないのだが。


「おまえだってさっさと出してもらいたいだろ。少し黙ってれば、終わるから」


「この変態がッ!」


せっかくここから出してやろうとしているのに、全然会話が成り立たない。


「うっせーよっ! いいからしばらく黙ってろっ!」


「ひぃっ」


少し凄むと、体を震え上がらせた。


すげぇチキンだな、こいつ。


しかし、会長が今にも泣きそうな顔をしていて、さすがに少し心配になる。


「なあ、もしかしておまえこういうのは初めてか?」


閉じ込められる、というのはたしかにある種の極限状態だろう。


特に会長はまだ外に出れる見込みすらないと思っているだろうし、プレッシャーが大きいのかもしれない。


「初めてに決まっているだろっ」


「はぁ…。これくらいの状況でガタガタ言うなよ」


もしかしたら、暗所や閉所の恐怖症なのかもしれない。


だが正直、甘ったれるなよという印象だ。


「…くそぅ、どうしてこんなことに」


がっくりと肩を落として顔を伏せる。


「ま、運命だったんだろ」


宮沢のおまじないという名の理不尽な運命。


「運命か…」


会長は下を向いたままそう呟いて…


「だが…」


言葉に、力を込める。


「だが僕は、その運命を認めないっ!」


そう吼えた。


そして…


拳を振り上げて、俺に向かってくる!?


「うおっ?」


俺は振りかぶった拳が突き出される前に、会長の体を吹っ飛ばした。


どすんっ!


音をたてて、会長はちょうどマットの山に倒れこんだ。もうもうと埃が舞う。


「てめぇ、いきなりなにするっ」


「は、は、は…」


突然のことに怒鳴るが、会長は電池の切れかかった人形のようにうつろに震えるのみだった。


この状況に、相当キているのかもしれない。


これだからクソ真面目な優等生は…。


「さっさと、終わらせるからな」


わけのわからない状況に、俺も疲れてきた。


「たすけて、たすけ…」


「ああ、助けてやるから」


俺の言葉、聞こえているかも怪しいくらいだな。


俺は心の中で呪文を唱える。


ノロイナンテヘノヘノカッパノロイナンテヘノヘノカッパノロイナンテヘノヘノカッパ…


唱え終わったと同時に、体育倉庫の扉が開いた。


「あれ? 中に誰かいるの?」


女生徒が顔をのぞかせた。


「…っ!」


それを見た瞬間、会長が床を這い蹲るような動きで超速で体育倉庫から飛び出した!


「おい、大丈夫か、おまえ…」


「この変態がッ!」


「…」


心配して声をかけてやると、大声で暴言を吐かれる。


呆然としていると、あっという間に会長は猛ダッシュで校舎の方へと走り去って行った…。


「なんだったんだ、あいつ…」


「さあ…」


俺は、扉を開けてくれた女生徒と顔を見合わせた。





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