folks‐lore 05/06



365-b


思い浮かべた相手は、風子だった。


ま、あいつとふたりきりになってもロマンチックな雰囲気になるわけはない。


というか、毎日自分の家でふたりっきりになっているわけだし、今さら体育倉庫でふたりになっても大して何があるわけでもない。


そういう意味では、相手としては適任だった。


まったく、ここまで頭の回る自分が恐ろしいぜ。


などと考えながら、グランドを歩いていく。


しかし、風子とこんなところで会うというのが想像できない。


ここに、本当にあいつが来るのだろうか。


「あ、岡崎さんっ」


「…」


…悪魔に魂を売ったかのようによく当たるおまじないだった…。


風子がぱたぱたと近付いてくる。


「おまえ、なにしてんだよ、ここで」


「はいっ。風子、ものすごく重要な情報を聞いてしまいましたっ」


「重要な情報?」


「はい、それは、ですね……ふぁ〜…」


説明しようとした矢先、風子は幸せそうな表情でぼんやりと立ち尽くした。


どうやら、とても素敵なことを考えているようだった。


それを見て、俺は苦笑する。


こいつ、やっぱりボーっとしてるよな。


せっかくだし、このままどこかに移動させて瞬間移動でも味あわせてやろうか、と思う。


それは楽しそうだ。


そうだな…連れて行くなら体育倉庫とか…。



…。



…体育倉庫?


「…」


ものすごく自然に、体育倉庫が当然のように選択肢に挙がったことに俺は戦慄した。


あぶねぇ。


今、自分の直感に従ってこいつを体育倉庫まで運んでいたら、そこで閉じ込められるハメになっていた!


くそ、さすが宮沢のおまじない…。効果は抜群だ。まさか俺の無意識にまで作用するとは…。


気を取り直して俺は、風子が目覚めるのを待った。



…。



「…というわけです」


「いや、おまえずっとボーっとしてたからな」


はっと我に返った風子に、俺は冷静なツッコミを入れる。


風子は、仕方がない奴だ…という表情になって、説明を始める。


仕方ない奴はお前だ。


「実は、この学校には伝説のヒトデが眠っているそうなんです…」


「さっそく、すごい嘘っぽい話になったんだが」


「風子のファンが教えてくれたので、嘘ではないと思います」


おまえのファン、別に信頼してもいないんだが。


とはいえ、悪意のある嘘というわけでもなさそうだ。


「体育祭の時にのみ現れるという噂です」


「へぇ」


つまり、体育祭の飾りの星か何かなのだろう。


俺はそれに見覚えがあるかと思い返してみるが、そもそも体育祭の記憶がなかった。


「ちょうどよかったです。岡崎さんも、探すの手伝ってください」


「いや、すげぇ面倒なんだけど」


「こっちです」


俺の話は聞いていないようだった。


風子は俺を先導して、ずんずんと歩いていく。その後姿を追った。



…。



で、すぐに目的地に着く。


「さ、ここですっ」


「…」


俺は無言で、目的地…体育倉庫を見つめた。


あぁ…。


そうか…。


体育祭の備品なら、たしかにここに押し込められていてもおかしくはない。


風子はがらがらと引き戸を開けて、中に入る。


「さあ、早く来てくださいっ」


「いいけどさ、面倒なことになっても知らないぞ」


「面倒なことって、どんなことですか?」


「いや、色々」


「わがまま言わないで、早く来てください。まったく、岡崎さんには困りものですっ」


「…」


もう何でもいい。


さっさと閉じ込められて、さっさと出てしまえ。俺はそう決める。


俺は体育倉庫の扉をくぐった。



…。



埃っぽい空気。


小さな窓から差し込む光。


ごたごたと押し込められた用具の山。


「ここに、そのヒトデがあるのか?」


「はい、そのはずです」


風子はごそごそとあたりを探り始める。


仕方がない、俺も諦めてそれを手伝うことにする。


大きさも不明だし、何でできているかもわからないヒトデの飾り。特に興味もないものを全力で探してやる気力などは湧いてこない。


「…けほ、けほ」


中を漁っているうちに埃がたった。


「大丈夫か?」


むせる風子に声をかける。


「はい、ヒトデのためならなんてことないです」


「あっそ」


風子は作業を続ける。


それを見つつ、俺は思い立って出入り口の扉に手をかけてみる。


ガコン…。


何かに引っかかっているのか、開かない。


どうやら、閉じ込められているようだった。


さすがの信頼度だな、宮沢のおまじないは。そう思って俺は苦笑する。


さて、どうしたものか…。


俺は、宮沢から聞いたおまじないを解く方法を思い出す。




『まずは、お尻を出してください。そして、ノロイナンテヘノヘノカッパ、と心の中で三回唱えてください』




尻を出すのかよ…。


まあ、なんでもいい。さっさと済ませてしまおう。


俺はズボンを脱ぐ。


ノロイナンテヘノヘノカッパ…


ぱこーーーん!!


呪文を唱え始めた瞬間、思いっきり頭を叩かれる。


「岡崎さん、何してるんですかっ」


木彫りのヒトデを装備した風子に一撃入れられたようだった。


「そりゃ、まあ、ちょっと…」


今閉じ込められているから、それを解こうとした、などと説明するのも面倒だった。


「ズボン、着てください」


「ちっ…」


俺は言われたとおり、ズボンをはく…。


風子はそれを見て安心したようで、再度探し物を再開する。


俺はしばし、その様子を見守る。


とはいえ、さっさと出たい気持ちはある。


風子は背中を向けて備品を物色している。


今なら…風子にばれずに解呪の呪文を唱えられるだろうか。


そう思った俺は、おもむろにズボンを脱ぐ。


ノロイナンテヘノヘノカッパノロイナンテヘノヘノカッパ…


ぱこーーーーーーーーーーん!!


呪文を唱えていると、思いっきり頭を叩かれる。


「一体、なにしてるんですかっ」


「いや、ちょっと…」


くそ、俺はここから脱出するために努力しているのに、なぜ殴られないといけないのだろうか。


「ズボン、ちゃんと着てください」


「ちっ…」


言われるがまま、ズボンをはきなおす…。


風子はそれを見て、また探索を再開する。


俺はその様子を観察する。今度こそ、集中して探し物をしているようだった。


今なら、大丈夫だろうか。


俺はタイミングを見計らい、ズボンを脱ぐ。


ぱこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!


呪文を唱える隙すらなく、頭を殴られた。


というか、まだズボンを脱ぎきっていないくらいの状態で、俺は情けなく床にすっころぶ。


「なんなんですかっ。岡崎さん、真面目にやってくださいっ」


「くっ…」


何が悲しくて、いい年して尻を出して床に転がりながら風子に罵倒されないといけないのか…。


いや…


でも、待て。


今のタイミングで呪文を唱えてしまおう。


このまま同じことを繰り返していてもしょうがない。


俺は風子の喚き声を聞きながら、心中に呪文を唱えた。


ノロイナンテヘノヘノカッパノロイナンテヘノヘノカッパノロイナンテヘノヘノカッパ…


その瞬間、体育倉庫の扉が開かれた。


「…あれ? 一体、何やってるんですか?」


中の様子を見た女生徒が、目を丸くして立っていた…。



…。



「一時はどうなることかと思ったな」


「岡崎さんがひとりでどうかしていただけです」


こちらの事情を何も判っていない風子はそんなことを言う。先ほど、体育祭の星型の飾りを見つけたからか、結構機嫌はよさそうだったが。


「俺のこと、何もわかってないくせにそれはないだろ」


「岡崎さんがとんでもなくヘンな人というくらいはわかりましたが」


「ま、そう思っていればいいさ」


俺は肩をすくめてみせる。


あの俺の努力は、人知れず報われなくてもいい。


そう、俺は感謝されるためにあんな道化を演じたわけではなく…ただ、自分がそうすべきだと思ったからああやってみせたのだ。


…まあ、おまじないの元凶の一端を自分が担っているからというのもあるが。


首をかしげる風子を余所に、俺は歩き出していた。


ひとりで戦い、体育倉庫から見事脱出した男の背中を見せながら。


…そして、この時の俺は知らなかった。


岡崎朋也が、下半身を露出して下級生の女子に体育倉庫で殴られプレイをするド変態だという噂が風のように広まっていることを…。





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