folks‐lore 05/03



316


俺は部員の輪から外れて、適当な机の上であぐらをかく。


中央。渚が演技練習をしている。椋とことみが台本を手にそれを見ている。


片隅。杏と宮沢が一緒になって、幸村の指導の下BGMと効果音について話をしている。杏がBGM、宮沢が効果音という担当だったな、そういえば。


BGMは大した仕事ではないが、効果音の方はタイミングを合わせたりと練習の必要があるだろう。まあ、前回俺でもできた仕事だから、宮沢に心配はしていないが。


幸村が引っ張り出してきたシンセサイザーを春原がいじって色々な音響を鳴らして、杏にどつかれている。


隅の方では風子が一心に作業を続け、壁の向こうからは合唱の練習をする声が聞こえる。


「楽しそうな部活だな」


隣のイスに智代が腰掛けて、そう言う。部員に向ける視線は、優しかった。


「ああ、そうだな」


「私ももし生徒会長になれたら、楽しい生徒会にしてみたいな」


学校がこんなアホな空気で舵取りされるのも恐ろしい。とはいえ、言いたいことはわかる。


「おまえが会長になったらもっと違う感じになりそうだな…」


「違う感じ? それはどんな感じだ?」


「逆らう奴には鉄拳制裁」


「そんなことはしないっ」


「冗談だ、冗談」


「おまえが言うと冗談に聞こえないぞ…。もっと、みんなでわいわいした感じにしたいな」


「ふぅん」


俺は、かつて智代がどんな生徒会を作り上げたかは知らない。


生徒会役員なんて自分にとっては真逆の存在だと考えて、最初から関わる気もなかった。


会長の智代以外にどんな奴がいたかさえ知らない。


「できるよ、おまえなら」


「ありがとう、岡崎。おまえがそう言ってくれるなら、頑張れるような気がするな」


実はこれでも不安なんだ、と智代は言った。


「不安?」


「うん。生徒会長に当選できるのか。できても、あの桜並木を守ることができるのか」


「…」


そのどちらも、心配いらない。俺はそのことを知っている。


だが、それを正直に言うわけにもいかない。


「心配するなよ。おまえならできるよ」


「そうか…。ありがとう、岡崎」


「思ったことを言っただけだし」


「おまえにそう言われると、本当にできるような気がするから不思議だな」


智代は真っ直ぐ俺を見て笑う。


期待しすぎだろ、それは。


机の上にあぐらをかく俺。その脇のイスに座って俺を見上げる智代。


俺と智代の視線は不器用に交じり合った。






317


「こ、こんにちは」


智代が部員の輪に入っていくのと入れ替わりに、椋が近くにやってきた。なんだか、杏にけしかけられてこっちに来た感じだった。


「あぁ」


椋がすぐ横のイスに座る。


俺たちの視線の先では、部員たちがシンセサイザーをいじっている。どんな音があるのか確認しているようだった。


横の方で、渚と智代がなにやら話している。結構、仲が良さそうだ。


以前は渚と智代なんて組み合わせはほとんど見たことがなかったが、意外に気が合うらしい。


まあ、智代は面倒見がいいし、渚も人当たりがいいから、仲がこじれる組み合わせではないだろうけどな。


「坂上さんと、何をお話していたんですか?」


「あいつが、この部活楽しそうだなって言ってた」


「そうですか。…なんだかやっぱり、そう言ってもらえると嬉しいですね」


「だな。そっち、クラスの方はどうだった?」


「はい、休みの日なのに、たくさんの人が集まってくれました。看板とかは今日で出来上がるかもしれません」


「へぇ」


椋ははにかむように笑っている。


結構満足そうな表情のようで、実際首尾は上々なのだろう。


クラス展の準備。


看板、衣装、メニューというのが三本柱だ。


看板類が終われば、後はこまごまとした物を作るくらいだろう。衣装については、先日杏が着ていたし、割と進んでいるだろうし。メニューの方は、杏たちはあのあと何度か練習に通ったりしているらしいし、基本的に食べ物は仕出しだから、そちらも心配はなし。


向こうは全ての分野がバランスよく進んでいる感じだな。うまく回っている。


「そういや、店の名前はなんていうんだ?」


「喫茶・杏仁豆腐ですよ」


「…」


なんでそんなネーミング。


「杏仁豆腐がメニューにあるのか?」


「い、いえ、そういうわけじゃないんですけど…」


「誰かがそうしようって主張したとか」


「いえ、どうしてかわからないんですけど、いつの間にかそう決まっていて…」


「…」


杏仁豆腐…。


その名前の由来は、大きな謎だった。






318


昼になる。


どうやら休日でもちゃんとチャイムは鳴るらしく、スピーカーから流れる音に俺たちは顔を上げた。


隣の部屋から聞こえてきた歌声が止まって、すぐに合唱三人衆も部室に帰ってくる。


幸村だけは職員室で弁当を食べるらしく、とりあえず一時間後に部活を再開、と話して一度解散。


「ねぇ朋也、あんたクラスの方来る?」


一同部室を出て資料室目指して歩いていると、杏がそう声をかけてきた。


「クラス?」


「そう。まだ顔出してないじゃない。ご飯くらい一緒にどう?」


向こうも今がちょうど昼時らしい。


…クラスメートと食事?


その申し出に、かなり面食らう。


正直、あんまり話すことがないんじゃないかという気もした。


「俺と飯なんて食いたくないだろ」


俺とクラスメート。 別に仲もよくない。悩むまでもなく、そう断る。


「そう?」


だが、杏は不思議そうな顔をする。


「最近はそうでもないじゃない」


「…」


俺がこの時間に紛れ込んで、半月近くたっている。


たったそれだけの時間で、今まで二年間の自分のイメージを覆せるとは思っていない。そりゃ、今のクラスはまだ新しくなったばかりではあるが。


「陽平、あんたもどう? 少しは朋也以外の人間と喋りなさいよ」


「なんか、僕に岡崎以外に友達がいないような言い方だね…」


「え? 事実でしょ?」


「いや、俺は友達じゃないぞ」


「あ、なるほど。ごめんね陽平、言っちゃいけなかったわね」


「岡崎は友達だし他にも話をする奴ぐらいいるよっ!」


「見たことないんだけど」


「面倒見ている下級生とかさ」


初耳だった。


こいつが下級生と接する姿は、カツアゲしてるところ位した見たことないんだけど。


「やっぱおまえに似て妖怪みたいな奴なのか?」


「まず僕が妖怪に似てねぇよっ」


春原がツッコミを入れた。


「…ま、ちょっと変わってるけど、いい奴だよ。ジェット斉藤って奴さ」


「…」


ジェット斉藤…。


何者だよ、そいつは。


「ジェット斉藤…聞いたことあるわ」


「え? マジで?」


「ええ…」


杏は腕を組んで、目を閉じる。重々しい口調で言った。


「どこからともなく波を起こして、水上スキーで登場するという謎の男…。この学校の生徒だったとは知らなかったわ…」


「…」


人間技ではないと思うんだが。


「あ、斉藤くんなら同じクラスですよ」


後ろを歩いていた仁科が口を挟む。


「はい。時々水を巻き起こしたりして、面白い人です」


杉坂も、普通にそう話している…。


…一体何者なんだ…ジェット斉藤。


謎は深まるばかりだった。



…。



結局、成り行きで俺と春原はクラスの方の昼食に混じることになる。


同じくこっちに縁がある渚、風子、ことみも一緒に来て、他の連中は資料室で食べるらしい。食事後にまた部室で合流することに。


「お待たせ」


杏を先頭に教室に入ると、各自飯を食っていた生徒たちが口々に歓迎してくれる。


D組教室とE組教室両方に生徒が詰め掛けていて、総勢四十人くらいは来ているだろうか。


休日を潰してまで手伝ってくれる人数としてはかなりの数だろう。中には、他のクラスの奴もいるらしい。


「し、失礼しますっ」


「お、おじゃましますなの…」


渚とことみは緊張した面持ちだった。


ほとんどが別のクラスの人間なのだから仕方がないだろうけど。


杏と椋は女子のグループに加わって、渚たちもそっちに招かれていく。


「それじゃ、僕たちも飯食う?」


「だな」


「岡崎、春原」


渚たちを見送って立っていると、声を掛けられる。


見ると、クラスメートの男が何人かで固まっていた。


呼ばれて、そっちに寄って行く。


「おまえらも来たんだな」


「ていうか、俺たちは旧校舎で部活だけどな」


「あぁ、演劇部だっけ?」


「いや、歌劇部」


「そうだっけ」


適当に話しながら、なんとなく輪に加わる。


いいか、と聞くと特に気にした風もなくいいぞ、という返事が返ってきた。


積極的に避けられていると思っていたが、それも段々とマシになってきているのかもしれない。


「おまえらの部活の方は進んでるのか?」


「それなりにな。こっちはどうだ」


「今日で大体終わりそうな感じがするな、正直」


「ああ。作らなきゃいけないものは大体作ったし」


「あとは小物を作れれば作るって感じかな」


かなり順調に進んでいるようだった。


これなら、 部活の方がよほど逼迫している。


「…ねぇ。おまえら、勉強はしなくていいのかよ?」


春原が目を細めて男子生徒たちに言った。


その言葉で、男たちは顔を見合わせる。


「まあ、そうなんだけどな」


「喫茶店をほっとくってのも後で後悔しそうだし」


「…あっそ」


そんな答えに、春原は顔をしかめて頭をかいた。


「なんだよ、春原。悪いってか?」


ひとりがそれに不服そうに言った。


「別に。おまえらも意外に暇なんだね〜」


吐き捨てるように、神経を逆なでするように言う。


それには相手もムッとしたようだった。


だが…。


「照れ隠しなんだよ」


俺は間に入り、そう補足する。


春原とこの学校の優等生の関係は、微妙だ。


春原が 教師の覚えよくうまく過ごしている男たちにいい感情を持っていないことは知っている。


だが、クラス展を手伝っているクラスメートと、全く分かり合えないということもないと思う。


「ええ…?」


俺のセリフに不審そうに俺を見る男。


さすがにうまくごまかせなかったようだ。とはいえ、相手の気を削ぐだけの効果はあったらしく、これ以上春原と喧嘩腰に会話をするつもりもないようだった。


「今日準備してるってことは、担任でも来てるのか?」


気を取り直して、話を続ける。


「ああ。昼飯食いに行ってると思う。職員室じゃないのか」


「ふぅん…」


担任教師は受験勉強の妨げになるクラス展の参加にあまりいい顔をしていなかったことを思い出す。


だが、すぐ傍で今回の出展の準備をしている姿を見ているはずで、それで多少は心動かされて協力しているのかもしれない。なにせ、わざわざ休日に学校に来てくれるほどだ。


「へぇ、あのなんとかって先公、意外に話わかるじゃん」


春原がニヤッと笑う。


「なんとかって…春原、おまえ、担任の名前も覚えていないのか?」


クラスメートの男が呆れたように春原を見た。


「うるせぇよ。ていうか、別にあんま名前で呼んだりとかしないじゃん。岡崎は覚えてる?」


「…」


俺は黙った。


当然、 覚えていない。


「おまえらすげぇな…」


男たちはむしろ感心したような顔になった。


「いや、待て。たしか動物の名前が入っていたような気がする」


記憶の端に、そんな記憶がある。


「おっ、大ヒントじゃん」


「…猫村とか?」


「それだっ!」


俺の呟きに、春原はびしっ! と指をさした。


絶対に違うと思うぞ。


「おーい、おまえら、差し入れ買ってきたぞーっ」


そんな会話をしていると、ちょうど渦中の担任教師が教室に入ってきた。


教壇に菓子でも入っているらしきビニール袋を置いて女子生徒となにやら話して…こっちの存在に気付いたようだった。


すぐに、ずんずんと近付いてくる。


「岡崎に春原か。おまえらも来ていたのか」


「ああ」


「わりぃかよ、猫村」


「誰が猫村だっ。俺は乾(いぬい)だっ」


…ああ。そういえばそんな名前だった。


哀れな担任だった。


「というか春原、おまえ今教師を呼び捨てにしたな」


「聞き間違いっすよ、ははっ」


「どうだかな…」


担任は疲れたようにため息をついた。


「ま、おまえらもクラスに馴染めてるようでよかったよ。準備は明日もあるんだから適当に切り上げて帰れよ」


他の男子生徒たちにも声をかけて、また教室を出て行く。


俺と春原はぼうっとした表情でそれを見送った。


「岡崎、てめぇ嘘教えたなっ!」


「おまえが勝手に言ったんだろ、馬鹿」


騒ぐ俺と春原を、クラスメートは紛れもなく阿呆を見る目で眺めていた。





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