folks‐lore 4/25



202


昼休みになる。


杏と椋は教室にて昼食らしい。春原は学食。


で、俺と渚の昼食は資料室。なのだが…。


「行きたくねぇ…」


ついついそう呟いてしまう俺だった。


なんで宮沢の牙城に飯食いに行くんだよ、おい。


しかし、約束があるのだ。


宮沢が俺に飯を作ってくれるという、約束が。


だが…宮沢の飯…毒でも入ってるんじゃないのか?


ありえないのだが、それが逆にありえそうで怖い。考えすぎているな、俺。


「…岡崎さんっ」


思い悩んでいると、渚がやって来る。


休み時間のたびにここに来ているから、今さら人目を気にするということもなく、てててっと傍らまでやってくる。


「やっほー、渚ちゃん」


隣で寝ていた春原が、渚の声で目を覚ました。


「あ、春原さん。…えぇと、おはようございます?」


「うん、おはよっ」


春原は元気だった。


さっきの休み時間はゾリオンに脱落して世界が終わってしまうような顔をしていたが、一回眠れば全てを忘れたようだった。気楽な奴だ。


「じゃ、いくか」


俺は席を立つ。


「…資料室、ですよね」


渚は、俺の瞳を覗き込んで尋ねる。彼女も宮沢と顔を合わせて大丈夫なのか、疑問に思っているようだ。


「ああ」


「…はいっ」


渚は、覚悟を決めたようにぎゅっと拳を握った。


行かないわけには、いかないのだろう。まあ、命を奪われるわけでもないし。


「岡崎くん、やっぱり、行くんですね…」


「ああ」


「気をつけてください」


とことこと傍らに来ていた椋が、心配そうな表情で、曖昧に微笑んだ。


なんだか、会話だけはやたらとシリアスだよな。


「あぁ…ま、なんとかなるだろ」


「もしよかったら…」


彼女はそう言うと、俺の目の前にトランプの札を出してきた。


「占ってみましょうか?」


「…いや、やめとくよ」


なんだかそれは、反則のような気がする。未来予知みたいなものだからな。ただし逆に当たるのだが。


というか椋に占ってもらったら、宮沢はおまじないで反撃してきそうな気がする。…考えすぎてるな、俺。


俺たちは椋と春原に一言声をかけて、教室を後にする。



…。



「…あれ、お昼?」


教室を出たところで、ちょうど入ろうとしていた杏と出くわす。


「あぁ」


「はい」


俺と渚が頷くと、今日は腕を組んで少し考え込み…目を細めて、俺たちを見る。


「もしかして資料室で?」


「あぁ、そうだけど」


「あんた、バカ?」


「…」


ものすごい言われようだった。


まあ、杏の言いようもわからないではないが…。


「元々約束があったんだよ。それにいつも資料室で食ってるし」


「はい、きっと宮沢さんも、お昼の間はのんびりしたいと思いますし」


「あんたたち、能天気でお人よしねぇ…」


「…」


しみじみとした杏の言葉に、俺と渚はなんとなく顔を見合わせてしまった。


…そして、どちらともなくへらっと笑う。


能天気でお人よしで、結構だ。


そうやって二人で渚と並んでいられるならば、死地への旅路も足取りは軽い。


いや、死地だと決まったわけでもないのだが。


「気を付けなさいよ。くれぐれも、脱落とかやめてよね」


「心配してくれるのか?」


そう聞くと、杏は呆れた表情で小さく肩をすくめた。


「まだ、智代も残ってるのよ。ひとりじゃちょっと、荷が重いわ」


「…」


照れ隠しなのだろうか。本気でそう言っているようにも見えるけど。


「それじゃね」


そう言って軽く笑い、ひらりと手を上げると教室の中に入っていった。


長い髪が、ばっと舞って、昼の光をきらきらさせた。


俺と渚は顔を見合わせて笑い合って、歩き始める。


…俺も、まだここで負けるわけにもいかないよな。気合を入れていこう。


俺がきっと戦うであろう相手、俺が戦いたいと思っている相手、それは智代の他にもいるのだ。


それは…。






203


「…岡崎っ。古河さんっ」


渚に付き合って購買へ着いて、相変わらずの人ごみに立ち止まると、声を掛けられる。


その方を見てみると…智代。


「ッ!」


チャ!


俺は彼女に向かって銃を向ける。引き金を引く。


だが。


…智代はさっと身をかわし、俺の銃を手で押さえた。いつのまにか、傍らに来ていた。


一瞬。あまりに速くて、俺はわけがわからなかった。


間違いないタイミングで、引き金を引いたと思ったが。


「岡崎、こんなところでそんなものを出すと、危ないぞ」


智代は涼しい表情でそう言う。俺の今の攻撃をかわして当然、というような余裕の表情だった。


「遊ぶのはいいが、場所をわきまえないと、問題になる」


「…」


俺は黙って頷く。


渚も、ぽかんとして智代を見ていた。


…強敵だと思っていたが、甘く見積もっていたかもしれない。


俺は智代が本気で切ったはったをする姿を、まだ見ていないのかもしれない。先日の不良とのいさかいよりも、もっと…速い。


「私は今のところ、誰とも戦っていない。岡崎はどうだ?」


「ああ…」


今ここで争うつもりはないらしき智代に安心し、俺は現在の戦況をかいつまんで話す。


仁科原田ペア、春原、風子ことみペアが脱落し、現在のところ裏で宮沢杉坂ペアが糸を引いていること。


俺たちと藤林姉妹が手を組んでいることは意図的に伏せておく。正直に話すことでもない。


「なるほど、随分少なくなっているんだな…」


話を聞くと、智代はうんうんと頷く。


「ちょうどよかった。私も今日の放課後は用事があるからな。それまでに、できれば勝負をつけたい」


「用事?」


「ああ。生徒会選挙の説明会があるんだ。今日から掲示が始まって、明日から演説がある」


「もう、そんな時期なんですね…」


渚がしみじみと呟く。


たしかに、生徒会選挙が始まると同時、創立者祭の準備が本格化する。


この季節の風物詩のようなものだった。


渚なんか、これが四回目だしな。


…そう考えて、そういえば俺も四回目なのだと遅れて気付く。そして、なんとなく苦笑してしまう。


「岡崎、今度の休み時間に私と戦わないか」


「え…」


智代は、唐突に話をゾリオンに戻す。


「さっきも言ったが、できれば放課後までに勝負をつけたいからな。…ダメ、だろうか」


「いや、わかったよ…」


智代と決着をつけなければならない。それは避けられないことだろう。


「うん、それなら…場所は、植物園にしよう」


「わかった」


休み時間に生徒がいないであろう場所だ。たしかにあそこならば都合がいい。


「それじゃ、またな」


智代はにっこり笑うと、小さく手を振って去っていく。


その先には、二年の女子が数人。これから一緒に食事なのだろう。


下級生たちは、俺と渚を警戒するように眺めていたが、智代が加わると、和やかな空気になって学食のほうへ歩いていく。


「…坂上さんと戦うなんて、大丈夫でしょうか?」


渚がちらりと俺を見上げた。


センサーを守るように、ぎゅっと胸のあたりに拳を当てた。


「やるからには、勝ちにいくしかないだろ」


「…」


渚は、少し心配そうな表情。智代のポテンシャルを目の当たりにした直後だから、不安になるのはわかる。


「安心しろって、こっちは俺たちふたりがかりだ」


言ってみるが、俺にも勝算があるわけでもない。


「というかさ、杏とか椋も一緒に戦ってもらおうぜ。それくらいが、ちょうどいいハンデだよ」


「…はい」


だが、そんな気休めに渚はほっこりと笑った。


「岡崎さんとなら、坂上さんにも勝てそうな気がしますっ」


「…」


それは信頼しすぎだと思うのだが。


そこのところ、どうなのだろうか。





204


資料室。


渚を少し離れたところに待たせて、俺は単独でその扉をあける。


宮沢が銃を構えて待ち構えている…などというホラーな展開を考えていたが…


「あ、いらっしゃいませー」


ちょうど一同にお茶を振舞っていた宮沢が、顔を上げてにっこりと笑った。


他の連中も振り返って口々に声をかける。


…なんだか、和気藹々とした雰囲気。


「古河先輩はどうしたんですか?」


杉坂が尋ねる。


「いや、ちょっと…」


俺はなんとなく口ごもってしまい…渚を手招き。


「あの、こんにちは…っ」


微妙にタイミングを外した登場に、渚は少し恥ずかしそうに部員に頭を下げた。


「…あぁ。まだ戦いは続いてますからね。わかります」


杉坂はそう言って、深く頷く。


「わかります」


「わかりますねぇ…」


「朋也くんと渚ちゃんも、とっても大変そうなの」


「はい、残っているのはそれはそれで大変そうです。風子たちは、戦略的撤退ですが」


口々に全員賛同してくれる。…いや、宮沢以外、だが。


「どうぞ、かけてください。ちょうどお茶を入れたところですから」


宮沢だけは、普段通り。


にっこり笑って席をすすめて、何を考えているのか底が読めない。


それを見て、仁科とか杉坂が恐れおののくような表情をしている。


…宮沢の勝負師の側面を垣間見たような気がした。


彼女の笑顔も、ある種のポーカーフェイスだよな。


ともかく、俺たちは勧められるままに席につく。


仁科、杉坂、原田は相変わらずの弁当。


風子とことみで中身が同じ弁当。


宮沢と渚がパン。


そして…


「宮沢。俺の昼飯はどうなるんだ?」


まさかの昼抜きだろうか? そんな彼女の作戦なのだろうか?


…ありうるな。弱らせようって作戦か。さすが勝負師。


…いや、考えすぎてるな、俺。


俺は頭を振る。


「はいっ。実は秘策がありまして」


宮沢はにっこり笑って、ぽん、と手を叩く。


そして、窓際の棚を開ける。


中にあるのは…クーラーボックス。


「じゃん」


そう言いながら、中から冷凍ピラフの包みを取り出した。


「わたしはあまり料理に自信がないので…できたてのご飯を用意しますね」


「いや、できたてって…」


宮沢が取り出したのは、あくまでも冷凍食品の袋だ。


「料理道具なんかあるのか、ここに」


「はい、ありますよ」


「あるのかよっ」


「何でも揃いすぎっ」


「あ…」


「あ…っ」


同時に彼女にツッコミを入れた俺と杉坂は、微妙な顔を見合わせた。


「おふたりとも、とっても息がピッタリですっ」


渚が笑っている。


「とっても羨ましいのっ。私も、見習わなきゃ…」


「…」


ことみ、おまえはどこを目指しているんだ?


「なんだか、お似合いですね」


原田が笑いながら言う。


「いえ、私と先輩じゃ、ちょっと違いますね」


すかさず、否定する杉坂。


「…なんだか、怪しい反応です」


「ちょっと伊吹さんっ? やめてください、先輩には私よりもお似合いの人がいると思いますっ。ねっ、りえちゃんっ」


「えっ? わ、私っ? そんなっ」


杉坂に水を向けられた仁科が、ぱっと顔を赤くした。


「…やれやれ」


「部員全員が、息ピッタリだと思いますよ」


宮沢が笑ってそう締めくくる。


まったくもって、その通りだ。



…。



先に食事は始めてもらい、宮沢は窓際にガスコンロを置いて、そこでフライパンにピラフを炒める。


じゃん、じゃんっ、と小気味よくピラフが音をたてて、いい匂いが部屋に広がった。


たしかに、出来立てならば独特の強みがあるな。


俺は宮沢の傍らに立って、料理する様子を眺めていた。


「料理苦手って言ったけどさ、十分慣れてるだろ」


「そうでしょうか」


フライパンの扱いは手馴れた様子だった。


「…お友達が料理屋さんをやっていまして、時々お手伝いでキッチンに立つこともあるんですよ」


「それなら、プロ級ってことじゃないのか」


「いえいえ、決められた通りに作るだけなので、あまり料理というわけではないんですよ」


それでも、彼女が自ら作ってくれたというだけで、間違いない価値はあるような気がする。


「でも、お友達ってことは、酒出す店とかなのか?」


「はい、夜はバーみたいになります」


「危なくないのか?」


「厨房ですから、大丈夫です」


そう言われて見れば、そうかもしれない。


なんだか彼女のお友達というと、荒事の印象が強いんだよな。


「…なぁ、宮沢」


「はい、なんでしょうか」


「俺と渚を狙ってるのは、どうしてなんだ?」


聞きたかった核心を聞く。


「…」


答えは、ない。


宮沢は、ガスコンロの火を止める。


ピラフをお皿に盛り付ける。


その横顔は、無心に料理を作っているようにも、見える。


「…あの」


「…」


「わたしは、その…」


少し、思いつめた表情で彼女はそっと俺を見上げた。


「朋也さんに、お願いがあったんです」


「…お願い?」


俺は彼女を見返す。胸の奥が、少しざわつく。


「はい」


「どんな?」


「それは…」


宮沢は戸惑うように、そっと目を伏せた。


「言えない?」


「…」


「そんな酷いことなのかよ…」


かなり不安になってきた。


「あ、いえっ、そんなことはないと思いますっ。ただ…」


ぱっと顔を上げた宮沢だったが、再び気まずそうな表情になる。


「もしかしたら、酷いことなのかも、しれません…」


「…?」


なにを要求したいのか、わけがわからない。


俺は小さく息をつく。


「ま、何を言ってきても自由だけど、無理なものは無理だからな」


「そう、ですよね…」


じっと彼女を見ていると、体を縮こめて小さく頷いた。


そうして俺の顔を見つめてしばらく考え込んでいて…やがて、力なく笑った。


「それでは、実現可能そうなお願いをすることにします」


笑顔だけど、少しだけ肩を落として、そう言った。


本当はなにか、俺にやって欲しいことがあったのだろう。それは罰ゲームにして強制するのは酷、という内容なのだろう。


だけど、宮沢はそれを諦めた様子だった。


…俺へのお願い?


今となっては、それを宮沢に重ねて聞くこともできない。だが、彼女が俺に望んだことはなんなのか。それは重い錨となって、胸の奥の湖にどすんと音を立てて下ろされた。



…。



昼休みの雑談の中で、宮沢杉坂ペアの協力を取り付け、次の智代との戦いに参加してもらう約束を取り付ける。


今まで俺を狙っていたという宮沢が俺への協力を言ったことについて、他の下級生たちは不思議そうな顔をしていたが…。


なんにせよ、これで三対一。人数で言えば六対一。


智代との戦いのお膳は整った。


あとは、戦いの時を待つばかりだ。


戦いを待つ緊張で喉を通る宮沢手作り(?)のピラフは、なんとなく奇妙な重みを俺の体にもたらした。



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