folks‐lore 4/25



199


次の休み時間、俺たちは旧校舎へ向かっていた。


俺、渚、杏、椋、春原。


「…しかし、あの子が敵ねぇ」


道々、俺たちは宮沢のことを話し合う。


「わ、私たちも狙われちゃうのかな?」


藤林は、おっかなびっくりな様子だった。


「んー、ありえるわねぇ。気を引き締めないと、危なそうね」


「有紀寧ちゃんって、あののほほんとした子だろ? 岡崎が何怒らせたのか知らないけど、僕らの敵じゃないよ」


「あんたは人をナメすぎよ」


「はい。宮沢さん、わたしなんかより全然しっかりしていると思います」


「渚、あんたはふたつ上でしょ…」


「そ、そうなんですがっ」


まあ、俺からしても精神年齢上に感じなくもないことがあるが。


宮沢は頭も回るし運動神経だって悪くない。あまり目立たないが、万能選手なのだ。


「とりあえず、これからことみをやっつけるでしょ。で、その後囲んで有紀寧も倒しましょ」


輝かんばかりの表情で、人を血祭りにあげる計画を話す杏。楽しそうだ。


「…杏の奴、楽しそうだね」


春原がそっと耳打ちする。


「ああ。そして最後には、俺たち…って計画なんだろうな」


「へっ、そうはいかねぇよ」


「おまえはセンサー取られてるだろうが」


「いつまでもこんな立場じゃないさ。隙を見て奪い返してやるさ。油断した時にね」


「…まぁ、がんばれ」


「ああっ」


春原は春原で、隠した刃を磨いているようだった。こいつも放っておくわけにはいかないよな。



…。



話しながら歩いていると、前方から見知った男。


…顔見知りだが、立ち止まって話をしようなどとは、思わなかった。


表情が硬くなるのを意識してしまう。だが、平静を装い相手から顔を背けながら、通り過ぎようとした。


だが、相手に呼び止められる。


「岡崎」


「…」


俺は足を止めて、男を見た。


先日言い争った、生徒会長。


…そして、俺は会長と互いに顔だけ振り向いた形で向き合うことになる。


「なんだよ」


「相変わらず、問題ばかり起こしているようだな」


「…」


敵意のこもった声だった。先週喧嘩別れしたところなのだ、それは当然かもしれない。


「昨日も、中庭で騒ぎを起こしたそうじゃないか」


「…なんだと」


昨日の、中庭。


智代の元へ押しかけてきた不良を捌くために、校門から中庭へ、目立たぬように場所を移した。


見た感じ、人目を避けることができたかと思ったが…


やはり、校内で完全に隠れることはできなかったか。しかも、よりにもよってこんな奴に話を知られているとは。俺は顔をしかめる。


「おまえみたいな奴が、他の生徒に迷惑をかけているのを見過ごすことはできないぞ」


会長は、俺の隣の春原にも視線を動かす。


「春原、おまえもだ」


「…」


春原も、顔をしかめる。


相手は生徒会長だ。春原にとっては、憎たらしい相手だろう。相手は俺たちへの蔑みの顔を隠すこともない。


「…岡崎」


「…ああ」


春原も。


俺も、腹が立った。


チャ!

チャ!


ふたり、揃って銃を男に向ける。


「うわあっ!!?」


「…」


「…」


「お、おもちゃか、く、くそっ。おい、そんなものの持ち込みは校則違反だぞ、わかってるのかっ」


一瞬飛びのいて驚いた男だったが、持っているのが偽者の銃とわかると憎々しげに顔をゆがめた。


「あ、あの…」


「ん? 君は、藤林さん」


…チャ!


「うわぁっ…って、く、おもちゃかっ」


また、男は同じ轍を踏んでいた。


というか、椋がそんなことをするのに、俺は驚く。


男は俺たち三人に銃口を向けられて気まずそうにしている。


「あの、そこまで酷く言うことないと思います…っ」


微妙な沈黙になってしまった中、椋が言った。


対して、男はわけがわからないという表情をした。


優等生で、学級委員の彼女が出来損ないの俺たちを庇うのが理解できないのだろう。


俺は、椋が庇ってくれたことに、嬉しくなる。


あまり攻撃性の強くない彼女がこんなことをするなんて、よほどのことのはずだ。


「…ふん」


男は俺たちの顔を一通り見回して、顔を背ける。


「こんな奴らとつるむようになるなんて、藤林姉妹も落ちたものだな」


「…なんですって?」


「失礼する。今日はこれから、生徒会選挙の張り出しがあってね」


杏が会長に凄んだが、相手は取り合わず、踵を返して去っていった。


「…なによ、あいつっ」


男の姿が遠のいて、杏が憎々しげに呟く。


「こっちのこともよく知らないで、勝手なこと言ってっ」


「あの、杏ちゃん、落ち着いてください」


「渚も渚よ。あんな好き勝手言われて、あんたもなにか言ってやればよかったのに。変態ロリコン野郎、とかっ」


「いや、変態ロリコンではないと思うんだが」


つい俺もフォローに回ってしまうくらい、辛辣だった。


というか変態ロリコン野郎はもう間に合っている。


「ちっ、あの野郎、今度しめてやる」


「あの、暴力はよくないと思います…っ」


「いや、銃を向けたおまえが言っても」


「あ、あれはそのっ、つい…っ」


突っ込みを入れると、椋はぱっと顔を赤くした。


「…でも、ありがとな。俺たちのために怒ってくれたんだろ」


「いえ、出過ぎた真似でした。私こそ、ほんと迷惑で…」


「そんなことないよ、委員長。僕のために怒ってくれて嬉しかったよ」


「えっ?」


「えっ?」


春原と椋は、びっくりした顔で向かい合った。


「ほら、いいから行きましょ。あんなのに構ってても時間がもったいないわ。ことみの首を取るわよっ」


杏の一声で、俺たちはまた、旧校舎へ向かって歩き出す。


俺は最後、会長が去っていった先を振り返った。


…男の姿は、もう、見えない。





200


「待っていました。挑戦者の諸君」


旧校舎、三階への階段を登り切るあたりで、俺たちの前に立ちふさがる影がひとつ。


…というか、風子だった。


ポーズを決めて銃を構えながら、風子が階段を登りきったところに立っていた。


踊り場で、俺たちはぽかんとそれを見上げる。


「驚いたようですね、みなさん」


「あ、ああ…」


待ち伏せされているとは。相手も相手で、ここにテリトリーを定めて迎撃体勢は整えていたようだ。


作戦立案はことみだろうか? あいつ、こういう方面にも頭は回るのか…?


「待ち伏せはいいけど、ひとりであたしたちを相手にしようってわけ?」


杏の言葉に、風子はふふん、と鼻を鳴らした。


「風子ひとりがいれば、十分です、筆箱林さん」


「そんな苗字があるかっ」


「すみません、名前忘れました」


「藤林よっ。藤林杏!」


「わかりました、藤林さん」


「あ、でもこの子も藤林だから、名前で読んでくれる?」


「あの、椋です」


今日の隣で、ぺこりと椋が頭を下げる。


「わかりました。杏さん、椋さん」


「…」


なんでこいつらはこんな状況で親交を温めているのだろうか。


俺がほのぼのした情景をアホ顔で眺めていると、風子がはっとした顔で俺たちを見た。


「いけません、風子、危うく和み空間に取り込まれてしまうところでした…! まったく、油断ができませんっ」


ぷるぷると頭を振るう。


「どうやら、手加減は無用のようです…! 風子の必殺技を、見せてあげましょう!」


風子はそう言って、死角になっているところからトートバックを出してくる。


「みなさん、これを見てくださいっ」


そう言って、中から取り出したものを天に掲げる。


それは、木彫りのヒトデだった。


「…」


「…」


「…」


俺たちは、ぽかん…と風子を見上げた。既に見慣れているものなのだが。


「今回の戦いのために編み出した、必殺技です。ヒトデヒート!」


高らかに宣言する。


「実はこの中に、みなさんの人数分…五つのヒトデが入っています」


トートバックを手で示す。


「風子は、今からこの中身をここに広げようと思います。…まぁまぁ、落ち着いてください。人数分ですから、みなさん貰うことはできます。ですがっ」


きらり、と彼女の瞳が輝いた。


「実はこの中にはひとつだけ、風子のサイン入りのあたりがあります。それが欲しいなら…がんばって、探さないといけないでしょう」


風子はノリノリだった。ある意味、これだけ楽しめれば一番幸せだよな。


「そう、これが罠だとわかっていても、ヒトデを争わずにはいられない…ヒートしすぎて、仲間割れを始める…自分で考えておいてなんですが、恐ろしすぎる作戦ですっ」


恐ろしすぎる作戦だった…。ある意味…。


「それでは…ヒトデヒート、スターーーートッ!!」


そう言うと、風子はトートバックの中身をばっとあたりに散らばせた。


からんからん、と音をたてて彫刻が廊下に散った。


「さあっ、それでは風子は意地汚く奪い合うのを一網打尽ですっ……」



…。



「って、誰も微動だにしてませんーーーっ! 失敗ですーーっ!」


「当たり前だ、アホッ!」


俺は激しく突っ込みを入れた。


「ですが、周りにヒトデで囲まれて…ふわあぁぁぁ〜〜……」


風子は慈愛顔で昇天していった。



…。



「恐ろしい相手だったわね…。ていうか、アホね。朋也、あんたあの子と血が繋がってるんでしょ? 大丈夫?」


「俺は何を心配されてるんだ…?」


ともかく、俺たちは難所(?)を通過したようだった。


風子の脇を通り過ぎて、図書室に向かう。


びいいぃぃぃーーーーっ!!


その時、ブザーの音が鳴り響いた。


…何だと!?


俺は辺りを見渡す。


「あ、あたしっ?」


杏が自分の胸元に手を当てた。


誰かに、狙われた!?


人影は、ない。風子が銃を構えているわけでもない。図書室の扉は閉じられているから、そこからではない。ずっと奥まで連なる空き教室のドアはことごとく開いているが、そこから顔や銃口は見えていない。


どこから、狙った?


「…ッ、渚! 図書室のほうを向いて!」


「え、あ、はいっ」


杏が鋭く言って、渚は慌ててそれに従う。


「なるほど、そういうことねっ。やられたわ…」


杏は顔を歪めて長い廊下に目をやった。


「お、お姉ちゃん…?」


「いったい、何なんだ?」


「鏡よ」


困惑する俺たちに、一言で答える。


「このレーザーは赤外線なのよ。だから、鏡は反射するの。…あの開いてるどこかから、あたしたちを狙ったのね。全部ドアが開いてるの、おかしいと思ったけど、隠れてる場所を特定されないためね、きっと」


「マジ?」


「…なるほど、この子は餌だった、というわけね」


杏は顔をしかめて風子を見た。


「さすがね、あの子、想像以上に」


「狙い撃ちをしたの、宮沢が?」


「それしかないわよ。あの坂上智代がこんな手を使うと思う?」


まあ、あいつは真剣勝負をしてきそうだが。


「だったら、先にあいつらを倒すか?」


俺はずっと続く廊下を顎で示す。


宮沢・杉坂ペア。彼女らは強敵だ。


俺の問いに、杏は顔を横に振った。


「多分、まだ何かあるわよ。深追いは禁物よ」


「そう、だな…」


何が待ち構えているかわからない。ならば、今はことみを確実に仕留めるべきだ。


「杏、おまえ負けた割には随分落ち着いてるじゃん。ま、安心しなって。後は僕と岡崎がなんとかするからさっ」


杏が仕留められたことで、春原は上機嫌に笑っていた。


「ほら、僕のセンサー返してよ。もう用はないだろ?」


「…そうね」


杏は薄く笑ってセンサーを取り出した。


…胸元から。


そして、それをポン、と春原に手渡して、スカートのポケットからもうひとつのセンサーを取り出して胸ポケットに入れる。


「もう、使い終わったから」


「きょ、杏サマ…?」


春原は、笑顔のまま固まって、もらったセンサーと杏の顔を見比べた。


「もしかして、僕のセンサーって…?」


「あぁ、それよ。本当は最後まで取っておきたかったんだけどね〜」


「…うわあああぁぁぁぁぁーーーーー!!」


杏の無邪気な笑顔を見て、春原は絶望の叫びを上げた。


脱落したのは、杏・椋ペアではなくて春原。


…あぁ、最初から最後まで、哀れな奴だった。


春原の姿を見て、俺は…


爆笑した。





201


「あ…あっあっ」


「さーて、ことみ?」


「あの、観念してください…っ」


「悪いな、ことみ。これも戦いなんだ」


「あの、ことみちゃん…。すみませんっ」


「あのっ、風子ちゃんはっ?」


図書室の隅まで追い詰められたことみは、涙目で俺たちを見回した。


「…」


俺たちは、首を振る。


「それじゃ、有紀寧ちゃんはっ?」


「…」


俺たちは、首を振る。


「あっ、あ……私、実はとっても強いから、見逃して欲しいのっ」


「ことみ、嘘つきにはお仕置きよ」


「杏ちゃん…っ」


「朋也、椋、やっちゃって」


…なんか、俺たちのほうが悪役な感じがするのだが。ちなみに杏は悪の女幹部で。


「ことみ、すまん」


「朋也くん…」


ことみは俺を見て、肩を落とした。


「うん。朋也くん、朋也くんにだったら、私…」



……。



…。



びいいぃぃぃぃーーーーっ!!


図書室に、不快な音が、鳴り響いた。


参戦者は、おおよそ半分まで減っていた。



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