folks‐lore 4/25



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他の道連れとは別れて、俺と春原は並んで教室へ。


引き戸を開けて、俺の机(イスではない)に座り込んで椋と話している杏の姿をみとめて、俺は苦笑。天敵登場だ。


「あ、朋也。おはよっ。あと陽平も」


「お、岡崎くん、おはようございます…っ。春原くんも、おはようございます」


「ああ、おはよ」


俺たちの姿を見ると、彼女らのほうから声をかけてくる。すぐさまズドン、という様子はない。こいつらはホームルームの後に試合開始、と伝えてなかったので、強襲される可能性もあったのだが。


姉も妹も、緊張があるのか含みがあるのか、いつもとはやはりちょっと違った雰囲気をまとっているような気もする。


「…なんか、僕への挨拶がついでのような気がするんだけど」


隣、春原は割といつもどおりではあるが。


「実際、ついでだし」


「むしろ挨拶されたことに驚きだ」


「…へへへ、そう言ってられるのも今のうちだぜ…」


「…」


自分が優勝した後のことを考えているのか、春原は変質者のような目をしてこっそり笑った。


俺はそれを隣で見ながら、苦笑い。


「あの、全然、ついでなんかじゃっ」


「あぁ、委員長、気にしないでよ。気にしてないからさ」


藤林には苦笑い気味にそう言って、再び不穏に笑う春原。


…こいつが一番のジョーカーだよな、実際。


俺はそう思った。…この時は。


「ね、朋也」


春原が椋となにやら話をはじめた(というか春原が絡みだした)のを見計らって、杏が顔を寄せる。


席についた俺と、机に座った杏だから、顔が近い顔が。


「なんだよ」


つややかな髪から、なにかいい匂いがした。


女の髪の匂いって、なぜ男と違って匂いがあるのだろうか。そして人によって全然違う。


俺はなんとなく、顔をのけぞらせて応対してしまう。


「手を組まない?」


「…あん?」


はっと顔を上げて、杏を見る。


いたずらっぽく、秘密を共有するときのような親密な笑顔。俺たちはじっと目を合わせる。


そして、俺は目を細める。


「背中からザックリきそうだな」


「しないわよ、そんなこと」


杏は口を尖らせる。


「最後にあたしたちが残ったら、正々堂々真っ向勝負。それまでは味方よ」


「…」


罠、だよな。


俺はそう考える。


たしかに手を組むのはルール違反ではないだろう。


だがそれでも、結局最後に生き残るのは一組でしかないのだ。最終的には間違いなく敵になる相手。一時的とわかりきっている同盟。その手を組むか、振り払うか。


罠と知って断るか。罠と知って、受け入れるか。


頭の中で、ぐるぐると彼女の意図を探るように考えが錯綜する。


藤林姉妹は、杏はセンサーの守備で、椋が攻撃手だ。


それならば、懸念するほど苛烈なだまし討ちはないかもしれない。それにそもそも、おそらくこういう提案をするからには、椋も了承している。非情な姉はともかく、心優しい妹がそこまで非道ということもないだろう。


「…わかった」


少し考えて、俺は頷く。


「最後までは、味方だ」


「ほんとっ?」


杏が顔を輝かせて…顔が近い顔がっ。


「ああ、本当だ…っ」


俺はまたしても、顔をのけぞらせた。



…。



しばし話をしていると、ホームルームの時間になる。


杏以外にも他の教室から来ていた生徒は三々五々帰っていき、話していたクラスメートも席へ戻っていく。


「…朋也」


「?」


自分も教室へ帰ろうとした杏が、俺の耳に顔を寄せた。


「相棒として、最初の助言よ」


小声で、他に聞こえないように話す。


「このあとね、……」


「…」


杏の提案を聞いて、俺は小さく頷いた。


お互いに、にや、と口の端をゆがめながら。



…。



いつもの退屈なホームルーム。


普段だったらほとんど眠りこけているのだが、今日は違う。


今日のこのホームルームは、いささか冗長ではあるけれど、今日一日の戦いを告げるゴングでもあるのだ。


隣を見る。春原は前を向いてニヤニヤと笑っている。前、といっても教師を見ているわけではなく、見ているのは教室の壁にかかっている時計だ。


藤林も、なんとなくそわそわしているような気がする。肩が少し、浮ついたように揺れている。


「今日は、これくらいかな…」


幾つかの話をし終わって、担任はちらりと時計に目をやった。ちょうどホームルームの時間は終わり、というくらい。


「ちょうど時間だな。藤林」


「起立っ」


立ち上がり、


「礼っ」


そして、


「着席」


キーンコーン…


ちょうど、チャイムが鳴った。


「よしっ」


春原は踵を返して、猛ダッシュ…を、止める。


「うわっ?」


腕を掴まれて、バランスを崩しながらこちらを振り返る。


そして、不敵に笑う。


「なんだよ岡崎。僕の邪魔するの?」


「ああ、そうだ」


「それじゃ、僕は容赦しないよ…っと」


ぐい、と俺の胸に銃口を当てた。


俺も、銃を取り出す。


「遅いっ」


春原が、トリガーを引く…。



…。



が、当然、何もない。


「あ、あれ…?」


「いや、俺、おまえと違ってセンサーつけてないから」


「そうだったーーーっ!!」


ここにバカがいます。


春原は頭を抱えて転げ回った。


「あの、春原くん、降参してください…」


椋も近くへ来て、銃を控えめに構えている。こいつもセンサーは持ってないから、攻撃される心配はない。


「はいはーい、ちょっと失礼」


そこに杏登場。


「あ、杏! く、くそっ、こうなったらおまえを人質に…ぶげふっ!?」


春原は銃を構える前に漢和辞典を投げつけられて、仰け反ってもだえた。倒れないあたり、足腰が強い。


「朋也、こいつ抑えて」


「ああ」


「椋、構えたままね」


「うんっ」


「それじゃ…」


今日は春原の胸ポケットのあたりをまさぐって…


「いっただき〜」


指に挟んだ板状のセンサーを顔の前に掲げた。


「ああ〜っ、僕のセンサーがっ」


「朋也、押さえたままよ」


「ああ」


「椋、こっち」


「う、うんっ」


椋が銃口を…杏の差し出した春原のセンサーへ向ける。


「ああっ、ちょっ、待ってくれっ」


「はい?」


「なぁに?」


藤林姉妹が、恐ろしく無邪気な笑顔を春原に向けた。…俺は春原に同情したくなってきた。


「椋、やっちゃって」


「はいっ☆」


「ああーーーーっ!!」



…。



……。



「冗談です」


トリガーから指を外した椋が、にっこり笑った。


「…」


楽しそうだな、おまえ…。


「…はぁ…はぁ」


春原は叫んだせいでものすごく汗をかいている。哀れな姿だった。


「さぁて、陽平くん?」


杏がにっこりと笑って、春原の前でセンサーをぷらぷら揺らす。


「さっそくギブアップにはなりたくないわよねぇ?」


「く、杏、頼む、おまえたちは狙わないからさ、頼むから返してくれよ」


固い笑顔で懐柔をはかる春原。


「それって、協力関係ってこと?」


「あぁ、お互いは狙わないってことにしてさっ」


「椋」


「……(ニコッ)」


チャッ!


「ああーーーっ!」


椋がトリガーに再び手をかけると、じたばた暴れる。


「陽平、勘違いしてない?」


杏が、輝かんばかりの笑顔を春原に向けた。


「協力関係なんて、対等な立場になるつもりはないわよ」


「へっ?」


「あんたは、下僕よ」


「えっ?」


春原は、呆けた顔で杏を見た。


「返さないわよ、コレ。死にたくなければ、あたしたちの手足になってキリキリ働きなさい」


「なんで僕がそんなことしなきゃいけないんだよっ」


「それじゃ、今ここでギブアップ?」


「くっ…」


春原が唇を噛む。


「…岡崎っ。岡崎はこんな奴と組むつもりなのかよっ?」


「いや…俺も少し後悔し始めてるところだ…」


杏…こいつ、絶対裏切る気満々だよな?


「こんな奴ですって?」


「ひぃっ」


「あの、春原くん…もう諦めて、一緒に戦いましょう」


脅迫者とは思えない優しい言葉を掛ける椋だった。まさに飴と鞭。


「…」


春原は、しばらく考え込んで…


「わかったよ…。今は、仲間になるよ…」


「あ、下僕だから」


「下僕になりますよっ」


惨めな姿だった。


「それじゃ、コレは預かっておくわね」


杏はそう言うと、春原のセンサーを胸ポケットにしまう。


恨めしげに見られているのだが、むしろそれが快感、という表情だった。


…信頼できない仲間ができた。


杏がホームルームが始まる前に俺に呟いた言葉。


「ホームルームが終わった直後に、あんたと椋で陽平を取り押さえておいて」


…結果、こうして俺たちは自由にできる突撃兵…手駒を手に入れたのだった。


戦いはもう始まっている。


俺は、これからのことに思いをはせた。


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