folks‐lore 4/25



191


カシャアッ、とカーテンをひく音。


「岡崎、朝だ。起きろ」


「…ウソだろ!?」


頭上から聞こえたありえない声に、俺は飛び起きた。


そんな姿を、長髪の下級生が笑いながら見ていた。


「すぐに起きたな。寝起きはいいんだな」


「なんでおまえがここにいるんだ…?」


俺はじっと…智代を見た。


これは、夢か?


なんで智代が俺の家にいる?


「うん、昨日世話になったからな。礼をしようと思って、起こしに来たんだ」


「…」


俺は顔をしかめた。


「なんだ、その顔は。面白い顔だな」


智代は笑いながら、俺に顔を寄せる。


そして不意に、俺の両頬を手でつまんだ。


「こうしたら、もっと面白い顔だぞ」


「…おい、コラ」


顔を振って、手を振り払う。


「…風子と芽衣ちゃんは?」


「もう起きているぞ」


ひとつの懸案事項を尋ねると、智代はすぐに答える。


「そうか」


もう彼女らとは、会っているらしい。


「下で待ってるからな。早く着替えて、降りて来い」


智代はそう言うと、振り返って、出口へ歩いていく。


颯爽とした歩みだった。普段見慣れた挙動でも、自分の部屋で見てみると相当な違和感。


「あぁ、そうだ」


部屋のドアに手をかけた智代が振り返る。


「あの子たちがこの家で暮らしていることは、口外しないほうがいいのか?」


「…お願いします」


「そうか」


智代はひとつ頷いて、出て行く。


…俺はもしかして、彼女に致命的な弱みを握られたのだろうか?


立ち上がり、着替えを始めながら…智代に、風子や芽衣ちゃんを泊めていることがばれてしまったな、と思う。


先ほどの智代の言葉を思い起こしてみて、そのことについて同情してくれているのか、否定的な見解のなのか、よくわからない。


「…」


ひとつ、息をつく。


事態は動いてしまったのだ。それに合わせていくしかない、か。


頭を振る。


窓の外からは朝の光が差し込んでくる。


俺はふと、机の上の銃を見る。


ゾリオン。


…今日もまた。


楽しい一日になりそうだった。





192


食卓に下りると、既に朝食の準備は完了しているようだった。


居間を覗くと、ひとりちょこんと座っていた風子が顔を上げる。


「おはようございます」


「ああ、おはよ」


ご飯、味噌汁、煮魚、だし巻き玉子、おひたし、大根おろし。


…めちゃめちゃ品数の多い朝食だった。


それにしても、大根おろしが単体のメニューというのは始めてみた。


大根サラダ的に食え、ということだろうか。なんだか新鮮。自分で作っているだけだと、食卓にのぼらないようなメニューだ。


「智代は?」


「洗い物をしてます」


「ふぅん。芽衣ちゃんは?」


「お父さんを起こしてます」


「そっか」


今日の食卓は、五人前。


この家でこんな人数で朝食を囲んだことはなかった。


さすがに食器が足りなかったのだろう、智代のものと思しき食器は似つかわしくない洋風のものになってしまっている。


「すげぇ、豪華だな」


「はい。二人がかりで作っていたので」


「なるほど」


それで、いつもの倍ということか。


智代の奴、起こしに来たとか言っておいて、こんなことまでしてくれるとは。


なんだかむずがゆいような気分だ。


「あぁ、岡崎、やっと降りてきたか」


智代が入ってきて、俺の顔をみとめると、にこっと笑った。


「悪い、こんな作ってもらってさ」


「いや、私はあまり作っていない。春原の妹がほとんど準備していたからな。少し手伝っただけだ」


なんでもないように言う。


「悪いな、ありがと。すげぇうまそうだよ」


「ありがとう。食べてから、また感想を聞かせてくれ」


智代はにっこり笑う。朝から随分涼しい笑みだ。


どうでもいいけど、智代が寝ぼけ眼だったりだるそうにしている姿って、あまり想像がつかない。


「あ、岡崎さんっ。おはようございますっ」


もうひとりの、寝ぼけ眼が想像付かない人物…芽衣ちゃんが、にっこりひょっこり、居間に入ってきた。


「おはよ」


「お父さんっ、今日もビリですよ。ほら、早くこっちにどうぞ」


「ああ、そうだね…」


その後に続いて、親父が居間に入ってくる。


そして…


親父が、一瞬びくっと体を引きつらせて、智代を見つめた。


「えぇと、君は…?」


お…


親父、めちゃくちゃ動揺してるーっ!?


いやまあ、毎日のように朝食を囲む人員が増えたらそりゃ驚くだろうけど。


「おはようございます」


智代はにこりと笑って小さく、礼。


「私は坂上智代。岡崎には…朋也さんには、いつも世話になっている」


親父も同じ岡崎だからか、言い直す。


「朋也くん…?」


それを聞いて、親父は問いかけるようなまなざしを俺に向けた。


「あぁ、ちょっと、手を貸したことがあったんだ。その礼で、今日はたまたまだよ。今日だけだろうけど」


「いや、岡崎が言うなら毎日でもいいぞ。ここは私の通学路の途中だからな。別に負担ではない」


「…」


智代、おまえはもう少し遠慮してくれ。


親父は途方に暮れたように遠い目をした。普段から結構遠い目をしてる人だけど、これほどとは…。


「ほら、お父さんも掛けてください」


芽衣ちゃんがにっこり笑って、各自のコップに麦茶を注いでいく。


「ああ。せっかく作った料理が冷めたらもったいないですし、お父さんもどうぞ」


「風子もうお腹すきました。お父さんも早く座ってください」


三人の少女にお父さんと促されて、親父は困惑を隠せないままに座った。



…。



昨日も芽衣ちゃんがいたおかげで食卓は随分賑わったが、今日は更に智代が加わって、一層拍車がかかった感じ。


というか、ついに元祖岡崎家(俺と親父)は少数派になってしまったな。


料理はどれも簡素ながらもしっかり作られていて、かなり満足のいく味だった。


親父も素直に、うまいうまいと箸が進む。


智代と芽衣ちゃんが主になって、会話はポンポンと小気味よく飛んだ。


芽衣ちゃんと春原は性格が違うような気がするが、母親と父親も春原兄妹に性格的に似ているのかという話から、自然、我が家の話に流れてくる。


「岡崎は、お父さん似という感じがするな」


「あ、わたしもそう思います。お母さんを見たこと、ないですけれど」


「輪郭や口元はそっくりだな。目元なんかは、お母さん似なのか?」


「さあな」


俺は肩をすくめて見せる。


母親の顔は、ほとんど覚えていない。


物心がつく頃か、その前か…俺の幼い頃に、事故で死んでいる。


だけど、顔を全く知らないわけではなかった。おぼろげに、印象だけは、名残だけは心の底にあるような気がする。


小さな頃、親父の部屋に忍び込んで、粗末な書き物机の上に載った写真立てに母親の顔を見たことがあった。


この人が俺の母親なのだ、そう思った時、俺が感じたのはなぜだかわからないような、奇妙な罪悪感だった。


…昔の話だ、そんなこと。


智代の言葉に一瞬だけそんなことを考えてしまったが、振り払う。


気付かれないようにちらりと親父を見てみるが、親父も母親という言葉に反応はしていない。


「智代、そういえばさ…」


俺は慌てて、話の接ぎ穂を彼女に求める。


言いながら、やはり、胸の疼きは消えてはくれなかった。






193


俺、風子、そして今日は智代も一緒に登校。


風子はあまり智代に馴染みがないからだろう、警戒した様子で口数は少ない。


智代、俺、風子と横並びに歩いていく。俺と智代がぽつぽつ話すのを、じっと見ている。


「…そういえば、この間もらった彫刻だが、部屋に飾っている」


そんな様子を見かねてか、智代は風子にそう話しかける。


「…!」


風子はびくっと顔を上げると…俺を道の片隅まで引っ張ってくる。


「岡崎さんっ。あの人、ものすごくいい人ですっ」


「おまえ、すっげぇ単純な」


「あのヒトデのよさがわかる人に、悪い人はいないです」


「…」


智代は果たして、あれをヒトデとして認識しているだろうか? 星の形だと思ってるんじゃないのか?


…再び、智代のところに戻る。


並んで歩き始める。


「…あの」


風子が、様子をうかがうようにしながら、智代に話しかける。


「うん、なんだ」


「あなたも…持ってるんですよね?」


懐から銃を取り出す風子。


「うん。私も参加するからな」


智代も鞄から銃を取り出して、手の中でいじくる。そして、ぽんぽんと胸の腕章の辺りを叩いた。そこにセンサーがあるということだろう。


俺と風子はアタッカーだから、センサーは持ち歩いていないが。


「なるほど…」


風子はそんな様子を見て、うんうんと頷く。


「わかりました…。風子のヒトデの良さをわかる同士として、少し手加減してあげないこともないですっ」


「…」


すっげぇ身の程知らずなことを言っていて、俺は笑った。



…。



学校へ行く途中で、宮沢にばったり会う。


「あ」


「あ」


俺たちは顔を合わせてぽかんと言って、挨拶を交わす。


「おはようございます、朋也さん、ふぅちゃん、坂上さん」


「あぁ、おはよ」


「ゆきちゃん、おはようございます」


「おはよう」


宮沢が隣に並ぶ。


「朋也さん、今日のお昼、よろしくお願いしますね」


「あぁ、飯のことな。楽しみにしてるよ」


「いえ、期待されるほどではないんですけど」


はにかんで笑う。


「あと、今日のゲームも」


「あぁ、お手柔らかに頼むよ」


「それは、どうでしょうか」


宮沢はにこにこと笑っている。


そうして、話をしながら、自然風子と宮沢が先行し、智代と俺が隣に並ぶ。


「なあ、岡崎」


「なんだよ」


「岡崎は、お父さんと折り合いが悪いのか?」


「…」


俺は黙り込む。


やはり、気付くか。


真っ向から尋ねるあたりが智代らしい。


「男二人が仲良く暮らすなんてなかなかできねぇよ」


「…」


智代はじっと、俺を見ていた。


春の光。柔らかい日差し。


それは、俺と智代の周りにだけは、差し込んでいないような気がした。


しばし、揺れる宮沢と風子の髪を見ながら、無言に歩く。


「…喧嘩ってわけじゃない」


俺はぽつりと呟いた。


「中学生の、終わりの頃にさ…」


俺は、ゆっくりとかつてのことを語りだす。


別に面白い話ではない。こんな話をして同情してほしいわけでもない。


だけど彼女が、この話をされることを、望んでいるような気がした。


俺の怪我と、その後の不和。


大して長い話ではない。


智代は考え込むような表情で俺の話を聞いていた。


「…そうなのか」


一息ついて、彼女は俺を見つめる。


「思ったとおりだ」


「なにがだよ」


「おまえはやっぱり、私に似ているな」


「?」


なんだ、いきなり。


智代の顔をまじまじと見ると、にっこり笑顔を返される。


「ずっと、思っていたんだ。岡崎と話していると、不思議と落ち着く、と。うちの学校はみんないい奴だけど、私には少し上品過ぎるからな」


「おまえはその上品な奴らの、リーダーになろうとしてるんだろ」


「うん。やりたいことがあるからな」


智代は真っ直ぐ、前を見る。もう学校は近い。


「…あまり人に話してまわる気はしないが、おまえになら、聞いてほしい」


「なにをだ?」


「私が、おまえと似ているという話だ。少し長い話だからな。また時間がある時にしよう」


智代はそう言うと、少し笑った。


学生寮の手前で、渚と春原がなにやら話しながら、人待ち顔に立っているのが見える。


春原の奴、ちゃくちゃくと真面目に起きるようになっているよな…。


渚が俺たちに気付いて手を振って、春原は鞄を肩に下げた。


俺たちは合流して、坂を登っていく。


わいわいと騒ぎながら、歩いていく。






194


朝のホームルームが終わったらバトルスタート、という話になる。


たしかにこの朝の人手の中で銃撃戦を始めたら、かなり面白いことになるような気もする。


不意打ちができなくなったことで春原は結構不満そうだったが、智代のひと睨みで解決。


「…渚ちゃんは、もし勝ったらなに命令するつもりなの?」


「えぇ、わ、わたしですかっ」


春原に問われて、渚はうんうん考え出す。


…全然自分が優勝というイメージは無いようだった。頼むよ、俺の相棒。


かといって、俺ももし優勝したらどうしようなんて意見は無いけれど。


「全然思い浮かばないです。それに、きっと、わたしじゃ優勝できないですし」


「ひとりで戦うわけじゃないだろ」


頼りない様子の彼女に、横から首を突っ込む。


「ふたりでやれば、なんとでもなるだろ」


「…はいっ」


少しだけ、表情は明るいものになる。


ま、なんにせよお遊びだ。負けたら死ぬわけでもない。


「朋也さんは、優勝したらどうするんですか?」


「俺?」


宮沢の問いに、俺は頭をひねる。


なにかあるだろうか。


改めて考えてみて、なかなか思い浮かばない。


せっかくだし、こんな機会じゃないとできないようなことを、などとも思うが、実際問題なにか案があるわけでもない。


「ま、その時に考えるよ。ていうか、おまえだって今から決めてるわけでもないだろ?」


「えぇと…」


宮沢は、微妙な苦笑を返してきた。


「え? もう決めてるの?」


「まぁ、多少は」


「なに?」


「それは、その時がきたら、ということで」


宮沢はそう言ってころころと笑う。俺はなんだか、狐につままれたような気分。


「私は…そうだな、今度生徒会長選挙の校内演説があるからな、それにクラスメートでも誘ってきてもらう、という風にしようかな」


「票を入れろ、とかじゃないんだな」


「そんな不正行為はしない」


智代は口を尖らせてそう言う。真面目な奴だった。


「春原にちゃんと朝起きるように、とかじゃないのか?」


てっきり、そういう方面からの参戦かと思ったが。


「いや、こいつは命令なんてしなくてもなんとかなりそうな気がしてきたからな」


「へっ、智代、僕がこのまま思い通りになると思うなよ?」


「おまえは、どうしてそんな自分から自堕落な生活をしようとするんだ…」


智代は呆れたように息をついた。


「風子は、そうですね…ずばり、ヒト…いえ、なんでもないです。優勝した時のお楽しみ、ということにしておきます。ですがみなさんにとって、罰ゲームというよりは大サービスになってしまうかもしれません」


「いや、罰ゲームだと思う」


「そう言っておいて、大喜びでヒト…風子の命令を聞く岡崎さんの姿が、風子には見えました」


「…」


ヒャッホーーーゥ! とでも言っている俺の姿でも見たのだろうか。


ま、なんにせよ…


智代と風子が勝つのなら、そこまで被害は甚大にはならないだろうな、という気がする。


問題は…春原、杏、オッサン…ってとこか。下級生は多分おかしな命令はしてこないだろうしな。


そんな計算を、頭の中であれこれ。


勝負の始まりの時は、そろそろ近い。


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