folks‐lore 4/23



158


適当に授業を抜け出して、風子と一緒に木を彫る。


歌劇部の部室だ。


「そういや、なんでここなんだ? 資料室でもいいじゃん」


ふと思いついてそう聞くと、風子は嫌そうな顔をした。


「ゆきちゃんがいるならいいんですけど、時々、わけのわからない男の人がきます」


「あぁ、なるほど…」


俺は苦笑する。


お友達の男たちと鉢合わせたことがあるのか。昨日の俺みたいだ。


だが、風子はああいう奴らとどういう会話をしたのだろうか、と思うと想像がつかなくておかしい。


「今、ヒトデ、どれくらいある?」


「十三個です」


「そうか…」


エコバッグに、ヒトデの彫刻が詰まっている。


見てみると、それぞれ出来が違ったりして、意外に作者の個性が出ることに気付く。


宮沢や仁科はきっちり作っている。このふたりは完成度が高いから、どちらがどちらかもよくわからないくらい。


バランスが悪いのは杉坂や原田。まあ、初心者だしな。俺は、まあまあできているほうだろう。


「…これ、やたら形が悪いな」


ひとつ、ひどい出来のがある。


「渚さんのです」


「…」


渚…!


おまえの、美術センスは…最悪だっ。


というか、不器用すぎ!



…。



休み時間になると、在校生へ声かけ。


「あの、すみません…っ」


「え? なに?」


風子が声をかけて、彫刻を渡していくのを俺は少し離れたところから見守る。


言うまでもないが、反応は微妙だ。


それは、仕方がないとも、思う。


いきなり彫刻をプレゼントされるだけでも面食らうのに、その上、結婚式に参加してくれ、ときた。しかも、見ず知らずの教師の結婚だ。


それを素直に祝おうという奴なんて、いない。


大抵は受け取ってもらえなかったり、あとは予定が合えば行く、などという感じでお茶を濁して終わるか、というところだ。


だが、風子はそんな結果でも素直に喜んでいた。


あの人は、予定が合えば来てくれると言っていたから、きっと来てくれます、と。


それは、風子の純粋さだ。純粋さで、幼さで、不器用さで…


俺は、風子を応援してやりたいと、改めて思う。


風子も、少し…俺に、似ているかもしれないな、と感じた。


小さな背中は、再び、通りかかった男子生徒に声をかける。


「あの、すみませんっ」


「…俺?」


「はい、あなたです」


「なに?」


「よろしければ…これを、どうぞっ」


「…何コレ?」


「はい、これは、ですね…」


がんばって、説明している風子。


…あれ?


俺は気付く。


風子が今喋っている男子生徒は、俺の前の席の男だった。


「よければ、貰ってやってくれよ」


「…岡崎?」


風子の話を聞いていた男が、ぽかんとした表情で俺を見る。


「話、聞いただろ」


「あぁ、まあ、結婚式に出てって…」


「はい。お願いします」


「いや、でも…おまえら、知り合い?」


俺と風子を見比べる。


「はい。岡崎さんは、風子のおにぃちゃんです」


「あぁ、君、風子って名前なんだ。一年生?」


「…はい、そうです」


在籍学年は一年だ。それは間違いではない。年は同じだけどな。


「へぇ。おまえ、妹がいたんだ…」


男は、しげしげと俺を見ていた。


「なにか問題でもあるか?」


「いや、悪い、なんでもない」


ぽりぽりと頭をかいた。


「結婚式、来てくれますか?」


「ああ。俺でよければ、喜んで行くよ」


男はにっこりと笑った。


あれ…?


今までにない、好感触。


こいつ、俺と仲がいいわけでもないのに、よくこんな面倒を引き受けてくれているな。


実はお人よしなのだろうか。


「はいっ。ありがとうございます」


ここまで言ってもらったのは初めてで、風子も嬉しそうに頭を下げる。


「いや、構わないよ。それじゃあな。岡崎も、じゃあな」


「あ、ああ…」


なんだか、いつになく爽やかだった。男は片手をあげて、去っていく。


俺と風子は、その後姿を見ていた。


「いい人でした」


「ま、そうだな…」


あいつ、そんな爽やかキャラだっけ…?


いや、まあ、性格なんてよく知らないけれど、少なくともあんなキャラではなかったような…?


俺はひとり、首をかしげた。



…。



また部室で木を彫るという風子と別れ、教室に戻る。


隣の席は…空席。


自分もそうだけど、春原も、一体何して時間を潰しているのだろう。俺は苦笑する。


あいつはあいつで、出席を計算はしているだろう。心配しても意味がない。


「おい、岡崎」


机から次の授業の教科書を出していると、前の席の男が俺を振り返る。


「なんだよ」


「というか…お兄さん」


「…」


「…」


バキッ!


「いってぇ!? なんで、いきなり殴った!?」


「いや、気持ち悪くて…」


「ひどいこと言うな、おまえ…」


苦笑している。


「なんだよ、その呼び名」


「おまえ、あの風子ちゃんの兄だって言ってただろ」


「ああ、そうだけど?」


話が見えない。


「だから、お兄さん…だ」


「…」


本当に話が見えない。


俺の困惑を感じたのだろう、男は説明を始めた。


「岡崎風子ちゃん」


「…」


いや、名字は違うけど、でも妹と言ったから、そう勘違いしても無理はないか。


「俺は、さ、岡崎…」


遠い目をしている。


「あの子のこと、応援したいって思ったよ。あの、姉を思う健気さとかさ。それに、すごく可愛い子だよな」


「…」


「別に、ただ見てるだけってつもりじゃない。もっときちんと、応援したい」


男は、俺を見た。真っ直ぐに見た。


その瞳は、ぎらりと力強く、燃えている。


「俺は…風子ちゃんの親衛隊を、結成する!」


…力強く、萌えている……。


「はあ?」


「だから、おまえは俺にとっても、お兄さんなんだ」


「…」


バキッ!


「ぐっ…お、俺のことを認めてくれ、岡崎!」


バキッ!


「俺は、諦めないぞ…!」


「…」


あまりにも本気の目をしていたので、俺は戦慄した。


「…いや、まあ、別にいいけどさ。おまえって、ロリコン?」


「俺はロリコンじゃないっ。でも、風子ちゃんのことが好きで、それでロリコンと呼ばれるなら…俺は、自分がロリコンだと胸を張って言おうと思う」


どっちなんだよ。よくわからねぇよ。というか、気持ち悪いぞ。


しかし堂々としていて、男前のような気もした。いや、勘違いかな…。


俺は頭を押さえる。


頭痛…。


なんだか、新しい面倒ごとが持ち上がったような気がした。


「…好きにやってくれ」


「ああっ。岡崎、ありがとう!」


いい、笑顔…。


俺は、苦笑するしかなかった。






159


休み時間、資料室にいた。


その前に図書室に寄って、ことみには今日も昼は来いと呼んでおいた。


原田もいるし、結構な人数になってしまうだろう。


やって来た宮沢に手伝ってもらい、近くの空き教室から机とイスを調達する。昼休みの準備だ。


といっても、一往復。すぐに終わり、腰を落ち着けて話をする。


前の休み時間に風子の親衛隊(隊長)が誕生した話をすると、宮沢は楽しそうに笑った。


「それは、面白いですねっ。ふぅちゃん、可愛いですから、わかりますけど」


「こっちは実害こうむってるから、笑ってられないぞ」


「そうですね。前の席の人にお兄さんって呼ばれたら、びっくりしますね」


「びっくりっていうか、気持ち悪いからな…。男から、兄呼ばわりはな…」


「…女の子からだったら、いいんですか?」


「え?」


ぱっと宮沢を見ると、いたずらっぽく笑っている。


「わたしからだと、ダメでしょうか? …朋也おにいさん」


「…」


俺は頭を押さえる。


頭痛…。


いや…頭痛じゃない!?


なんだ、この胸の奥からぽかぽかする感じは…!?


めちゃめちゃリフレッシュしてきたぞ!?


「…」


俺は、少し恥ずかしそうにこちらを伺っている宮沢を見て…デコピン。


「…きゃっ」


「すっげぇ、たちの悪い冗談だぞ」


「そうでしょうか。喜んでくださると思ったんですけれど」


「…」


俺は宮沢にどう思われているのだろうか。


「他の奴にはお兄さんって呼んだりしてないだろうな?」


「さすがに、してないですよ」


そりゃ、そうか。


「朋也さんは、わたしのお兄さんに似ているので。だからですよ」


「ふぅん…。どこが?」


「それは…雰囲気ですね。ちょっとだけ、です」


手を合わせて、にっこりと笑った。


なんとなく、とりとめのない答えだ。


わかるようなわからないような。


「…ミステリアスなところ?」


「あ…その話…」


宮沢は気まずげに、笑った。昨日、お友達の男から聞きだした宮沢の俺への印象。


「朋也さんは、ちょっと大人びて感じることがありますから。だから、ですよ」


ぎこちない調子で言葉を続けた。


「ふぅん…?」


「あ、も、もう授業始まっちゃいますねっ。わたしは、これでっ」


慌てて、資料室を出て行った。


…なんだったのだろうか?


なにか、聞かれたくないことだったのかもしれない。


俺がひとり、資料室に残される。


…コン、コン。


引き戸の反対側…窓ガラスのほうから、ノック。


俺は振り返る。


「…!?」


宮沢のお友達の、昨日の男が苛立った様子でそこに立っていた。


窓の鍵が閉まってるから、開けろということだろうか…?


「…」


「…」


コン、コン。


見詰め合って、男は再び、ノック。


俺は…。


「さあ、授業に行くか」


踵を返した。



コンコンコン!

コンコンコンコンコンコン!

コンコンコンコンコンコンコンコン!!



「って、うるせぇよ!」


まあ、逃げる気はなかったが…。


ガラス窓を開けてツッコミを入れた。


「岡崎、てめぇ、シカトしようとはいい度胸じゃねぇか」


「もう宮沢いないけど、何の用なんだよ?」


「ちっ、さっきからいたんだが、なんとなく中に入れなくてな…」


「はあ? 別に入ってくればよかったじゃん」


「バカか。俺は空気が読める男なんだよ」


「…? あっそ」


よくわからないが。


「ていうか、てめぇよぉ、なにゆきねぇにおにいさんなんて呼ばせてんだよ」


「おまえ外で聞いてんだろ? 宮沢が最初に言い出したんだろうが」


「そういう問題じゃねぇよ。あいつに、兄みたいな存在ができたってのが、大問題だ」


「はあ?」


何を言われているのかよくわからない。


ただのお遊びだろう、と思っているのだが。


「…あぁ、宮沢の兄貴がすげぇシスコンで、俺以外に兄と呼ばれる奴は許せない…とか?」


あんな妹がいたらそりゃ猫可愛がりしてしまいそうだし、その宮沢の兄貴の気持ちはわかる。


「ちげぇよ。まあ兄妹仲はよかったらしいけどな」


「じゃ、なんだよ?」


男は、じろりと一瞬俺の瞳を覗き込んだ。


深く、深い視線だった。


深層心理まで掘り出すような奇妙に鋭いまなざし。


俺はいぶかしんで目を細める。


一瞬、男が非常に老成して見えた。


「ま、んなこと、今のてめぇに言ってもしょうがないな」


「…」


「だがな。ひとつだけ言っておく」


男は踵を返した。窓枠に足をかけて、顔だけをこっちに向けた。


「ゆきねぇに兄と呼ばれるのは、特別なことなんだよ。そんな奴、周りにはいないんだよ。それを、肝に銘じておきな」


そう言うと、大きな体を、空に躍らせた。


身軽に駆け出すその姿を、俺は呆然と眺めていた。



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