folks‐lore 4/21



122


部員が揃って、昼食の予定。俺はさっきまで春原たちと一緒にいて遅れてしまっている。


予定があるから、と彼らと別れ、旧校舎に急ぐ。


俺は四時間目のうちに昼は食べているのだが、それでもなんとなく急いでしまう。


渚、宮沢、風子、仁科、杉坂。あいつらって、どんな会話してるんだろう。


新校舎と繋ぐ渡り廊下を歩き、旧校舎の端を目指す。


資料室の手前まで来て、軽く息を整えると、ドアを引いた。


「よぉ」


「岡崎さん」


渚を筆頭に、少女たちが俺の名を呼んだ。


見てみると、きちんと全員集合し、食事はそろそろ食べ終わる頃、という感じだった。


というか、改めて見てみると、なんか女ばっかだな…。


食事を囲んでいる女子、というのはある種の結界みたいなもので、そこに混じるのはかなり恥ずかしい。


遅れた詫びを言いながら、隅のほうに加わろうと足を踏み入れる。


そして、改めて彼女らの席次を見る。



奥側。杉坂、宮沢、渚。

手前。仁科、空席、風子。



…。



「なんでど真ん中を取ってあるんだよっ」


めちゃめちゃ恥ずかしい場所が残されていた。


息をついて、席につく。


「お茶を淹れますね」


手前の宮沢がにっこり笑った。


「ありがと」


俺の登場で、話の腰を折ってしまったようで、他のやつらは伺うように俺を見ている。


「…部員は見つかりそうか?」


仁科に水を向ける。


「いえ、それが…」


気まずげな笑いを、杉坂に向ける。


「はい…」


杉坂も、疲れた様子に頷いた。


他の連中を見回してみると、一様に浮かない表情。


「どうかしたのか?」


「…岡崎さん、私たちの噂、知っていますか?」


「…」


俺は、深く息をついて、背もたれに体重を預けた。


ああ、そういうことか。


一同を見渡す。


翳った表情。


…俺たちの、噂。


夢を追う合唱部と、それを阻もうとした不良。


そして最終的に、その不良を筆頭にして純粋な夢を追っていた合唱部は吸収合併されている。


そう、思われてる、噂だ。


どうやら、その話をしていたようだった。


「ごめん、俺のせいだな」


「ちがいますっ。先輩は、悪くありませんっ」


杉坂が、強い調子でそう言った。そして、頭を下げる。


「私が、勝手なことを言っていて、それで、迷惑をかけてしまって…すみませんっ」


「頭を上げろ」


「本当に、すみませんっ」


「いいから、頭を上げろっ」


「…」


杉坂が、ゆっくり顔を上げた。


表情は歪み、唇をかみしめ、俺を真っ直ぐ見ることはできなかった。


「そんなこと言ってるだけじゃ、進まないだろ」


「…」


「俺がいない間、その話をしてたのか?」


視線、渚に向ける。


「はい。わたし、そんなことになってるなんて知らなくて…」


「いや、しょうがないだろ。俺だって、最初聞いたときは驚いた」


渚も、申し訳なさそうに目を伏せていた。


…お前は何も悪くないんだよ、と言ってやりたい。肩を抱いてやりたい。慰めてやりたかった。


俺は腕を組んで、考える。


目の前、宮沢からコーヒーが差し出される。


伺うように俺を見ている宮沢を、湯気越しにちらりと見る。


「なにか、いい案はあったか?」


「いえ、なかなか」


宮沢の苦笑い。


たしかに、そうだ。聞いてすぐにいい案なんて、なかなか浮かばない。


「…風子、なにかないか?」


風子にも水を向けてみる。


「岡崎さん、お気持ちはわかりますが、困ったらすぐ風子に聞くのは止めてください」


風子は迷惑そうにそう言って…咳払い。


「ん、ん、困ったおにぃちゃんですっ」


兄の設定を、慌ててフォローしている。


「頼りにならなくて、悪かったな…」


「いえ、岡崎さんは、すごく頼りになりますっ」


「は、はいっ。私もそう思いますっ」


渚と仁科が、フォローしてくれた。


「まぁ、どうするかな…」


「もう一度、整理しましょうか」


宮沢がにっこり笑った。


「問題は、演劇部と合唱部の仲が悪いと思われていることですよね」


全員、話す彼女を見つめて頷く。


「しばらくは、噂みたいに仲が悪いと見えるような素振りは避けないといけないとは思います」


「まあな…」


現状維持。ひとまずの応急手当みたいなものだ。


「あ、それならさ」


言葉を聞いていてふと考え付いた俺は、宮沢の説を先に進める。


「俺たちが噂みたいに険悪じゃなくて、仲良くやってるところを他の奴らに見せれば、噂も静まるんじゃないか? 噂の否定は、噂でやったほうがうまくいくだろうし」


「あ、なるほど」


「えぇと、つまり…」


仁科が、戸惑ったように俺を見る。


「そうだな…」


「岡崎さん」


渚が、俺を呼ぶ。張り詰めた表情は、柔らかくなっていた。


「それでは、今日の部活は、学食でこれからの相談をしましょう」


「あ、そうだな」


和やかムードで両部員が揃っていれば、噂を知っている奴はその話が嘘だったと感じるだろう。そして、学食のあたりは放課後も人が通る。広いし、部活するにも悪い場所ではない。


和解している姿を見せる、という政治的アピールみたいな方法。


俺と仁科が弁解して回ったりしても、話は白々しくなってしまうだろう。


回りくどいやり方かもしれないが、ゆっくり噂を振り払っていくしかない。


「…そういうことですか。わかりました」


少し考え込んでいた仁科も、納得した表情になる。


「杉坂。異議とかある?」


「いえ、私も賛成です。…こっちが、そういう案を思いつかなきゃいけないんですけど」


「おまえは、気にしすぎだぞ」


杉坂の表情は、一安心したようであっても、晴れやかではない。


仁科と共に部活を作ろうと決めた、彼女の性格。周囲の横槍をなにがなんでも跳ね飛ばそうとした、それは彼女の純粋さだ。


それが裏目に出ていて、ここまで沈んでいる。強情というか、責任感が強いというか。


彼女に対しても、何らかのフォローをした方がいいだろう。こっそりなにか、声でもかけてやろうと考える。


「…今日は勧誘はしないんですか?」


隣、風子が聞いた。


「あ、そうですね…」


渚が俺に目をやる。


「…やめとこうぜ」


朝、藤林の占いの結果を思い出して、いきなり後ろ向きになってしまう俺だった。


「わたしも、今日は状況が悪いと思います」


「そうですよね」


宮沢も賛同し、渚は少し残念そうに、笑った。


部員集めができない。それは、俺たちにとってけっこう致命的なことではある。


だが、状況が状況だ。


「今日のところは、これからの話し合いでもするか」


「はい、そうですね」


話が一区切りついたところで、昼休みが終わりそうだと気付く。


俺たちは食事の後片付けをして、資料室を出た。





123


「岡崎さん」


「ん?」


教室に戻る途中、渚が隣から俺を見上げた。


「あの、噂のこと、大丈夫でしょうか?」


「まだ、なんともいえないな」


「そう、ですね」


歯切れが悪い、渚。


「そんな心配するなよ」


「はい…」


「もっと気楽に構えてれば、いつの間にか噂も消えるし部員も集まってくる」


そう言っても、渚はやはり、不安そうな表情だった。


それも、仕方がないかもしれない。


今や彼女は部長なのだ。もし、十人揃わなかったら、創立者祭の発表はどうしようなどと気をもんでいるのかもしれない。


あるいは、仁科や杉坂との関係が再び悪化するかも、などと考えているかもしれない。


彼女の心中はわからないが…だが、実際、今こうして彼女の周りには志を同じくしてくれた仲間が何人もいるのだ。


ひとり考え込んでいるよりも、みんなでその重みを分け合えればいい。


悩みの種があるならば、全員でそれを突っつけばいい。


「今日は気軽に話でもしてさ、これからの部員の勧誘の方法を考えようぜ」


「はい…」


「うまい文句でも考えてさ。美人部長が待ってます、とか」


「はい…って、待ってないですっ」


隣、渚がぶんぶんと首を振った。


「でも、バンバン見学者が来そうじゃないか?」


「がっかりして、皆さん帰ってしまいますっ」


そんなことないと思うけど…。


だが実際、知りもしない下級生が来て渚をちやほやし始めたら、俺はそいつをぶん殴ってしまうかもしれないな、と思う。


…いや、殴りはしないけれど。だが、やはりいい気はしないよな。


「じゃ、美人部員が待ってます」


「岡崎さん、その方向性が間違ってると思います」


「ああ、そうかもな…」


「…ですけど」


憂いのある表情を前に向けた。俺と渚の前、仁科と杉坂喋りながら歩いていて、その前に風子と宮沢が手を繋いで先頭にいる。


昼休みも終わりに近づいて、旧校舎の部室で昼食を食べていたであろう生徒が新校舎へ戻る流れを作っている。


そして、その逆、次の授業が移動教室であろう生徒も逆流するように歩いてくる。


昼休み終わりの喧騒。その中で、渚の声は小さく聞こえた。


「他のみなさんは、わたしなんかより可愛らしいですから、きっと大人気です」


「…」


「…岡崎さんも、カッコイイですし」


「え、なに?」


付け足した言葉は、よく聞こえなかった。


「なんでもないですっ」


渚は頬を赤くして、ぷるぷると頭を振った。


しかし、渚は自分に対する自信がまだまだないんだろう。


こういう性格の奴だったけど、もう少し改善していたよな、結婚した頃だと。


…そう考えて、彼女が息を引き取った時のことが瞬間、思い出され、冷たい刃物を突き立てられたような気分になる。


俺は小さく頭を振った。こんな独り相撲で冷や汗かいてちゃ、まだまだだよな。


俺は、今、渚の隣にいるのだ。


今は、それで十分だろう。


「もっと、自分に自信を持てよ。すっげぇ武器になるぞ」


「そう言われましても、そんなこと自信持てないです…」


やはりそう言われてしまうか…。


そう思っていると…


横を通り抜けた男子生徒が、ちらりと渚に目をやるのが見えた。


「…渚っ」


「はい、なんですか」


「今、すれ違った奴、おまえのこと見てたぞ」


「えぇっ」


「おまえが可愛いからじゃないか」


「そんなことないです、ぜんぜんっ」


再び、慌てて頭を振った。


「きっと、その方は…岡崎さんに見惚れてたんですっ」


「…ちょっとまってくれ!」


本当にそうだったら、と想像したら全身に鳥肌がたってしまう、俺だった。


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