folks‐lore 4/21



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放課後になった。


下校する生徒、部活に向かう生徒、ざわめく校舎の間を縫って、俺は学食へと向かった。


放課後の学食は、ジュース片手にだらだらしている生徒の輪がいくつかあって、割と人は多い。さすがに受験を控えている三年生なんて、ほとんどいないが。


学食に入り、辺りを見渡すと…仁科と杉坂が席を確保して、待っていてくれてるのが見える。


俺が気付くとほとんど同時に向こうも俺を見つけたようで、仁科がはにかんで頭を下げた。


俺も、軽く手を上げて、歩き出す。


「よ」


「あ、岡崎さん、こんにちは」


空いてる席につく。


「早いな」


「今日はホームルームが早めに終わったので」


「放課後はあまり混まないから、席取っておいてもあまり意味ないですけど」


杉坂に言われ、辺りを見るが、たしかに混雑というほどではない。


まあ、昼くらいに混むわけもない。


「そういえば、今日、これから部活ですけど…幸村先生を呼ばなくて大丈夫でしょうか?」


「まあ部活といえば部活だけどさ、今日はここだぜ?」


「そうですね…」


傍から見れば、ただ単に放課後に遊んでいる風に思われるだろう。


「私たち、どう見えてるでしょうか?」


仁科はけっこうのんきに笑っているのだが、杉坂は心配そうに辺りをちらちらと見ている。


こいつはこいつで、気負いすぎているよな。


「んな、焦るなよ」


「ですけど、あまり、日もないですし」


「まあそうだけどさ、正直、ビビッて助けを求めてるように見えるぞ」


実際そこまでの態度ではないが、釘を刺す意味で、少し話を膨らませて注意する。


「杉坂さん、大丈夫。私たちはもうちゃんと同じ部員だから、自然にしていれば誤解も解けるよ」


「そうだと、いいけど…」


やはり心配そうな杉坂。仁科はそんな彼女を見て、苦笑していた。


「あの、岡崎さん」


「ああ」


「そういえば、ちゃんと言えなかったんですけど、私たちが急にこうやって入ってきちゃって、すみません」


「はい、元々、合唱部は…」


「いや、そういうのは止めてくれよ」


頭を下げられそうになって、俺は慌てて彼女らを制止する。


「俺は別におまえらより偉いわけじゃないだろ。それに、部員のあては正直あんまりないからさ、あと五人、おまえらが頼りだ」


「そう、ですね…」


「あと五人かぁ…」


ふたりは、遠い目をした。


「…はい、がんばります」


だがすぐに、笑顔を向けてくれる。


最初にぶつかっていた壁は、すでに突き抜けたようだった。彼女は、前を向いている。それは、いいことだろう。


俺たちは歩み始めている。


目の前になにが待ち構えているかわからなくても、だからといって、びくびくしていなければならないわけではないのだ。



…。



すぐに、渚、風子、宮沢がやってきて、全員集合。


さすがに場所が場所なので、部活はじめの挨拶は省略することに。


「…いや、まてよ。逆に、思いっきり大声で挨拶したほうがアピールできるんじゃない?」


「あぁ、一理ありますね」


宮沢が同意してくれる。


「ですけど、ここで、ですか…?」


仁科は辺りの生徒たちを見渡す。そんな挨拶などしたら、注目は浴びるだろう。


「必要なら、やりますけど」


杉坂は積極的ではないにしろ、不満はないようだ。


「それでは、渚さん、どうぞ」


「…」


風子の一言で、一気に話の流れが決まってしまっていた。


「は、はい…っ。わかりましたっ」


「えっ、ほんとにやるんですかっ?」


渚がぐっと頷いて、仁科がおろおろと辺りを見渡す。


「毒を食らわば皿まで、です」


「食べる必要ないのに食べてるような気がしますっ」


仁科はあわあわと慌てて、風子にツッコミを入れる。


「なんだかこの文脈ですと、歌劇部がつまり毒という感じがしますね」


「あっ、あっ、そんなつもりじゃないんですっ」


仁科が慌てたように俺を見た。すがるような目つきがちょっと可愛い。


というか、宮沢、おまえさりげなく仁科をいじめるなよ…。


「それでは、今日もよろしくお願いしますっ」


「…え?」


唐突に、渚の挨拶。


それに付いてこれたのは…


「よろしくお願いしますっ」


声が、ひとつだけだった。


「…」


俺たちは、ただ一人挨拶に答えた杉坂に注目する。


「…っ」


彼女の表情が、見る見る赤くなっていった。


「ちょっと、どうして、挨拶私だけなんですか…っ! 岡崎先輩っ」


「…え? 俺?」


なぜか、怒られるのは俺だった。他の部員は、それを見て楽しそうに笑っている…。



…。



「なにか、飲み物買ってくるよ」


わあわあとわめいて、注目だけは妙に浴びてしまった。まあ、雰囲気は和やかに見えるだろうし、いいんだけど。


話をはじめるにあたって、口寂しくなるだろう。資料室ならコーヒーが出てくるのだが、ここではそうもいかない。自販機が何種類かあるから、モノは豊富だけど。


「あ、いきますよ」


「私も」


「はいっ」


宮沢、仁科、杉坂の下級生がすかさず立ち上がる。できた後輩たちだった。


「いや、俺が行くよ。その方が、見栄え的にいいだろ」


言いながら、さらりと周囲に顔を向ける。


「あ…」


その態度で、俺の言いたいことは伝わったのだろう。後輩を…しかも、合唱部員を小間使いにして使っていたら、噂の払拭になんてならないということ。俺がこそ、こういう雑用はすべきなのだ。


「適当なの、人数分買ってくるよ」


「ありがとうございますっ」


渚が、申し訳なさそうな顔を向けた。別に、彼女が悪いわけではないし、俺だっていやいやこういうことをやっているわけでもない。


ひらひらと手を振って、歩き出す。


少し歩いて…後ろから、とたとたっと足音。


「お、岡崎さんっ」


「なんだよ」


隣に、仁科が並んだ


「あ、いえ…」


恥ずかしそうに、口ごもる。


「この二人組のほうが、メッセージ性があるかな、と」


そう言って笑った。


…まぁ、一番の問題は、不良の俺と合唱部部長の仁科の間に確執があると思われていることだろう。


仁科も、かなり積極的にこのまにあわせでくっつけた部活を取り持とうとしてくれていることがわかる。正直、そこが救われる。


「そうだな。じゃ、荷物持ち手伝ってくれ」


「はい、わかりました」


さすがにジュースを六本というと、もうひとり人手がほしかったところだった。


購買の隅のほうに自販機がいくつか並んでいる。缶ジュースのもの、ブリック、あとはパンやらカロリーメイトが入っている食べ物自販機とか。


「なにがいい?」


「私は、紅茶ですね」


「紅茶と…あとこれは?」


俺は、ブリックパックの自販機の一角を指差す。


仁科はそちらに目をやって…苦笑い。


「あぁ、どろりシリーズ…」


どろり濃厚、というシリーズ。


ものすごい吸引しなくては、ジュースが口まで届かないというすごいジュースだ。


一説には、学食や社食など、ラインナップがかなり限られた場所にしか置いてないともいわれている(そうじゃないと誰も買わないから)。


「おまえ、飲んだことある?」


「いえ、さすがにないです」


「この機会に、ひとつ買ってみるか」


「あまりお勧めはしませんけど…」


「いや、味は悪くないし、おもしろおいしいだろ?」


久しぶりに飲んでみてもいい。なにせ、ここ以外で見かけたことがない。


「お友達がそれ飲んで、でも全然飲めなくて、顔を真っ赤にしていたのを見たことあるので、私はちょっと…」


「そうか」


俺はおもむろに百円玉を出して…買う。


がしゃん、と紙パックが取り出し口に落ちた。


「えぇっ?! か、買っちゃんたんですかっ」


「あぁ。誰に当たるかはお楽しみだ」


「…こういう機会じゃないと、飲むことはないですけど」


当たりませんように、と彼女は小声で言ったのが聞こえた。


後は適当に、緑茶、紅茶、コーヒー、ジュースなどを買っていく。


牛乳を買っていこうとしたが、仁科に止められた。


…はずれは、ひとつあれば十分らしい。


どろりシリーズ、哀れだな。けっこうおいしいんだけど。


というか、牛乳もはずれなのか。仁科は牛乳飲めないタイプなのだろうか。


「こういう時って、岡崎さんにはずれがくるのがお約束ですよね」


「俺に来ても、おいしくいただくだけだぜ?」


「そうでした…」


やれやれ、といった様子で…でも、そう言いながら仁科も結構楽しそうで、俺は安心した。



…。



そしてジュースを持ち帰り、くじ引きでどろりを決める。そして、残りを各自好きなものを取っていく。


「…風子、なにもしてないのになんで罰ゲームしなきゃいけないんですか」


「くじで負けたじゃん」


風子の目の前に、どろり濃厚ピーチ味が鎮座していた。


「ものすごく異議アリですっ。というか、岡崎さんのジュース選びセンスは最悪ですっ」


「いや、まずくないから、飲んでみろよ」


そして呼び方が岡崎さんになってしまっている。指摘したいができなくて、やきもきした。


「もう、最悪です…」


言いながら、風子は素直にストローをさして…


「ん…」


吸引する。


「んーっ…」


吸引するが…


「不良品ですっ」


ジュースは、口までたどりつかなかったようだった。


「いや、そういうもんなんだ」


「手ごたえがあるのに、全然こないですっ」


「手ではないだろ」


「では、口ごたえです」


「…」


ずいぶん口答えをする奴だった。


「コツがあるんだよ。ほら、もっかい飲んでみろ」


「…」


恨めしげに俺を睨んで、ストローに口をつける。


「ほら、ここの腹の部分を押すと出てくる」


言いながら、紙パックをぎゅっと押す。


「…プォァモルスァ!!」


勢いよくジュースが流れ込んで、風子は女とは思えない声を上げた。


それを見て、俺は腹を抱えて笑った。


「ちょっと岡崎先輩っ、なにやってるんですかっ」


「ぷ、ふっ、風子、ジュースで溺れ死にそうになりましたっ」


「ふぅちゃん、大丈夫ですかっ?」


「ですけど、ジュースで溺れるって、なんだか素敵な気もしますねー」


「やっぱり、結局こうなると思ってました…」


それぞれ、慌てたり、怒ったり、苦笑いを浮かべたり…このメンバーも、けっこう騒々しくて、おかしな奴らだよな。



…。



風子をなだめて(俺のコーヒーとどろりを交換した)、渚に怒られて(なんか少し嬉しかった)、俺たちはこれからのことを話し合う。


「部員の勧誘は、やっぱり今までみたいにやるしかないですよね」


「俺は、そう思う」


渚の言葉を受けて、俺は仁科と杉坂に目をやる。


「告示で募集っていうのは生徒会に禁止されてるから、まず無理だ。目をつけられないように部員を集めるとなると、俺たちが今までやってた、個別に誘ってまわるやり方しかないような気がする。そうすりゃ、突っ込まれても自主的に部員希望者が現れた、っていう体裁が成り立つし」


「そうですね。前に私たちがやっていたようなのだと、ダメですよね」


仁科が苦笑い。


「あれで生徒会に呼び出されたから、もう無理ですね。私たちが、目立っちゃったからいけないんですけど」


杉坂が表情を暗くする。


「いや、悪いことばっかじゃなかったよ」


あのことがあったからこそ、今こうして空中分解せずに一緒にいられるような気もする。


「そういや、明日の部活、どこで…」


「よぉ、岡崎っ」


俺の言葉は、横槍にせき止められていた。


「…春原」


いつの間に、ここに来ていたのだろうか。


俺は、傍らの姿を見つめる。


春原は俺の目を見て不適に笑い…歌劇部の面々に視線を移す。


「ははっ、君たち、会うのは初めての人もいるっけ? 僕、春原陽平」


に、と、口をゆがめて俺を見る。


「こいつの、親友だよ」


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