folks‐lore 4/18


075


さすがに和やかとまではいかなかったが、徐々に口数も増え、昼食はそれなりに場が持った。


風子に資料室で待っているように言い、途中校内を散歩するということみとも別れ、俺は渚の教室へ。


もう彼女の席の場所も把握しているし、ずんずんと教室に入る。


何人かの生徒がちらりと目を向ける。目立たない組み合わせではないか。


だが別に、悪巧みをしようというわけではない。含むところは何もない。


「いこうぜ」


「はい」


授業が終わってすぐで、まだ教科書をしまったりしている渚に声をかける。


少し彼女を待って、連れ立って教室を出る。


「今日のお昼、どこかで食べるんですか?」


「ああ。資料室」


「…はい」


昨日の食事を思い出したからだろうか、ほっこり顔が和らぐ。


「そこで待ち合わせをしててさ。宮沢に部員の勧誘の話、してみようぜ」


「えっ…」


渚の顔が、固まった。


「今から…ですか?」


「って、朝はノリノリだったのに何でいきなりビビってるんだよっ」


「そうですけどっ、いきなりだと、緊張してきましたっ。もしかしたら、怒られてしまうかもしれませんっ」


「相手は宮沢だぞ」


「そう、なんですけど」


いざ臨むとなるととにかく緊張するようだった。


俺も、多少は緊張していた。うまくいけばいいけど。


だが、どっちに転ぶかは、正直わからない。


「とにかく、やってみろ」


「はい…やってみます」


意を決したように、小さく拳を握った。



…。




購買で渚はパンを買う。昼食が済んでる俺はつまめるお菓子を買う。この学校、結構購買の品揃えいいよな。昔は気にもしなかったが。


そして、資料室へ。からから、とドアを開ける。


「よぉ」


「失礼しますっ」


俺は気軽に言うが、隣の渚は緊張している…。


まあ、じきにほぐれるだろう。


「いらっしゃいませー」


宮沢が立って、俺たちを迎える。傍らには風子が座って、幸せそうにコーヒーを飲んでいた。


出迎えもせずに、優雅だなおまえは…。


「こんにちはっ、お招きいただきまして、ありがとうございますっ」


「いえいえ、何もお構いできませんが、ゆっくりしていってくださいね」


ぺこぺこ挨拶する二人。そんな格式ばった場でもないのだが。


渚を宮沢の正面にして、俺は渚の隣、風子の正面に座る。


「お茶を入れますね。少し、待っていてください」


「いや、やるよ」


「いえ、お湯はもう沸かしてあるんです」


「準備いいな」


「いえ、さっきふぅちゃんの分を作ったところなので」


「そうか」


宮沢はてきぱきとポットの前に立つとコーヒーを淹れる。


「あ、わたし、昨日教わりましたからやってみます」


「いえいえ、すぐできますから」


「…ありがとうございますっ」



…。



昼食を食べつつ、俺たちの事情を話す。


「演劇部の再建、ですか」


「はい。あとひとり、部員が必要なんです。顧問の先生もですけど…」


「それは、幸村のじいさんに頼むつもりだ」


「なるほど…」


「それで、みんなで楽しく、演劇部として活動ができればいいなって、思います」


「ひとまずは、創立者祭に向けて準備していくって感じだ」


「えっ?」


「ん?」


渚が不思議そうに俺を見た。目線が絡む。


「創立者祭、ですか?」


「それがどうかしたのか?」


「わたしたちが上演するんですか?」


「違うのか?」


「…」


もしや、と冷や汗。


俺は、当然同じように創立者祭を目指すつもりだったが、その思い込みのせいで、渚との間に齟齬をきたしていたらしい。


そういえば、部員の勧誘の話ばかりしていたような気がする。上演の話はしていない。


このタイミングでもめるのは、まずい。


俺はうまく逃げようとするが…


「いえ、そう、ですね…。まずは、創立者祭で、なにかしたいと思います」


渚は、そう続けていた。彼女からすれば、突然振られた話だった。だけど、すぐに、受け入れた。


渚は既に、一歩、進んでいた。


歩み始めていたのだ。


俺は、まだたどたどしくやりたいことを話す渚の、横顔を見つめる。


一生懸命な、姿だった。


がんばって、逃げないで、彼女はこの学生生活に対峙していた。


その姿を。


俺はそれを、美しいと思った。






076


「なるほど…」


話を聞いて、宮沢は考え込む。


食事も既に、終わっていた。昼休みは、あと十分くらいか。


承諾するなら、宮沢は笑顔で即決、という予測だった。だが、今は彼女は考え込むように少しこわばった顔をしていた。


まずいかもしれないな…。


「あの、忙しいのでしたら、全然かまわないです。仕方がないですから」


「はい…」


「ゆきちゃん、大丈夫です。いざとなったら風子が入りますから」


「いや、無理だろ」


「最終手段です」


「ほんとに後がなければな…」


「いえ、無理にやってもらうことじゃないですから、平気です」


「…ひとつ、お聞きしていいですか?」


宮沢が顔を上げて、まっすぐに見た。


…俺を。


「朋也さんは、どうして一緒に演劇部を作ろうと思ったんですか?」


「…え? 俺?」


調整役、黒子だと思っていた自分に水を向けられて、ぽかんとしてしまう。


「あ、それ、わたしも気になります」


「渚さんも、知らないんですか?」


「はい。一緒に部活をやってくれて、すごくうれしいんですけど…」


「えーと、だな…」


どうしようか、そういえばその理由は事前に考えておくべきだった、やばいな、どうしよう。


焦って、つい風子に視線で助けを求めてしまう。


風子はその目を受けて、ふふん、とすましたように微笑む。


「ゆきちゃん、おにぃちゃんは照れて、きっと答えてくれません」


「照れて?」


「渚さんの色香に騙されたんです…」


風子は宮沢に耳打ちするが、思いのほか声が大きいから、丸聞こえだった。


渚はかっと赤面して顔を伏せた。俺はしかめっ面と間抜け面を足した感じの顔になって、風子を凝視していた。


こいつはなにを言ってるんだ?


「いえ、お互いそんなタイプじゃないと思うんですが…」


宮沢は苦笑い。


というか、俺は渚がやっぱり好きで、時を遡った今、彼女の望みを、もっとちゃんと叶えてやりたいと思っている。もちろん、自分のためでもあるのだが。


それはたしかに、色香に騙されたと言えなくもない。


なんだかんだ風子の言で意外に説明できているところが腹立たしかった。


というかあいつ、変な角度から解決させるよな…。ただ、こっちの風評が傷つくが…。


「話はわかりました」


宮沢は、顔に笑顔を残しつつ、神妙に言う。それ以上突っ込むこともなく、素直に騙されてくれた、というか、引き下がってくれたみたいだった。


「わたしでよければ、一緒に演劇部に入れさせてもらえると、うれしいです」


「本当ですかっ」


恥ずかしそうにしていた渚が、ぱっと顔を輝かせた。


「はい、ただ…」


申し訳なさそうに、宮沢の表情が曇る。


「毎日、ですと無理かもしれません。外せない用事が入るかもしれませんので。それと、来月の上旬は、何日かお休みをいただいてしまうと思います。創立者祭の直前で、それでよければ、ですけど」


「いえ、全然かまいませんっ。ありがとうございますっ」


渚はぺこぺこと頭を下げる。


「よろしくおねがいします、渚さん。朋也さん」


宮沢も頭を下げる。


「ありがとな」


「わたしがしたいから、やらせてもらってることですから」


俺たちは、笑顔をかわした。


演劇部のはじまり。




俺と渚と宮沢と、三人の部員が、揃った。


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