folks‐lore 4/18


077


放課後は演劇部室へ、ということで話をまとめ、教室に戻る。


春原の席は、無人。あいつはなにをやっているんだ…?


席につく直前、藤林と目が合う。


なにか言いたげな表情だったが、授業が始まる直前だったので、そわそわ視線をおくるまま、やがて教師が入ってきて、長い長い授業が始まった。



…。



放課後になると、春原がやってくる。


「よぉ、マイフレンド」


「マイフレンド?」


俺は壁のほうを見る。


「あんただよっ」


「ああ、そういやそうだっけ。お前は俺の…マイフレンド、という名の奴隷だっけ?」


「あんたの英語力、すっげぇですねぇっ」


言いながら、カバンを手に取る。


「さて、今日も無事に終わったね。ゲーセン寄ってこうぜっ」


「おまえ、今日の授業受けてないだろ…」


要するに欠席扱いなのだが、本人はその自覚あるのだろうか?


「どこにいたんだ?」


「あれからは、保健室だよ」


「マジ? よく追い出されなかったな」


あそこは教師が常駐している。たまり場にはならないところだ。


「これ見せたら、OKだったよ」


顎を見せる。


「なるほどな…」


顎の横あたりが痣になっている。さっきは気付かなかったな。


「一種の顔パスだよね」


「なんかそのままだけど、治療してもらえなかったのか?」


「うん。男の子だから平気でしょ、だってさ」


「あぁ、ギャグで済んでる分には、すぐに治るからな」


「マンガかよっ」


言っているうちに、痣が薄くなっているような気さえするから、不思議だった。


「春原っ!」


話していると、荒く名前を呼びながら、担任が教室に入ってきていた。


そういえばさっき、呼び出しがどうの、と言っていたな。忘れていた。


「今日こそは、職員室まで連行だっ」


「やべっ、先公だっ」


担任は、机の間を縫って、近づいてくる。


「やべぇ、頼む、助けてくれっ!」


「え? 誰?」


俺は壁のほうを向く。


「あんただよっ!」


「捕まえたぞっ」


首根っこを掴まれる。


「うわぁぁっ、岡崎とアホアホトークしてる場合じゃなかったっ」


「おまえら、ほんと仲いいな…」


「言われたとおり、捕まえてやったぞ」


「お前は面白がって、話してただけだろう…」


呆れたような目を向けられる。


「岡崎、おまえ、僕を先公に売ったのかよっ」


「楽しく語り合ってこい、マイフレンドっ」


俺は親指を立てて笑顔。


「それ、どっちの意味で言ってるの!?」


「ほら、さっさと行くぞ」


「うわああっ」


教師に引きずられていった。


他の生徒たちが、嘲笑するように春原のことを話している。春原は自業自得だからどうでもいいが、嘲る連中には腹が立った。


睨みつけると、そいつらは押し黙った。


俺は足音荒く、教室を出る。





078


「離してくれっ」


「離したら、逃げちゃうでしょっ」


「ん…」


部活に行く途中。購買を過ぎた辺り。いさかいの声が聞こえた。


目をやると、智代と、見知らぬ三年の女子。


「あなたとなら、全国が狙えるわっ」


見た感じ、部活の勧誘のようだ。女子は熱心だが、智代は困った顔をしている。


智代は、生徒会に入るつもりだから、部活をやっている余裕はないのだろう。


放っておいても、彼女は振り切るだろう。だが…


見てしまったのだ、力を貸してやろう。


「智代」


「ああ…岡崎か」


苦笑いを向ける。


「ほら、行くぞ」


「あ、ちょっとっ」


「悪いな」


智代を掴んでいる、女生徒の手を掴む。


慌てたように、その手からは、力が緩んだ。


智代は女子からするりと距離をとり、俺の傍らに立った。


「じゃあな」


「ちょ…」


彼女がなにか言いかけていたが、構わず智代の手を取り、歩き出す。



…。



「すまない、助かった」


「さっさと逃げればいいだろ」


「そういうわけにもいかない。あれは、厚意だろうからな…」


「そんなこと言ってたら、きりがないだろ。他の運動部からも誘われてるんじゃないのか?」


「ああ…」


まあな、と笑う。


「そうしたら、また助けに来てくれ」


「大声で助けを呼べ。聞こえたら助けてやる」


冗談で返しておく。


「本当に来てくれるのか?」


…本気で受け止めていた。


「…聞こえたら、な」


「うん、そうか」


「ところで」


ところで、だ。


「そろそろ、手を…」


「ああ、そうだな」


ずっとつないだままだった手を、離す。というか、途中から智代がぎゅっと握っていたというほうが正しい。


「岡崎はこのまま帰るのか?」


「いや、部活だ」


「おまえが、部活をやっているのか? そうは見えないな」


「というか、今日が初日なんだよ。やっと部員が揃ったからな」


「そうか。なにかに挑戦するのは、いいことだと思う」


「そっちは生徒会だろ?」


「ああ、知っていたのか」


「まあな…」


やべ。


内心焦るが、流されて助かる。


「生徒会に入って、やりたいことがあるんだ」


「なにを?」


「それは、秘密だ」


そう言うと、くるりと背を向けた。


「校内に残っていると、また声をかけられそうだ。もう帰ることにする」


「ああ。じゃあな」


「うん、それじゃ」


軽く手を振って、別れる。


俺はしばし、彼女の後姿を見つめ、雑踏に消えるのを見ていた。


…さて、俺もいくか。


旧校舎へ歩き出す。





079


部活に向かう生徒でそれなりににぎわう中、旧校舎に入る。


こっちは部室が多いから、放課後が一番人が多くなる。


階段を登ろうとすると、一度資料室に寄っていたのだろう、奥のほうから宮沢が歩いてくるのが見えた。


軽く手を上げると、彼女も俺に気付き、ぱたぱたと駆け寄る。


「朋也さん」


「いこうぜ」


「はい」


並んで、階段を登り始める。


「ちょうどよかった、先に言いたいことがあってさ」


「なんでしょう?」


こっくり、首をかしげる。


「実は、その、まあ、なんていうか…」


俺は気恥ずかしくて、頬をかく。


「実は、妹が増えたんだ」


…言葉にすると、あまりにもばかばかしくて、笑うしかなかった。


昼休みの少し前の話。


ことみに関して、春原についた嘘のこと。


…そういえば、さっき、春原はその話題に触れてこなかったな。触れないほうがいいとも思ったのかもしれないし、そんな興味もないのだろうか。


「ああ、ふぅちゃんに聞きました」


苦笑い気味の宮沢。


「色々なことがあったんだ…」


嘆息するような口調になってしまう俺だった。


「どうすればいい?」


「わたしも、その時の状況がよくわからないんです」


「ああ、そうか」


説明する。部室でこんな話をするわけにもいかないので、手短に。



…。



「なるほど、広まってはいないんですね」


「このまま、流れればいいけどな」


さっきの春原を思い出しながら、言う。


「対策だけ、考えておきましょうか」


「そうだな」


さすがの宮沢だった。その辺りは、俺と違って抜かりない。


「いざとなったら…」


「ああ」


「わたしも、朋也さんをお兄さんと呼びますね」


ええぇぇーーーっ?!


「あっ、いえ、そのっ」


呆然とした俺の表情を見てか、宮沢は恥ずかしそうに言葉を付け足す。


「そこまでいったら、さすがに嘘ってばれると思うので…」


その、あのっ、と慌てながら言葉を続ける。


「あとは、そうやって煙に巻いてしまうしかないと思いましてっ」


「そうか…」


宮沢がやけに動揺しているから、逆にこっちの動揺はおさまってきた。


「まあ、いいんじゃない?」


しかし、そうなると…


俺は、そうなった時のことを想像する。


宮沢、風子、ことみが俺をお兄ちゃんと呼び…(天国)


藤林姉妹や渚は、奇妙な目で俺を見る…(地獄)


「……」


アリ…いや、なし、いや、ア…うーん、どうだろう…


悩みどころだ。


というか、まだそんな状況でもないのに悩んでどうする。


「その時になったら、よろしく頼むよ」


「あ、はい」


「それと、ありがとな。忙しいと思うけど、部活に入ってもらってさ」


「いえ、やってみたいなって思ったんです」


穏やかに笑う。


「そうか」


三階へたどり着く。一番奥の部室へ歩き出す。


「もう、待ってるかな」


「すこし、経ってますから」


「ああ、そうだな」


たん、たんと傍らに立つ宮沢に声をかける。


「風子は?」


「部室に行ってます」


「あいつ部員でもないのに、思いっきりいるのな…」


「兄が心配で心配で、目を離せない、というのはどうでしょう?」


「俺はどれだけダメ兄貴なんだよ」


宮沢は楽しそうに笑っている。


俺と、渚と、宮沢と。演劇部は、やっと、立ち上がったのだった。





080


演劇部室に入ると、渚と風子は並んでヒトデを作っていた。


「ここは、何部だ…?」


「あ、岡崎さん、宮沢さん、こんにちは」


「よう」


「よろしくおねがいします」


部員が全員そろい、これから活動、というところだが…


俺たちは変に、手持ち無沙汰になる。


「えぇと、部活を始める前に挨拶はするべきでしょうか?」


「あぁ、そういえばバスケ部でやってたな…」


始まる前に壁際に全員で集まって、なにか挨拶したような気がする。


「どういう風に、やっていましたか?」


「忘れた」


中学時代。十年くらい前のことだからな…。


「ただ、よろしくお願いしますとか、今日もがんばります、みたいなことだった気がする」


「なるほど、わかりましたっ」


やってみます、と渚。


「それじゃ、こっちですね」


「風子、おまえもこい」


顔を上げて俺たちのほうを見ている風子にも、声をかける。


風子はぱたぱたと駆け寄ってきて、傍らに立った。


四人。部室の廊下側に一列に並んだ。


俺がいて、風子がいて、宮沢がいて、渚がいた。


演劇部に、相対する。


窓の外に、空が見える。


春の空。春の風。


穏やかな東風が、雲と一緒に流れているのが見えた。


「それでは…」


渚が、意を決したように口を開く。


「ご唱和を、お願いしますっ」


埃がたまっていた、数日前の演劇部室を思い出す。


あれから、随分長い時間が経ったような気さえする。だが、たった数日だ。


その数日で、随分色々なことが変わったように思う。


変わるためには、時間は大して大事じゃない。


時間が経てば、すべて変わっていくわけではない。時間はきっと、何もしてくれない。なにかするように、静かに促してくれるだけだ。


重要なのは、自分がどれだけ、変わろうとしたか。それだけだ。


今、見る部室。そこには、わずかだが、人のにおいがした。以前の部室とは違う。


歩いて、歩いて、今やっと、スタートラインを踏み越えた。



「今日も一日、よろしくお願いしますっ」



「よろしくおねがいしますっ」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますっ」



渚に続いて、礼。


そして顔を上げて、俺たちははじけるように笑った。


慣れない挨拶は、てんでばらばらだった。




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