folks‐lore 4/18


071


「あ、朋也さん。こんにちは」


「よう」


資料室に入ると、宮沢と風子がいた。


「岡崎さん、こんなところでなにしてるんですか」


「今は休み時間だ。ていうか、今日はずっとここにいたのか?」


「いえ、さっきからです」


「ふぅん」


風子の手元には、彫りかけのヒトデ。同じものが、宮沢の手にもある。


「悪い、手伝わせちゃってるな」


「いえ、好きでやってますので」


「悪いな、もなにも岡崎さん、作ってません」


「そういえばそうだな。手伝うよ」


席につく。


「彫刻刀は?」


「もう、ありません」


「ああ、そう…」


「あ、わたしもうすぐ授業ですから、これをどうぞ」


宮沢から受け取る。


「悪い。それとさ、宮沢、今日の昼って空いてるか?」


「はい、大丈夫ですよ」


「それじゃ、ここで昼食べてもいいか?」


「ええ、わかりました。昨日の方たちですか?」


「いや、ひとりだけ」


「はい。それでは、お待ちしてますね」


にっこり笑って、授業に向かう宮沢。俺と風子は、それを見送った。


が、ふと思い出して、宮沢の後を追って、廊下に出る。風子は中に残して、扉は閉める。







「宮沢っ」


「はい、なんでしょう?」


「昨日のことだけどさ」


「はい」


「財布のこと」


「ああ…すみません、貸していただいたんですけど…」


苦笑いの、宮沢。


なんとなく、倫理的なストップがあったということか。


「そういっても、さすがに悪いからさ。返すよ」


「いえいえ、わたしも一緒にふぅちゃんのお手伝いをしたいですから」


「それなら、俺も同じだよ。半々だ」


「はい…。すみません」


恐縮する宮沢。それは、むしろこちらなのだが。


学校で買った制服は俺が出して、後宮沢が出してくれたのはいくらくらいかと、頭の中で計算。


宮沢が返さない程度に、ちょっと大目の額を渡しておく。


「あ…すみません」


彼女も、俺の思惑は感じ取ったのだろう。一瞬手に取った紙幣をふらっと宙にさまよわせたが、取り出した財布にしまってくれた。


「そろそろ時間やばいな」


「はい。朋也さんは、授業行かないんですか?」


「ちょっと、用事があってな」


「わかりました。それでは、失礼しますね」


「昼休み、よろしくな」


「はいっ」


宮沢と別れて、俺は資料室に戻る。


「岡崎さんは、授業を受けなくてもいいんですか?」


「ああ、学校の授業じゃレベルが低すぎるから、自習してるんだ」


「それは、昨日の人です」


「ちょっとそいつに会ってくる。あぁ、彫るの、夜にでも手伝うよ」


「はい」


風子は、顔も上げずに木を彫っている。


「そういや、それ、何個目?」


「ふたつめです」


「ふぅん」


見ると、傍らにはひとつ、いびつな完成品。


それぞれの角の大きさが微妙にばらばらになっている。それに妙に薄いから、持ってみると変に不安定な感じがする。


はじめの一歩だ。まだまだ小さな、招待状だ。


「それ、あげます」


やはりこちらは見ずに、風子。


「俺に?」


「はい」


「でも、別に俺は結婚式、参加するつもりだけど?」


「それでも、です」


彼女は顔を上げる。風子は、じっと、俺を見た。


「最初のヒトデです。それは、岡崎さん用に作りました」


「なんか平べったくって出来悪くないか?」


「それは、岡崎さん用ですから。胸板薄い感じを出してみました」


「そんな感じいらねぇよっ。それに別に胸板薄くないっ」


腹立たしい奴だった。


「ったく…」


俺はヒトデをしまおうとして…


「ん…」


「どうしました? 飛び上がりたいほど嬉しいのはわかります。風子、引いたりしませんから、存分に喜んでください」


ひゃっほーーーーぅ!! とでも言う俺が見たいのだろうか。


「つーかそんな奴がいたら、見てみたいわっ」


だがしかし、これは…


「これ、微妙に邪魔だな…」


「そうですか?」


手に持っていると目立つし、かといってポケットには入らない。カバンにしまっちゃえばいいんだけど…それでも微妙に大きい。


「もっと小型化すれば?」


「それは、風子のポリシーに反します」


にべもなく言われる。


「ま、いいや。そういや、おまえ、昼はここにいる?」


「いると、邪魔ですか?」


「いや、問題ないと思うけど」


昼休みに予定している宮沢の勧誘。風子がいても、構わないだろう。


「ならここにいます」


「わかった。じゃあまた、昼前に来るから」


そう言って、部屋を出ようとすると、呼び止められた。


「岡崎さんっ」


「ん?」


「風子になにか、言うことありませんか?」


「ねぇよ」


言って、出ようとするとまた呼び止められる。


「言うこと、あるはずです」


「…」


考えてみる。


「もう、ゴールしてもいいよね?」


「ダメです」


違うようだった。


…というか、求めているのはおそらく、ヒトデをもらった礼だ。


だが、正直に言うのも癪だった。


「ちっ、いくらだ」


「違いますっ」


もう、最悪ですっ、と恨めしげに見られる。


十分からかったような気もするし、そろそろ行かないとな。


「ありがとぅ!」


男気溢れる笑顔を残し、資料室を後にした。






072


カーテンが、揺れている。


図書室の中、ことみは委員のカウンターの中で作業していた。


「なにやってんだ?」


「あ、朋也くん。こんにちは」


ことみは意外に手際よく、貸し出しカードを束ねたり、机周りを整理している。


「図書委員のお仕事なの。ちょっとだけ、待っててね」


「いや、手伝うよ」


何もせずに見ているだけというのも悪い気がした。


「えっと、それじゃあ、ご本の整理をお願い」


「本棚の、だよな。わかった」


「倒れてるご本を直して、違う場所にあったら元に戻してほしいの」


「ああ」


手近な本棚の前に立ち、並べ直していく。そこまで極端に乱れているということもないが、時折順番が前後していたりするので、整理する。ごく稀に別の棚の本がまぎれていたりもする。


「こんな作業もするんだな」


「うん。大事な、お仕事だから」


「図書委員が当番でやってるとかじゃないのか?」


「そうだと、思うけど」


ただ、今日は汚かった、ということだろうか。というか、図書委員自体とは面識はないっぽい話しぶりだった。


実際ことみがやっているらしき作業も、単に整理整頓で、貸し出しとかの処理関係とか延滞の督促などという専門的な作業ではないようだ。


「朋也くん」


作業する本棚の向こうから、声。


「なんだよ」


「あの、昨日の子…」


「どいつだよ」


俺は、ひょいと顔を出してカウンターのほうを見る。


ことみは手を止めて、こちらを見ていた。


「風子ちゃん」


「あいつが、なんだよ」


「朋也くんの、親戚だって、言ってたけど…」


「ああ、まあな」


「とっても仲がよさそうで、とってもうらやましいの」


「仲良く、見える?」


「うん」


留保なく、笑って頷くことみ。


周りからはそう見えるのだろうか。独特の関係ではあっても、特別な関係ではないと思うのだが。


「まあ、幼馴染みたいな感じだからな」


そう言うと、背中がむずむずした。あいつが幼馴染かよ、と思うとなんて無茶苦茶な話なのかと呆れてしまう。


「幼馴染、なんだ」


「まあ、大体」


なんとなく言葉を濁してしまう、俺だった。


「むしろ妹みたいなもんだよ。そんな感じするだろ」


「えぇと…」


「これからまた会うこともあるだろうけど、あいつには、そういう風に接してやればいいよ」


それが一番しっくりくるのでは、と思う。風子の性格に合わせる感じで。


「自分はあいつの姉だ、みたいなノリ」


「…うん、わかったの。風子ちゃんは、妹なの」


ぎゅ、と拳を握ることみ。


「そんな感じだな」


「うん…がんばる」


ことみも風子も人見知りで、でもお互い分かり合えないことはないんじゃないか、とも思う。


俺は、その関係がこじれず築けるように、せいぜい頑張ろうとも思った。


「朋也くん。風子ちゃんは、お昼どうしてるの?」


「まあ、購買じゃないか」


「そっか、よかった」


にっこりと笑う。


「もしかして、今日も昼は作ってきた?」


「うん。三人分」


「…三人?」


「うん」


「ああ、もう…」


また、無断で弁当を作ってきてる。そして増やしてやがる。


昨日一緒に重箱をつついたからだろうか。


…あるいは、彼女が、俺の「親戚」だからかも、な。


「ありがとな。でも、わざわざ作ってもらうのも悪いから、面倒だったらいいぜ」


「ううん。お料理、好きだから」


「…そうか」


別に嫌というわけでもない。正直ありがたいのだが、さすがに昼飯を作らせ続けるのは、奇妙な目で見られるだろう。昨日の藤林姉妹のリアクションを思い出す。


だが、積極的にやめさせようとまでも思っていない。俺にはよくわからないが、これは間違いなく彼女からの意思表示なのだ。その先の真意は、きっと知らなくてはならないだろう。


図書室のこと、昨日のことなどをぽつぽつ話しながら、再び作業に戻る。


仕事量は大したものでもなく、やがて俺たちは向かい合って窓際の席についた。


「お昼は、どうするの?」


「ああ…」


机の上に、みっつの弁当入りの巾着。風子の分が所在なげに傍らにあった。


昼休みは、渚の部活への勧誘という予定だった。宮沢だけと思っていたが、ことみもそこに加えるか?


だが実際、いきなり二人の人間を前にするのも、渚には負担だろう。それに、そもそも宮沢は不良の他校の人間関係もあって、断る可能性も結構あるし。


隣で宮沢が断ったら、嫌な流れがありそうな気もする。機会は分けたほうがいいだろうか。


だが、そうなると目の前の弁当はどうしよう?


「…朋也くん」


考え込む俺は、ことみの言葉ではっと我に返る。


「ああ…」


「もしかして…」


寂しそうに、弁当を見る。


「お弁当、迷惑だった?」


「はあ?」


「じっと見て、難しい顔をしてたから」


「…はは」


「??」


とんちんかんなことを言っていて、少し笑えた。


「いや、違うって」


「ほんと?」


「実はさ、昼休みにちょっと予定が入ってるんだ。それについて、考えててさ。四時間目のうちに食っちまおうぜ。今、風子も呼んでくる」


「でも、今授業中…」


「大丈夫、あいつもサボりだ」


「それなら、一安心なの」


「…」


学校としては、一大事だよな。風子の場合はともかくとして、いや、ことみの場合も除外か。


…だったら、問題は俺だけかよ、結局。


「ちょっと待っててくれ」


「うん。いってらっしゃい」


にこっと笑って、控えめに手を振った。和む風景だった。


図書室から、出る。


すぐ脇の階段から降りようとすると、下から誰かが登ってくる音がした。


…やべっ。


とっさに、陰に隠れようとする。だが、すぐに気付く。


足音は、教師のスリッパの音ではなかった。上履きの音。


風子…ではない。もう少し、重い感じ。


ひょいっと見えたのは、金髪だった。



…。



ああ、このタイミングで、春原とぶつかるか。


「あ、やっぱり岡崎じゃん。音がしたから、多分そうだと思ったんだよね」


俺の姿をみとめると、春原は軽快に階段を登りきる。


「そうかよ」


「図書室にいたんだろ? なにか面白いもんでもあった?」


のんきに笑っている。


「なにも、ねぇよ」


「ああ、やっぱり? そういえば、図書室なんて入ったことないなぁ。っていうか、鍵あいてるんだ」


気安い調子でドアに手をかけようとするのを、俺は止めていた。


人見知りを累乗した感じのことみを、春原に会わせるなんて負担が大きすぎる気がした。


「あれ、なにか見られたらまずいことでもあるの?」


春原は、ニヤッと笑った。


「なんでもいいだろ」


「よくないね。僕も興味があるからさ」


「あっ! 窓の外にカツ丼が!」


「えっ!」


ばっと、外を見る春原。


「飛び降りて、とってこいっ」


「死ぬわっ!」


「ちっ」


騙されなかった。


「ま、いいじゃん、ちょっと入るだけだよ。それとも、見られて困るものでもあるの?」


「はぁ…」


春原と、ことみ。相性がいいとは、思えない。


だが、ここで力ずくで止めるのも、得策ではなかった。


「まあ、いいや…」


積極的に、というわけではないが腹を決める。事態は動いてしまったのだ。


俺は、春原を伴い、図書室の扉を開けた。

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