067
一時間目が終わると、春原が登校してくる。
「よぉ。今日は早いな」
「まあね。今日こそあの坂上と決着をつけなきゃいけないからね…」
「おまえ、まだ諦めてなかったか…」
「諦めるもなにも、今までは戦い方が悪かったからね」
春原は盛大にイスをひいてどかっと座る。ニヤッと笑って机に膝をついてこちらに向き直る。
「一戦して坂上の戦い方は掴めた。あいつは完全にパワータイプだな」
「えぇ…」
むしろスピードが売りだと思うんだが…。
「正々堂々と戦うには、ちょっと僕には不利だね。だから、策をもって戦うことにするよ」
「おまえはなにタイプなんだよ」
「まあ、頭脳タイプかな? ここからが僕の本領発揮ってことだね」
「たしかに、悪知恵は働くかもな…」
「作戦は考えてあるんだよ。まあ、話しながら行こうじゃないか」
颯爽と立ち上がり、歩き出す。
「はいはい…」
俺も後に続いた。
…。
「作戦は?」
「ああ。もともと、あいつはモテたいからあの茶番をしこんだだろ」
そこが既に違うが。
「つまり、あいつは男を意識しまくりなんだ。だから、うまいこと僕があいつを口説いて、骨抜きにさせるって作戦だ。色仕掛けだよ」
「帰る」
きびすを返す。
「待て待て待てっ。ここからが岡崎の出番なんだよっ」
「どこに出番があるんだよ。三角関係にでもなれっていうのか」
「今のところ、僕はあいつに毛嫌いされてる」
「そりゃ、あんだけ絡めばな…」
「だけど、それってつまり僕を意識してるってことだよね。だから、なにかきっかけがあればそれが一気に好きになるってことさ」
「そのきっかけって、いったいどんなミラクルだよ」
「そこを岡崎に聞きたいんだよ」
「は…?」
「だから、坂上が僕にメロメロになる方法」
「帰る」
きびすを返す。
「待て待て待て待て待て待て待てっ」
追いすがる春原。
こんなに待てを連呼されたのは初めてだ…。
「俺がそんな方法知るかよっ」
「なんでだよ、手伝ってくれよっ」
「最初から自分で考える気ないのな…」
「僕たち一心同体だろ、なにかいいアイデアない?」
「そういえばあいつ、ふんどし一丁の男の立ち姿が好きだって言ってたぞ」
適当に答えておく。
「本当? それじゃ、さっそくふんどしを…」
春原は機嫌よさげにそう言って、
「ってそんなわけないだろっ」
騙されなかった。
「ちっ」
「もう少しまじめに考えろよっ」
「そうはいってもな…」
色仕掛けが通用する相手とも思えない。しかも、春原だし。
「色仕掛け、色気、か…」
少し考える。
「男の色気っていったら、筋肉か?」
「おっ、なるほどね…。肉体美かっ」
「いや、おまえの貧相な体じゃ無理だ…」
「いやいや、僕は脱いだらすごいよっ。腹筋なんて二百くらい割れてるしさっ」
「それ人間じゃないからな」
色々考えるが、正直、魔法でも使わない限り無理だろう。
そこまで考えて、ひっかかる。魔法?
不意に、思い浮かんだ方法があった。
「ひとつだけ…」
「え、なにかある?」
「ひとつだけ、方法がある」
「マジかよ!?」
「ああ、魔法を使えばいい」
「それって暗に無理だって言ってない?」
「いや、おまじないだ。男の魅力を気づかせて、惚れさせるってやつがあってな」
「岡崎、いくらなんでもそんな都合がいいおまじないあるわけないだろ」
「それが、あるんだよ」
「ははっ、まさか。ほんとに効き目があるっていうの?」
「…気になる女の子と、体育倉庫で二人っきりになる、というおまじないがあってな」
「えっ!? まさか、岡崎、おまえ…」
俺は笑顔で、親指を立ててみせる。
「うおおぉぉ、マジかよっ」
「効き具合は、保証済みだ」
「どうやってやるんだ?」
「ああ、それはな…」
……。
…。
「それじゃ、ちょっと行ってくるよ」
二年B組の教室の前に立つ。俺は前回と同じように教室の外から静観。
しかし春原は、やけに生き生きとした表情だった。
智代は普通に美人だからな。きっと今からろくでもない想像をしているのだろう。
教室の入り口の、反対側。中が見える位置から窓枠に手をつく。傍観モード。
さて、どうなるか。
「よお、坂上、また会ったな」
「またおまえか…今度はなんの用だ」
智代は他の女生徒と話していた。周りの少女らは春原を見て逃げていく。
すぐに臨戦態勢をとる智代。
「おっと、待てよ。僕は戦いに来たわけじゃないぜ」
「それなら、なんだ。迷惑だ」
「ははっ、そう言ってられるのも今のうちだよ」
「なんだと?」
春原は、おもむろにベルトに手をかける。
後ろから見ていると紛れもない変態で面白い。
勢いよく、ズボンをずり下げる。
女子生徒の悲鳴。
「きゃーーーっ!!」
「フェロ…」
ドゲシッ!
春原が飛んでいった。
「この変態がっ」
俺はその様子を見て、腹を抱えて笑った。
「おい、岡崎っ」
春原を蹴り捨てた智代が、俺をみとめて大股にこちらに歩いてくる。
「あいつを止めてくれって言っただろうっ」
「俺が言っても、聞かないだろ」
「あのズボンを脱いだのは、岡崎の入れ知恵だろ」
「面白かっただろ」
「最悪だ…」
ため息をつく。
「私はいいが、他の生徒が驚くだろう」
「まあ、この学校のノリじゃないかもな」
「どうしてここにおまえたちみたいな生徒がいるか、疑問だぞ」
「俺たちだって、どうしてこの学校にいるのか疑問だ」
スポーツ推薦の成れの果て、というところだ。
「自覚してるなら、自重しろ」
言い捨てて、教室に戻ろうとして、顔だけこちらに向ける。
「だが…」
苦笑い気味な、笑顔を向ける。
「おまえたちを見ていると、懐かしい感じもする。そうやって無茶ができることもいいと思う」
じゃあな、あいつは片付けておいてくれ、と颯爽と背を向ける。
教室の中から、女子からの黄色い声援が聞こえる。
人気者だな、さすがだ。
しかし、この歓声の中を春原を回収するのも恥ずかしいな…。まあ、仕方がないか。
068
「おい、岡崎」
授業が終わった後、担任教師に声をかけられる。
「なんすか?」
「おまえ、春原を知らんか?」
隣の席を見る。空席だった。
「家に帰ってはないっすね」
カバンはまだある。
「探して、放課後に職員室に来るように言っておいてくれないか」
「俺が?」
「そう、おまえだ」
「どうして?」
「あいつの行きそうなところ、見当つくだろう」
「あいつがなに考えてるかなんて、誰もわからないだろ」
「そうかもしれないが…だったら、おまえが先になるぞ」
「え、先?」
「面談だ。というか、呼び出しだ。あいつの遅刻は、最近ひどいからな」
「ああ…」
「おまえもひどいぞ。だから、順番はどっちでもいいんだが」
「いいよ、わかったよ。探しておけばいいんだろ」
「おっ、今日は素直だな。それじゃ、よろしく頼むぞ」
ニヤッと笑って背を向ける担任。
俺はその背中を眺める。いまだに、教師というものに嫌悪感があった。
結局、なにもしてくれなかった大人たち、という印象をぬぐうことができない。俺がその手を振り払っただけなのかもしれないけれど。
だがそれでも、印象というのは主観的で、感情的なものだった。
しかし、かなりぶっきらぼうな対応だったのに、まさか素直と言われるとは。昔の俺は、どれだけケンカ腰だったんだ。
まあ、いいさ。
片肘をつく。空を見上げた。
昼休みが待ち遠しかった。
069
三時間目が終わる。
んー、と背筋を伸ばして、筋肉をほぐす。ずっと座っているだけ、というのは結構辛い。
歴史の授業は、聞いてみればそれなりに面白い。ただ、がんばって板書をしよう、などという気分にはなれない。
さて、もう充分授業を受けただろ。図書室にでも行くか。
ふらりと立ち上がって教室を出て行こうとすると…制服の裾がつままれた。
「ん…」
「あの…岡崎くん」
藤林だった。
「ああ、どうした?」
「あの、これから…どこかに行っちゃったり、しませんよね…?」
…そうか、まじめに授業を受けろということか。
そういえば、時々感じた、サボる時の視線は藤林だったのか。なるほど迷惑をかけていたらしい。
「ああ」
「ほんとですかっ」
「ああ、悪いっ」
「ええっ…」
ぱっと明るくなった表情が、しょんぼりした。すぐ表情が変わる、面白い奴だった。
「図書室に行くんだ」
「図書室…」
つまり、ことみに会いに行く、ということ。
ふらりと行くだけなのだが、藤林は予定があるとでも受け取ったらしい。悩み始める。
「なんだったら、一緒に来るか?」
「え、わ、私もですかっ」
「ああ、授業なんてどうだっていいじゃん」
「ストップストップ」
「そこまでよ、岡崎くん」
「委員長を悪の道に進ませたりしないわ」
「まあ、悪なんて無理だろうけどね〜」
話していると、わいわいとクラスの女子が割り込んでくる。
「なんなんだ、いきなりっ」
よく見てみると、彼女らは藤林と同じグループの女子たち。
「いきなりじゃないわよ。いきなりはそっちでしょ」
「そうよ、いきなりあんな人気のないところに連れ込んで、なにするつもりだったのよっ」
「…」
「…」
俺たちは、下ネタを言い始めた女子を白い目で見つめる。
「んー、ゴホン」
恥ずかしそうだった。
「ま、いいや。じゃあな」
さっさと歩き始める。
「あ、岡崎くんっ」
藤林の声が聞こえたが、ひらひらと手を振って応えた。あいつは真面目だから、追いかけてはこないだろう。追いかけてこられても困るが。
しかし、藤林はさすがの委員長、人望あるんだな、と見直してしまった。
070
昼休みになる前に、やっておくことがあった。
今日の目標は、部員を一人、確保すること。
渚の勧誘活動、その最初の人物を、俺は宮沢に定めていた。昼休みにでも、飯を食べながら勧誘でもできれば昨日みたいで気軽いしいいだろうという計画。朝に放課後とか言っていたが、早ければそのほうがいいだろう。
ひとまず渚に昼に教室で待っててもらうように頼み、その後資料室に行って宮沢に昼の予定を取り付けよう。で、図書室に行ってのんびりしよう。ことみが今日の分の弁当を作っている可能性が高いし。
俺は渚のB組へ。
…。
教室のドアから、渚を探す。
「岡崎」
ちょうど出てきたところの男子に、声をかけられた。
「え?」
「おまえ、こないだも来てたよな。古河か?」
先日も声をかけてきた奴だった。
「ああ…。っていうか、なんであいつに用ってわかるんだ?」
「こないだ、そうだったらしいじゃん。他の奴に聞いた」
「あ、そう」
「おまえら一体どんな繋がりなんだ? 微妙に話題になってるぞ」
「マジかよ…」
まあ、そうかもしれない。
「ま、いいや。呼んでくるからちょっと待ってろ」
「ああ、悪い」
男子生徒は一人で座っている渚に声をかける。
渚は彼に声をかけられてかなり驚いた表情をしていたが、なにやら話して俺の方を向くと、ぺこぺこと男にお辞儀をしてから駆け寄ってきた。
「岡崎さんっ」
「よお」
「どうしたんですか?」
ちょっとうれしそうな表情で、俺もちょっとうれしくなった。
「ああ、今日の昼休みだけどさ…」
「岡崎」
さっきの男だった。俺にだけ聞こえるように耳打ちする。
「組み合わせが組み合わせだから、変なことしてると教師に目をつけられるぞ」
「ああ、心配ないさ」
「そうか、ならいいけどな」
言うと、教室を出て行く。
「お友達ですか?」
「いや…」
どんな繋がりがったのかも、よくわからん。ここ数日生活してみて、そういう生徒が何人かいるんだよな。結構普通に会話する奴。
「で、昼だけど、また呼びに来るからちょっと待っててもらえるか?」
「はい、わかりました」
「悪い。それじゃあな」
「はい、失礼します」
手を振って別れる。