folks‐lore 4/17


050


ぽつぽつと話しながら、学食にやってくる。


その隣、購買に目を移すと…



うおおおーーーっっ!!


うわあぁぁーーーーーっ!!


そこをどけぇぇぇーーーーーっ!!



「…」


あまりの喧騒に、俺たちは無言になってしまった。予想外も何も、なんだよこの狂乱は。


「今日はお祭でしょうか?」


おのぼりさんみたいなセリフを言う風子。


「なんか、いつもより格段に混んでるわね…」


「こんなすごいの、初めて見ました」


藤林姉妹も引いていた。たしかに、いつもの五割増くらいの人手だった。


「岡崎さん…っ」


大騒ぎの中から、俺を呼ぶ声が聞こえる。


さっと視線をずらしていくと、少し離れたところから、渚がこちらを見ていた。


俺と目が合うと、安心したように笑った。そういえば、渚は購買組だった。おそらく、この大騒動に呆気に取られて、さすがに中に入ってくることはできなかったのだろう。


彼女に応えて片手を上げて、こっちに来るよう手招きする。おずおずと近づいてくる渚。


途中、他の生徒にぶつかってぺこぺこ謝っている。そうしているうちにまた別の生徒にぶつかって、そいつにも頭を下げて…


ああ、もうっ!


お人よし過ぎるそんな様子に、もどかしいがなんだか笑えてくる。こんな、不器用な奴だった。


俺はさっと彼女に近寄る。


「ほら、こっち」


「あ、すみません」


手を握る。渚は顔を伏せる。


「すみませんっ…」


小さな声で、呟いた。


連れの待っているところ…目を細めて無表情な杏と、慌てたように杏の制服の裾を引きつつもこっちをガン見している藤林と、相変わらず狂乱を見ている風子の元へ。


「渚、だっけ。また会ったわね」


「あ、杏さん…っ」


知り合いがいたからだろう、渚の顔はぱっと明るくなった。で、一瞬不思議そうな顔をする。


そういえば、さっき杏はこないと言っておいた気がする。


「色々あって、一緒に食うことになったんだ」


「そうなんですか…」


小声で話す。特に嫌がる様子はない。


「こんにちは」


笑って、ぺこりと頭を下げる。


「風子ちゃんも」


「はい、お久しぶりです」


そして藤林に視線を移し…杏とそっくりの顔立ちに戸惑った様子。


すかさず、杏がフォローを入れる。


「この子はあたしの双子の妹で、椋」


「あの…はじめまして」


藤林のはにかみ笑い。


「はじめましてっ。わたし、三年B組の古河渚です」


「D組の藤林椋です」


お互い、陽だまりのような笑顔を向け合う。この二人、けっこう波長が近そうだし、仲良くなれそうかも、などと傍らで見ながら考える。


「あなたは…購買なの?」


「あ、はい、そうなんですけど…」


杏の問いに、渚は曖昧な表情で答えつつ、購買のほうに視線を移す。



うおおぉぉぉーーーっ!!


いまだぁーーーっ!


オバちゃん、オバちゃーーーんっ!!



「…」


俺たちは黙ってしまう。こいつら、元気だな…。


「どうして今日はこんな混んでいるんでしょう?」


「さぁな…」


「岡崎さん、あれを見てください」


隣の風子がびしっ! と購買の上から吊り下がる広告を指差す。


そこには、『新発売・竜太サンド150円』とある。


「新発売、ねぇ…」


「朋也、ちょっと待って。あれ、竜田(たつた)じゃなくて、竜太(りゅうた)って書いてあるわよ」


「本当ですっ。もしかしたら、竜太という人が考案した、まったく新しいパンなのかもしれないです」


「すごい人気ですね…」


「いや、ただの誤植だろ…」


「おまえたち、知らないのかっ」


突然、そばにいた大柄な男子が口を挟む。


「あれは、先週から張り出していて、生徒たちの噂の的なんだ…」


誰だよおまえは。


「食堂のおばちゃんに聞いても、みんな訳知り顔で首を振るだけ…。こうなったら、俺たちはもうなんとしてでも食べるしかないだろう!?」


「そんなことないでしょ」


「あるよっ!!」


杏がばっさり否定したが、男子生徒は力いっぱい叫ぶ。


「だから…だから、俺は行くっ」


そう行って、人の洪水に身を浸して…


「う…うわああぁぁぁーーー……」


藻屑となって、消えていった。


「…」


…。


「男子って、ほんと、バカばっかね…」


杏が処置なし、というように呟いた。


「でも、えぇと、渚も購買で買わなきゃ食事なしなのよね?」


「はい…」


向こう岸に渡りたいけど、橋を流された濁流でも見るように、人混みを見る渚。


「朋也っ」


ぽんっ、と肩を叩く杏。


「なんだよ」


言いたいことは、わかっているが…。


「女の子にこの中に行ってこいなんて言わないわよねっ」


すげぇいい笑顔…。


「…わかったよ、行けばいいんだろ、行けばっ」


「あの、岡崎さんっ」


緩めてあるネクタイをもう一段階緩め、戦闘体勢を取った俺の裾を、渚が掴む。


「岡崎さんも、さっきの人みたいになってしまいますっ。わたし、しばらく待ってるので大丈夫ですっ」


「いや、大丈夫だ…」


俺はスクラムを組んだ生徒の群れを眺める。たしかに、危ないかもしれない。


だが俺は、さっきの男とは違う。


愛する人の、ためだから。俺は危険をものともしない。


そんな芳野さんっぽいことを考えつつ、勢いよく駆け出した。


「岡崎さんっ」


「うわ、ほんとに行った」


「岡崎くん…」


彼女らの言葉。俺は走る!


「その後、岡崎さんの姿を見たものはいない…」


後ろで風子が不吉なことを言っていた。全滅してない!


集団に突っ込む。


ものすごい、圧力。


「くっ…」


肩を食い込ませるようにして進んでいく。押しのける、押しのける。


途中、見慣れた金髪が見えた。


「…ふんっ」


足払いを食らわせてやる。


「うわ、ちょ、誰だ…こら……ぅ……」


春原はこちらを見ようとするが、体勢を崩してあっという間に姿が消える。


うわあああぁぁぁぁーーーー…


断末魔だけが、響いていた。


「よしっ」


俺は一仕事終えた気分。


などと思っていると…


ガスン!


「うぉ…っ」


横から、強い衝撃。


気を抜いていると、春原の二の舞だな…。あいつは俺のせいだけど。


足を踏ん張る。それでもなんだか覚束ない。筋力が、未来とは違うのかもしれないな…。


若さはあっても、継続的な運動はしていなかったし。


だったら、若者らしく…短期決戦!


「おら、そこっ、どけっ!」


強引にぐいぐい進んでいく。


あぁ、そして、終着点には、天使のような…


「ほら、早く頼みな!」


「選んでるんじゃないよ! 後がつっかえてるでしょうがっ!」


「…」


悪鬼のような形相のオバちゃんだった。





051


「買えてしまった…」


俺の手には、竜太サンドと、その他でいくつか。


「うわ、朋也、あんたそこまでがんばったの?」


「…これ、見た目は普通のパンですね」


びっくりした表情の藤林姉妹。


「岡崎さんは帰ってくると、風子、わかってました」


「…」


あぁ、にくったらしい…。


「これ、昼食」


「あ、はい…」


渚はぽかんと食事の入った袋を見つめる。


「ありがとうございますっ。あの、大切に食べますっ」


「ああ、心して食ってくれ…」


満身創痍の俺は、そう呟く。


いまだ続く乱痴気騒ぎを横目に、俺は学食のテーブルから箸を何膳か抜き取る。ちょっと多めに。


「ほら、さっさと行くわよっ。相手が待ってるでしょっ」


急かすように、俺の手を杏が握った。


「なんだよ」


俺は少し困惑し、掴まれた手に目をやる。


「…ふんっ」


杏は不機嫌そうに鼻を鳴らし、振りほどくと、ぱちん、と手をはたいた。



…。



俺たちは急ぎ足に資料室へと向かった。


旧校舎に入ると、いつものごとく不意にしんとする。いつ来ても、それは不思議な感じだった。


この先は、なんだか自分の知らない場所のように感じる感覚。


ほんの少しだけ、普段の生活空間とは違う感じ。


それが好きで、「昔」も今も、足しげく通ってしまう空間だった。


「資料室ってどこなの?」


「知らないのか?」


「私も名前しか聞いたことないです」


「わたし、初めて聞きました」


まあ、その程度の知名度ということか。


「あそこだよ、あの一番先…お?」


顎で廊下の端をさして、気付く。廊下の先に立っている、一人の女生徒。


長い髪と、二つに結っている、子供っぽい髪留めの…。


「…」


ことみの姿だ。ここに加わる、もう一人。


事態は、より複雑な方へと、勢いよく転がり始めていた。



…。



「あっ…あっあっ」


足音に振り返って、俺を見てぱっと華やいだ表情が、その他の連中に気付いて即涙目になった。さっと俺の横、渚たちの陰になるように隠れる。だがそこには既に風子がいて、ぶつかってさらに慌てていた。


おまえは何をやってるんだ…。


「朋也、その子、知り合いなの?」


腕を組んで、目を細めて、なんか無表情で尋ねる杏。


「ああ…」


ちらりとことみを見やる。涙目でこっちを見上げていた。


「いじめる? いじめる?」


「いじめないわよ…」


呆れたように力を抜いて、杏。


「中で話そう」


俺は、資料室の扉を顎で示した。


back  top  next

inserted by FC2 system