046
「渚」
「岡崎さん?」
休み時間、席についてる彼女に声をかけると、びっくり俺を見る。
「今日の昼、空いてる?」
「えぇと…はい」
戸惑ったように俺を見て、頷く。
「よし、なら、ちょっと紹介したい奴がいるんだ。飯でも食いながらなら、ちょうどいいだろ」
「あの、それって、部員に勧誘する人でしょうか」
不安そうな瞳を俺へと投げる。
「あぁ、そう」
「…ものすごく緊張してきましたっ」
「今からって、早いだろ、おいっ」
「ですけど、もし、私のこと変な人だとか思われたら、きっと演劇部に入ってくれません」
「なにをしでかすつもりだ、一体…」
「なんだか、変なことを言ってしまう気がしますっ」
あわあわと頭を振ったり手を振ったり。混乱している…。
「大丈夫だって。そもそも、今日の昼は勧誘ってつもりじゃないし」
「?」
「何人かで一緒に昼飯食うだけで、勧誘はまたちょうどよさそうな奴にやっていけばいい」
ひとまず今日は、ことみと宮沢。あまり大人数だと状況が混沌としそうだし、俺を加えて四人だったら程よい人数だろう。ああ、あとは風子は…会えたらでいいか。
「今日は珍しいメンバーで、飯食べるだけって考えればいい」
「わかりました…。精一杯、がんばりますっ」
ぐっ、と拳を握る渚。
俺は笑ってしまう。ま、特に攻撃的な布陣ではない。
俺自身も昼を楽しめばいい、という程度の気持ちだった。
「今朝の、杏さんでしょうか?」
「いや、違う。普通の三年は、受験で忙しいだろうから、望み薄いしな。別の三年と、二年の女子。あと、いれば風子も」
風子とは、今朝互いに決意を確かめ合ったばかりだし、放っておいても大丈夫だろうが、せっかくなら一緒に飯くらい食えればなと思う。
けっこうあちこちうろうろしてるかもしれないし、そこはその時次第だろう。
ついでに渚に資料室集合ということと、場所を伝える。
「はい…。あ、そういえば」
「なに?」
「部活動の最少人数が三人とうかがったんですが、わたしたち、何人くらい集める予定なんでしょうか?」
「あぁ、そういやそうだな…」
俺は、考える。
前は春原を加えての三人。
だが、必要最低限の人数を目指すというのもいかにもわびしいし寂しい。
かといってあんまり大人数になっても収拾がつかないし、そもそも創立者祭を目指すなら劇の時間は二十分とかそれくらいなのだ。大々的な活動をするというわけでもなかった。
「五人くらいかな」
特に考えもなく、そう答える。ま、それくらいだろう。
「五人ですか…っ」
対して、渚はおののいていた。
「ものすごく賑やかですっ」
「えぇ、そ、そうか…」
人によっては、たった五人、と感じるかもしれないのだが。
これは、渚の控えめな夢だった。
ま、何人集まろうと、それはその時だ。
俺たちが目指すのは、笑っていられるひとつの場。それさえあれば、それでいい。
047
「おはよう、岡崎」
三時間目が終わった休み時間に、呑気に登校してきた春原は笑顔だった。
「優雅だな」
「ま、今は自由な高校生だしね。それよりも、放課後付き合えよな。もう坂上に呼び出しはかけてあるんだ」
「来るって言ったのか?」
「ああ。どうも僕にびびっちゃってるみたいで、はいはいって言うこと聞いていたよ」
教室に押しかけられるのが迷惑で、適当にはいはいって答えただけのような気がする。
「…はいはい」
俺もはいはいと言っておく。
「ところでさ、昨日のちっこい女の子、どんな関係なのか詳しく聞かせてよ。昨日うちに来なかったのも、何だか意味深〜」
「別に、いつもお前の部屋にいってるわけじゃないだろ」
「お、なんだか話しそらそうとしてる? ますます怪しいなぁ。ははっ、どうやら岡崎の弱みを握れたみたいだねっ」
「はぁ…」
なんだかアホなことを言っている。さすがに正直に説明することはできないので、適当にごまかすことにする。
「弱み、か…」
俺は、ふっと息をつく。
「たしかに、あいつのことは弱みかもな…」
「え、なに?」
「あいつ、伊吹風子っていうんだけどさ…あいつ、実は半分しか血がつながらない妹なんだ…」
「ほんとに? ごまかそうとしてない?」
「してねぇよ。あいつ、一緒には暮らしてないんだけど、母親違うし、お互いの家で付き合いが止められてるから、学校くらいでしか、会うことできないんだよ」
「岡崎、おまえ…そっか、そんなわけがあったのか…」
「ああ、こんなこと言っても、空気重くなるだけだろ」
「そんなことないよっ。こういっちゃなんだけどさ、僕、その話を聞けてよかったと思うよ、うん」
「そうか…?」
「ああ。えーと、こっちこそ、変なこと言ってごめんな」
「いや、いいんだ。ありがとな、春原っ」
「いいんだって、岡崎っ」
簡単に信じすぎだ、おまえは。まったく意味もなく春原と親交を深めてしまった。
しかし、家庭が複雑なんて自分の境遇を笑い話にできるなんて、俺も結構成長してるんだな、などとしみじみ思ってしまった。
そして春原は、意外に友達がいはあるんだよな…。
048
チャイムが鳴って授業が終わり、教師が出て行くと教室の空気がふっと和らぐ。昼休みだった。
何人かダッシュで教室を出て行く。おそらく、購買に向かっているのだろう。
「岡崎、昼飯行こうぜ」
隣の春原が早速話しかけてきた。
「いやだ」
「おう…って、えぇぇぇーーーっ」
「なんでそんなに驚いてるんだよ…」
「いや、そういうわけじゃないけどさ、なんか最近、一緒に昼飯食わないじゃん。これからなんか用事あるのかよ」
「いや…」
正直に、女生徒たちとお食事、などとは言えない。
どう答えたものか、思案しながらなんとなく辺りを見回すと…
教室を覗く、風子と目が合った。
「あ」
「あん?」
春原は、俺の視線を辿って…笑った。
「ああ、なるほど、そういうことなんだ」
にこっと妙にさわやかに笑った。
「なるほど、家族サービスをしてるってことなんだ。岡崎も、優しいとこあるんだなっ。そうだ、よかったら僕も一緒に食べていいかな? 僕も風子ちゃんとは親睦を深めたいしさ」
「嫌です」
「速攻断られた?!」
俺に気が付き、すぐ前まで来ていた風子がさらりと拒絶。
「春原、悪いな。ダメだってさ」
「…なぁ、もうちょっと粘ってくれてもよくない?」
「じゃあなっ」
爽やかに拒絶する俺。
「はぁ、わかったよ…。放課後、忘れんなよ」
「ああ」
春原がさっさと教室を出て行って、なんとなくそれを見送る。
「よく教室わかったな」
「順番に探しました」
「そうか、悪い」
クラスくらい教えておけばよかった。
風子と連れ立って教室を出る。
「今日は資料室で、宮沢とかと一緒に食うんだが、来るよな」
「ゆきちゃんですかっ。もちろん、風子も一緒ですっ」
「ゆきちゃんって?」
「え?」
教室を出ようとしたところで、ドアを塞ぐ形で杏が立っていた。
…RPGとかで、ボスキャラってダンジョンで通路を塞ぐ形に立っていたりするけれど、まさにそんな感じだった。宝がほしかったら倒すしかない、って感じ。
「今言ってた、ゆきちゃんて、誰なの?」
にこりと笑って、尋ねる。
…。
風子が俺の後ろに隠れた。矢面に立たされる。ああ、まったく。
「風子の友達」
「朋也も一緒にお昼?」
「悪いかよ」
「悪くないけど、椋はどう思う?」
「っ!?」
後ろを振り返ると、凶悪さは段違いだが、考え込むような厳しい顔で、藤林が立っていた。
「この子、岡崎くんの妹さんなんですか?」
…春原との話を立ち聞きされていた。
「え、どういうこと? 朝にはたしか親戚とかって言ってたわよね」
不吉に笑いながら尻馬にのる杏。こいつ、朝の話を全く信じてないよな。メッキが剥がれるのを待ってやがる…。
「春原に言ったのは嘘だ。ま、遠縁だけどさ」
表情はなんてことないように、だが心のうちであれこれ計算する。
「あのバカそれ信じたの?」
「春原だからな」
「ま、そうね…」
口の端を歪ませる杏。
「それにしても、随分と家族思い、っていうか、身内思いなのね」
「そりゃ、普通そうだろ。おまえだって藤林と仲いいだろ」
「あたしはね。…でも、あんたはさ」
「?」
「なんでもないわよっ」
杏は気まずげな顔で頭を振った。俺を睨みつける。
「そんなことよりっ」
なぜか動揺してか、少し頬が赤い。
「あんた、これからその子の友達とお昼なの?」
「そう言っただろ」
言うと、杏は一瞬考え込むような仕草をし、意を決したように顔を上げ、保留なしのはじける笑顔を俺に向けた。
「それじゃ、あたしと椋も一緒に行ってあげる。お互いの友達を紹介しましょってことで」
「お、お姉ちゃんっ?」
藤林が慌てたように言う。
「いや、そもそも友達じゃないだろ」
「さ、行くわよ。たしか資料室って言ってたわよねっ」
杏は歩き出していた。明確な意思を持った後姿だった。
本気で拒否すれば彼女も引くだろうが…
「…」
いや。
これはこれで、まあ、いいかとも思った。俺は、彼女の後に続くように歩き出す。
渚に、ただの昼食会と言っておいてよかった。この人数で押しかければ、宮沢もさすがにびっくりするだろうな。
「あの…岡崎くん」
おずおずと、斜め後ろから藤林が声をかける。
「お姉ちゃん、強引でごめんなさい」
「いやまあ、おまえは悪くないけどさ…」
たぶん。
「それから、その子にも」
そう言って、風子にも頭を下げる。
「はい…」
風子はなんだかわからないような表情で、曖昧に頷く。
どうしてこの人たちも一緒に来ることになったんでしょうか? みたいな顔を俺に向けてくる。
俺だって、よくわからなかった。
そもそもおそらく、藤林姉妹と一緒に食事をとるなんて初めてだ。
以前とは具体的に何が違って、杏は何を考えたのか。よくわからない。
そうだ、未来は、既に変わり始めている…。
049
「お前ら、昼飯は?」
「これ」
杏は手に持った巾着を掲げる。
「弁当か」
「そ。手作りよ」
「お前もよく続くよな」
汐と暮らしていても、完全自炊というわけにもいかなかった俺である。きっちり毎日作ってくる杏には頭が下がる思いだった。
高校生で自分の弁当を作るというのも珍しいだろう。
「ま、趣味みたいなものね。下ごしらえは夜のうちに大体やって、朝は焼くかレンジかくらいだし」
「ふぅん」
「あんたたちは学食?」
「俺は…」
ことみの重箱を思い出す。彼女が食べて、俺が食べて…風子が食べても、正直量としては充分、というかむしろ多すぎるかもしれない。気合を入れて食べなければ、余ってしまうだろう。風子の分もあれでまかなえるか。
というか、これでことみも資料室でバッシングすることが決定していた。初顔合わせの多い昼食になりそうだった。渚もだけど、ことみもビビるだろうな。
「今日は、当てがある」
「買わないの?」
「ああ、いや待ってくれ、ちょっと学食に寄る用事がある」
俺の分はことみが用意してくれてるだろうから、風子用に箸が一膳。宮沢の至れり尽くせりなパーソナリティーは知っているが、さすがに割り箸があるとは…いや、あるかもしれない…だが、一応保険として。
昼飯は大丈夫、ということを風子には小声で伝える。それにしても、こいつの食べた料理は、物理的にはどこに消えていくのだろうか?
それは、謎だった。