folks-lore特別編 合唱部



翌日、土曜日。


合唱の練習をする話も出たのだが、俺の用事があったので明日に回してもらった。


そして、俺の用事というと…


「岡崎さん、こんにちは」


「ああ」


待ち合わせ場所の公園。青色のスカートにふわふわとしたブラウスを着込んだ風子が、俺の姿を見つけると少し照れたように頭をさげた。雨が降りそうな天気だから、星柄の傘を持っている。星のサイズ感がでかいから、ヒトデ扱いということなのだろうか。


今日は風子の病院の検査の日だ。検査は平日が多いが、時折土曜日に予定されることもあり、俺も付き添っている。


最初の頃は風子の家まで迎えに行っていたのだが、その度、伊吹家が家族総出で見送りに出てきてかなり圧を感じていていた。風子も同様だったのだろう、何度かそんなことを繰り返した後、自宅近くの公園で待ち合わせをしようということになった。最初の頃は母親が遠くから眺めている時もあったのだが、最近はそんなこともなくなった。


とても病院に行くとも思えないようなおしゃれをした風子が俺の横に並ぶ。


「それでは、行きましょう」


「ああ」


ふたり、歩き出す。


病院は隣町だ。当然車など持っていなかった学生時代、あまり足を運ばなかった場所なのだが、風子の付き添いで最近はしょっちゅう行っているな。


「病院、まだしばらく通うのか?」


肩を並べて歩きながら、そう水を向ける。


「はい。ですけど、もう少ししたら回数は少なくなるみたいです」


「ふぅん」


こいつが退院してからしばらく経つ。退院早々の頃は筋力が戻っておらず車椅子生活だったが、あっという間に復活し学校に戻ってきて、今では普通に体育の授業にも出ているらしい。


普通に考えるとありえないくらいの回復スピードらしい。そのありえなさから逆に色々と検査をしているらしいのだが、結局原因不明のため通院頻度は落としていくようだった。


月に一度か二度くらいまで減るらしい。今は週に1回か2回くらい行っている印象だから、一気に楽になるだろう。部活にも本格的に参加できるようになるはずだ。


「ま、学校生活が楽しめそうで、よかったな」


「はい。もう楽しんでいます」


「クラスでは友達はできたんだろ?」


「はい。何人か、お話ししてくれる方ができました」


「なら、公子さんも安心だな」


初めの頃は遠巻きに見られているような印象もあったが、今ではずいぶんと馴染んでいるようだった。


学校生活について尋ねていると、風子は微妙そうな顔をして俺を見上げた。


「あの…岡崎さんはどの目線で風子を見ているんでしょうか?」


「…」


たしかに、言われてみるとなんだか娘の学校生活を心配する親みたいな聞き方になっていた。俺は苦笑する。


「悪い悪い。でもやっぱり気になるから」


かつて、いつか、俺は公子さんに聞いた。


昔から引っ込み思案で友達ができなかった風子。発奮させるために、辛く当たった時期があったこと。思いは通じ、高校生活では友達を作ろうと意気込んでいた矢先に事故にあったこと…。


そんなことを知っているから、やはりどうしても気にしてしまう。


とはいえ、学内で風子がクラスメートらしき女子生徒と話しながら歩いている姿は見かける。ダブった女子生徒だからと距離を置かれている印象はあまりないような気がした。もしかしたら、ヒトデのプレゼントが少しは力を貸してくれているのかもしれない。


「岡崎さんは、とても心配性です」


風子は不満そうな口調でそう言うが、顔は笑っていた。子ども扱いされるのは気に食わないが、心配されることは悪い気分ではないのだろう。


時折俺の腕を彼女の長い髪がくすぐる。ふたり、ゆっくりとした足取りで駅への道を目指した。










「風子ちゃん、こんにちは」


「今週は土曜日検査の日だったっけ」


病院に入ると看護師から何度も声をかけられる。


この病院で眠り続け、奇跡的に目覚めた少女。その存在は病院の中でもそれなりに知られており、何度も通っているうちに顔見知りもできたようだった。小動物的な外見だから、それも相まって可愛がられている。


「岡崎くんもいつもご苦労様」


「ちっす」


顔見知りというのは俺も同様で、何人かは俺にも声をかけてくる。


「今日、椋は?」


たしか働いている日だと言っていたが、受付にはいないようだった。カウンターの中に立っていた顔見知りの看護師に聞いてみることにする。


「ご指名希望なら呼んでくる?」


「いや、聞いただけ」


半笑いで聞かれるが、遠慮しておく。さすがに、忙しく働いているところをようもなく呼び出すわけにもいくまい。受付でそんなやりとりを交わすと、待合室の席に座る。


病院というととにかく病的な印象があるのだが、清潔だし、死にそうな患者があちこちに転がっているわけでもない。こうしていると、これはこれで平和な光景だな、という気がした。


傷つき、癒し、そして暮らしに帰っていくための場所なのだ。かつての自分ではそう考えなかったのだろうが、今ではそう考えるようになっていた。


…。


「岡崎さん岡崎さん」


服の裾が引っ張られる。


「なに」


風子が小声で話しかけてくる。


「今日は検査が終わったらどこに遊びに行きましょうか」


「そうだな。適当にぶらつくか…」


放課後に病院に付き合う場合はすぐに帰るのだが、土曜日に検査がある場合はそのまま遊びに行くのがいつもの流れだった。他の部員も一緒に付き添いに来て、そのまま遊びに行くこともあった。


ぽつぽつと言葉を交わしながらぼんやりと待っていると、何かカルテらしきものを持った椋がぱたぱたとカウンターの中に姿を現わし、他の看護師と言葉を交わす。同僚に促されてこちらに目をやると、椋ははにかんだように笑って手を振った。俺と風子も手を振りかえす。


あいつも頑張っているみたいだな。


…。


「岡崎さん岡崎さん」


再び服の裾が引っ張られる。


「なに」


風子が星形のカバンから財布を取り出し、俺に500円くれた。


「そういえば、これ、お母さんから電車代です」


「ああ、ありがと…」


せめて交通費くらいはもらってくれとせがまれ、向こうの気持ちもあるので受け取るようにしている。金をもらいながら、俺ははっと気付いて辺りを見回す。


「…」


「…」


じろじろと周りの人に見られている。年端もいかない少女から金をもらっている姿はめちゃくちゃ目立っていた。


別に悪いことをしているわけでもないのだが、なんとなく気まずくなった俺は顔を伏せる。


そこではっと気付いて、俺はカウンターの方を見やった。


「…」


椋が哀しいものを見るような目で俺を見ていた。


「いや違うからなっ。これ付き添いの交通費だから!」


「病院ではお静かにお願いしまーす」


言い訳していると、半笑いの看護師に注意された。


くそ…。


俺は釈然としない気持ちで顔を伏せた。


「岡崎さん…なにやってるんですか?」


「お前のせいだお前の」


風子にツッコミを入れておく。


…。


みたび服の裾が引っ張られる。


「ザキオカさん」


「なに…って、お笑い芸人みたいに呼ぶのはやめろっ」


「順番が来たみたいなので、行ってきます」


見てみると、遠くの方で温和そうな雰囲気の医師がこちらに手を振っていた。


「わかった」


持っていてくれということだろう、カバンを手渡される。検査時間はそこまで長くはなく、せいぜい30分か1時間程度だろう。


「ふわ…」


俺はあくびをすると、星形のカバンを抱え直して少し眠ることにした。










特に大きな出来事もなく、病院での検査も完了。問診と簡単な検査で終わるので、いつも拍子抜けするくらいあっという間に終わってしまう。


俺たちはそのまま、隣町の商店街をぶらつくことにした。


今は梅雨の真っ盛りだから相変わらず天気は悪い。少し雨が降り始め、傘をさし始める人の姿もちらほらと見られた。風子も傘を持っているが、さすかどうか、微妙なタイミングだった。


「何か買いたいものある?」


「そうですね…」


風子はむーんと腕を組むと、思いついたような素振りで俺のほうを見上げた。


「風子の誕生日来月の20日です」


「めちゃくちゃストレートな要求がきたな…」


多分悩んでいた素振りはわざとだろうな。


何か買えということだろうか。


「いえ、ふと風子の誕生日が頭に浮かびました。特に理由はありませんが」


「はぁ…なんか買ってやるよ」


「…ありがとうございます」


少し頬を染めて、小さな声で礼を言った。


まあ、喜んでくれるのなら買うほうも悪い気はしない。


「10円ガムでいいか?」


「いいわけないです最悪ですっ! いえ、でも、気持ちがこもっていればそれでもいいんですが…ですが、できれば形で残るものがいいです」


いじらしく言われて良心が咎める。さすがに適当に選ぶつもりでもないからな。


やれやれ、と俺は息をつく。ことみに髪飾りを買って、仁科には小物入れを買った。なんとなく、被らないようなものを買った方がいいよな、などと考えると悩ましい。


「店でも見てみるか」


「はい」


「誕生日まではまだ間があるんだろ? 今日買うかはわからないぞ」


ヒトデ的なものということで、星形のデザインの何かを見つけ出すミッションになるだろうか。すぐさま見つかるかどうかは微妙なところだ。


「もちろん、気にしません。今日の風子の態度でどんなものが好感度が上がるか、確認してください」


「物によって、好感度が上がったり下がったりするってやつだな」


ゲームだとわかりやすく地雷の選択肢があるパターンだ。


「いえ、何をもらっても上がりますが」


「え?」


「…なんでもないです」


頬を染めてうつむく風子。手持ち無沙汰な様子でカバンの紐を手でこねていた。


俺は頬をかきながら、なんとなく昔のことを思い出す。そういえば、渚ともこんな会話をした世界があったような気がするな、と。


とりあえず、雨の中外をうろうろしていてもしょうがない。適当に見て回ろうと歩いていると、見知った人物が手前の店から出てくるところだった。


「げ…」


傘をさそうとした際に少女は俺たちの姿を目にして、あからさまに顔をしかめた。


俺は苦笑する。


「奇遇だな、藤森」


「どうも」


クールな表情でそう言うが内心は動揺していたのか、手に持っていた紙袋を落とした。


「あっ」


「大丈夫か?」


そばに寄って、袋を拾ってやる。その際に、不意に中身が見えてしまう。


「…布?」


「ちょっと、見ないてくれる…わああっ!?」


今度は傘が風に飛ばされていた。風子が慌てて取りに行く。


「なにしてんの、おまえ」


「急に知り合いが現れるから少しびっくりしただけでしょ」


つんとすましてそう言うが、恥ずかしかったのだろう、顔は赤かった。見た目はクールなロリだが、性格はそういうわけでもない奴だ。


「ちょっと買い物です」


「ふうん」


手芸屋のロゴが描かれている紙袋を見やる。


「まあ、その…」


俺の視線の先を追い、袋を見ると口ごもる。少し悩んだ様子だったが、観念したように口を開いた。


「あんまり大っぴらにはしてないけど、こういうのが好きなの。自分で服を作って、そういうのを着るのが。そういう趣味なの」


「ふうん」


コスプレみたいなものなのか、あるいは単純に裁縫という感じなのか、そのあたりはぼかしているが、別にどっちにせよ恥ずかしがるような趣味ではないような気がした。


以前あった時に趣味に時間を割いているということを言っていたな。なるほど、こういう制作系の趣味は時間を取られるだろう。


「裁縫か…。そういや、うちのクラスのメイド服も結構大変そうだったな…」


「ああ、創立者祭?」


ふとつぶやいたセリフに藤森が相槌をうつ。この間一緒に昼飯を食べた時、なんとなく波長が合いそうな空気は感じていた。それは向こうも同様なのだろう、憎まれ口をたたいた割には気安い距離感だった。


喫茶杏仁豆腐。創立者祭のクラス展だ。ずいぶん懐かしいが、まだそこまで時間は経っていない。


俺はほぼ申請系と内装などをやっていたので関わりはなかったが、クラスの女子の一部が衣装製作チームを担っていた。採寸したり意匠を凝らしたりと四苦八苦している姿は遠目に見ていた。


「あたしも見に行ったわ、あのメイド喫茶。経験者がいたんでしょうね、あの衣装は力作だったわ…」


話をしていると、戻ってきた風子が俺たちの頭上に傘をかざした。


「どうぞ」


「あ、どうも」


藤森は素直に風子に礼を言った。基本的に突っかかってくるのだが、ふとした拍子の態度は素直だ。悪い奴ではないんだろうな。


風子がこいつのことを気に入っているあたり、それはうかがえる。なんとなく、風子には人を見る野生の本能が優れてそうなイメージがある。


(そういや…)


俺は風子を眺めながら思い出していた。


こいつのメイド服はヒトデのアップリケの付いた特注品だったな。そういや、あのメイド服はいったいどこに消えたんだろうか。まあ、気にしてもしょうがないが。


「それ、濡れてないですか?」


ぼおっとしている俺をよそに、紙袋を見て言う風子。


「大丈夫。大した雨じゃないし」


まだ水たまりができるような雨足でもない。中身は布だが、被害はないようだった。


藤森は風子から傘を受け取ると、紙袋を手にもって頭を下げた。


「ありがと。それじゃ、あたしは行くから」


そう言って、踵を返そうとしたが、足を止めた。振り返ってこちらを見上げる。


強気そうな眼差しが少しだけ迷うように揺れて、俺と風子を見比べた。


「一応聞いておきたいんだけれど…二人は恋人同士なの?」


「はあ?」


唐突な言葉に聞き返す。


「デート中だったんじゃないの? 邪魔したらごめんなさいって思って」


「…」


まあ、そう思われてもおかしくはないだろう。


俺はふと横の風子を見ると、どこか期待するような目で俺を見上げていた。その眼差しに若干ひるむが、実際問題、とりあえず今は恋人ではない。


俺は二人でここにいる理由を説明する。


「こいつの定期健診でその付き添い」


「あ、そうなの。そっか。そういうのがあるのね」


うんうんと頷く藤森。


風子が劇的に回復して復学した事情はうちの生徒であれば多くが噂で知っている。まだ病院に通っていると言えばすぐさま納得したようだ。


「別にあたしは興味ないわよ、二人が恋人同士でもね。いちおう言っておくけど」


「こいつはまあ、妹みたいなもんだよ」


とりあえずそう言っておく。


「岡崎さん、その設定はもう死に設定です」


「いや、便利な設定だろ」


「ぜ、全然話が見えないんだけど」


どうでもいいことを言い合う俺と風子を見て、藤森は呆れたようにつぶやいた。


やや腑に落ちない様子ではあったが、俺たちは言葉を交わしあって別れる。


昨日一緒に昼食をとったおかげか、彼女の俺に対するあたりは当初と比べるとずいぶんと柔らかくなっていた。反抗的な態度はとるが、可愛げの範囲内だ。


彼女の後姿を見送りながら、俺はぽつぽつと先ほど交わした言葉を風子に話して聞かせた。


「裁縫が趣味ですか」


「ああ、なんか、創立者祭でクラスの奴らが衣装を作っていたのを思い出した」


「はい。懐かしいです。ですけど、風子、どちらかというと仁科さんと杉坂さんが頑張って演劇の衣装を作っていたのを思い出しました」


「ああ、そういや…」


渚の演劇。そういえば、その衣装は合唱の連中が作っていたことを思い出す。


俺と渚と春原の三人だけでの演劇をやった時は早苗さんが衣装を作っていたからか、ごっちゃになって印象が薄れていた。だが、考えてみればあいつらも練習で忙しい中で随分と演劇チームのサポートをしてくれていたな。渚の劇の衣装は決してチャチくはなかった。きちんとそれについて、あいつらに礼を言っただろうか。


「風子、校内をあちこち歩いていましたから、仁科さんたちが家庭科室でミシンを借りて衣装を作っているのを見ました」


「へぇ…」


家庭科は確か選択科目だったはずだ。俺はとったことのない授業だが、そういえば、そんな教室があったような気がする。


あの頃は風子はヒトデをプレゼントするために校内のあちこちをうろついていた。そんな中で、作業をする合唱組の姿を見たのだろう。


創立者祭の演劇は渚一人だけだったから衣装も一着だったが、活動を続ける場合、複数衣装を作る必要も出てくるだろうな…。


「…」


そういう意味では、藤森はうちの部に迎え入れる最適の人材じゃないのか?


ふとそんなことを思った。元々彼女を部員にすることについてそこまで強い思いは持っていなかったが、考えてみれば即戦力の人材ということに気が付く。もしかしたら、原田が藤森を勧誘しようとしていたのも、裁縫の趣味のことを知っていたからだったのだろうか。だとしたら、あのアホ面の後ろには策士の表情が隠れていたことになる。


「岡崎さん?」


「あいつを部員に誘ってみる。衣装のこと考えてみたら、適任な気がしてきた」


そう言うと、俺は遠くに小さくなった藤森の背中を追った。


走りながら、どうやって部員に勧誘しようかと考える。部員になれば部活動に時間を取られることになる。彼女にとって、それはマイナスだろう。それならば、何かそれを上回るような利点を提示できればいいんだが。


「藤森っ」


小柄な藤森の歩くペースは遅く、すぐさま彼女に追いついた。


「わっ、なによ。何事よ」


「やっぱりお前、うちの部員にならないか?」


とりあえず正攻法で聞いてみる。藤森は呆れた視線をこちらに向けた。


「ならないわね」


「何か困ってることないか?」


「恩を売ろうってわけ? 別にないわよ」


当たり前だが、すぐさまこちらの意図は見抜かれる。


「お前の裁縫スキル、うちの部で活かさないか? 色々な服を作れば、練習にもなるだろ」


「それは…まぁ」


俺の言葉に少しは心惹かれるものがあったのかもしれない。藤森は一瞬言いよどむ。


「それに、学校の設備も使えるぞ。うちの学校、結構立派だからな」


スポーツの特待生を集めているし、文化部もそれなりに活発な方だ。家庭科室の設備は知らないが、そう悪いものではないだろう。


「まあ…」


一理ある、というくらいの様子ではあった。


「それに、皆さんとても優しい人です。かれんちゃんならみなさん大歓迎ですっ」


俺の後ろを付いてきた風子がそう太鼓判を押した。


「かれんちゃん?」


「あたしの名前です」


藤森かれん。それがフルネームらしい。既に風子によってちゃん付けされていた。


「…なによ、あたしの名前にでも文句あるの?」


じろりと睨みつけてくる。


「いや別に。いい名前だと思うぞ」


「は、恥ずかしいことを普通に言うのね」


渚が特別な思いをもって汐の名前を決めたことを知っている。子供に名前を付けるということが特別なことであるのを俺は知っている。そうであれば、人の名前を馬鹿にするような気は起きない。


藤森はしばらく恥ずかしそうにしていたが、やがて冷静な表情になる。こほんと咳払いをして、俺の目を見た。


「…でもやっぱり、あたしは部活はいいかな。生地を買うのもお小遣いからやりくりしてるしうちのミシンもボロだけど、あんまり新しい人と関わるのって苦手なの。部活なんて、二年生になって、今更だしね」


「それを言うなら、俺は三年になって始めてるぞ」


「風子も留年して部活始めました」


「めちゃくちゃ特殊ケースね、それ…」


呆れたようにツッコミを入れた。


藤森は少し悩んだ様子を見せて、苦笑したように俺たちを見た。苦笑いとはいえ、こいつに笑顔を向けられるのは初めてだった。


「でも、誘ってくれてありがとう。そこは感謝してるわ」


そう言うと、頭を下げて今度こそ歩き去って行った。


「かれんちゃん、やっぱり可愛いです。風子の妹にしたいですっ」


「…なんで昨日の今日であいつの呼び名変わってんの?」


しみじみと藤森の後姿を眺める風子に向かって、俺はツッコミを入れた。





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