folks‐lore 05/02



304


部員一同で昼食を囲む。


「春原さん、どうしたんでしょうか…」


渚は春原の様子が心配なようで、しきりに気にしていた。


そりゃ、急に叫んで走り去って行ったのだから、普通は驚くだろうが。


「いつものことだから、気にすることないわよ」


杏がバッサリ切り捨てる。


こいつは、付き合い長いからこれくらいでは動じたりはしないな…。


まあ、杏の対応が正解だが。


「ぷひぷひっ」


「ボタンもそう思うわよね〜」


膝の上のボタンを撫でる。ボタンも気持ちよさそうにしていた。


「か、可愛すぎます…」


杉坂がそれを羨ましそうに見ていた。


「ペットを校内に連れてくるなんて、一体どういうつもりなんだ…」


「別に、校則違反じゃないでしょ?」


「それは、書くまでもないことだからだろう」


智代が呆れたように言う。


「というか、智代。なんでおまえもいるんだよ」


「うん、さっき古河さんに会ってな。一緒にお昼ご飯を食べようと誘われたんだ」


「はいっ。坂上さんとは、一緒にご飯を食べたことがなかったので…」


「だが、私みたいな部外者が入っていていいのだろうか…」


「大丈夫だろ。ほら、こいつも部外者だし」


横の風子の頭をポンポンと叩く。


「…」


むっとした様子で、ぱっぱっと手は払いのけられたが。


「うん、岡崎がそう言ってくれるならよかった」


智代はにっこりと笑う。


「はい、朋也さん、お昼ご飯ができましたよ」


宮沢がぱたぱたと近付いて、俺のすぐ前に皿を置いた。


前回は冷凍食品のピラフだった。


今回は…オムライス。


チキンライスはさすがに出来合いのものみたいだが、それでも学食でもないのに出来立てのものが並ぶというのはすごい。


「ああ…ありがとな」


「いえいえ」


食べると、やはりうまい。


「岡崎は、いつもお昼を作ってもらっていると聞いたぞ」


「ああ、そうだな。こいつもだけど」


風子の頭をポンポンと叩く。


「…ふーっ!」


威嚇されてしまった。


「嫌がられているぞ」


「いつもこんなもんだ」


俺と風子のやり取りを見て、智代は微笑ましそうな目をした。


「そうか。楽しそうだな」


「そう見えているのは、坂上さんだけですっ」


風子が嫌そうにそう主張した。


「いやー、私にも楽しそうに見えましたけど」


原田がいらないことを言う。


「おふたりとも、とっても仲良しですよねっ」


宮沢は天然だった。


「はいっ、とっても羨ましいですっ」


渚、おまえもか。


まあ、いつものやり取りではある。


智代がいても、雰囲気は変わらない。


部員の雰囲気。温かい居場所の感じだ。



…。



昼食を食べつつの雑談。話はやはり、部活のこと。


今日は俺が脚本を書き上げて持ってきたから、やはり物語の話が中心になる。


杏からは「書くのが遅いわよ、馬鹿」などと言われたが、部員たちはおおむね好意的に完成を祝ってくれた。


詳しい内容については、まずは渚や幸村に脚本を見せて直すところは直していく必要があるだろう。


とはいえ…言い回し云々の修正は置いておくとして、話の流れ自体は動かせない。


俺にとって、この物語はあれ以外に着地点などなかった。昨日とうとう見出した物語の終わり。


俺は部員の少女たちに、軽くあの物語の行き着く先を話す。


冬に追いつかれる前に、ふたりがたどり着いた場所のことを。


俺にとって、ただひとつの物語の終わりを。



…で。



…結果的に言うと、彼女らの反応も風子同様、地味なものではあった。


渚も、他の部員たちも。もちろん祝ってくれたが、昨日俺が感じたほどに衝撃を受けているということはない。


やはり、俺自身がこの物語に対する親和力が高すぎるのかもしれない。


とはいえ、大してダメ出しもなく俺の語った物語で脚本を進めていくと話はまとまった。


今日からはそれを添削しつつ、渚の劇の練習も進めることに。


背景も作っていかないとならないし、やるべきことは山積みだった。


クラス展の方の準備もあるしな。


「そのあたり、どうなんだ?」


「ん〜…」


聞いてみると、杏は箸を止めて考え込む。


「まあ、今日はあんたたちはいなくていいけど…連休は、手伝ってほしいわね」


「そ、そうですね…。有志で、明日からの連休も学校に準備に来る予定なんです」


「そうなのか」


まあ、クラスの準備を完全に放っておくわけにもいかないだろう。


なにせ、向こうの方がイベントの規模としてはでかい。


「なあ、古河さん。部活の方は明日からどんな予定なんだ?」


智代が聞く。


「え、えぇと…」


その質問を受けて、渚が困ったように俺に目を向けた。


「まあ、俺たちも準備を進めないと終わらないだろ」


「ですよね」


部活はやるつもりだ。


別に他の場所…渚の実家とかでやるのも構わないが、やはり学校でやるほうが都合がいい。


特に俺たちは演劇や合唱で声を出す練習があるし、住宅地ではなかなか難しいだろう。


「だが、休日の部活動は顧問の同伴が必要だったはずだ」


「そういえば、そうね。渚、幸村先生には頼んでるの?」


「…」


渚が黙った。


というか、みんな黙った。


…そういえば、全然そのあたりの準備をしていなかった。


渚が助けを求めるように俺を見た。


俺は黙って、首をふった。


「やってないのね。ま、勝手にやってもばれないとは思うけど」


誰も手を打っていないことを悟って、杏は苦笑した。


たしかに、旧校舎の三階の隅だ。目的もない人間が来る場所ではないが…。


「いや、そういうわけにはいかないだろう」


だが、智代が真っ向から否定する。


「歌劇部は他の生徒からも注目されていると聞いた。もし露見して問題になったら、困ったことになる」


たしかに、この学校はそういうのには結構うるさい。


正論すぎて、反論はできない。


「…あの、坂上さん、わたしたち、注目されているんですか?」


「うん。なにせ、この部活には有名人が多いからな。創部の時にも話題になったというのもある」


再結成の時の、確執の噂。そして部員は不良の俺や春原、留年生の渚、天才児のことみ、杏や椋も一癖ある連中だしな。


生徒会とも険悪な雰囲気があるし、たしかにおかしな問題を起こしたら話題は広がりそうだ。


「まあまあ。まずは、幸村先生に連休中の監督ができるか、聞いてみましょう」


智代の言葉に考え込んでしまうが、宮沢がそう言って場をとりなした。


たしかに、言い合っていても幸村が快諾すればそれで問題はない。


仮に学校での練習ができないとしても、場を移して適当な公園とかで演技の練習とかはできるし、部員の家で背景を作成するのも無理ではない。


ひとまずは、幸村の返事待ちだ。


「というか、クラスの方はちゃんと申請したのか?」


「してるわよ。土日は先生が出てきてくれるわ。月曜は無理だったから、準備はお休みね」


「だったら、部活の方もチェックしておいてくれよ」


「でも、クラスの方の申請を書いたのは朋也よ?」


「…」


そういえば、以前、色々な申請書を書かされたことがあった。


思い返すと、休日の校内利用の書類があったような気がする。


どうやら、俺の質問は薮蛇だったようだ。







305


放課後。


いつものように、クラスの後方は創立者祭の準備のために空けられて参加する生徒たちが集まる。


勿論、部活動がある奴はここにいないし、塾がある奴もいない。朝や昼休みに比べると人数は目に見えて少ない。


だが、それでも結構な数の生徒が手伝いに集まっている。


随分増えたな、というのが正直な感想だった。


「そ、それでは、オープニングPRの練習をしますので、こっちにきてください」


椋が何人かの生徒と打ち合わせをしている。


オープニングで行うクラス展示のPRは、結局女生徒のメイドさんによる寸劇、という形になっている。


椋はその取り仕切りをしているようで、忙しそうだった。


「なんか、この学校の中じゃないみたいだね」


放課後になって眠りから目覚めた隣の席の春原は、教室内の光景を見て呟く。


「まあな…」


一年、二年の時も創立者祭の準備はあったはずだが、こんな騒いでやっていた記憶はない。


俺自身興味がなかったというのもあるだろうが、やはり規模が大きいのだろう。


なにせ、他のクラスからも人員が集まっている。


通常、この学校では創立者祭は文化部と一二年だけが準備をする。


だが今回の喫茶店は、D組とE組を中心に他のクラスも手伝っている。言うなれば、三年全体の有志が集っている企画だ。規模は最大級だろう。


「岡崎先輩、お待たせしましたっ」


ぼんやりとクラスメートの準備を眺めていると、小走りに仁科がやってくる。上級生の教室に入ってきたからか、ちらちらとあたりを見回して、少し落ち着かない風でもあった。


「渚さんは、まだですか?」


「ああ」


昼休みのうちに、部活を始める前に幸村に明日からの部活の監督を頼みに行こうと約束をしていた。


部長の渚と、副部長の俺と仁科の三人だ。


「よぉ」


「こ、こんにちは、春原先輩」


春原が仁科に声をかけると、仁科は少し恐縮したように頭を下げた。


仁科も、春原がどうしようもないヘタレだということは重々承知しているだろうが、それでもつい下手に出てしまうようだった。


そして、そういう態度は春原を調子に乗らせる原因になる。


「おいおい、岡崎には挨拶して、僕にはなしかよ」


「す、すみません」


仁科は、素直に頭を下げる。


「おまえのこと、眼中にないみたいだぞ」


「あ、いえ、そんなことはないんですがっ」


茶化すと仁科は慌てて言った。


「まったく、先輩のことは敬ってほしいね」


「はい…」


恐縮したように、再度頭を下げる。


春原の悪い癖だ。


俺は嘆息して、間にはいる。


「あんまり困らせるなよ、馬鹿」


「いやぁ、ついつい」


春原はへらへらと笑う。


「でも、後輩っていいねぇ。特に仁科は、僕のいうことなんでも聞いてくれそうな感じがするし」


まあ、杉坂や原田は反抗しそうだ。宮沢は怖いバックが付いている。智代は言わずもがな。


「おまえ、もっと頼れる先輩になれよ」


「頼れるって、どんな?」


「そうだなぁ…。全力で殴られていても、『ウヒャヒャ!』って笑っているような感じとか」


「それ、先輩っていうか、変態だよっ」


「たしかにな…」


「あの、春原先輩は…殴られるのが好きなんですか?」


「好きなわけないです」


「そうですか…」


仁科はほっとしたような表情になった。


「ま、気が向いたときに殴ってくれればいいよ。うちの部活の専属サンドバックだし」


「すんげぇ嫌な役割っすね、それ」


「…くすくす」


俺たちのやり取りを見て、仁科は少し笑う。


そんな表情を見て、春原にもそれは伝染した。


「…はは」


春原も、なんだか和やかになってしまった空気に、少しだけ安心したように笑った。


最初、分かり合えないほどの距離があったふたりの溝も、少しずつ埋まっているのかもしれない。





306


やがて来た渚を伴い、俺たち三人は職員室を訪れた。


「失礼します」


渚は少し緊張した口調で言って、中に足を踏み入れる。早足に奥の方にある幸村の机まで向かった。


老教師はパソコンを睨んでぱたぱたとキーボードを叩いていたが、傍らに俺たちが来たのを見ると顔をこちらに向けた。


「む…? どうした、三人揃って」


「あの、幸村先生にお願いがあってきたんです」


「ふむ…」


気負った様子で口を開く渚を見つめる。


渚が明日からの連休の間の部活動について、その監督のお願いについて話し始める。


幸村は顎に手を当ててその言葉をじっと聞いていた。



…。



「なるほどの…」


話を聞き終わると、そう呟いて黙り込む。


「あの、お願いできますでしょうかっ」


「ふむ…」


肯定も否定もせず、目を細めたまましばらく黙り込む。


そして少しして、口を開く。


「連休は、遠出する予定での…」


「そ、そうなんですか…」


渚が肩を落とす。


「でも、俺たちのために予定をずらしてくれるんだろ? サンキュー、じいさんっ」


「誰もそんなことは言っとらん…」


「可愛い生徒のためだろ、それくらい頼むよ」


「こっちは可愛い孫のためなんだがの…」


「大丈夫だ」


「む…?」


「俺の方が可愛い」


「どのツラ下げて言うか」


「せ、先輩…」


無茶を言うのも悪い、という様子で仁科が俺の服の裾を引いた。


「大丈夫だ、頼めば何とかしてくれるって」


「そ、そうでしょうか…」


「人を目の前にしてよく言うわい」


「岡崎さん、あんまり無理を言ってはダメです」


渚も非難するように俺を見た。


だが、ここで素直に折れるのも正直者すぎる。もう少し粘る。


「じいさん、頼むよ」


「ふむ…」


幸村は顎を手でさすりながら、考え込む。


「ま、一日遅れで合流するのも可能といえば可能だがの…」


「いや、連休は三日あるし、次の連休に孫と会ってくれ」


「おぬしは、無茶苦茶言うの…」


さすがにそれ以上の譲歩は無理っぽい雰囲気だった。


「冗談だよ」


「そうは聞こえなかったが…ま、明日くらいは可能かの」


「悪いな、じいさん」


「それで…日曜と月曜はどうする?」


「ま、誰かの家でやるか、部活は休みだろうけど」


「ふむ…」


俺の言葉に幸村は考え込む。


「部活の監督は、顧問だけというわけではない」


少しして、そう口を開いた。


「一部、監督生の役割を持っている生徒もおる。教師の代理じゃの。その生徒に監督を頼めば、休日も部活動は可能じゃろう」


「マジ? その監督生って、誰だ?」


「生徒会長じゃ」


「…」


「…」


幸村の言葉に、黙り込む。


生徒会長?


何度も部活動の邪魔をしようとしてきた生徒会長?


あいつに、部活の監督を頼む?


…そんなの、論外だった。


「それは、無理だろ」


俺はすぐに、そう答えた。


「ふむ…岡崎、おぬしどうしてそう思う?」


「いや、どう考えても」


「それは、頼んでから判断すればいいじゃろう」


「…」


えぇ…。


マジで?


あの会長に、部活の監督を頼む?


無茶苦茶だ。


俺は渚と仁科を見る。


当然というか、ふたりとも戸惑った様子だった。


「きちんと、頼んでみるといい。いつまでも喧嘩しているわけにもいかんじゃろう」


「喧嘩っていうか…」


そもそも、分かり合えないというだけだ。


埋めることのできない距離があるというだけだ。


だが、幸村は会長と俺たちの触れ合いを望んでいるようだった。


会長の話をはねつけでもしたら、明日部活のためにこの町に残ってくれるこの人にも悪い。


「…ああ、まあ、それじゃ、頼むだけ頼んではみるよ」


「うむ。まずは、わしからも話しておこう。おぬしらは、少し時間を置いて生徒会室を訪ねるといい」


「ああ」


俺たちと、会長。


この人は、俺たちの対話を望んでいるのだろうか。


分かり合えることを望んでいるのだろうか。


…気持ちだけはありがたいと思う。


そりゃ、楽しく手を取り合えれば言うことはないだろうが。


だが、それでも。


俺は会長との関係改善に、特に意味を見出すことはできなかった。






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