folks‐lore



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「体に、雪が降り積もっていきます」


「もう、体を動かすこともできません」


「手を握っている友達」


「その子が、わたしに何か伝えようとしています」


「どうしたの…?」


「わたしがそう聞くと、その子はゆっくりと体を起こします」


「わたしの手を引きます」


「そして…」


照明担当の春原がライトを切り替える。


渚が舞台に倒れ伏してから、徐々に絞っていった照明の中に、再び光の粒が舞う。


照明がだんだんと明るさを取り戻していく。


大道具係の俺は雪雲を舞台の袖に引っ込ませる。


客席からは、しわぶきひとつ聞こえない。


渚の声と、マ・メール・ロワの静かな旋律だけだ。


創立者祭の、求めていた舞台。


物語は、最終局面だった。


「冬の寒さに無くなっていた、光が戻ってきました」


ゆっくりと立ち上がる渚。


驚いたように周囲を見回す。


「いえ、そうじゃありません」


「わたしたちが、この光のことを忘れていただけです」


「温かくて、やさしい光」


「この光が、わたしたちに温かさを思い出させてくれました」


「冬の冷たさを、追い払って」


「わたしたちは、また、歩き始めました…」


手を繋いで、歩き出す渚。


「そうして…」


背景にしていた板から、分厚い白いシーツをはぎ取る。


雪の白さ、光の白さがぱっと消える。


現れたのは…海辺の背景だ。


少女とロボットは、海辺に立った。


波の音。鳥の鳴き声。効果音は、有紀寧の担当だ。


少女は、周囲の景色の変化に周囲を見渡す。


驚いた表情が、だんだんと笑顔になっていく。


「わたしたちは、辿り着きました」


「誰もいない、終わってしまった世界から…」


「毎日が楽しくて、暖かな場所へ」


「ありがとう」


「わたしは、友達にお礼を言います」


「ありがとう」


「わたしを、ここに連れてきてくれて」


「まわりには、わたしの知らない世界が広がっています」


そこで、なにかに気が付いたようにきょろきょろと周りを見回す。


「でも…この世界には、光がないんだね」


先ほどまでの、光のエフェクトは既に切られている。


「そう、ここまでわたしたちを連れて来てくれたあの光は、どこにも見当たりません」


「え…?」


「どうしたの…?」


「友達は、大きく手を振って、何かを伝えようとしています」


「光は、あるの?」


「そう尋ねると、大きく、頷きます」


「そうなんだ…」


「それなら、探しに行こう」


「この世界で、光を」


少女とロボットは、肩を並べて歩き始める。


新しい世界に立って…


少女は、唄を歌った。


楽しげな様子で、唄を歌った。


それは…はじまりの歌。


「だんごっ…だんごっ…」


だんご大家族の歌だった。


滑っていく客席の観客を余所に、俺の胸は熱く高鳴った。


求めていた情景が、ここにはあった。


幻想物語。


俺と渚が知っていた、不思議なお話。


世界に、たったひとり残された女の子の話。


とてもとても悲しい、冬の日の幻想物語。


…だが。


そのお話は、俺たちの手によって作り変えられた。


幸福な結末へ。


いつしか俺は、戸惑いながら…


それを、求めていたのだ…。


創立者祭の舞台。


この演劇のフィナーレを舞台袖で眺めながら、俺はまるで夢でも見ているような気分になっていた。



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