folks‐lore 5/25



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不思議な夢を見ていたような気がする。


目を覚ました俺は、しばらくぼんやりと天井を眺めていた。


そうしていいるうちに親父も起きだして、俺たちは揃って料理の支度のできている台所に顔を出す。


「おはようございます」


お祖母さんは朝から元気な様子だ。


「よく眠れましたか?」


「…多分」


色々な、夢を見ていたような気がする。長い長い、夢を。


だが、それなのに、俺の全身には精力が満ちているような気がした。


まるで、生まれ変わったかのような気分だった。


「それなら、よかった」


お祖母さんは安心したように笑う。


朝食に、温かいご飯と味噌汁が出てくる。


「親父、今日はこれからどうするんだ?」


食事を口に運びながら、尋ねる。


帰るのは昼だが、それまでにはまだ少し時間がある。


「そうだね、墓参りでもしようかな…」


寝起きでまだぼんやりした様子で、親父は言った。


帰省した時点で目的は果たしているので、それ以上何をするという予定はないが…


たしかに、それもそうだ。


俺も、ふるさとの墓くらいは見ておきたい。


そんな会話をぽつぽつしている姿を、お祖母さんは笑いながら見守っていた。



…。



墓参りを済ませて、やがてふるさとを後にした。


昼過ぎ、お祖母さんに別れを告げて、再び電車に乗って帰途につく。


「また、来てくださいね」と言って笑う微笑みが、いつまでも心に残った。


帰り道の道中は、行きと同様寝て過ごす。


あっという間の帰省だった。


だが、それだけで、俺はとても大切なことを知れたような気がしていた。


浅い眠りを繰り返し、懐かしい町へと帰る。


何度も何度も、不思議な夢を見た。あるいは、懐かしい夢を見た。


たくさんの人の夢。


懐かしい出来事。


そんな夢を見ながら…不意に目を覚ます。


揺れる電車の中。


俺は窓から外を見る。もうすっかり、夜になっているようだった。


「ああ、起きたか」


寝ぼけ眼の俺に、親父は微笑みかける。


「もうそろそろおれたちの町に着く頃だよ。ちょうど、起こそうと思っていたんだ」


折よく、車内アナウンスがかかる。懐かしい俺たちの住む町の名を告げた。


「ああ…」


ぼんやりしたままに、窓の外を見る。


そこには、たくさんの光があった。


俺は目を見開いて、体を起こしてしげしげとそれを見つめる。


その光は、町の明かり。


この町の人たちの、生活の光だった。


それを見ていて…


俺の胸が締め付けられる。


…俺が求めていたのは、これだったのだ。


なぜか不意に、そう思った。


その景色は、涙が出るほど懐かしい。


移ろい、過ぎゆく、町の灯。


一年、五年、十年と時間が過ぎていくとその彩りを変えてしまうだろうその輝き。


全ては、同じままではいられない。


変わらずにはいられないのだ。


だが…。


それは絶望ではない。


それはきっと、希望のはずだ。


灯りを眺める。


過ぎ行く景色を目で追いながら、俺は、そう思った。



…。



やがて、電車が駅に着く。


旅行鞄を手に取って、ホームに降り、改札を抜ける。


駅前に立つ。


行き交う人々。見慣れた風景。


だが、ここはかけがえのない場所なのだ。


俺がこれから、生きていくところなのだ。


そうだ。


ここが、俺たちの町だ。


そう思った瞬間。


魂が震えた。


俺の体から、小さな何かが飛び出した。


ふわりと浮かび、空へとのぼる。


俺はそれを見上げた。


道標のように、夜空に小さく輝いた。


導かれるようにして、手を伸ばした。


俺の手は、その輝きを掴んだ。


その瞬間。


温かい感覚が胸を満たした。


懐かしい感覚が心に溢れた。


見つけた、と思った。


俺がこの手に掴んだもの。






それは、


光だった。



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