folks‐lore 05/11



461


昼食も食べ終わり、風子は再びクラスの手伝いに行ってしまう。


残った面々は、校門の辺りまで行ってクラス展のケーキの納品の手伝い。


朝にも一度やらされているが、今は日が高くなって気温も上がっているし、校内は混雑しているしで大変だ。とはいえ、人数の頭数は増えたので(それでも重いものは男が持ったが)一往復で完了する。


納品ついでにクラスの様子を見ると、まだまだ結構にぎわっているようだった。さすがに開店直後というほどでもないが、これだけ客が入っていれば十分だろう。


「そこ、どいてください」


「ん?」


入り口の辺りから中を見ていると、後ろから声をかけられる。


振り返ると、再びメイド服に着替えを済ませた風子が後ろで俺を見上げていた。


「がんばれよ」


「はい」


「公子さんが来るの、一時ごろだからな。校門で集合だ」


「はい」


言葉を交わして、道をあける。


俺のすぐ脇を、風子がぱたぱたと駆けていった。


中に風子が入ると、それに気付いたクラスメートがにこっと笑って手を振った。


それに気付いて、他の連中も彼女に気付く。


もともと有名人だし、オープニングでは生徒たちに床を滑らせていったりと話題性もあるキャラクターなのか、すぐにクラスの中は彼女を歓迎するような空気になった。


「風子ちゃん、ご入店で〜す!」


でもいかがわしい店みたいな言い方はやめろ。


「うおおおぉぉーーーっ!」


おまえらはそれで沸くな、沸くな。


…ああ、まったく、馬鹿ばかりだな。俺は小さくため息をついた。


「可憐だ…」


隣で、見知らぬ男子生徒が風子を見てポツリとつぶやいていた。


あいつは地味ファンを増やし続けているようだ…。この学校の将来が心配になってくる。


「おまえ、気をしっかり持てよ。ロリコンになるぞ」


心配になって、声をかけてやる。


「あぁ…」


「…」


「…」


返事がない。ただのロリコンのようだ。


「…おっと、すまない、なに?」


だが、すぐに正気に返る。


「いや、おまえがロリコンになりそうだったから、心配になって」


「ロリコン…?」


「いや、なんでもないよ」


「`_コン?」


「何言ってるんだおまえはっ?」


正気に返ったと思ったが、未だに狂っているようだった。


いや…もしかしたら…こいつは歩み始めたばかりなのかもしれない…。


ロリコン道という険しい(主に世間の目が)道を…。


ま、どうでもいいが。


俺は風子に向かって手を振ると、再び創立者祭の散策に戻っていった。






462


風子がクラス展の手伝いに戻り、藤林姉妹もクラスの手伝いをして、そのあと別の友達と見て回るそうで、別行動になる。


また発表の少し前になったら部室に集合して最終チェックをして、本番へ行く予定だ。もっとも、風子とはその前に校門で公子さんを迎える約束をしてある。


で、集団は少し減って五人になる。俺と渚、ことみ、春原、芽衣ちゃん。


友達いない組…などというと哀愁がある。とはいえ、渚やことみは最近の彼女らの身辺を見ているとどんどん学校生活になじめそうな見込みがあるけれど。


「どこに行きましょうか?」


先ほどまでは船頭として杏がいたものの、いなくなってしまうとどこに行くという当てもなくなる。


「そうだな…」


渚に問われても、ぼんやりとした答えしか返せない。


適当に見て回るくらいしか思い浮かばなかった。


「…あ、そういや、さっき有紀寧がクイズ大会にきてくれって言ってたな」


「それは、楽しそうですっ」


「この間の有紀寧ちゃんのクイズのお話を聞いて、とっても楽しそうだったの」


それを聞いて、渚とことみは同意してくれる。せっかくあいつの晴れ舞台(?)なのだから、見に行って損はないだろう。


どんなイベントかはよくわからないが、見ているだけでも退屈はしないだろうし。


「…?」


「芽衣、どうしたんだ?」


「あ、ううん」


芽衣ちゃんは不思議そうに俺を見ていたが、春原に声をかけられるとふるふると頭を振った。


俺は何か変なことを言ったかと思い返してみて…有紀寧の事を名前で呼ぶようになったことに気が付いたのだろうな、と思う。まったく、よく気が付く子だ。


とはいえ、そのあたりの事情は俺とあいつの秘密だけど。


ともかくこうして目的地は決まる。


俺たちは二年生のクラス展が集まっている二階へと足を向けた。



…。



有紀寧のクラスのクイズ大会は、それなりに盛り上がっていた。


内容としては、四択のクイズを解いていくというものだ。当然、先へ進むと問題の難易度は上がる。


参加者(一人ないしは二人)は出題者から出される問題を解いていく。解答者の答えに対して出題者はうまく間を取りながら正解・不正解を告げる。


問題がわからない場合はいくつかの種類の救済措置があり、お助けラインというらしい。


問題の到達ラインによってそれに応じた景品を貰うことができる。


要するに、クイズ番組のパロディーということだ。参加者に改めてルールを教える必要はないので、やりやすいだろう。


有紀寧はそのBGM係をしていた。


正解した時にファンファーレを流したり、不正解の時にショッキングな効果音を流したり。


そこまで集中力が必要な役割でもないのだろう、俺たちがぞろぞろとクラスに入ってくるのを見ると、小さく手を振った。


観客席に座る。今は二年生の男子生徒が解答をしているようだった。


「あの、よければあそこに出てみませんか?」


すぐさま、係の人間が声をかけてくる。


こういうイベントは人が途切れてしまうと白けてしまうから、その辺りは参加者を募るのがが大変そうだ。その辺りは休憩時間を入れるなどしてうまくやっているのだろうか。


「俺は無理。クイズとか向いてないな」


アホだからしょうがない。さっさと辞退する。


「僕もやめとくよ」


「アホがばれるからな」


「あんたもでしょっ」


見苦しい争いをする俺たち。


「わたしも、全然向いてないですからっ」


渚も、人目につくことは苦手な方だ。慌てて断る。


「うーん、おふたりは?」


さっさと撤退した三人を見て、係の生徒は少し表情を曇らせつつもことみと芽衣ちゃんに聞く。


「わたしよりは、ことみさんのほうがいい結果を出せると思いますよ」


たしかに、そうだ。


俺たちの視線がことみに向かう。


この学校にその名を馳せる天才少女。


全国レベルでも屈指の才女として知られており、その知識の量は膨大。


クイズ大会をのし上がっていける才能を持つのは、この中で一人しかいない。


「…あれれ?」


視線が集中しているのを見て、ことみが首をかしげる。


「みんな、どうしたの?」


「ことみ、おまえが代表者だ」


「???」


頭の上にハテナマークを浮かべる。


「それじゃ、こいつが出場するから」


俺はそういうとことみの頭に手を置いた。


「あの…本人の意見を聞いちゃいないですけど、いいんですか?」


係は苦笑しながらそう言った。


ま、そりゃそうだ。


ことみもヴァイオリンリサイタルやメイド店員などをしてきたとはいえ、耳目を引くのが得意な人間というわけではない。


嫌がる可能性もあるけど…


そう思いながら俺はことみの顔を覗き込んで様子を見る。


「…えへへ」


ことみは俺の方を見上げて童女のように笑っていた。


頭を撫でられて喜ぶなんて、子供みたいだった。


「それじゃ、参加ということで…ありがとうございます」


ことみの頭に手を置いた俺の姿を気にするような素振りだったが、係はポケットから札を取り出す。


「これが参加券になっていて…」


ジャジャーーーーン!


「…」


「…」


会話をしていると、唐突に罰ゲームで尻でも叩かれそうな悲壮な効果音がクラスの中に鳴り響いた。


見てみると、中でクイズに参加している生徒と、その前にいる司会者役も驚いたように顔を上げている。


その元凶は、効果音の係をしている者…奥でシンセサイザーの手前に座る、有紀寧に集中した。


視線を集めて、だが彼女は物怖じしないようににっこりと笑った。


「すみません、押し間違えてしまいました」


「あ、そう…」


司会者はにこりと笑顔を向けられて少し頬を染めて、またクイズに戻っていく。


なんか、あいつのあんなドジって、珍しいな。


「あの、さっきの話の続きですけど…」


傍の係の生徒も戸惑ったように、仕切りなおす。


「うん」


こともがこっくりと頷いた。


さっきの突然の効果音にびっくりしてしまって、もうその頭に俺の手は添えていない。彼女の髪留めのアクセサリーがこすれてからからと乾いた音を立てた。


「この札が参加券になってます。順番は次の次ですね。この札の色で呼びますので、前に出てきてください。二人まで一緒に出てオッケーなので、そのあたりは自由にどうぞ。裏に詳しいルールの説明が書いてあるから、読んでおいてください」


「うん」


「それじゃ、ありがとうございました。がんばってください」


そう言うとそっと離れて、今度はクラスの外に出て呼び込みを始める。


中では相変わらずクイズが続いていて、問題が出るたび、観客の生徒たちがこそこそと言葉を交し合う。解答者に聞こえない程度の声なら、黙認されているようだ。


「…それでは、第六問!」


司会者が声高に言うと、同時に盛り上げるような効果音が鳴る。


有紀寧は粛々と自分の役割をこなしているようだった。こちらの視線を向けることもない。


教室の奥に張ってあるスクリーンに、問題が映される。


「次のうち、オーストラリアの首都はどこか? A、ブリズベン。B、シドニー。C、キャンベラ。D、メルボルン」


俺はじっと問題を見る。


自分の知識量はろくにないのは自覚しているが、この問題の正解はわかった。


「おい、春原、わかるか?」


「わかるわけねぇよ。わかる奴がいたら、そいつは天才だね」


随分安い天才もいたものだ。


俺はせせら笑う。


そんな表情を見て、春原は衝撃を受けたような目を向ける。


「まさか、岡崎…おまえ、わかるの?」


「まあな。普通だったら、シドニーと答える」


「ああ、そういや、シドニーって聞いたことあるかもしれない」


「だがな、それはひっかけだ。正解はメルボルン」


「マジかよっ」


「ああ、やらしい問題だな。ちなみに俺は、メルが妹でボルンが兄貴って覚えてる」


「岡崎…おまえ、アホじゃなかったのかよっ!」


「アホはおまえだけってことだっ」


「…あの」


気が付くと、司会者の生徒がこっちを見ていた。


「ちょっと、静かにしてもらえませんか?」


「…」


…怒られてしまった。


俺たちは黙ることにする。


「それで、正解はっ?」


「それじゃ、Cのキャンベラで」


解答者の男子生徒の答えに、俺は苦笑する。


この学校の生徒なのに、オーストラリアの首都も知らないらしい。


だが…。


「…正解っ!」


しばらくの溜めのあと、司会者は大きな声でそう言う。


「えっ」


「えっ」


俺と春原は、顔を見合わせる。


予想だにしない展開。


教室の中を、空虚に祝福するBGMが流れていく…。


「はははははっ」


春原が見たことないくらいさわやかな笑顔で俺を指差す。


「…ちなみに俺は、メルが妹でボルンが兄貴って覚えてる」


急にキリッとした顔になってそう言う。


「だってさ! あははははははっ!」


「てめぇ、馬鹿にしてるのか、コラアアァァアーーーッ!!」


俺は春原に掴みかかった。


「うわあ、喧嘩!?」


「お、岡崎さんっ!」


「ちょっとストップー!」


「なになに、どうしたの?」


「ひえぇぇーーっ」


大騒ぎになった。



…。



結局、間に入った教師によってクイズ大会からつまみ出された。


仕方なく、近くのクラスの休憩スペースでそのままクイズに参加している三人を待つ。


「ちっ…」


「いや、つまみ出されたの岡崎のせいでしょ」


「そりゃ、まあな…」


「…くく」


春原はまた思い出し笑いをする。


くそ、忌々しい。


さっきの騒動が伝わっているのか、ちらちらとこっちを見る生徒の姿もある。あるいは、騒動は関係なく不良がいると思って見ているだけなのかもしれないが。


…どちらでもいい。


俺は紙コップのジュースを飲むと、息をついた。



…。



ことみは見事全問正解して、豪華景品(食堂の食券)を手にしてきたようだった。


なんにせよ、めでたい。


俺と春原による大騒ぎで、手放しに喜べる感じにならなかったのが申し訳ないところだが。


「岡崎さんもおにいちゃんも、もっとちゃんとしてください」


芽衣ちゃんの辛辣な指摘が耳に痛い。


「先に手を出したのは、岡崎だよ…」


「いや、おまえがあんなこと言うからだろ。誰だって手が出る」


「もぅ、ふたりともっ」


言い合いをしようとするも、一喝される。


そんな様子を、渚とことみがくすくすと笑いながら見ていた。恥ずかしい。


ともかく、気を取り直して休憩所を後にする。


それから俺たちはしばらく校内の出展を見て回り、その後体育館に足を運んで部活などの発表をしばらく見た。有志によるライブとか、落語などをやっていた。


そして、一時近くになった頃、俺はひとり校門に向かう。


もう少ししたら部室に戻って最後の練習をする予定だが、その前にやることがあった。


公子さんとの待ち合わせだ。


俺はお祭りにざわめく校内を歩いていく。


胸のうちに、落ち着かないものを抱えながら。




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