folks‐lore 05/11



457


学食に着く。ここも、相変わらず人の数が多い。場所が場所だけに、生徒ばかりがここに集まっているようだ。


特に今は昼時だ。学食の今日の限定メニューを食べようと集まる生徒も多いし、模擬店で軽食を買って持ち込む奴も結構いる。


それでも、常にあちこちでイベントをやっているおかげで客は分散しているし、普段の昼休みほどの人出というほどではない。


俺たちは大所帯ながら、手ごろな場所に腰を落ち着ける。


「ふぅ、やっと座れたね」


「そうだな」


思えばずっと立ってうろうろしていたので、座ってみるとなんだかほっとする。


「場所とったから、買出し行くわよ」


早速行動を始める杏に、俺は苦笑する。気が早い。


「買いに行くって、模擬店の方に?」


「ええ。学食のメニュー、いつもと変わらないでしょ」


「でも、創立者祭限定メニューもあったはずだぞ」


「竜太定食でしょ」


「ああ」


「いらないわ」


「そうだな。いらないな」


あっという間に合意する俺と杏。


「…それ、なんなんですか?」


謎の商品について知らない芽衣ちゃんが不思議そうに聞く。


「…なんなんだろうな?」


「さあ…」


だが、俺たちはそれに関して答えることもできなかった。


うまく形容できないからな…。


「ふぅん…。そんな変わったものなら、食べてみようかなぁ」


「いや、芽衣ちゃん、それはやめた方がいいぞ。あれを買うならおしんこでも買ったほうがマシだ」


ちなみにおしんこはこの学食で一番不人気のメニューだ。


「そ、そんなになんだ」


神妙な俺の表情に、状況は察したのだろう。芽衣ちゃんは冷や汗を流して頷いてくれた。わかってくれたらしい。


「で、何を買う?」


俺はポケットにつっこんでくしゃくしゃになっていた創立者祭のしおりを出す。


さっきからちょくちょくと軽食は食べているから、そこまでしっかり食べようというつもりはない。


だが、いよいよこれから演劇の本番があるし、何も口にしないと力が出ないだろう。


「そうねぇ」


「さっきたこ焼き食べたから、それ以外がいいな」


杏と一緒の春原も出展のページを覗き込む。


「この焼きそばとかでいいんじゃない」


たしかに、腹にたまりそうなのはそれくらいか。


「風子、チョコバナナがいいですっ」


それはデザートだ。


「パン屋さんとかもありますから、見てみたいです」


さすがパン屋の娘。まあ、自家製というわけではなくてどこかの店から卸しているのだろうけど。


「わ、じゃがバターとかありますよっ。縁日みたいです」


芽衣ちゃんもはしゃいだ様子でしおりを覗き込んでいる。


場所取りのこともあるし、何人かはこの場所に残ってもらいつつも、分担で買出しに行くことに話は進んだ。







458


俺と春原は連れ立って喧騒の中を歩く。


杏から焼きそばふたつ、たこ焼きひとつという厳命を仰せつかった俺たちは、販売している模擬店を目指していた。


「ん? 岡崎に春原か」


その道中。


見回りでもしているのか、向かいからやってきた担任とばったり行き会った。


「人違いっす」


「そんじゃ」


「待て待てっ」


スムーズに通り過ぎようとすると、呼び止められる。


冗談めかしてスルーするというのは失敗したようだった。


「ちっ、なんだよ、猫村」


「乾だっ」


「あ、そうそう」


哀れな担任だった。


「というか、春原、おまえまた教師を呼び捨てにしたなっ」


「すんません…猫村さん」


なんだか別のキャラクターみたいになっているけど、いいのか。


「はぁ…まったく」


担任は頭に手を当てて呆れたように息をつく。


「まあ、いい。今日くらいは大目に見ておく」


「おっ、話がわかるじゃん、乾っ」


「だから、呼び捨てにするなというにっ」


漫才みたいなやり取りをする二人だった。


俺はそれを見て笑ってしまう。担任も、どうにも興が削がれたように苦笑した。もうなんでもいい、とでも思ったのかもしれない。


「さっき、うちのクラスの方を見てきたんだがな、なかなか盛況だったぞ」


「へぇ」


「そりゃ、よかったよ」


「ああ。しかし、三年が出展するなんてなぁ…」


腕を組み、思いをはせるように目を細める。


「悪いのかよ?」


俺はそれを見て、言ってしまう。


「ん?」


「受験生が、勉強以外のことをしちゃ悪いのかよ?」


「それは、だなぁ」


「三年になったらちょっとでも遊ぶことも許されてないのかよ」


「あぁ、岡崎、わかったわかった。というか、わかってる」


担任は苦笑いを浮かべる。


「俺もな、さっきクラスを見てきたと言っただろう。俺も、あいつらががんばってるのは見てきてるんだよ。だから、それが悪いこととは言わん」


「…」


「だがな、ただ、こっちだって心配しているんだ。遊びにかまけて勉強をおろそかにしたら、後悔するのは自分だろ」


「でも…」


なおも反論しようとする俺を、担任は身振りで留める。


「だがな、俺も、両立させる分には何も言わん。勉強もしっかりやるならと止めんとあいつらにも言っている」


「…」


俺は聞いていないが、自分の知らないところでそんな場面があったのか。


「ふぅん」


俺はそう言うしかない。


この人はこの人なりに、生徒たちの活動を認めようとしていたし、心配すらしてくれていたのか。


「その割には、俺はそんなこと言われてないけどな」


だが、俺は素直に感謝もできず、ついそんな憎まれ口を叩いてしまった。


「何を言ってる、岡崎」


そんな俺に対して、担任は顔をしかめて言う。


「おまえはそもそも、まず勉強をしてないだろうが」


「…」


まったくその通りだった。


俺は今度こそ反論もできず、乾いた笑いが漏れ出るのみだった。






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「おい、岡崎っ」


「ん?」


担任と別れて廊下を進んでいると、唐突に春原がぐいぐいと制服を引っ張る。


「見た、今の子、超かわいかったぜっ」


「見てねぇよ」


「ナンパしようぜっ」


「あ、おいっ」


止める前に、春原はスキップ交じりにすれ違った女子生徒二人組のもとへと向かう。


ああ、まったく…。暇ではないんだけどな。


俺はため息をひとつつくと、その後を追う。


「ねえねえ、僕たちと一緒に遊ばない?」


さっきの女子に対するのとまったく同じセリフだった。どれだけ語彙がないんだ、おまえは。


「あたし?」


「な、なに?」


春原の風体を見て、怯えたような様子になる。まあ、仕方がないかもしれないが。


その態度に雲行きが怪しいと思ったのだろう、俺の方を見る。


「ははっ、ねぇねぇ、岡崎も何か言ってくれよ」


助けを求めるだけだった。


「…こいつは俺が止めるから、おまえたちは早く逃げろっ」


「あんたどっちの味方なんだよっ!」


春原はツッコミを入れた。


「クスクス…」


ウケてしまった…。


「すみません、用事があるので」


「それじゃ」


空気は和らいだとはいえ、返事は変わらずノー。


残念ながら、失敗のようだ。とはいえ、友好的にお別れができて俺としてはアリだ。


「待って待って」


だが、拒絶されていないからなどとまだいけると思ったのか、春原は相手を引き止める。


「予定って、そんなに大事なの? ちょっとくらいいいじゃん」


「ええ…」


「あの、すみません…」


相手も戸惑ったような様子になる。


身をよじって離れようとするが、春原は片方の肩に手を置いて逃げられないようにしようとして…


止めようかと思った瞬間、春原の手が払われた。


それは、俺によってではない。女の子自身によってでもない。


二人の間に、いつの間にか見覚えのあるクマが立ち塞がっていた。


「あん? なに…って、あっ」


女の子たちはその隙に走って逃げていく。


春原はそれを追おうとしたが、クマが邪魔をする。


「て、てめぇ…いいところだったのに…」


全然そんなことはないと思うが。


「人の恋路を邪魔する奴はな…ひどい目に遭うって決まってるんだぜ…? リアリー?」


「おまえ、英語の使い方間違ってるから」


「とにかく、てめぇ、今すぐどくなら許してやるぜ?」


「…」


春原の言葉に、クマはふるふると頭を横に振る。


「はっ…」


春原の口元が、ニヤッとゆがんだ。


「それなら、覚悟はできてるみたいだな…」


その言葉と共に、お互いが戦闘体勢をとる。


周囲で見ていた野次馬がさっと距離をあけた。さすがに、こんな剣呑な空気になれば揉め事だと一目瞭然だ。


「くらえやああああぁぁーーーっ!」


大声と共に、春原が拳を振るう。


だが、クマは軽い身のこなしでそれをかわして…


どがががががががっ!


連続で蹴りを入れた。


春原の体が宙を舞う。


それの姿を見て…俺は気付く。


この蹴り…智代か!?


なんでこんな格好をしているんだ、こいつは。少し、そんなことを思う。


…ガスン!


そんなことを考えているうち、最後のひと蹴りで春原が吹っ飛んだ。


だが…着ぐるみなどを着ていて、視界が悪いのだろう…その先には人がいた。


それは…幸村のじいさん!?


まずい、ぶつかる…!


そう思った瞬間!


いつも温和に細められた目が、カッ! と割り開いた。


「ほわちゃ!」


ガスン!


「嘘だろッ!」


幸村によって、春原がはじき返される。


…クマ(智代)の元へ。




――コンボがつながった――




…どがががががががっ!


再び、智代に蹴り上げられ…


ガスン!


最後の蹴りで、廊下の先の方まで滑っていく。


おおお、と周囲の群衆が沸いた。その気持ちはわかる。


たしかにすごいものを見たな…。


いや、それよりも。


「おーい、春原、大丈夫かー?」


向こうに吹っ飛ばされた春原に声をかける。


「…死ぬわっ!」


大丈夫そうだった。


「というか、おまえ…智代だったのか」


春原はスルーして、俺はクマの方を見る。


クマはこくりと頷いた。


「なんでそんな格好を?」


「…」


俺の耳に顔を寄せる。


「生徒会の、見回りだ。それに、学外には私のことをよく思っていない連中もいるからな」


「ふぅん…大変だな」


それにしても、なんでよりによってそんな格好なのか…などと思ったが、周囲ではこういう催しとでも思ったのか(ストリートファイトショー?)、生徒たちがわいわいと騒いでいた。


智代に何か聞きたそうにこっちを見ている。


さすがに、あんなことをすれば目立ってしまったようだった。


智代は少し慌てた様子で俺に手を振ると、ぱたぱたと走っていってしまう。


あいつも大変そうだな…


騒然とした廊下で、俺はそんなことを思った。


まあ、いい。


ともかく俺は春原の元へ走る。


「大丈夫か」


「そう見える?」


「ああっ」


「いい笑顔で言うなっ。ボロボロだよっ」


ツッコミながらも、体を起こす。丈夫な奴だ。


「くそ、またナンパ失敗かよ…」


「諦めろ、馬鹿」


「おまえ、僕のこと応援してくれてるんじゃなかったのかよ…」


「俺がいつそんなこと言ったんだよ」


「だって、さっき僕にグッドエッチって…」


そこで、はっ、と衝撃が走る。


「って、エッチ!? ラックじゃない!?」


「最初から、おまえの変態にしか期待していなかったってことだ」


「くそぅ、はめられたっ!」


おまえが暴走しただけだ。






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頼まれていた焼きそばとたこ焼きを買い、学食に戻る。


道中で騒いでいたせいで、既に他の買出し組は戻ってきているようだった。


「待たせたな」


「ホントよ…って、陽平!? あんた、どうしたの?」


口を尖らせて文句を言おうとした杏だったが、ボロボロになっている春原を見てさすがに声を上げて驚く。


「ちょっと途中で色々あってね…。ヒューッ、さすが創立者祭だね…一体何が起こるかわからないよ…」


自業自得だけどな。


「何言ってんのこの馬鹿は…?」


「お兄ちゃん、また馬鹿なことやったんでしょ」


「さすがだな芽衣ちゃん、正解だ」


「当たっても全然嬉しくないですよぉ…」


人生最大の汚点である兄の方を呆れたように眺めると、肩を落として息をついた。こいつの妹というのも大変そうだ。


「あの、春原さん、大丈夫ですかっ?」


「ははっ、渚ちゃんは優しいねぇ。でも大丈夫さっ」


「ああ、大丈夫だぞ、渚。実はこいつ人間じゃないから」


「ええっ?」


「それじゃ、僕は何なんだよっ!」


「そりゃ…ケエエエェェーーーッ! って感じ?」


「春原くん…かいぶつ?」


「とても危険な感じがしますっ」


「うおお、本気にされてるーーっ?」


春原を肴にして大いに楽しんだ。


若干名、本気にしている奴もいるかもしれないが…。




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