455
忘我の境地まで行ってしまった風子の回復(?)を待ち、その後俺たちはグラウンドの出展を見て回った。
軽食を買って分け合って食べたり、ゲームに参加したりして遊んだ。
まさか自分が、こうやって人に囲まれて楽しみながらこのお祭りに参加するとはな。
今更ながら、かつての高校時代の記憶と比べてしまい、その輝きの違いに笑ってしまいそうになる。
あの頃は、周りを取り巻くすべてが敵だと思っていた。
しかし、見方を変えて接し方を変えるだけで、世界はがらりと様相を変えてしまうのだ。
それが自分のことながら、俺は信じられないような気分だった。
…。
一通りみんなで回ってみて、また後で合流、ということになって個別行動になる。
「やっぱ、二人だと落ち着くよねぇ」
「気持ち悪いことを言うなよ…」
個別というか、俺は春原と一緒だが。
「でもさ、最近忙しくってあんまり二人で遊んでないじゃん? 本番の前だし、パーッと遊んで盛り上がろうよ」
「おまえはナンパをしたいだけだろ」
「あ、わかる?」
やれやれ…。
俺は春原の笑顔を見て、肩をすくめる。
とはいえ、男二人というのも別に悪い気はしなかった。誰に気を遣うということもないからな。
「まあいいが、何か作戦でもあるのか?」
「今日は作戦なんてないよ。なにせ、待ちに待ったお祭りだからね。きっと女の子たちも、気持ちが盛り上がって火遊びしたい気分になってるよ。アチチッ! って感じでねっ」
すげぇ腹立たしい感じの説明だな。
「で、お目当ての子はいるのか? ちょうど一人出回っている奴なんて、あまりいないだろ」
「いやいや、岡崎もいるじゃん。僕らで、二人連れの子を狙おうよっ」
「はあ?」
俺は顔をしかめて春原を見る。
ニヤついた顔だった。こいつは最初から俺を巻き込むつもりだったらしい。
「あのな、俺は別にナンパをするつもりはないぞ」
「ここまできたら、ナンパをしないとは言わせないよ」
どこまで来たんだ、俺は。
だが、今春原に何を言っても無駄だろうな、という気分になる。
「はぁ…。俺は隣で立ってるだけだからな」
「オーケーオーケー。それで十分だよ。基本的には、僕の話術で何とかするからさっ」
「全然なんとかなりそうにないんだけど…」
ともかく、こうして。
俺と春原の女漁りin創立者祭が始まったのだった。
…。
俺と春原はグラウンドへの階段の端に座って道行く生徒や客を見る。
「さーて、二人連れで可愛い子は…?」
春原はニヤけた笑いを隠そうともせずに辺りを伺って物色する。
「さーて、春原向きのゲテモノ系は…?」
「そんなの求めてねぇよっ」
「え? おまえに釣り合うようなモンスター系の女を探してるんじゃないのか?」
「僕は一体何なんだよっ」
「そりゃ…モンスター?」
「ふん…たしかにモンスターみたいに荒くれた心は持っているけどね…」
「種族はゾンビな」
「そう…ゾンビの春原さっ!」
力強く宣言する。
「って、全然モテそうにないんですけどっ」
すぐさまツッコミを入れた。
「モンスターって時点で、問題外だろ…」
「ま、なんでもいいよ。とにかく、探そうぜ。可愛い子、可愛い子…」
「モンスター、モンスター…」
「モンスターから離れてください」
「わかったよ…」
気を取り直して、周囲をうかがうことにする。
とはいえ、正直、俺は全然そのつもりはないんだが…。
というか、ナンパしている姿を渚とかに見られるのは恥ずかしい。まあ、春原と一緒なら冗談で済むだろうからいいか。
「おい、岡崎。あの子、なかなかイケてるんじゃない?」
「どれだ?」
「ほら、あの二人組み。一年生の」
春原の視線を追う。
その先に、女生徒の二人連れの姿があった。春原が言うとおり、たしかに結構可愛い。
「いこうぜ、岡崎」
「ああ…。で、俺は何をすればいいんだ? 横で鬼のような顔をしてていいか?」
「なんで怒ってんだよっ」
「せっかく横にいるんだから、何かしてやりたいんだ」
「へぇ…?」
春原が不審な目を俺に向けた。
「僕が何とかする。岡崎は隣で相槌を打ってくれればオーケーだ。こいつの言うとおりだ、とでも言ってくれよ」
「ああ、わかった」
俺たちは作戦を話し合い、一年生の女子のもとへ。
…。
「ねぇねぇ、ふたりとも、なにしてるの?」
春原が気安い様子で二人組みに話しかける。緊張した素振りもなくこんなことを言えるのはある種才能だろう。
「はい?」
「私たちですか?」
急に話しかけられて、意外そうな顔をする。まさかこんなところでナンパされるなどとは思っていなかったのだろう。
「もし暇なら、一緒に遊ばない? 楽しいよ」
「こいつの言うとおりだ」
俺は春原の隣で、規定の言葉を口にする。
「ふぅん…」
「どうするの?」
二人組は、すぐに逃げるということもなかった。ちらちらと俺たちの風体を眺めつつ、相談をする。
「なんだったら、案内してあげよっか?」
自分も初参加のくせに、よく言う。
「んん…」
「でもさ、この人、有名の三年の不良じゃないの…?」
「え、そうなの…?」
小声で相談をする二人。
「こいつの言うとおりだ」
「岡崎、おまえはどっちの味方なんだよっ!?」
春原はツッコミを入れた。
「クスクス…」
ウケてしまった…。
「ねぇ、別にちょっとくらいいいんじゃない?」
「そうかな…? ヘンなところに連れ込まれたりして」
「こいつの言うとおりだ」
「…」
「…」
黙り込む女子…。
「岡崎、ちょっとこっちこいっ」
春原に引きずられていく…。
「てめぇ、いい感じなんだから邪魔するなよっ」
「おまえがそう言えって言ったんだろ」
「くそぅ、自業自得かよっ」
「使うセリフが悪いんだよ」
「それじゃ、何ならいいんだよ?」
「それじゃ…横でケケケエエェェーーッ! って叫んでていいか?」
「やめてください」
「だな…」
「相手を褒めて、いい気分にさせるってのはどう? 僕が話を進めるから、適当なところでそうそう、君可愛いからって相槌でも打ってよ」
「わかった。そうする」
「それじゃ、がんばろうぜ、ブラザー!」
「ブラザー?」
俺は辺りを見回す。
「あんたのことだよっ」
春原はツッコミを入れた。
…。
二人組のところに戻る。
「ごめんね、待たせちゃったね」
「いえ…」
「別にいいですけど…」
二人は微妙な表情をしつつ、律儀に待ってくれていた。
「ヘンなことしたりしないからさ、一緒に遊ぼうよ」
「そうそう、君可愛いから」
「そんなことは…」
「あ、ありがとうございます」
意外に口先の褒め言葉が好感触。褒められて悪い気はしないようだ。
(ナイスだ岡崎っ)
春原が目でそう語ってくる。
「そうそう、君たちみたいな子たちと一緒に見て回れるなら、僕超サイコー」
春原が軽薄に笑う。
「それにさ、僕だって結構イケメンじゃん? いい組み合わせだと思うんだよね」
「そうそう、君可愛いから」
「って、僕かよっ!?」
「えぇ…?」
「ひえぇ…」
二人は、怪しいホモ二人組とでも思ったのか、恐れをなした表情で踵を返して逃げていった。
俺たちは呆然とそれを見送る。
「残念だったな、春原」
「あんたのせいだよっ!」
「わりぃ、使いどころを間違えた」
「全然反省している感じしないんですけど」
春原は頭を抱える。
「ま、いいさ。逃した魚はでかいけど、魚は一匹ではないからね」
立ち直りの早い奴だ。
「勝負はまだまだこれからさっ。岡崎、がんばろうぜっ」
「はいはい…」
俺は春原の元気な様子に、嫌々同意してやった。
456
各々、グラウンドで一通り遊んでから再び集合。
椋とことみは手に紙コップのジュースを持っている。どこかで買ったのだろう。
渚はなぜか手にぬいぐるみを持っていた。
「なに、それ?」
聞いてみると、はにかんでそのぬいぐるみをちょっとかかげて見せてくれる。
「あっちのほうで、射的をやってまして」
「渚がとったのよ」
一緒に遊んでいたのだろう、杏が付け加える。
「射的?」
「意外に射的の才能あるのね、渚。それ、結構いい賞品だったでしょ?」
「渚さん、すごかったです」
芽衣ちゃんもそう言う。その場に彼女も居合わせたのだろう。
「いえ、たまたまです」
渚は笑ってその手に持ったぬいぐるみを抱きしめる。
「それ…なに?」
白くてふわふわのぬいぐるみ。わたあめをふたつくっつけたような形をしていて、そこから手足らしきものが伸びている。
「とっても可愛い犬です」
「犬…?」
まじまじと見てみる。
正直、謎の生命体にしか見えないんだが…。
「岡崎さん、知らないんですか」
風子が呆れたような口調で言う。
「これは、ポテトっていう犬です。風子も、とっても可愛いと思いますっ」
風子はそう言うと、謎のぬいぐるみに向かってぴこぴこと謎の言語を口にする。
どうやら、俺には理解できない領域のコミュニケーションらしかった。
渚はとことみはにこにこと笑っていたが、他の面々は呆然としていたので、俺は行き遅れているということないのだろう。
多分。
それから、俺たちは校舎の方に歩き出す。
「…あれ? おまえ、それなに?」
ふと傍を歩く風子を見てみると、頭にはきらきらと光沢のある三角帽子がのっていた。
「はい、これはですね…」
大事そうな手つきで、頭上のそれをこすって見せる風子。得意げな表情だった。
「さきほど、ヒトデのお店で貰いました」
「そりゃ、いいものもらったな」
ものがものだけに、ついつい子供をあやすような口調になってしまう。風子は全然それにも気付いた様子もなく、三角帽子に夢中の様子だった。
「はいっ、とっても興奮しますっ」
子供か、こいつは。
「あっそ。あいつらには、ちゃんと礼は言ったのか?」
「もちろんです。風子、礼儀正しい子だと評判ですから」
「へぇ…」
どこでだろうか。
「お礼に、お店の看板の最後にフューチャリング風子と付け加えておきました」
「それ、あいつら相手だと、意外に喜ばれるかもな…」
「みなさん、大興奮でした」
「そりゃ、よかったな…。ていうか」
「?」
「あいつらにそんなチヤホヤされて、うれしいか?」
ふと思いついて、そう聞いてしまう。
風子は不思議そうな表情で俺を見返した。
どうやら、あんな気色悪い感じに祭り上げられてもなんとも思わないらしい。ある意味、図太い。
「風子のこと、応援してくれているなら、とてもうれしいですから」
「ふぅん…」
素直に心から、感謝しているようだった。
そういう意味ではこいつは相当純粋だし、俺よりずっと偉いな。
「やばい…こいつらロリだっ! とか思わないの?」
「風子ロリじゃありませんっ。むしろ、大人の色気が漂ってきてもいい年頃だと思いますっ」
ま、二十五歳だもんな。とはいえ、肉体的には高校生だけど…内からあふれ出る魅力とでも言いたいのだろうか。
そう考えてみると、俺も実は大人の魅力が溢れていたりするのだろうか?
そんな馬鹿げたことをふと考えて、苦笑する。
下らないな。
大人になること、一人前になること。
それがどういうことなのか、俺にはいまだよくわからないというのに。
…。
校舎に入る。
しばらく歩き回っていたので少しどこかで休もうということになる。
創立者祭当日、いざ座ろうとなると意外に腰を落ち着ける場所は少ない。
自分たちの教室はいまや店になっているし、他のクラス展の休憩所などは混み合っているだろう。しかし、閑散とした旧校舎の僻地の歌劇部部室に行くのもお祭り騒ぎに背を向けているみたいだ。
そうして考え、足を向けたのは、学食だった。やはりここが一番広いからな。多少人数が多くても、座る場所は見つかるだろう。
そこに向かう道すがら、クラス展のメイドたちに行き会う。
「あ、委員長」
「お疲れ〜」
二人組のメイドは、立て看板を振りつつ、校内を練り歩いているようだった。挨拶を交わしつつ、すれ違う。
同じように、宣伝して回っている姿はちらほらとある。
出展のPRなのだろう、女装した男子生徒がお化け屋敷の看板を持って歩いてきた。
「おい、春原。あの子フリーみたいだぞっ」
「あんなのナンパするかっ」
仁科たちのクラスとは別のお化け屋敷なのだろう。女装お化け屋敷、というのがあった気がする。
インパクトがあるから、目立っているな。
などと思っていると、視線の先にもっと目立つ集団がいた。こちらへ向かってくる。
ここは進学校だから、客層は基本的にはお上品に落ち着いている。そんな中で、その集団は異質だった。
色とりどりに髪を染めて、どやどやと騒ぎながら歩いてくる集団に、さすがにお祭り気分で浮かれた生徒たちも、自然と道を譲っているようだった。
そしてその軍団の先頭を歩くのは…
「有紀寧…」
男の一人と楽しそうに笑いあいながら、こちらへ歩いてくるところだった。
彼女もすぐに俺たちに気付いたようだった。男たちに言葉をかけて、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
「みなさん、こんにちはっ」
いつもよりちょっと元気な感じがするのは、彼女もこの雰囲気を楽しんでいるからだろうか。
「よう。大所帯だな」
「はい。みなさん遊びに来てくれたんです。一緒に学校の中を歩けることって、なかなかありませんので」
「さすがにあれだけいると、すごい迫力ねぇ…」
杏は呆れたように集団を見やる。椋やことみは、怖がっているような様子だ。
「ひいぃ…」
失礼、怖がっている奴らにもうひとりへタレを加えておきたい。
「ちょっと、生徒の方たちはびっくりしてしまっているかもしれないですね。ですけど、みなさん、本当はとても優しい方たちですので、それを知ってもらえたらとてもうれしいです」
そううまくいくものだろうか。とはいえ、そこまで求めずとも、楽しめればそれはそれでいいのかもしれない。
話をしていると、不良どもがどたどたとこっちに来る。この人数だと、かなりの迫力だ。
「よぉ」
「一昨日ぶりだな、岡崎ぃ…!」
なんで威嚇する感じなんだよ。
さすがに有紀寧の前で面倒は起こさないだろう。だが、周囲には喧嘩の直前に見えたのか、周囲の生徒がこちらを伺って小声で会話を交わすのが見える。
面倒になるか…と思っていると、ばたばたと足音。
「なんだ、一体っ」
運が悪い。生徒会の人間が不穏な様子を目ざとく見つけて、こちらにやってくる。
「ちっ…」
俺は小さく舌打ちをする。
「なんの騒ぎだ、一体」
「別に、騒ぎでもなんでもない」
「おまえ、三年の岡崎か?」
「そうだが…」
相手は二年生のようだった。
上級生に対して、タメ口か。出来損ないの不良として、下に見られているのだろうか。
「なんだ、こいつは…?」
「喧嘩売ってんのか、おい」
相手の高圧的な態度を見て、対峙している不良どもが俄かに殺気立つ。まずいな。
「おい」
「…わかってるよ。別に騒いじゃいねえ」
目で合図する。ここで問題を起こすと有紀寧にも迷惑がかかると思ったのだろう、不良たちは不承不承という様子ながら戦意を放棄する。
「それなら、いいが。だが、問題を起こすなよ。いくら今日は入場が自由だといっても、おまえたちみたいな…ん?」
なおも高圧的な様子で話を続ける生徒会の男の肩に、ぽんと手が置かれる。
見てみると…それは、クマの着ぐるみ。
先ほど、クラス展の手伝いをしている途中に見た姿。
その唐突な登場に、俺も不良たちもぽかんとする。
仲立ちをするかのように割り込んだクマは、シュールな姿だった。
「あ、あなたは…!」
だが、なぜか生徒会の方に衝撃が走る。
クマが男の顔を覗き込んでふるふると頭を振る。男の方は慌てたように頷いた。
「はい、わかりました…」
クマに対して軽く会釈をすると、こちらには声もかけずに歩き去っていく。
腹立たしい態度だが、正直、わけのわからない展開であまり怒りも湧いてはこない。
このクマ、なんなんだ?
だがまあ、ともかく。
「悪いな、助かった」
とりあえず、礼は言っておく。
クマはこくりと頷いて、そして悠然とした後姿で去っていく。なかなか、貫禄がある。
俺も周囲も、ぽかんとしてその姿を見送った。
「なんなんだ、あれ」
「さあ…」
俺と有紀寧は顔を見合わせた。
「あのクマ…なかなか、できる…」
だが、不良はその後姿に警戒するような眼差しを向けていた。
「そうなのか?」
「ああ。おまえも、あのオーラを見ただろ?」
「…」
いや、別に見ていないが…。
まあ、落ち着いている感じはするけど。
「ただものじゃねえぜ、あれはよ…」
「あっそ…」
俺は呆れたように肩をすくめることしかできなかった。
なんだか緊迫した雰囲気が、わけがわからないままに四散してしまっていた。
周囲でこちらを伺っていた生徒たちも、見世物が終わった、というような感じで散っていく。騒ぎになりそうもないと考えたのだろう。
「朋也さん、さっきクラスの前を通ったんですけど、執事の格好、とても似合っていましたよ」
傍らの有紀寧がこっそり言う。
「見てたのか…」
「お忙しそうだったので、中には入れなかったんですけど」
廊下をこの集団が通れば気付きそうなものだが、仕事に気をとられていたのだろう。
有紀寧はそっと俺から離れる。
「これから、わたし、クラスの手伝いなんです。クイズをしているので、よろしければ来てくださいね」
そして、一同ににっこりと笑いかけて言う。
俺たちは不良を引き連れて去っていく有紀寧の姿を見送った。
なんだか…
あいつ、不良どもの姉御って感じだな…。
俺は彼らの姿を見て、そんなことをしみじみ考えてしまった。