folks‐lore 05/11



443


体育館の傍まで行くと、既にオープニングが始まっている様子だった。


一度旧校舎から新校舎に行って、それから着替えをしてここまで戻ってきたのだ。間に合うことは期待していない。


通常の正面側の入り口は閉められてはいないが、すぐ傍に教師の姿が見える。


やはり、あそこから風子が忍び込むのは難しかっただろう。


そちらへは行かず、体育準備室などがある脇の入り口へ。


こっそりと中をうかがう。


そろそろ、最初の挨拶が終わってこれから各出展のパフォーマンスの時間にさしかかっている。


いい感じに中は騒然としているようで、うまくもぐりこめそうだった。


俺と風子は、自然な様子で中に入る。さも、忘れ物をしてしまったから、一度取りに戻った、とでもいう風だ。


幸い、思い思いの衣装を着た生徒たちは最終チェックに余念がなく、ことさらこっちを観察するということもない。


実行委員らしき生徒も忙しそうで、俺たちに気付いてさえいなかった。


たしか、パフォーマンスが終わった生徒は体育館の中に通じる扉から出て、端のほうにある席でオープニングの続きを見ることになる。


頃合を見計らって、そちらに移ればいいだろう。


などということを考えていると…


「あっ、君、三年のメイド喫茶の人!?」


役員らしき男が目ざとく俺と風子の姿を見る。


「ああ、まあ…」


メイド喫茶ではないんだが、大して変わりはない。


「そろそろ始まっちゃうから、ほら、こっち、急いでっ」


「え?」


「ほら、早く早く」


後ろに回られて、俺たちの背中を押す。


「おい、待てっ」


「早くしないと、間に合わないからっ」


聞く耳も持たない。


どんどん押されて、そのままステージのわき…舞台袖まで連れてこられる。


壇上では既に他のクラスか部活か…パフォーマンスは始まっているようだった。


今にもテレビから飛び出してきそうな呪いのビデオ風の真っ白な衣装を着た女子生徒が、はきはきとなにやら話している。


…お化け屋敷の脅かし役が、陽気すぎるだろ。


まあ、そういうギャップを狙っているのかもしれないが。


で、手前には順番待ちをしている集団がいくつか。


その中のひとつに、俺たちを案内した男が声をかける。


「先輩、お仲間を連れてきましたよっ」


「…えぇ? って、朋也に…風子っ?」


俺たちの姿を見た杏が、素っ頓狂な声を上げた。


…やべ。


まずいことになった。


本当なら、特に合流する予定などなかったのだが…


「奇遇だな」


「奇遇っていうか…あんた、何やってんのよ?」


「あれ、風子ちゃん?」


「どうしたの、そのカッコ?」


杏と一緒にいた女子たちも、突然こんな場所に現れた俺たちを見て不思議そうな顔をする。


「色々あって、迷い込んじまった」


「一体何があったのよ…」


「あれ? パフォーマンスの参加者じゃないんですか?」


男がいぶかしげな顔になる。


…本来、ここにこれるのは各出展のパフォーマンス参加者のみ。


だから、関係者でないものが来てしまうのはルール違反だ。


とはいえ、俺はそこまで心配はしていなかった。


勘違いだった、とでも言えばそれで終わりだ。それで一言わびて、出て行けばそれでいい。


「ああ、そりゃ…」


そこまで言おうとして、女子たちの声に続きがかき消される。


「くうーっ、風子ちゃん、それ似合ってるわよっ」


「いや、ちょっと、それどころじゃないよっ。どうするのっ」


「あなたも、実はこれに参加したかったの?」


「ど、どうしようっ、そろそろ前のクラス、終わっちゃいそうだけどっ?」


…大混乱のようだった。


「あぁ、もぅ、仕方ないわね」


杏はため息をつくと、風子の腕を取る。


「ここまで来ちゃったんなら、あんたも出る?」


「ええっ?」


ぽかんと趨勢を見守っていた風子が目を見開いた。


「あたしたちの発表の最後に、そのヒトデを配ること、アナウンスしてもいいわよ」


「ああ、そっか」


「そうだね」


なぜか、周囲の女子も乗り気。急に乱入したのに、意外に気を悪くした風でもない。


多分、それは風子の人徳みたいなものだろうか。


というか、風子がそのアナウンスをしたいからここに来たとでも思っているのか、あるいは俺が無理やりに彼女を連れてきたみたいだから風子に罪はないと思っているのか(それで正解だが)。


「わ、わかりましたっ」


風子はこくこくとうなずく。


そしてぱっとヒトデを空に掲げる。


「がんばりますっ」


「がんばってー」


いや、おまえもがんばれよ。


能天気に風子を応援するクラスメートの女子に、心の中でツッコミを入れる。


…そうこうしていると、拍手。


どうやら前のパフォーマンスが終わったらしい。


「それじゃ、がんばるわよっ」


杏がメイド部隊に声をかけると、一同返事をする。


多少緊張した様子だが、仕方がないだろう。


「いい風子。あたしが舞台の一番向こう側で最後のセリフを言うから、それまで隣にいなさい。あたしが三年D組の教室でお待ちしていますって言ったら、その後に来てくれた人にヒトデをあげてるとかそういうことを言いなさい。いい、わかった?」


その後、手早く風子に言葉をかける。


風子はまたもこくこくとうなずいた。


大丈夫か、こいつ…と、俺は少し心配になる。


だがもはや、のんびりと声をかけている時間さえなかった。


パフォーマンスを終えたお化けのコスプレをした生徒が戻ってくる。


壇上で司会をしている生徒がこっちを一瞥する。


「それでは続きまして、三年D組とE組合同の、喫茶杏仁豆腐です」


風子も含め、メイド服を来た女子たちが小さく声を掛け合い、舞台に出て行く。


あれよあれよという間に、えらいことになってしまった。


「風子、がんばれっ」


俺はその最大の被害者(?)の風子の後姿に声をかける。


「…はいっ」


ちょっとだけ俺を振り返って、そう答える。


そしてまた、ぱたぱたと小走りになって彼女も壇上に出て行った。


薄暗いこの舞台袖から壇上に出て行くと、照明を浴びて彼女らの姿がぱっと輝いた。


そして彼女らの発表が始まる。


「…おい、岡崎」


「智代? どうした?」


「それは、こっちのセリフだ。一体何の騒ぎだ?」


生徒の入れ替えでばたばたする舞台袖で、智代が声をかけてきた。生徒会の仕事か何かでここに控えているのだろう。


「色々あって」


「あの子、一年生だろ? 出てもいいのか?」


「さあ?」


「まったく、おまえという奴は…」


俺の様子を見て、呆れたように息をつく。


「それくらい、大目に見てくれ」


「もう始まってしまっているから、今更止めたりはしない」


智代は舞台のほうに目をやる。


メイドの格好をした女子たちが、寸劇のようなものをやっているのが見える。


「おまえこそ、こんなところでどうしたんだ?」


話をそらすことにする。


「このあと、生徒会長挨拶があるんだ」


「ああ…」


最高責任者は生徒会長だから、そりゃそうか。


「でもおまえ、全然緊張していないな」


「そんなことはない」


智代は苦笑する。


「会長として壇上に上がるのはこれが初めてだからな。十分、緊張している」


「へぇ」


「でも、そうだな…。私が緊張していないように見えるなら、岡崎、お前のおかげかもしれないな」


「俺?」


「お前と話していると、なんだか心が落ち着くからな」


「そりゃ、よかったよ」


「うん、ありがとう」


智代はにっこりと笑った。


「挨拶、がんばれよ」


「ああ、そのつもりだ。…そろそろ、終わりそうだな」


見てみると、パフォーマンスは最後のセリフに差し掛かっていた。


「喫茶杏仁豆腐は、三年D組の教室でやってるので、みんなきてくださーーーいっ!」


杏が無茶苦茶爽やか&朗らかな感じでそう叫ぶ。


それにしても、こいつの声はよく通るな。


こういう舞台での外面は良すぎだろ。


壇上の杏はすぐさま横の風子にマイクを渡す。


「あのっ、来てくれた人にはこのプレゼントを差し上げてますっ」


杏に比べれば拙い感じがするが、風子はぶんぶんと観客に向かってヒトデを振って見せる。


「うおおおぉぉ、風子ちゃーーーん!!」


「サイコオオオォォーーーッ!!」


「風子ちゃん、可愛いーーーーっ!」


男女の隔たりなく、黄色い声援が飛んだ。


…この学校の生徒は、大丈夫だろうか? なんというか、色々と。


そんなことが心配になってしまった。


「可愛い彫刻ねぇ。それ、星?」


舞台の上でテンションが上がったのか、杏がアドリブでそんなセリフを言う。


「いえっ」


ぶんぶんと頭を振る風子。


「…実はヒトデです」


周囲で何人もの生徒が、そのままずるううぅーーーっ! と滑っていった。


観客の方でも同様の騒ぎが起こっている様子があったが、ここからでは見えないのが残念だった。


というか…単なる嫌がらせみたいなことをするな、あいつは…。


ぱたぱたと、発表を終えた女子たちが撤収。


今度は別のクラスがそれと入れ替わりに壇上を出て行く準備を始めて、再び舞台袖は慌しくなる。


「面白いパフォーマンスだったな。岡崎、それじゃあな」


「ああ」


智代は小さく手を振ると、去っていく。


すぐさま、興奮した様子の女子たちが帰ってくる。


「成功だねっ」


「うんっ。ていうか、風子ちゃんのヒトデが全部もってっちゃったけど」


「でも、あれはあれでアリだよっ」


「杏ちゃんのフリも面白かったね〜」


ぱたぱたと駆けてきて、立っている俺に手を上げたり笑いかけたり、どうだった? などと声をかけて通り過ぎていく。


なんだか、随分、自然な感じだ。


「発表が終わったら、そこの扉から出て、出た所のイスに座ってくださーいっ」


役員の生徒の案内に従って、外に出る。


「風子」


「はい」


一番最後に戻ってきた風子に並ぶ。


「よかったぞ」


「ありがとうございます」


「悪いな、変なことになって」


「いえ、平気です。…岡崎さんのおかげで、風子もここにこれたので」


そう言ってもらえると、助かる。


風子がそんな素直なことを言うというのが意外だが…


「なんとかなって、よかったわね」


すぐ前の杏がそう言ってくる。


「おまえも、ありがとな」


「いいわよ。おかげでウケたし」


貸しなどとも言い出さない辺り、こいつも結果に満足しているのだろう。そのまま、前を歩く女子たちの方に混じって雑談を始める。


「岡崎さん、ありがとうございました」


隣を歩く風子がそう言う。


「ここに、いる所なんてないと思っていましたけど、よかったです」


「いや」


居場所を作ってやる、とまで言ったのは俺だ。これで追い出されていたりしたらカッコ悪かったな。


ともかく、うまくいってよかった。


「オープニングはこれからだから、ゆっくり見ようぜ」


「はい」


俺たちは体育館の中に続くドアから出て、隅の方に備え付けられたパフォーマンス参加者用の席に着くと、その後のオープニングを見守った。







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その後もパフォーマンスが続き、最後に生徒会長の智代からの挨拶でオープニングは締めくくられる。


智代の口上は簡潔だった。


全校生徒が楽しんでくれればいい、ということを簡単にまとめて話したのみ。


ま、長々と話されるよりはマシだな。多分、そう感じる生徒が多いのを見越して、短くまとめたのだろうけど。


「それではこれより…」


マイクを持った智代が壇上から生徒たちを見回す。


ここからは離れていて詳しい彼女の表情などは見えないが…それでも、なんとなく、楽しそうな顔をしているなと感じる。


これだけの視線を集めて、よくもあれだけリラックスして話せるものだ。


あいつは、俺のおかげと言っていたが、そんなものよりもあいつの素質や思いがその基だろう。


「本年の、光坂高校創立者祭を開催します」


わああぁぁーーーーーっ!!


その言葉に続いて、生徒たちは歓声を上げて、思い思いに拍手をした。


俺も他の生徒に混じって、手を叩いてこの瞬間を祝った。


この時間に迷い込んで、ずっと目指していたこの瞬間。


創立者祭の開催の瞬間。






445


「さ、朋也、行くわよ」


オープニングが終わり、解散になった瞬間杏に拘束される。


「は?」


「さっきも言ったでしょ。ケーキを届けてもらってるから、クラスに届けないといけないの」


「忘れてた」


「あんたねぇ…」


「それじゃ、行くか。量は多いのか?」


「うん。ちなみに、お昼過ぎにもう一回ケーキ届けてもらうから、その時も手伝ってね」


「マジかよ…」


クラスに冷蔵庫があるとはいえ、あまり大きくもない。他に冷やしておく場所がないだろうから、仕方がないのかもしれないが。


「あの…もしよければ、風子もお手伝いします」


隣の席の風子も、そんな殊勝なことを言う。


「いいの?」


「はい」


「それじゃ、よろしくね。行くわよ」


早速らしい。


俺と風子は杏に連れられて、体育館を出る。



…。



「あ、陽平。あんたも来なさい」


「へ? 一体何?」


途中で春原を捕まえて。


「いやー、あんた頭の色がおかしいから、探すのは楽ねー」


「おかしくはねぇよっ」


「やったな春原、始めてその金髪が役に立ったぞ」


「初めてじゃねぇよ…。普段から、僕にあふれるカッコよさを押し上げてくれているよ」


「ぷっ。…悪い、笑っちまった!」


「すんげぇ腹立たしいんですけど」


「喧嘩してないで、早く行くわよっ。九時になったら、お客さん来ちゃうんだからっ」


「はいはい…」


「わかったよ…」


不良ふたり、杏にどやされて昇降口へと向かっていく…。






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ケーキを教室に運ぶこと、三往復。


なんとかそれで納品は終わる。


「ほら、あんたたちはこれから接客だから、さっさと着替えなさいっ」


持ってきたケーキをなんとか冷蔵庫に押し込んで、一息ついたところですぐに杏にどやされる。


「少しは休ませてくれ…」


落としたらいけないということで大量に持たされることはなかったが、それでも三階のここまで持ってくるというのはそれだけで大変だった。


風子が一回ケーキを教室に持ってきた時点で、さっきのオープニングパフォーマンス飛び込み参加の話で盛り上がる生徒の輪に巻き込まれてしまい、人手が減って余計に大変になった。


ま、それは仕方がないかもしれないが…。


今見てみると、まだまだメイド姿の風子を囲んでクラスメートが盛り上がっているのが見える。


身内にもサプライズ効果はあったようだ。


そんな光景を見ていると、目の前にどさどさと衣装が置かれる。執事服だった。


「はい、これ。E組の後ろの方が着替えるスペースになってるから、そこに行きなさい」


「はいはい…」


「わかったよ…」


俺と春原は言われるがままにE組へ。


後方にスペースが空けられ、着替えができるように天井から布を垂らして隔離されている。


そこでさっさと着替えて、D組へとって返す。


その後、ホームルームというわけではないが、担任から簡単な通達がある。


担任は今日の予定を少し話して、すぐに出て行く。


幸い、部外者である風子に気付かなかった。というか、ここにD組、E組の生徒が混在しているし、見た感じだともっと他のクラスの生徒もいるようだった。お祭りの日だからとその辺りは大目に見てくれているのだろう。


担任が出て行くといよいよ本番、という空気になってにわかに教室が騒がしくなるが、杏が教卓の前にくると、自然と静かになる。


「えぇと」


一同を見渡す。


「…それじゃ、みんな、張り切っていくわよっ!」


「「「おおおぉぉーーーーっ!!」」」


その言葉に、一丸となって声を張り上げる。


これから楽しいことが始まるという気配。


周囲の生徒たちの表情は、輝いているようだった。


これから始まる、祭りの気配。


教室の中には、たくさんの笑顔が満ち溢れていた。




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