folks‐lore 05/11



481


学校での後夜祭は大盛り上がりのうちに終了し、追い立てられるように学校を出た。


既に時刻は夜。


天気が良く、夜空が見える。


空にはまるで全ての星が出揃っているようだ。


学校へと続く長い坂道を、多くの生徒がゆっくりと下っていく。


それぞれ、少しずつ、興奮した様子でいまだはしゃいでいる。


こんな遅い時間に頭を並べて帰っているという非日常な感じ。


また明日の振り替え休日をはさんで、日常へと戻っていくことになるが、今はまだまだ、夢の続きみたいなものだ。


俺たちはこの後、部員一同で古河パンで打ち上げをする約束になっている。


この時間だから、一度家に帰ったりもせずにそのまま直行することになるので、先ほど全員集まってまとまっている。


歌劇部の大所帯で俺たちも坂を下る人波に加わっていた。


「いやぁ、まさか優勝できるとは思ってなかったわ」


杏はずいぶんと機嫌が良さそうだった。


まあ、気持ちはわかるが。


「がんばって準備しましたし、お客さんで来ていた方も喜んでましたから」


渚もにこにこと笑いながらそう答える。クラスの手伝いに手を貸した一員として、やはり鼻が高いのだろう。


まあ、最終的にはD組E組のみならず他のクラスからも人手が多く集まって装飾は細かいところまで作りこんでいたし、下級生とのクラスとポスター交換をするなど幅広く広報もして、メイドの格好で話題性を取り、コーヒーはきちんと習ってクオリティーも高かった。


改めて考えてみると、藤林姉妹のマネジメント能力はかなり高いような気がする。


「売り上げも、結構良かったし」


「それじゃ、それで何かおごってくれ」


「近いうちにみんなで打ち上げをやるから、その足しにするつもり」


「ま、そうなるか…」


かなり大人数の打ち上げになりそうだから、ひとりひとりへの還元は大したことはなさそうだ。儲けが目的なわけでもないから、かまわないが。


「打ち上げ、とっても楽しみです」


「バーベキューとかどう? 大人数だから、そういうのがいいかなって」


「わたしのお友達のお店とかを、貸切にすることもできるかもしれませんよ」


「有紀寧、それ、いいかもしれないわ」


「はは、ありがとうございます」


「朋也、あんたもちゃんと来なさいよ。普段付き合い悪いんだから、あと頭も悪いんだから、こういう時こそ参加しなさい」


「なんで今途中で罵倒が入ったんだ?」


「いいじゃない、事実だし」


「てめぇ…」


「ま、いいじゃん、岡崎。たまには行ってやってもいいかもしれないよ」


「陽平、あんたは呼んでないから」


「ああ。さっきの杏のセリフにおまえの名前は入ってなかったぞ」


「マジかよっ、呼んでよっ!」


「うっさいわねぇ…」


「で、でも、春原くんも準備とか給仕とかやってもらったから…」


「そうそうっ。椋ちゃんは優しいねっ」


「うん。椋ちゃんは、とっても優しいの」


「はいっ。わたしも、そう思います」


「わ、わ、そんな…」


「そうそう。今時こんないい子いないわよ? 優しいし、可愛いしっ」


「姉が凶暴なのが玉に瑕だな」


「そうだね。姉の皮を被ったモンスターだよ」


「多分ラーの鏡を近づけると正体を現すと思う」


「はははっ」


「あんたたち、なんか言った?」


「ははは…」


「いや、なんも」


「わたしは通りすがりにちょっと中を見ただけだったんですけど、仮装して接客していて、とても楽しそうでした」


「そういえば、途中で大所帯が通りがかっていたんですけど…宮沢さんたちだったんですね」


「はは、少し騒がしかったかもしれませんね」


「とっても、楽しかったの」


「ことみ、あんた最初はかなりびくびくしてたじゃない」


「…最初だけだもん」


「あはは」


「ことみちゃんも、とってもがんばって接客していました」


「そうです。最初に宮沢さんのお店で練習してみたおかげかもしれません」


「うん…。もし有紀寧ちゃんのお店でうちあげをするなら、またウェイトレスさんをしてみたいの」


「それも、面白いかもしれませんねっ」


「ことみちゃん、そのままバイトでもしちゃえば? そしたら僕と岡崎で通うからさっ」


「なんで、俺も入ってるんだよ…」


「それ、とってもとっても楽しそうなの」


「はいっ、わたしも今回はやらなかったですけど、ちょっとウェイトレスさんをやってみたいです」


「…実は私もちょっと興味あります」


「あ、仁科さんもですかっ」


「はは、うちは大学入るまでアルバイトは禁止って言われてるんですけどね」


「仁科さん、しっかりしてますから、きっとすごく仕事できそうです」


「いえ、結構ドジです…」


「りえちゃん、そんなことないよ。しっかりしてると思うけど」


「そうそう。杉坂さんの方がよっぽどドジ」


「私と比較された!?」


「あはは、嘘嘘。杉坂さんもそつなくこなしそうだよね。でも時々致命的なミスを犯すタイプかも」


「全然褒められてない!?」


「仲いいわねぇ、あなたたち」


「私がいじめられてるだけなんですけど…?」


「大丈夫ですよっ。輝いていますから」


「宮沢さん…それ、やっぱり褒めてないっ」


「でも意外だったのは、この子がドジなことしなかったことね」


「…わっ、なんですかっ」


「風子、あんた何ボーっとしてるのよ?」


「いえ、さっきのキャンプファイヤーを思い出したら…ふわああ…」


「ふぅちゃん、火か点く前から楽しみにしてましたから」


「でも、私もとっても興奮したの」


「でも僕、この子がぼんやりしてるせいでフォークダンスの時に何度足を踏まれたか…」


「それ、わざとじゃないのか?」


「僕どんだけ恨まれてんだよっ」


「今日初めて見ましたけど、風子、キャンプファイヤー大好きですっ」


「それじゃ、ヒトデとどっちが好きなんだよ?」


「すみません、それはカテゴリが別なので比べることができないんです」


「うまく逃げたな、てめぇ…」


「それじゃ、キャンプファイヤーと朋也だったら、どっちが好きなの?」


「もちろんキャンプファイヤーですっ」


「俺とキャンプファイヤーはカテゴリ一緒なのかよ…」


「ですけど、岡崎さんのことが嫌いなわけじゃないので、安心してください。山火事よりは好きです」


「良かったわねぇ、朋也」


「全然物差しがわからないんだけど…」


「山火事って、災害だからねぇ」


「金髪のヘンな人は、山火事よりも下です」


「おまえは災害以下だな」


「それじゃ僕は一体何なんだよっ?」


「そういえば、ふぅちゃん、ヒトデはたくさん配れたんですか?」


「はいっ。たくさん用意したんですけど、ほとんど全部なくなりましたっ。ゆきちゃんたちが一緒に作ってくれたおかげですっ」


「それなら、よかったですっ」


「杏、そうなのか?」


「結構それ目当ての人もいたのよねぇ…。椋、なんでだと思う?」


「さ、さあ…。でも、オープニングの効果とか」


「あ、そうかも」


「あの時、先輩たちのパフォーマンスなのに伊吹さんが出てきたのを見て、すごくびっくりしました」


「最後のヒトデ宣言で、みんなイスから転げ落ちてましたけど」


「それなら、劇の最後の渚の歌もそうだよな」


「はい?」


「だんご大家族だよ。あれで、最後、なんか変な空気になっただろ」


「そうですか?」


「僕照明で上の方にいたけどさ、客が滑っていくのが良く見えたよ」


「シリアスな空気が、最後にいきなりギャグになったからな…」


「わたしは、だんご大家族以外うたう歌が思いつかないですけど…」


「とってもいい歌だから、いいと思うの」


「ま、最初からずっとそれは決まってたから、いいんだけどな」


「でも、とってもいい劇でしたよ。客席の人もすごく真剣に見ていましたし」


「ありがとうございますっ。仁科さんたちの歌もとっても良かったです。おかげで、わたし、がんばろうって思えました」


「そう言ってもらえると、うれしいです」


「あの発表を見て入部希望者がどんどんきたりするかもね」


「原田さん、それは期待しすぎじゃないの? でも、ひとりふたりくらい、来てくれるとうれしいけど」


「そうよねぇ、あんたたちは来年もあるのよね」


「でも、渚ちゃんは秋の学園祭も考えてるんでしょ?」


「え? 渚、そうなの?」


「はい。もしできたら、なんですけど」


「渚は受験勉強いいの?」


「わたしは大学行かないので、大丈夫です」


「ふぅん…」


「そうなんですね…」


「今のところ、僕と、岡崎と、ことみちゃんは決まってるんだけどね」


「なんか、頼りないのが揃ったわねぇ…」


「てめぇ、すげぇ言いようだな」


「杏ちゃん…いじめっ子?」


「しょうがないわねぇ。あたしも、勉強に差し支えないくらいなら手伝ってもいいわよ?」


「はい。私も、少しくらいでしたらお手伝いできるかもしれません…」


「本当ですかっ。ありがとうございます…。すごく、嬉しいです…」


「もちろん、わたしもお手伝いしますよ」


「宮沢さんも、ありがどうございまず…」


「わっ、渚?」


「渚ちゃん、わ、わ、泣かないでください〜っ…」


「す、すみません、みんなまた一緒にやってくれると思ったら、感動してしまって…」


「それじゃ、また、私たちの合唱と演劇とで、歌劇部は続行ですね」


「いっそ本当に歌劇にして、オペラみたいなのにでもするのは?」


「杉坂さん、それいいアイデアだねっ。それじゃ、杉坂さんは河童役で…」


「原田さん、殴るよっ」


「わ、わーっ」


「ほんと、息ぴったりねぇ…」


「ですけど、楽しいです。またこれからもみなさんと部活動ができるなんて、とっても嬉しいです」


「だな。がんばれよ、部長」


「…はいっ。がんばりますっ」


夜空の下の帰り道。


部員たちでわいわいと言葉を交わしながら、歩いていく。


渚は言葉を交わしながら、うれしそうに笑った。







482


古河パンに着く。


「よぉ、やっと主役が来たな」


「みなさん、今日は、お疲れ様でした」


渚に案内されて店の脇の玄関から居間に入ると、オッサンと早苗さんが迎えてくれる。


既に料理が並べてあった。


いつもの机だけではこの人数をまかないきれず、上の階の塾の机も持ち出して皿が並べてある。


かなりの大人数が詰め掛けているから、普段は手狭に感じない部屋に肩を触れるようにして座る。


「すみません、少し窮屈で」


早苗さんが申し訳なさそうに言う。


だが、何せこの人数だ。


「いや、しょうがないっすよ」


「岡崎さん、どうぞ」


横から渚が俺のコップにジュースを注いでくれる。


「ああ、ありがと」


「よーし、それじゃ、飲み物は全員持ったな?」


オッサンが一同を見回す。


「それじゃ、渚、乾杯の挨拶な」


「はいっ」


オッサンが渚に振るが、慌てた様子もない。こういうお鉢が最近よく回ってくるおかげだろう。


「みなさん、今日は、お疲れ様でした。それでは…乾杯っ」


渚の言葉に、部員たちが乾杯、乾杯と唱和した。


思い思いに、料理を食べる。出前の寿司と早苗さんが作ってくれた惣菜だ。食卓の上は彩りも豊かで、早苗さんが相当がんばってくれたことがわかる。どれもうまい。


オッサンはそれをつまみにビールをひとりであけていく。俺はついついそれを見てしまう。正直、好きにビールが飲めるのはうらやましい。


「…ん? どうした小僧? おまえも飲むか?」


「マジ? いいのか?」


「おう、せっかくだからおまえらも飲め飲め」


「お父さんっ、まだ高校生ですから、お酒はダメです」


真面目な渚が注意する。


ま、そうなるよな…。俺は肩を落とすが、仕方がない。


「そうですよ、秋生さん」


「ビールくらい、今時小学生でも飲んでると思うがな」


それは言いすぎだ。


仕方がない、ジュースで我慢する。別にジュースが嫌いというわけでもないし。


「しかし、豪勢っすね」


改めて食卓を見ると、寿司も結構いいものを頼んでいる感じがするし、この家の懐事情が心配になる。


「なぁに、うちの娘の晴れ舞台だ。これくらいどうってことねぇ。いい劇見せてもらった礼だよ、礼」


オッサンはなんでもない風だった。きっと本心からそう言っているのだろう。


渚がまた秋の学園祭で何かやりたいという話をすると、オッサンは破顔した。


「そいつは、いいなっ」


「わたしたちも、応援していますからねっ」


「ありがとうございますっ」


渚は応援してくれる両親の笑顔を見て、幸せそうに笑っていた。







483


あまり遅くになるまで遊んでいるわけにもいかない。


名残惜しくもあるが、打ち上げはあまり遅い時間にならないうちに終わった。


明日は創立者祭の振替休日だ。最近はあれこれと忙しかったから、ゆっくり骨を休めよう。


途中まで見送りに来てくれた渚に別れを告げて、夜の町を歩く。


分かれ道になるにつれてひとり、ふたり、さんにんと部員たちが減っていく。


そして最後には、俺と風子だけになった。


ふたり、言葉少なに歩いていく。


小さく虫の鳴き声が聞こえる。


ぽつぽつと立った街灯に影が伸びて、縮んで、また伸びてを繰り返していく。


長かった一日も、これで終わりだ。


俺の心のうちに、今日の出来事がぐるぐると浮かんでは消える。


「公子さんの結婚、よかったな」


「はい」


「オッサンも早苗さんも喜んでくれていたし」


この日だけで、色々な出来事が、めまぐるしく変わった。


公子さんが風子の姿を見られないのが露見したが、芳野さんとの結婚を決意してくれた。


演劇の発表もこれで一区切りがついたが、今後の展望も浮上してきた。


きっとまだまだ、これからも未来を求めてやるべきことは多くある。


…とはいえ、明日くらいはしっかり休ませてもらおう。


ゆっくりと今日の記憶でも反芻しながら、幸福に体と心を休めたい。


この一日で、何度も心が震えるような気分になった。


そう考えて、俺は思い出す。


公子さんに風子が見えないとわかった時に、渚の演劇の途中に、美佐枝さんと彼女の飼い猫の姿を見た時に。


俺が感じた心の震え。


懐かしいものを見たような気分。


忘れていたものを掴んだような気分。


不思議な感情が、俺を掴んだ。


それは不思議な場所に連れて行かれたような気分だった。


そんなことまで考えて、俺は苦笑する。


まるで、今日の劇の前口上みたいだな。


…あなたを、お連れしましょうか…


思い出す。


かつてはその言葉を、俺は古河パンの手前の公園で渚に言われたことがあった。


…この町の、願いが叶う場所に…


それは。


透き通る夢を見ているようだった。



…。



ぐい、と、服の裾を引っ張られる。


考え事をしていた俺は、危うく転びそうになる。


一体何事かとこちらに手を伸ばしてきた風子を見ると、だが、彼女は大きく目を見開いたまま前方を見ていた。


信じられないものを見ているような顔だった。


「お…」


ぱくぱくと口を動かそうとして、言葉にならない。俺の名前でも呼ぼうとしているようだったが、言葉は続かない。


どうしたんだ、一体。


俺も彼女と同じように、その視線の先を追って…同じように、目を見開いた。


空には夜空。


全ての星が出揃ったような眩い中天。


町。


見慣れた町並み。


人通りもない住宅地の道に、ぽつぽつと街灯がたって、周囲をわずかに照らしている。


俺と風子は、街灯の真下に立っていた。まるでスポットライトでも浴びているように。


そしてその先。


ひとりの少女が、他の街灯の下に立っていた。まるで劇で壇上の登場人物が照明を浴びているかのように。


そして彼女の姿は、俺にも風子にも見覚えがある姿だった。


忘れることなどできない姿だった。


それは…


「汐…」


「汐ちゃん…」


俺たちの。


小さな呟きが重なる。


言葉は春の宵にとけるように消えていく。


少し離れたその先に、ありえない姿があった。


幼稚園の制服を着た、汐の姿だった。


…しばらく前、俺は彼女の姿を見かけたことがあった。


あの子は俺の手から逃げていき、あの時は結局彼女に追いつくことができなかった。


その姿は自分以外の誰も見てもおらず、まるでひとりで夢でも見ているような気分になった。


だけど、今は違った。


俺も風子も目を開いて、前にいる少女を見つめた。


まるで世界が静止したような気分だ。


汐。


あの日。


あの最後の冬の日。


その手の中で失った愛する子供が、こんな場所で、こんな時間で、俺たちを見つめている。


あの日から。


時を隔てて。


世界を隔てて。


この町の願いが叶う場所で。





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