folks‐lore 05/11



478


創立者祭は終わった。


だが、のんびりとしている暇はない。すぐに片付けを始めないと、後夜祭に間に合わない。


このクラスの出展は手伝いの手が多いから、あまり問題はなさそうだが。


クラスメートたちもそこまで焦った様子ではなく、それぞれ手近にある装飾をはずし始める。


「ことみ、おまえはまず着替えな」


「うん」


ことみがぱたぱたと出てE組に着替えに行く。


で、俺はこれから体育館に行って置きっぱなしになっている演劇の備品を旧校舎に戻さないといけない。だがそれはことみと春原と渚が集まってからでいいか。杏と椋はどうせクラスにかかりきりになるだろう。


みんな集まるまでやることもないし、俺も壁に貼った装飾を取り外し始める。


「岡崎さん」


とことこと、風子が傍らに来る。


そういえば。


こいつにはまだ公子さんの結婚のことを言っていなかった。


公子さんと話した後そのまま親父と話をしていて、すぐに別行動になってしまっていた。


「今日は、がんばったな」


「はい…」


風子は頷くと、少しだけ距離をつめる。


そして、ぎゅ、と俺の服の裾を握った。


「おねぇちゃんが結婚するって決めたみたいです」


「知ってたのか」


風子がこくりと頷く。


「おねぇちゃんが、渚さんに教えてくれたそうです」


「そうか…」


そして、渚がそれを風子に伝えた。


渚は風子と公子さんの関係は予想がついているだろう。あいつはどんな気持ちでそれを風子に伝えたのだろうか。そろそろ、きちんと話をしないとな、と思う。


創立者祭が終わったが、それでもまだまだやるべきことが残されている。


まずは、公子さんの結婚式だ。


「渚さんの劇が終わったあと…岡崎さん、おねぇちゃんとお話してました」


「ああ」


見ていたのか。


「おねぇちゃんが結婚するって決めたのは、そのおかげだと思いますから…ありがとうございます」


「いや、そうじゃない」


公子さんが結婚を決めたのは、この学校に広がる一人の少女の噂話を聞いたからだ。


ひたむきに姉の結婚をお祝いしようとする、健気な願いを知ったからだ。


それが報われただけということ。俺が何をしてやったということもない。


「俺は横で見てただけだ。がんばったのは、おまえだ」


「それでも、ありがとうございます」


「何の話?」


杏が話に割り込んでくる。


俺と風子の顔を見比べて、機嫌悪そうに笑った。


「仲良さそうねぇ、あんたたち? でも、手、動かしてくれない?」


「…」


「…」


たしかにその通りだな。


ま、家に帰ってその話の続きでもすればいいか。


風子は邪魔されてつんと杏から顔をそらすが、その頃には杏はもう別のクラスメートの方に行ってしまっていた。


「もう片付け始まってるじゃん」


「すみません、お待たせしましたっ」


そうしていると、春原と渚が到着。


着替えを終えたことみも加えて、教室を出る。



…。



校内は、準備の時以上のざわめき。


何日もかけて形作られてきた創立者祭の飾り付けが、あっという間に剥ぎ取られていく。


まるで楽しい夢から覚めたみたいな光景だった。


もちろんいつまでもお祭を続けるわけにもいかないが、なんとなく物悲しいような気分になる。


「なんだか、あっという間でした」


そんな様子を見ながら、渚がぽつりと呟く。


「わたしがまたこの学校に通えるようになってから、一ヶ月も経っていないのに…」


「ああ…」


俺にもその気持ちはわかる。


渚がこの学校に通えるようになった日。


それは俺にとって、この時間に迷い込んだ日でもある。


随分いろいろなことをしたという感覚があるが、思い返すとあっという間だった。


「岡崎さん」


「ん?」


「秋には、学園祭もあります。わたし、そこでも何か劇をやってみたいです」


「…」


渚の、向上心ある言葉だった。


だが、俺はそれに返事をすることができなかった。


なぜなら、俺は、未来を知っている。


…創立者祭を終えた渚が体調を崩して、しばらく休学することになってしまうのだと。


ほとんどベッドから離れられなくなってしまうのだと。


「私も、協力するの」


だが、そんな俺を余所に、話を聞いていたことみがまず返事をする。


「受験生はみんな忙しいんだろうけど、ことみちゃんは進路選び放題だからね。ま、僕も就職活動とかあるかもしれないけど、ちょっとくらいなら手伝うよ」


「ことみちゃん、春原さん、ありがとうございますっ」


「ま、杏とか椋ちゃんは受験があるから、無理だろうけどねぇ。な、岡崎。おまえももちろん協力するだろ?」


「あ、ああ。そうだな」


俺はとってつけたように返事をする。


「ふぅちゃんも、一緒に秋もがんばりましょう」


「風子もですか?」


「はいっ」


渚はにっこり笑う。


風子の事情はある程度わかっているはずだが、そんなこと言うのはこれからも一緒にいたいという意思表示だろう。


浮雲のような風子の身の上を思うと、何かで繋ぎ止めたいと思ったのかもしれない。たとえば、約束で。


「はい、わかりました」


その思いは伝わっているのだろうか。


風子は大きく頷くと、そっと渚の手をとった。


「ありがとうございます、渚さん」


「…ずっと、一緒なの」


「ことみさん、ありがとうございます」


ことみも風子の事情は知っている。何をできるということもなくとも、何かしてやりたいという気持ちはあるのだろう。


握られた手に、ことみの手が重ねられた。


手が重なって、思いが重なって。それですべてがうまく運べばいいものだが。


俺はまだ来ない未来を思うと、嘆息せずにはいられなかった。






479


体育館に置いてあった部活の備品を部室に戻す。


主に、背景で使ったものだ。


何度も使い回すものでもないが、捨てるのももったいない気がする。


おそらく、以前の演劇部が残していったガラクタも、こうして増えていったのだろう。俺たちは新たに増えた備品を教室の隅の方にそっと加えておく。


「黒板も…消しますか?」


渚に言われて、部室の黒板を見る。


創立者祭へのカウントダウンを終えた黒板。


部員たちによってカラフルにイラストがちりばめられた黒板。


「なんだか、もったいないの」


「だな…」


言いながら、俺は黒板に近づく。


それは、部員たちが見ていた夢の名残のようなものだ。


だが、創立者祭は終わってしまった。


終わってしまったカウントダウンは、消さねばなるまい。


俺は黒板消しを手に取ると、さっさとチョークで書かれた文字を消し始める。


「あっ」


ぱっぱと無慈悲に消してしまう俺を見て、渚がびっくりしたように声を上げる。


だが、俺も全てをまっさらにしてしまうつもりはない。


消すべきところを消してしまうと、チョークを横にして持って、太く文字を書く。


しゃ、しゃ、とチョークが黒板をすべる音がしばらく続いて…


「…よし、できた」


俺は完成したものを見つめた。


振り返って部員たちの方を見て、コンコンと黒板を叩いてみせる。


「これで、どうだ」


「あ…」


驚いていた顔が、少しずつ笑顔になる。


そんな表情の変化を見届けてから、自分ももう一度黒板を見てみる。


『創立者祭まであと0日!』という文字は消されて、そこには『新しい夢へ』と書き改められている。


もちろん、周りの絵を消したりをしない。そんなことをしたら、俺が杏に消されることになる。


まるで夢を鼓舞されるように、色々なイラストに囲まれて、俺の汚い文字が中央にどんとある。


自分でやっておいて、なんだか、くすぐったいような気分になった。


「…はいっ」


渚はその文字を見て、嬉しそうに笑う。


「また…みんなと一緒に、がんばりたいの」


ことみも思いを新たにしたようだ。


「岡崎さん、カッコつけすぎです」


風子はそんなことを言うが、少しだけ口の端が綻んでいる。


「でも、汚い字だねぇ」


ヘラヘラ笑う春原も、その表情は晴れやかなものだった。


創立者祭。


ずっとみんなで見ていた夢は、新しいものになった。


それはかけがえのないものだ。


たとえ、それが叶えられないものなのだとしても。







480


部室を出てクラスの片付けの手伝いをしていると、いつの間にか外は暗くなってきていた。


教室の装飾を外して移動させていた机やイスを戻すと、あっというまにいつも通りの教室に戻ってしまう。


夢が終わって、魔法が解けた。


残すは最後、夢の名残。


後夜祭だ。


グラウンドへの集合を促す校内放送がかかり、ぞろぞろと移動を開始する。



…。



グラウンドの中央には薪が組んで積まれている。後でキャンプファイヤーでもやるのだろう。見てみると、前方の役員席に火の点いた松明が掲げられている。


キャンプファイヤーの予定地の左右に一二年生がクラスごとに並ぶ。


三年は自由参加なので、前面に三々五々集合。とはいえ、結構な人数がいる。三年全体の半分くらいはいそうだ。


その数を見た教師の一人が、今年は随分いるなぁ、などと言っている声も聞こえる。


「なんか、ワクワクしてきたよっ。キャンプファイヤーなんて、子供会の時以来だからさ」


春原が興奮した様子で言ってくる。


おまえの子供会なんて知るか、とも思うが、正直俺も少しこの雰囲気に高揚している。


前回参加した時は、特に後夜祭に出ずに帰っていたからな。今思うと、もったいないことをした。


「わたしは、初めてです。小さい頃から、こういう行事にあまり出れなかったので」


渚もはしゃいだ様子でちらちらと組みあがった薪のほうを見る。点火が待ちきれないのだろう。


こんな子供っぽい仕草を見せるのは珍しい。やっぱり、独特の魅力があるよな、キャンプファイヤー。


「キャンプファイヤーを囲んでフォークダンスをするのは、アメリカが発祥なの。流す曲で有名なのは、おくらほまみきさー」


ことみはここぞとばかりに豆知識を披露している。


風子は…


「んーっ、キャンプファイヤーすごく楽しみですっ。岡崎さん、いつ点くんですか? まだですかっ」


「引っ張るな、馬鹿っ」


大興奮だった。


周囲の生徒たちも微笑ましい目でこっちを見ている。


「ものすごく楽しみですっ。風子大興奮ですっ」


「わかったから、裾がのびるから…」


などと風子との服の裾を争う攻防を続けていると(みみっちい争いだ)段々と周囲の話し声が静まってくる。


何事かと前方を見ると、段の上に見知らぬ男がマイクを握って立っていた。


「誰?」


渚に聞く。


「あれは、末原さんです」


「末原? 誰だ、それ? 聞き覚えないぞ」


「生徒会の、副会長の方です」


「あぁ…」


生徒会長選挙は、智代のこと以外は特に意識していなかったから知らなかった。


俺はその男を観察してみる。


嫌味な感じだな、とすぐさま結論付けて興味はなくなった。


「これより、創立者祭の後夜祭を開催します」


そう挨拶をすると、一斉に拍手。


まず初めに、何人かの教師の挨拶と、注意事項。


要約すると、今年は盛況だった、フォークダンスが終わったら学校に残らず速やかに下校すること、というくらいだ。


次にまた見知らぬ女生徒が壇上に上って、一曲歌った。雰囲気もあって感動的だ。


次は生徒会主催で行っていた人気投票の結果発表。


知らないところで、実はそんなことをやっていたらしい。校内のいくつかのポイントに投票箱があったらしいが、全然気付かなかった。


だが、周囲の生徒たちはそれを心待ちにしていたようで、雰囲気は浮つき始める。


結果発表が始まる。


第五位、『入場門』一年A組。


第四位、『クイズゲーム』二年E組。


有紀寧のクラスだ。めでたいことだ。


第三位、『コンサート』吹奏楽部。


部活動の受賞もあるのか。そう思うと演劇の受賞も期待したいが、さすがに吹奏楽みたいに派手な演目をおさえての受賞は無理だろうな。そもそも、賞を取っているなら先に俺たちが帰ってしまわないように声がかかっているはずだ。


第二位、『お化け屋敷』一年F組。


仁科たちのクラスかと思ったが、一年か。一瞬二年生の方が沸いたようだが、すぐさま歓声はしぼんで今度は一年の方が盛り上がっている。


そして…。


第一位、『喫茶店』三年D組・E組。


その発表の瞬間、周囲が沸き立った。


「うおおおおぉぉぉ!!」


「マジで!?」


「やったーーーっ!!」


「すげぇ、一位なの!?」


「よっしゃああああーーーーっ!!」


クラスメートや、今回の出展に力を貸した生徒たちが、興奮した様子で声を掛け合い、抱き合ったり手を取り合ったりした。


進学校、受験勉強を義務付けられている中で、決して歓迎されていない中で、勝ち取った一番星。


俺にとっても、この結果は嬉しかった。企画の初めから参加していて、果たした役割だってそれなりにあった。それが報われたのだから、嬉しくないわけがない。


「わ、すごいですっ」


「とってもすごいのっ」


「へへっ、僕のイケてる執事姿が勝因かな?」


「それはないから」


「はい。風子のヒトデの力だと思います」


「それもないからさ…」


周りの奴らも、嬉しそうだ。俺もついつい頬が緩んでしまう。


「それでは、各発表の代表者の方は、こちらの前までどうぞ」


少し離れたところで、友人の女子生徒に促された杏と椋が立ち上がって、歩いていく。


杏が振り返って三年生たちの方に手を振ると、歓声が沸いた。


遠目にもわかるくらい、弾ける笑顔だった。


その顔を見て、よかったな、と心の底から思う。


初めは、少人数から始めたのだ。悩みながら始めたのだ。


それが今は、多くの人に祝福されている。


それはとても幸福な姿だった。


胸がじーんとする。


わけもなく笑顔があふれてくる。


壇上では副会長から集まった各出展の代表者に賞品が渡されていく。


「それでは、優勝したクラスの代表の方から、挨拶をお願いします」


そう言われてマイクを受け取ったのは杏だった。椋はこういうのは向いていないから、当然だろうな。


こちらを振り返った杏が手を振ると、生徒の集団のあちこちから手を振りかえされる。ライブパフォーマンスみたいな光景だ。


「投票してもらって、ありがとうございます!」


ちょっと余所行きに声を作ってそう言う。


その言葉に、生徒たちは歓声を持って応えた。


ところどころから、「杏サマー!」などと黄色い声も聞こえてくる。


…なんか、あいつも大変だ。


「みなさんのおかげで、あたしたちにとっての最後の創立者祭は、とても素敵な思い出になりましたっ。…えーと、受験勉強もがんばります♪」


最後の付け足しに、生徒たちは笑った。


「それでは、これよりフォークダンスを始めます。優勝したクラスの代表の方による、聖火の点灯です」


掲げられている松明を実行委員の女子生徒が藤林姉妹に手渡す。


荘厳なBGMがかかり始めて、それっぽい雰囲気がでてくる。


杏と椋がふたりで松明を持って、薪が組まれた中央へと歩いていく。


ふたりで一つの松明を持っているせいで、ケーキ入刀みたいに見える。


ゆっくりと歩く姿に声援が寄せられる。


おめでとう、おめでとう。


…ああ、そんな声援を受けていると本当にケーキ入刀みたいだな。


椋なんかは恥ずかしそうに肩を縮こまらせているのがここからでもわかって、俺は苦笑した。


やがてふたりは着火する場所までたどり着いて、控えていた教師の指示に従って松明を薪へ近づける。


火が移り、ちろちろとした灯火がすぐに大きな炎になった。


キャンプファイヤー。


熱に浮かされたように、生徒たちが歓声を上げて、拍手をした。


もうかなり暗くなっているグラウンドに、大きな灯火が上がり、周囲を囲むたくさんの生徒たちの姿が照らされ始めた。



…。



点灯の後は、いよいよ後夜祭のメインイベント。


指示に従って生徒たちが火を囲んで大きな輪になる。


男女で組を作り終わると(ぴったり分かれるはずもなく、一部女女のペアもあったが)、聞き覚えのある軽快なメロディーが流れ始めた。


オクラホマミキサー。


フォークダンスが始まった。


体育の時間に習わされたステップで、軽快に踊る。


「とっても楽しかったです。岡崎さん、本当にありがとうございました」と、渚。


踊りながら、少しだけ言葉を交わす。


手を握って、足を振る。腕を振り上げ、礼をする。くるくると相手が入れ替わっていく。


「今日は初めてのことがいっぱいだったけど…とってもとっても、楽しかったの」と、ことみ。


「あの…ありがとうございました」と、風子。


「なんだか…もう終わってしまうというのが、ちょっと寂しいです」と、椋。


「創立者祭、こんなに楽しくなるとは思わなかったわ。文化祭も、なにかやりたくなっちゃった」と、杏。


「岡崎君、お疲れ様」「執事服、よかったよ」「もっと悪い人だと思ってたけど、いい人だったんだね」「今日は楽しかったねー」「もう終わりっていうのが、信じられない」とクラスメートの女子たち。


「あまりお会いできなくて、残念でした。また今日のお話を聞かせてくださいね」と有紀寧。


「杉坂さんと原田さんと話したんですけど、また文化祭で合唱をやろうと決めたんです。また応援してもらえると嬉しいです。…もしよければ、一緒に参加してくれても、嬉しいですけど」と、仁科。


「先輩、今日の私の河童は見なかった。いいですね、いいですね?」と杉坂。


「すごく楽しかったですから、やっぱり、部活に入ってよかったです」と、原田。


「あ、こんにちは。あの後、ナンパ、うまくいったんですか?」「岡崎朋也…。杏サマと仲がいいみたいだけど、手を出したら殺すわよ?」「先輩と撮った写真、私、焼き増しして部屋中に貼るつもりですから」「先輩が使い終わった執事服、貰えませんか? お金を出せと言うなら、払いますから!」と下級生の女子たち。


空はいつしか、夜空になった。


グラウンドを照らすキャンプファイヤーの灯り。


炎の周囲を回る生徒たちの姿。


楽しげに鳴り響く祝祭的な音楽。


いつまでも終わってほしくない夢の最後。


俺たちの最後の創立者祭の終わり…。


求め続けていた夢の行く末…。


そして、これからの。


俺たちにとっての、新たなる始まり。





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