folks‐lore 05/11



471


拍手の音で、はっとする。


顔を上げると、壇上の渚が客席に向かって深々と礼をしているところだった。


ぱたぱたと俺の脇を部員たちが通り過ぎていき、渚の横に立つ。


そんな様子を、呆然と見つめていた。


あれ…?


今、なにか夢でも見ていたような気がする…。


「岡崎っ」


ばしん、と背中を叩かれる。


「ほら、行こうぜっ」


春原が声をかけて、壇上に走っていく。能天気に客席にピースをしながら、部員の隣に並ぶ。


そうだ、たしか、終わったら最後に全員で並んで礼をするという話になっていたのだ。


いつのまにか、劇の発表は終わっていたらしい。


その間、俺は白昼夢でも見ていたのだろうか。


いや、考えても仕方がない。


既に他の部員は全員並んでいるので、急ぎ足にその隣に並ぶ。


客席を見る。


見てみると、何人もの客がイスから転げ落ちていた。


他にも、苦笑している客の姿が多い。


まあ、シリアスな雰囲気の劇の最後の最後にだんご大家族を聞かされたらこんな反応にもなるかもしれない。


「見ていただいて、ありがとうございましたっ」


渚の言葉に合わせて、一同、礼。


拍手が一段と盛り上がった。


幕が降り始める。


オッサンが立ち上がって「イヤッホォォーーーーゥ!」などと叫んでいる。


どうやら、喜んでもらえたようだった。


まあ、アホな不審者にも見えるが…。


ちらっと横を見ると、渚も恥ずかしそうにしていた。


幕が降りきる。


客席の物音が、少しだけ遠のいた。


…終わったのだ。


渚がずっと、夢見ていた舞台が。


「あの、みなさん」


渚が俺たちを見回す。


「ありがとうございました」


ぺこりと頷いた。


「よかったわよ、渚!」


「はいっ。お客さんも喜んでくれていたと思います」


「わたしも、とっても感動しました」


「渚ちゃん、とってもがんばったと思うの」


「ま、僕らが本気を出せばこんなもんだと思うけどねっ」


部員たちは渚の言葉を受けて、口々に言う。


これでとうとう、やりきった。ずっと目標にしていた夢を見終わった。


緊張していたものが一気に緩んで、笑顔がもれる。


渚も嬉しそうだ。


「次の発表もあるから、行こうぜ」


ここでのんびりとしているわけにはいかない。


背景のセットを片付けながら、舞台袖に撤収する。


そこに、幸村が待っていた。


俺たちを見つめながら、いつものように温和に目を細めていた。


「幸村先生…」


渚は幸村の目の前に行くと、深々と礼をした。


「ご指導、ありがとうございました」


「うむ。よぅがんばった」


「…はいっ」


「いい劇だった」


「ありがとうございます」


幸村は何度も何度も頷いている。


部員たちもそれを囲んで、嬉しそうだ。


それは、とても、幸福な光景だった。


…ずっと目標にしてきたこの創立者祭での発表。


俺たちは、それをやり終えたのだ。


心のうちに、様々な感情が交錯した。


俺は胸が一杯になる。


そして、だけど、片隅で。


記憶の片隅に知らない少女の微笑がちらついているような気が、する。







472


備品を隅の方に片付けて舞台袖から体育館の脇に出ると、そこにはたくさんの人が俺たちを待っていた。


「渚」


「お父さん」


まず真っ先にこちらにやってきたのは、オッサン。


娘が留年や廃部からの復活という逆境を乗り越えて夢を叶えた姿を見たからだろう、その表情は晴れやかだった。


オッサンのそんな顔を見ていると、本当にがんばってよかったという気になる。


「最高の舞台だったぜ」


「ありがとうございます」


「おまえは俺たちの宝物だぜっ」


「はい。わたしも、お父さんお母さん大好きです」


「くぅぅーーーっ、生きててよかったぜえぇぇーー」


オッサンのテンションがおかしくなっている…。


まあ、渚の晴れ舞台だ。


これくらいは仕方がないかもしれない。


「渚、今の大好きですってセリフ、もう一度言ってくれ。録音して、目覚ましにするから」


「そんな変な使い方しないでくださいっ。もう言いませんっ」


恥ずかしそうに、ぷいっとそっぽ向く。


「おい、早苗、おまえもなんか言ってやれ」


オッサンは気にした風もなく、早苗さんに話を振った。


親父と談笑していた早苗さんがこちらにやってくる。


…親父と早苗さんって、一体どんな会話をするのだろうか? 見たことない組み合わせのふたりだ。


うちの親子関係が昔は冷えていたこともあって、両親同士の付き合いは皆無だったからな…すげぇ新鮮な感じがした。


「渚、よくがんばりましたね」


渚の傍まで来た早苗さんが、娘の両手をそっと包む。


「はい」


「とってもいい劇でしたよ」


「ありがとうございますっ」


「今日は、晩御飯はおいしいものを作りますねっ」


「はいっ。でも、お母さんの料理は、いつもおいしいです」


「それなら、渚の好きなものをいっぱい作りますねっ」


「はいっ。…えへへ」


渚は嬉しそうだ。


そんな様子を見ているだけで、俺の心も和んだ。


「そうだ、よければ部員の方もお呼びして、パーティをしませんか?」


「おっ、そいつはいいなっ。パァーッと派手に打ち上げでもするかっ」


早苗さんの提案にオッサンが乗っかる。


「とっても、楽しそうです」


渚も乗り気な様子で頷くと、後ろの方で談笑している部員たちの方におうかがいをたてに行った。


「おい、小僧」


「何?」


残された俺を手招きして呼び寄せるオッサン。


「礼を言うぜ。おまえがいなけりゃ、こんなうまくはいかなかっただろうからな」


「はい。岡崎さんには、感謝をしてもし切れませんね」


早苗さんも続ける。


正直、礼をされるほどのことはしていない。あくまでも渚ががんばったからだ。


俺に功があると言われても、こちらはむしろ自分のためにやったという意識が強い。


きちんと頭を下げられても狼狽してしまう。


「いや、別に、そんな」


「何か礼をやろう」


オッサンがどんどん話を進めてくる。


「礼?」


「ああ、世話になったからな」


「いらないっす、そんなの」


「そう言うな。そうだな…」


オッサンは顎に手を当てて考え込む。


「早苗のパン、一年ぶ」


「結構です」


言い切る前に拒絶する。


「てめぇ…」


「わたしのパンが、なんなんでしょうか?」


横で聞いていた早苗さんが首をかしげる。


「一年ぶ…まで聞こえましたが」


オッサンはおそらく、早苗さんのパン一年分、などと言って俺に苦難の道を歩ませようとしていたのだろう。


だが、正直に言ったら早苗さんが悲しむことになる。


「そ、それはな…」


オッサンは冷や汗を流しながら考え込んでいたが…パッといきなり明るい表情になった。


「早苗のパン、一年ぶっ続けで食ってやるぜ、ヤッホォォーーーッ!!」


盛大に自爆していた!


「ぐあ…」


それに気付いて頭を抱えている…。


「ありがとうございます。でも、今は岡崎さんへのお礼の話ですよ」


「ああ、そんなの、なんでもいいぞ。こいつにはこないだ穴があいちまった俺の靴下でもあげときゃいい」


いきなりオッサンのテンションが下がっている…。


「言っとくけど、それゴミっす」


「プレミアだぜ?」


「どこの世界でだよっ」


「秋生さん。もう、穴は縫ってしまいましたよ」


「おっ、仕事が速いな。やっぱりおまえはサイコーだ」


「秋生さんも、サイコーですよっ」


「…」


アホアホ会話を俺はぼんやりと聞き流していた…。







473


その後。


部員たちの快諾で、今日の夜は渚の実家で打ち上げをやることになった。


友達が集まるとなって、渚も、オッサンや早苗さんも嬉しそうだった。客が好きな家族だからな。


「岡崎さん」


渚と話をしていた公子さんが、話を終えると真っ先に俺の元へやってきた。


「お疲れ様でした。さっきも渚ちゃんに言いましたけど、とってもいいお話でした」


「ありがとうございます。あいつが頑張ったからですよ」


「渚ちゃんは二回目の三年生で、苦労も多いかと思っていたんですが…強い子ですね」


「ええ…」


公子さんは目を細めて渚の方を見やった。


渚は芽衣ちゃんと楽しげに話をしている。


「岡崎さん」


公子さんは再びこちらに向き直る。


にこりと笑顔で俺を見る。


「少し、お話をしませんか?」



…。



「あれから少し、学校の中を見て回っていたんです」


少し離れた場所…植え込みの段の縁に腰掛けて言葉を交わす。


ふたり、喧騒の方を眺めながら。


「やっぱり、こういう活気のある場所に来ると、元気付けられますね。私は最近は病院に行ったり家のことをやっていて、静かに暮らしていたので」


「…」


公子さんは、一体俺に何の話があるのだろうか。


渚についてのことかもしれない。


あるいは…と、悶々と考え込んでしまう。


そんな俺の様子を見て、公子さんは柔らかく笑った。


「学校を見て回って、顔見知りの先生たちに挨拶して…お話をしている中で、気になる噂を聞いたんです」


「噂…?」


「はい。今、この学校に、風子がいるって…」


「…」


目を閉じてその名を愛おしく呼ぶ公子さん。彼女の顔をじっと見る。


「お友達と一緒に、元気に学校を駆け回っている…そんな噂です」


公子さんはこちら見て、にっこりと笑う。


どことなくはかなげな笑み。公子さんは、今、一体どんな心中なのだろうか。


妹の噂を聞いて、嬉しいのだろうか。あるいは、根も葉もない話だと思って、呆れているのだろうか。


「岡崎さんには、前に一度お話したことがありましたね。風子は、私の妹です。事故に遭ってしまって、今はまだ病院で眠り続けています」


俺は黙り込んで、公子さんの言葉を聞いていた。


よほど、それは本当だと…風子はここにいるんです、と言いたかった。


だが、それを口にすることはできなかった。


そんなことを言っても、公子さんに風子の姿は見えていないのだ。


俺の言葉はうつろに響くだけだろう。


「もちろん…そんなはずはないって、わかっています。私は、毎日あの子の寝ている顔を見ているので」


仲のよかった姉妹。


その眼差しが、今は重なり合わない。


「あの子は、長い間眠り続けていて…きっと、長い夢を見ているんじゃないかと思っているんです。それは、通えなかったこの学校を駆け回っている夢なんじゃないかって」


「あの…」


俺はおずおずと口を挟む。


「その妹さん、容態はどうなんですか?」


「安定していますよ。あの日から、ずっとそうなんです。急に良くなるかもしれませんし、その逆もあるかもしれません」


「そうですか…」


風子の霊体(?)が活動しているせいで本体(?)に影響があるかとも思ったが、そんなことはないようだった。


「むしろ…最近のあの子の表情は、なんだか楽しそうな気もします」


「楽しそう?」


「はい。なんだか、笑っているような…そんな気がするんです」


「そうですか…」


それはきっと、いいことだろう。


「素敵な夢を見ているんだと思います。きっと、たくさんの友達に囲まれて…」


「きっと、そうですよ。ファンクラブなんかもいるかもしれない」


「そうかもしれませんね」


公子さんはくすくすと笑う。


「もし…」


だが、やがて、彼女の表情は神妙なものになった。


「あの子が本当にこの学校にいるなら…岡崎さんも、風子の友達になってくれますか?」


公子さんが俺を見る。問いかけるような表情だった。


…きっと、公子さんは風子の話を誰かに聞いていて、何が起こっているのかよくわからず、混乱しているのかもしれない。


その中で、彼女の希望を叶える一縷の望みを感じているのかもしれない。


「ああ…もちろんです」


俺は力強く頷く。


「あんな楽しい奴、他にいないですから。友達以上かもしれないです」


なにせ同居人なのだ。友達以上、家族未満。よくわからない距離感、くすぐったいような距離感。


俺の返事を聞いて、公子さんはにっこりと笑った。ぽん、と軽く手を合わせる。


「…それじゃ、恋人ですかっ」


「そっち!?」


とんでもない勘違いをされていた!


「いや、あの、そういう意味じゃないっす」


「そうなんですか。岡崎さんみたいに素敵な人が恋人になったら、あの子、とっても喜ぶと思ったんですけど」


「すげぇ罵倒されそうです」


「そんなことはないですよ。あの子、照れ屋なので」


「はぁ…」


まるで、公子さんも風子がここにいると確信しているかのような口調だった。


そう信じたいから、ということなのかもしれない。


俺は渦中の人物、風子の姿を探す。


風子は少し離たところで宮沢と喋っていた。俺が公子さんと話しているのに気付いてもいない様子だった。能天気な奴だ。


だが…


風子の努力はきっと、徒労に終わってなどはいない。


彼女の努力が噂を呼んで、公子さんまで届いている。


ふたりの距離は直接触れ合わないけれど、それでも少しの繋がりさえもないというわけではない。


「公子さん、噂の内容って、どんなものなのか聞いていますか?」


「はい…」


静かに頷き、言葉を続ける。


「あの子が、私の結婚式をお祝いしてくれようとしているって…」


その口調は、愛しげなものだった。


「大好きなヒトデを自分で彫刻で作って、それをプレゼントして回ってるって…」


眠っているはずの妹が、どこからか祝福してくれている。


「とても、人見知りの子だったのに…」


それが彼女の心に暖かなものをもたらしてくれている。


「岡崎さん」


「はい」


「岡崎さんは、私をこの創立者祭に誘ってくれた時…私の結婚の予定のお話をしましたよね」


「はい…」


「まだ誰にもそのことは話していなかったのに、岡崎さんはそのことを知っていました」


「…」


ついに無言になる俺。


公子さんにその話をした時は、風子と顔を合わせてハッピーエンドというのを考えていたので、今のような状況はまったく想定していなかった。


ええと…。


もしかして、俺は今問い詰められているのだろうか?


詰問というには穏やかな空気ではあるが。


「それは、誰に聞いたんですか?」


「…」


ヤベェ…


「それをお話してくれるって、この間言っていましたよね?」


「…」


マジヤベェ…


公子さんが穏やかに笑って俺を見ている。


だが、含むものを持っている俺はだらだらと汗を流し続けるしかない。


どう言えばいいのだろうか?


正直に言うのは無理がある。


嘘を付くのも気が引ける。


言えませんと言うのは不誠実だ。


他に何か選択肢はないだろうか。うまくこの場をとりなす言葉は。


「…くすくす」


そんな俺の様子を見て、公子さんが笑う。


「いいんですよ、岡崎さん」


優しい口調だった。


俺をとがめる様子は微塵もない。


ああ…。


きっとこの人は、すべてをわかっているのだ…。


「…とても、不思議なお話です」


公子さんは遠くに視線を向ける。


向こうの方では、まだまだ部員たちが輪になって歓談している。本番を終えて興奮した雰囲気で笑い合っている。


「今日、この学校に来て、いろいろなお話を聞いて、渚ちゃんの演劇を見て…決めました。私、幸せになります」


「公子さん…?」


俺が彼女の名を呼ぶと、こくりとしっかり頷いて返事をしてくれた。


「私、結婚します」


「…」


それは、俺と風子が求めてやまない言葉だった。


おめでとう、ありがとう、お幸せに、さまざまな言葉が頭の中を乱れて飛んだ。


風子、と俺は思う。


おまえの努力は、実を結んだんだぞ。公子さんは、結婚することを決めてくれた。


…未来は変わったのだ。


おまえは、未来を変えたんだぞ。


嬉しくて、叫びだしたいような気分になる。今すぐに駆け出して、風子にこのことを伝えてやりたい。


「岡崎さんにも、お祝いしていただければ、とても嬉しいです」


「もちろんです。おめでとうございます」


「ありがとうございます。といっても、これから色々決めることがありますけれど」


「そうっすね」


俺も既婚者だが、結婚式というものは正直よくわからない。


自分もしなかったし、呼ばれたこともなかったし。


「でも、結婚式を学校でやるなら日曜とか早く予約しないといけないですね」


「え?」


「…え?」


顔を見合わせる俺たち。


こちらは自然に話をしていたのだが、公子さんにとっては意外だったのかもしれない。


「結婚式を、学校でですか?」


「違うんですか?」


風子から、公子さんのたっての願いで学校での挙式となったと聞いている。


だが、今の公子さんはまだそこまで考えていないのかもしれない。


そう思い当たり、失言だったかと後悔する。


「いえ…たしかに、それももしできるならいいな、とは考えていました。私にとって、この学校は思い出の場所ですから」


「それなら、どんどん決めちゃいましょう。せっかく学校に来たんですから」


だが、公子さんはそこまで気にした風でもなく、安心する。


俺は息せき切って話を続けた。


風子にとっても、式は早い方がいいはずだ。


十分なヒトデが行き渡り、生徒の間でも結婚式の話題が薄れてしまう前に。


こういう学校の事務的なことは誰に聞けばいいのかと思い…幸村の姿を目にする。


じいさんなら、きっとそういう話がわかるだろう。少なくとも、どこかに話を繋いでくれるはずだ。


「おーい、じいさん!」


向こうの方にいる幸村を大声で呼ぶ。


…すると、オッサンがすごい勢いでこっちに走ってきた。


「テメェ、この俺のことをじいさん扱いとは、いい度胸じゃねぇかっ」


「あんたは呼んでねぇよっ!」


オッサンに全力でツッコミを入れた。


この人は、呼ばれたらとりあえず返事するらしい。


傍迷惑な習性だった。


「ちっ、走って損したぜ」


帰っていく…。


アホな人だ…。


でも横で公子さんは笑っていた。



…。



「なんじゃ、一体…」


少し遅れて、幸村がこちらにやってくる。


「幸村先生。ご無沙汰しております」


「む、あんたは…」


「伊吹です。直接お会いするのは、私がこの学校を離れて以来ですね」


「うむ、よく覚えとる。それで、なんじゃ」


「じいさん、この学校で結婚式を挙げられないか?」


「結婚式?」


「はい。私、結婚するんです」


「そうか…おめでとう」


幸村は柔和に目を細める。


そして、俺と公子さんを見比べる。


「しかし、ちと年齢が離れておるの」


「相手は俺じゃないっ」


「岡崎さんには、きっと別にもっと素敵な人がいますよ」


公子さんは楽しそうに笑いながら、部員たちの方に目をやった。一体誰のことを思い浮かべているのだろうか、この人は。


「わがままなお願いかもしれませんが、校長先生や教頭先生に掛け合っていただけないでしょうか」


「うむ…。できるとは言えんが、掛け合うだけならの」


「サンキュー、じいさん」


「うむ。しかし…」


そこでわずかに言葉を濁す。


「たしか、あんたがこの学校を辞めたのは随分前じゃろう。多くの生徒はもう卒業しとる…」


多くというか、渚以外は、だ。


「そうですね。でも、私にとっても相手の方にとってもこの学校は思い出の場所ですから」


「なら、よいが」


「大丈夫ですよ」


俺は口を挟む。


「きっと、この学校の生徒たちは、二人を祝福してくれると思います」


「岡崎さん…?」


「そのために、今までがんばってきた奴がいるんです」


「そうですか…」


彼女の心中には、今、姉の結婚のために駆け回っている少女の噂が思い浮かんでいるのだろう。


その柔らかな笑みを見て、俺は思う。


風子、と俺は思う。


幸せな光景は、すぐ傍までやってきているんだぞ、と。




back  top  next

inserted by FC2 system