426
資料室に入ると、渚と風子とことみが既に来ていた。少し待つと、有紀寧もやってくる。
「先ほど仁科さんたちに会いまして、今日はお昼はクラスの方で食べるみたいですよ」
机の上に昼食のサンドイッチを用意しつつ、そう言う。
合唱部連中も部活と同時にクラス展の準備に手を貸している。きっと向こうは向こうで忙しいのだろう。先日クラスの準備が遅れている、というような話もしていたし。
時期からしても、それは致し方ない。
「杏と椋も準備してたよ」
「そうですね、明日の設営を、色々やらないといけませんから」
今日は、これで全員か。
俺、渚、ことみ、風子、有紀寧、春原。
…人数が半減して随分寂しくなったような感じがするものの、それでもこれだけ集まれるのだから大したものだと思う。
初めは、たったふたりから始めていったのに。
ひとつの目標に向かって。そして夢に向かって。その本番はいよいよ明日と迫っている。
「…それでは、いただきましょうか」
いただきます、と渚がいつものように号令をかけて、昼食を食べ始める。
春のうららかな午後。
「有紀寧ちゃんは、クラスの方はいいの?」
購買のパンをかじりながら、春原が聞く。
「はい、わたしはほとんど裏方みたいなものなので。部活の方を優先していただいているんです」
「BGMか何かやるんだっけ?」
たしかそんなことを言っていたような気がする。
「はいっ。朋也さん、覚えていてくれたんですね」
有紀寧は嬉しそうに笑う。なんだか、照れる。
「わたしは、リハーサルが終わった後からクラスの方のお手伝いをしようと思っています。クラスのみなさんは部活があるから構わないと言ってくれているんですけれど…」
真面目な奴だった。
「わたしも、そう思いますっ」
渚も同意する。
渚には部活の主役なんだから他のことに気をとられたりはしないように、という杏の厳命が下されている。
おかげで、彼女はウエイトレス役などは振られていないし、直前にわざわざクラスの準備までしなくていいと言われている。
だがそれでも、手伝ってきたクラスの準備から外されたような感じがして、それはそれで気兼ねしてしまうのかもしれない。
「でも、渚ちゃんは手伝いはもう終わりなんでしょ?」
「そうなんですけど…」
「…なら、リハーサルの後にクラスの手伝いに来るか?」
俺はそう提案する。
「でも、杏ちゃんに最後は休めって言われいるので、怒られてしまいます」
杏は渚のマネージャー稼業も始めているようだった。あいつ、色々と手広すぎだ。
「渚ちゃん」
それでも後ろ髪ひかれるような渚の顔を見て、ことみが声をかけた。
「それなら、一緒に杏ちゃんにお願いするの」
「お願い?」
「うん」
ことみはこくりと首を振る。
「みんなのお手伝いをしたいから、許してくださいって。そうしたら、きっと杏ちゃんもわかってくれると思うから」
許してくださいって…。
俺はそれを聞きながら苦笑する。
だが、杏の気遣いに背いてでもクラス展の準備に手を貸すことは、決して悪いことばかりでもないだろう。遠慮して気兼ねしてしまっているよりはいい結果になるということもありうる。渚の性格を思うと、その方がいい気さえする。
「俺も、一緒に頼んでみるよ」
「それじゃ、僕も僕も」
尻馬に乗るアホふたり。
「はは、それじゃ、わたしも一緒にお願いしましょうか?」
「むしろ、風子のヒトデで取引ということもできると思います。これくらいのお願いなら…一ヒトデで十分でしょう…」
「全然価値がわからないからな、それ」
なんかすげぇ安い取引っぽいけど。
「…ふふ」
渚はそんな会話を見て、嬉しそうに笑う。
「みなさん、ありがとうございますっ」
ぺこりと一礼する。
「みなさんが、せっかく気を遣ってわたしが準備しなくていいようにしてくれたんですけど…でも、わたしも、やっぱり皆さんと一緒に最後の準備をしたいです」
珍しい、渚の我侭。
でも俺は、それを好ましく思った。
「ああ、任せておけ」
だから、そう答える。
彼女にしてやれることがあるならば、俺は助けを躊躇するつもりはなかった。
そうして、リハーサルの後の準備の話から、話題は差し迫ったリハーサルへと移っていく。
これからやることになるリハーサルの持ち時間は20分ほどだ。
随分と短いような気もするが、他の発表のリハーサルも矢継ぎ早に行わなければならないため、仕方がないのかもしれない。
こっちは事前に幸村から機材の説明を聞く必要があるし(主に音響の春原だが)、前のリハを見て感じをつかみたいというところもある。早めにリハ会場の体育館に行っておきたいところだ。
とはいえ、まだしばらくリハーサルまでは時間があった。
それまで練習をするといってもこの段階であまり根をつめると逆効果かもしれないし、発声練習などの下準備などをしておくくらいだろうか。
…それも渚の準備で、他の部員はあまりやることがないのも実際だ。
「渚ちゃん、緊張してる?」
当然だが、どことなくそわそわした様子の渚。
春原が気遣うように声をかけた。
「は、はい。今度は色々な方に劇を見てもらうので…」
「ま、そうだよね。僕はそういうの、目立ちたくなっちゃうタイプだけどね」
調子に乗りやすいタイプとも言える。まあ、こういう舞台に上る場面ではそういう特性はむしろ必要なのかもしれないけれど。
「もう、悪目立ちしてるだろ」
落ちこぼれとしての悪名だ。
「ははっ、そりゃ、僕たち札付きのワルだからねっ」
「僕…たち?」
俺も含まれているのだろうか。やめてほしい。
「というか言っとくけど、もし札付きだとしても、その札には『アホ』って書いてあるからな」
「まさか。『恐怖』って書かれてるよ」
「…」
俺は『恐怖』という文字が書かれた札を胸に下げた春原(ドヤ顔)の姿を想像してみる。
それも十分アホみたいだった。
「全然しまらない姿になりそうだな…」
「そう?」
「それなら、『ワル』って書いておけばいいと思うの」
ことみが名案とばかりに言った。
「それなら、とってもわかりやすいですねっ」
有紀寧が乗る。
これが悪乗りなどではなく、天然なのが恐ろしい。
「いえ、そんなことはないですっ。春原さん、とても優しいですから、その札には『優しいです』って書いたほうがいいと思います」
「いや、優しい奴はそんなこと書かないと思うんスけど…」
「それなら、方向性を変えて『チケット譲ってください』なんてどうでしょうか」
急にコンサート会場の外にいそうな感じになった。
「いや、『殴られ屋 1回100円』とかどうだ?」
「どうだもこうだもないわっ。譲ってくれって、何のチケットだよっ。別にほしくねえよっ。それに殴られ屋なんてやらないし、そもそもそれで1回100円って安すぎるだろっ! …ていうか、ツッコミどころ多すぎるだろっ!」
「わ、春原くん、すごい」
「見たかことみ、これが大技の連続ツッコミだ」
「私も、いつかこんなツッコミをしてみたいの」
「って、あんたらすげぇ呑気ですねぇっ!」
そう言って、疲れたのかはあはあと肩で息をする。
「あ、終わった?」
「もうどうでもいいっす…」
「いえ、春原さん、とてもすごかったと思いますっ」
「そりゃ、ありがとね…」
アホな会話で、少しは渚の気も紛れればいいが。
夢や目標というのは、ある意味越えるべき壁のようなものだ。それを目前にして、躊躇してばかり入られない。
進まなければ、未来はないのだ。
その歩みの一助になってやれれば、それでいい。
俺はそう思った。
427
昼食をすまして、その後旧校舎三階の部室に上がる。
途中、向かいにある新校舎の方を見てみると、中で生徒たちが机を動かしている姿が見えた。
俺たちは足を止めてそれを見る。
「あれ、なにやってんの?」
春原が向かいを行き交う生徒たちを見て不思議そうに言う。
「他のクラスに、机を動かしているみたいですね。クラス展などの発表で教室を使う時に備品が邪魔になってしまいますので、使わない所に一時的に動かすんです」
有紀寧が説明してくれる。
「ふぅん…」
たしかに、自分の学生時代を思い起こすとそんなことをやっていたような気もする。大抵は面倒だからと逃げ回っていたが。
下の中庭に視線を移すと、おそらく資材倉庫から出してきたのだろう長机や遮光カーテンなどの資材が並べられ、そこに生徒たちが群がっている。
あれらの資材は事前申請の上の貸し出しだったはずだ。喫茶店の方でそんな申請書を書いたような覚えがある。
その人の輪の中で智代が役員らしき生徒に囲まれてなにやら指示出しをしている姿が見えた。その姿は人の輪の中心にいて、ここからでもよく目立つ。生徒会長として、色々と仕切りがあるのだろう。
傍から見ているだけで、随分忙しそうな姿だった。
生徒会長になって早々こんな大きなイベントがあるというのも大変だな。
「坂上さん、とてもお忙しそうですっ」
渚も同じように智代を見つけたのだろう、そう言う。
「ああ、さすが会長だな」
「なになに? 智代の奴、あそこにいるの?」
「ほら、あの机が置いてある横のところ」
「あ、ほんとだ。って、会長までいるよ…」
春原は顔をしかめる。
そう言われてみると、たしかに生徒会長の姿がある。というか正確には、前会長だが。
智代の横に立って指示を出したり時折智代とも言葉を交わしている。経験者として、フォローに回っているのだろう。
俺は、昨日少しだけ交わした会話を思い出す。
…多少、俺への態度が軟化したような気もするが、よくわからないな。
ぼんやりとそんなことを考えていると、智代が気が付いたように顔をあげ…こちらを見上げる。俺たちが上の階から様子を見ているのを目にすると、小さく手を振ってみせた。
あいつ、視線で気付いたのだろうか。
渚は笑ってぱたぱた手を振っているが、俺はむしろ智代の察知能力が底知れなくて冷たい汗が出る。
「へへっ、どうやらライバルが見ていることに気付いたみたいだね。なかなかやるじゃん」
「照れるぜっ」
「いや、それ、僕のつもりだったんだけど…」
アホな会話をしている内に、智代は再び作業に戻っていた。
「坂上さんががんばっているのを見ると、わたしもがんばりたいって思います」
「ああ、そうだな」
傍から見ても溌剌として充実した様子で、たしかに元気付けられる姿だ。
あいつもがんばっているのだ、こちらもだらけてなどはいられない。そう思わせる力が、智代にはあった。
「がんばれ」
「はいっ」
俺たちは連れ立って部室へ入り、渚は待ち受けるリハーサルに向けて練習と下準備を開始する。
時間は、もうあまり残されていないのだ。
428
その後やってきた幸村も加えてしばらく部活をしていると、やがて仁科、杉坂、原田がやってくる。
今までクラスの方の手伝いをしていたらしい。
「遅れてしまい、すみませんでした」
「クラスの方は終わったのか?」
聞くと、仁科は苦笑して頭を振った。
「いえ、まだです。でも、リハーサルの前にちょっとは練習したいので、抜けさせてもらいました」
たしかに、そりゃそうだ。何も準備せずリハーサルに向かうわけにもいかない。
「それにクラスもPRのリハーサルがあるので作業は中断してるんです。今は部活をしても大丈夫です」
「ふむ…。それでは、時間もないし手短に発声練習をするかの」
「はい、よろしくお願いします」
渚と色々話し合っていた幸村が、今度は合唱の方の指導に移る。
それからは、渚は飲み物を飲んだりと小休止。
そうしているうちに杏と椋もクラスの方からやってくる。うちのクラス展のリハーサルはかなり早い順番だったようで、もう終えてきたところらしい。話を聞くと、割と順調にいったみたいだった。
そうこうしているうちに、部活のリハーサルの時間が迫ってくる。
俺たちは背景などの備品を持って、体育館との間を往復して、あっという間にリハーサルの時間がやってきた。
部室に戻って持っていき忘れがないか確認した後、俺たちは連れ立って体育館へと向かう。
「…あの、岡崎さん」
「なに?」
道中、仁科がこっそりと声をかけてくる。
「さっき、みなさんで話していましたけど、リハーサルが終わったらそのままクラスの方に行くんですか?」
「そうだけど」
鞄もクラスに置いてあるから、とりあえず部室に戻ってくる予定はない。
「あの、ひとつお願いがあるんですけど」
仁科はなんだか、恥ずかしそうにしている。
「リハーサルが終わったら、部室に来ていただいてもいいですか?」
「…そりゃ、いいけど」
「ありがとうございます」
俺の答えを聞くと、仁科は安心したように笑った。
「何の用事?」
「ま、まだ秘密です」
照れたように笑ってごまかす。
「ま、いいけど」
…彼女から俺に、一体どんな用件なんだろうか。
リハーサルのことばかりを考えていたが、俺はついつい、仁科の用事というものも気にしてしまった。
429
体育館に着く。
まだ他の発表のリハーサルをしているようで、すぐに出番ということはない。
見るともなしに舞台の上を眺めていると、すぐに生徒会の役員が声をかけてきた。
「幸村先生。リハーサルですか?」
「うむ。歌劇部のリハーサルできたんじゃが。合唱と、演劇じゃの」
「はい。今、前の人たちが始まったところです。ええと…あれが終わったら合唱で、次が演劇ですね」
手に持った資料を見ながら言う。
「前のリハーサルが終わりそうになったら、上のあの舞台袖のところまで来てください。ええと、時間は合唱が二十分から四十分まで、演劇が四十分から三時までですね」
時計を確認すると、演劇のリハーサルが始まるまで、あと三十分はあるようだった。
朝にリハーサルを見に来ると言っていた智代の姿がないと思っていたが、まだ時間があるからだろう。
「それでは、春原。おぬしには照明の使い方を教えておかんといかん。わしと一緒に来い」
「うええぇ…」
春原は露骨に嫌そうな顔をする。
「ちっ、面倒だけど、仕方がないか」
だが、意外に物分りがいい。多分、やらないでおくと他の連中にまで迷惑がかかる(そして杏にどつかれる)ことがわかっているから、ほっぽり出したりはしないのだろう。
一応、責任感は持っているようだった。
「砂粒一粒分くらいだろうけど」
「ん? 何?」
「いや、なんでも」
つい口に出していた。適当にごまかす。
「春原さん、がんばってください」
渚がエールを送る。
「うん、わかったよ。華麗に照明をさばいてみるよっ」
「さばくなよ」
俺はツッコミを入れておく。
「おぬしらは、しばらく待っていてくれんかの」
幸村は俺たちにそう言って、歩き出す。自由時間というところか。
「僕だけ練習かよ」
春原は嫌そうな顔をした。
「しかもじいさんとって、すげぇ色気ないし」
「ほっとけ」
「ねぇ岡崎、一緒に照明をさばこうぜっ」
「だから、さばくな。というか、色気を求めて俺を呼ぶな」
その流れだと、女子に同伴を頼む場面だと思う。
「岡崎、色気たっぷりだぜ? 頼むよ、おまえがいたほうが楽しいしさ」
「おええ…」
俺は吐くようなジェスチャーをしながら、春原を見捨てた。
春原は幸村に連れ去られていく…。
「いいんですか?」
そんな哀れな姿を見て、渚が戸惑ったような顔になっていた。
「いいんだよ。ひとりの方が、真面目に説明聞くだろ」
そもそも照明など、せいぜいどのボタンがどの照明か…という程度の説明だろうから、大したものでもない。
時間が来るまで各自自由時間となる。
とはいえ、体育館を離れるわけにもいかないだろう。
俺は改めて体育館の中を見回してみる。
いよいよ明日が本番だから、すでに床にはシートが敷かれ、生徒たちがパイプイスを並べている。総務委員か何かだろうか。
端の方では教職員と生徒が色々と話し合いをしている。多分あれは、生徒会の人間だ。
中は結構騒がしいし、、今も設営中。それに当日は閉め切って舞台上以外は真っ暗になるところが、今日はすべての扉が開け放たれて明るい。
何から何まで当日どおり、というわけには当然いかない。
「…」
そんな騒がしさの中、渚は静かに壇上を見つめていた。
もうしばらくすれば、自分が立つ舞台を。
今は他の部活が楽器の演奏をしている。時折演奏を止めて機材をいじったり、打ち合わせをしたりしている。
周囲で準備をしている生徒たちはちらちらとステージを見てしまうから、観客が少しもないというわけでもない。実際、壇上の生徒たちも緊張している様子だった。
「さっき、クラスの方のリハーサルをやってきたんです」
渚と一緒に舞台を見ていると、椋が声をかけてくる。
「あたしたちもクラスで練習とかはしてたけど、やっぱり実際にあそこでやってみると、色々違うわよ」
「へぇ…」
「渚ちゃん、大丈夫?」
藤林姉妹の言葉が聞こえていないかのように立ち尽くしていた渚に、ことみが声をかける。
渚はそれに弾かれたように顔を上げて、すぐに照れたように笑った。
「はい、大丈夫です。少しボーっとしてしまいました」
「本番は客席が暗いから、今日の方が見られてるのがわかる分、緊張するかもね」
杏の言うことももっともだった。
少なくとも、俺はこの舞台に上がって人目にさらされるのはかなり抵抗がある。
「今日はいくらでも失敗できますから、リラックスしてください」
「はい。渚さん、とてもがんばっていましたからきっと大丈夫ですよ」
椋と有紀寧も渚を励ます。
「ありがとうございます…っ」
胸に手を当てて、感じ入ったようにそう言う渚。
「…応援してる」
俺も、そんな姿を見て言葉が溢れる。
「がんばれ、渚」
「…はいっ」
渚は、励まされたように笑った。
なんとなく照れくさくなって、俺は彼女から視線を背ける。
壇上を見やる。
もう、あの舞台は近い。
俺たちが見ていた夢。その場所は。
すぐ傍までやってきていたのだ。
430
少しして、仁科、杉坂、原田の三人は合唱のリハーサルのために舞台袖に行ってしまった。それとほぼ入れ替わりで、春原が帰ってくる。
「どうだった?」
「なんか、意外に地味っていうか、ボタンを押すだけだったよ…」
拍子抜けしたような表情。
「もっとこう、照明を手に持ってぐいぐい動かすようなのを想像してたんだけど」
「高校の体育館に、そんなすげぇのはないだろ」
「ま、そういやそうだね。でも、とりあえず大丈夫だと思うよ。僕の場合は、段取り見ながらやればいいだけだから」
「そうだな」
壇上の渚はセリフなどを暗記していなければならないが、脇の人間にはそれは求められていない。
照明・音楽・効果音などの演出全般は問題ないだろう。
背景の交換とかはやってみないとという感じではある。まあ、換えるだけだから大丈夫だとは思うが。
春原は照明の練習がどんなものだったか言いたいだけ言うと、フラッとどこかに行ってしまった。トイレかなにかだろうか。
ともかく、残された俺はぼんやりと壇上で合唱の連中が立ち位置などの確認をしている姿を見ていた。
「岡崎」
「?」
声をかけられて、振り返る。
見ると、バスケ部の部長の姿があった。他に、何人かバスケ部の部員らしき姿がある。外から入ってきて、一直線に体育館の倉庫の横の扉に向かう。確かあそこは、バスケ部の部室だったか。
「何やってんだ?」
「部活。今日は外でやってたんだよ」
見てみると、かなり汗をかいていた。大方、走りこみでもやらされていたのだろう。
「汗臭いから近付くな」
「ひでぇな、おい」
冗談めかしてそう言うと、相手も苦笑する。
「おまえらは部活か?」
「リハーサルだ」
「ああ…」
納得したような顔になる。
「演劇と、あと合唱だったか。あの子たちが合唱の奴ら?」
壇上を見ると、合唱の三人が壇上で声出しをしていた。すぐ横で幸村が色々と指示出しをしている。
「ああ」
「へぇ、可愛いじゃん」
「まあ…」
俺は曖昧に同意して彼女らを見る。
性格に難のある奴も何人かいるけど。
「ていうか、岡崎の部活の女子、みんな可愛いよな」
俺たちふたりは、並んで壇上の合唱、少し向こうにいる演劇の部員たちを見てみる。
まあ、そうかもしれない。
「選び放題だな」
バスケ部部長は冗談めかしてそう言った。
「選ぶも何も…」
俺は呆れてため息をつく。
選ぶも、何も。
そんな様子を見て、相手は笑った。
「それじゃあな」
そう言うと、さっさと踵を返して行ってしまう。
俺はぼんやりと、その後姿を見送った。