folks‐lore 05/08



390


目を覚まして、ぼんやりする。


朝。


思いつくままに今日のことと、これからのことを考える。


一日一日と創立者祭の本番は近付いて、気付けば明々後日。


もうすぐ、本番。運命の日が来るのだ。


長かったような気がする。あっという間だったような気もする。


そんなことを考えていると、唐突にドアが開く。


風子が遠慮もなしに入ってきた。


「あ、岡崎さん、起きてたんですか」


目を開けて天井を眺めていた俺の姿を見て言う。


「おまえ、せめてノックくらいしろよ。もし俺が着替え中だったりしたらどうするんだ」


「特に何も思いませんけど」


「ま、そうだな」


逆なら問題が。


俺は体を起こす。


今日も一日が始まる。


「飯作る。先に下りて待ってろ」


「はい、そうします」


風子は俺の言葉に素直に従った。







391


いつものように、風子と並んで通学路を歩く。


「ふあ…」


「岡崎さん、眠そうです」


あくびをすると、風子がそれを見て簡単な感想を言った。


「ああ、まあな…」


昨日渚の家で色々あって、なんだかんだ気疲れがあるのかもしれない。


オッサンたちと食卓を囲むのは懐かしいけれど、下手を打たないように気を遣っていたからな。


「あの、やっぱり、毎朝ご飯を作るの、大変ですか?」


が、風子は別のことを考えているようだった。


「そりゃ、大変ではあるけど…。なに、おまえが作ってくれるの?」


実は毎朝飯を作ってもらうことに気が咎めているのだろうか。意外に繊細な奴だった。


「岡崎さんが大変というなら、時々作ってあげてもいいです」


「おまえ料理できないだろ」


「そんなことはありません。風子、あの子はなんて家庭的な子だろうってよく言われます」


「誰が言ってる、そんなの」


俺は思わずツッコミを入れる。すげぇ嘘っぽいんだが。


「たとえば、どんなところが家庭的なんだ?」


「ヒトデのプレゼントを作れます」


「…」


それは家庭的とは言わない。というか、料理の話から離れているのはいいのだろうか。


「ま、期待してるよ。近いうちに、頼む」


俺はせせら笑いを交えながらそう言っておく。


「岡崎さん、全然期待している感じじゃないです」


「全然、そんなことはないぞ」


不満そうな風子を適当にいなしながらいつもの道を歩く。



…。



「あ、朋也さんにふぅちゃん、おはようございます」


途中で、偶然宮沢に行き会った。


彼女は俺たちを見るとにっこり笑って頭を下げる。


「ああ、宮沢。おはよ」


「ゆきちゃん、おはようございますっ。聞いてくださいっ、今日も朝から岡崎さんが酷いですっ」


「おまえ、さっそく宮沢に助けを求めるなよっ」


今日も、などというと毎日俺がこいつに酷い仕打ちをしているみたいだ。


「はは、朋也さん、ふぅちゃんにどんなことを言ったんですか?」


さっそく騒ぎ始める俺たちを見て、宮沢は楽しそうに笑った。なんだか、いつもの感じがしてこれはこれで心が落ち着く。


三人、肩を並べて歩き始める。



…。



「あの、昨日は部活をお休みしてしまってすみませんでした」


歩きながら、宮沢は申し訳なさそうな顔でそう言った。


「いや、気にしてないって。おまえも用事があったんだろ?」


「はい、そうですけど、部活も大切な時期ですから…」


そうは言うが、今はもう渚の演技の最終調整という段階に入っているので、他の部員がやることはあまりないのが実情。いてくれればありがたいが、必須というわけでもない。


「ていうか、他のやつらも昨日は別のことをしていたし、気にするな」


藤林姉妹はクラスの方をの仕事が押していた様子だったし、ことみはヴァイオリンの練習をしていた。いつものことだが、風子も外に出ていたし。だから、彼女だけが勝手をしているということはない。


「ありがとうございます」


少しは気がまぎれたのか、そう言うと宮沢は軽く笑う。


「…宮沢、ちょっと疲れてる?」


俺はそんな様子を見て、つい聞いてしまう。なんとなく、いつもよりも元気のない感じがする。


「いえ、平気ですよ。ただ、明日の件でここ何日かはいろいろ用事がありまして」


「そうか。あまり無理するなよ」


「はは、すみません。…もしまた疲れたら、朋也さんに膝枕をお願いしてしまうかもしれませんね」


冗談っぽくそう言うとくすくすと笑う。


その笑顔を見て、俺は少し安心した。


「膝枕ですか?」


横で話を聞いていた風子が首をかしげる。


「はい。この間、朋也さんに膝枕をしてもらったんです。とっても気持ちよくて、ついつい眠ってしまいました」


「…」


そう説明されると、気恥ずかしい。


「ふぅちゃんも朋也さんに膝枕をお願いしてみたらどうでしょう」


いらない提案までし始める。


「岡崎さんに膝枕なんてされたら、油断している隙にエッチなことをされそうです」


俺はどれだけ邪悪なイメージを持たれているのだろうか。


「言っとくけど、おまえがガーガー寝ていても手を出したりしないから安心しろ」


「そ、それは…大切にしてくれているということでしょうか…?」


「ちげぇよ…」


なにを勘違いしているんだ、こいつは。


というか、こんなやり取りは前にもしたような気がする。


「はは、やっぱり仲良しですね」


「おまえの目にはそう見えるのか…」


「風子、岡崎さんとは敵同士です。いつも、相手の隙を狙っていて心が安らむ暇もありません」


「ものすごい因縁だな、それ…」


「やっぱり、とても仲良しだと思いますよ」


俺と風子のやり取りを見て、宮沢は朗らかに笑った。


「そういえば、あの、朋也さん。明日のことですけど」


「ああ、宮沢に付き合うって約束だったな」


「はい。明日、お昼休みの後で資料室に来てください」


「ああ、わかった」


「すみません、午後の授業に出れなくなってしまいますけど…」


「いや、心配いらない。どうせ出ても寝てるだけだし」


「はは、授業はちゃんと聞かないとダメですよ」


やんわりとそう言う。


俺は説教されるのは当然嫌いだが、宮沢にそう言われても全然不快ではなかった。


「そうです。岡崎さん、真面目に授業を聞いてください」


「てめぇ、授業を受けてない奴がよく言うな…」


こいつに言われるのは怒髪天モノだが。


人徳の違いということだ。



…。



「ここ何日か、色々な方と会う機会があったんです」


「明日のことの準備で?」


「はい」


宮沢はぽつりぽつりと話し始める。


「それで、劇のお話のことを覚えている方がいないか聞いてみたんですけど…」


「いたのかっ?」


つい、意気込んでしまう。


だが、宮沢はふるふると首を振ってそれを否定した。


「いえ…」


「そうか」


すでに手詰まり状態は見えていたから、そこまで大きく落ち込むということはない。


現状、しばらく前に市史を見せてもらい、それに断片的な情報が載っている程度のものだった。それも、劇の筋とか世界観に関するものではなく、光の玉に関する民話のような話だった。


「ですが、光の玉について少し知っている、という方はいました。昔読んだ本にそのことが書いてあったと教えてくださいまして…昨日、やっとお借りすることができたんです」


宮沢は手に持った鞄を開けて、中から袋を取り出す。その中に、目的の本はあった。


俺は彼女からそれを受け取ると表紙を見てみる。


装丁も造本もないような、簡素な本だった。タイトルから見るに、このあたりの郷土史の本のようだった。


俺はぱらぱらと中をめくってみる。


「朋也さん、歩きながら読んじゃ危ないですよ」


「はい。二宮金次郎みたいになっています」


「頭の出来が違うから、それ」


「そうでした。風子、うっかりしていました」


「おいコラ」


風子はささっと逃げる。憎らしい奴だった。


「お貸ししますので、後で読んでください。わたしも軽く一度読みましたけど、内容、お聞きになりますか?」


「ああ、頼む」


そんなことをしているから寝不足になるのだとも思ったが、それは宮沢の優しさなのだ。俺は素直にその厚意を受けることにする。なにか埋め合わせをしないといけないな、などと思いながら。


「光の玉は、昔はよく見られたものらしいです」


一読しただけでそんな覚えられるものだろうか。宮沢はすらすらと語り始める。


「とはいっても、それが一体なんだったのか、詳しいことは全く書かれていません。ただ、ひとつ、共通することは…いつからかそれは、幸せの象徴とされていたようです。いいことがあった時や、幸せな風景の中で、目にされていたらしいです」


「ふぅん…」


「風子、今日は朝からゆきちゃんに会えてラッキーですので、見えるかもしれませんっ」


「わたしも、朝からお会いできて嬉しいですから、見られるかもしれませんね」


笑い合う少女たちの姿を横目に見ながら、俺は物思いにふける。


光の話。


そして、幻想物語。


…俺は光の玉なんぞ見たことはない。


だが。


劇の物語の中の風景。草原を風に舞う光の玉。


俺はその光景を知っているような気がする…。


それにしても、光の玉が幸せの象徴と言うならば、どうしてそんな光が数え切れないほどに存在しているあの世界は、あんなにも悲しい世界なのだろうか。


「…ただ、それも今は伝承として伝わっているだけで、信じている人はいません。誰も、見たことがありませんから」


「なるほどな…」


「噛み砕いた説明ですので、わかりづらいかもしれませんけれど、そんな内容でした」


「いや、十分わかりやすかったよ。ありがとな」


「いえいえ」


「岡崎さん、何かピンときましたか?」


「引っかかる部分はあるんだが…」


だがそれでも、何かが浮かび上がるということもない。ただただ感じる、違和感。壮絶な違和感。


「きちんと中を読んで見ましたら、また何かわかるかもしれませんよ」


「それもそうだな。次の授業の時にでも読んでみるよ」


「授業はちゃんと受けなきゃダメですよ」


宮沢はそう言いながらくすくすと笑った。







392


坂の下。


「おはようございます、岡崎さん、ふぅちゃん、宮沢さん」


すでに渚が待っていた。


俺たちに気付く前、彼女はクラスメートの女子と何か話をしていた。その女生徒と手を振って別れると笑顔をこちらに向ける。部員以外にも知り合いが増えているのは、クラス店を手伝っているいい影響なのかもしれないな、などと思う。


俺たちは口々に挨拶を交わす。


「さっきまで坂上さんがいたんですけれど、お忙しいみたいで先に行ってしまいました」


「そうか」


今朝のホームルームで生徒会長選挙の結果が発表される。


ここにいると他の生徒に声をかけられて仕方がないのかもしれないし、他の奴と約束でもあるのかもしれない。まあ、時期が時期なだけに、それは仕方がないだろう。


「春原は?」


「まだ来てないです」


「ふぅん」


最近ではあまりなくなってきたが、寝坊でもしたのだろうか。どうでもいいが。


俺は坂道を登り始める。


が、ぐいっと服をつかまれる。


「春原さんが、まだ来てないですっ」


渚が咎めるように俺を見上げる。


「あいつ、ただの寝坊だろ。放っておけば、勝手に登校してくる」


「そんなことないです。ちょっとだけ遅れてしまっているだけです」


「朋也さん、まだ時間はありますよ。いらっしゃるまで、待ってみましょうか」


「…」


渚と宮沢。この二人に言われてしまうと、断ることはできない。


「わかったわかった」


クラスに行って準備を手伝ってやりたい気分もあるが…。まあ、いいだろう。


俺は素直に従って、そのまま並んで春原を待った。


そんな目の前を、生徒たちが足早に通り過ぎていく。



…。



予鈴が近くなり、坂を登っていく生徒の姿はまばらになる。


だが、いまだ春原は現れなくなった。


「ことみさんの演奏を聞きたくないばかりに、仮病でしょうか」


「ああ、俺もそれを今思ってた」


隣の風子に同意する。


「まあまあ。寝坊しているのかもしれません」


「いえ、もしかしたら病気かもしれませんっ」


宮沢は呑気に笑って、渚は心配そうな様子になる。


「岡崎さん、様子を見に行きましょうか」


「今からだと、俺たちまで遅刻するぞ。ホームルームの後にでも呼びに来てみるよ」


「あ…そうですね」


渚は腕時計にちらりと目をやる。


もうギリギリの時間になっていた。


渚は後ろ髪ひかれる様子で、残りの三人は慌しく、坂を登っていった。






393


朝のホームルームの終わりごろの時間から、校内放送が始まる。


昨日の生徒会長選挙の結果発表だ。


会長を決定する、というのは学校の運営としては大きなことなのかもしれないが、生徒個人個人の問題としてはあまり重要なものでもない。特に三年生ともなればクラスメートが立候補している、などということもないわけでぼんやりと聞き流すような様子だ。


正直、前の俺はそうだった。いや、というか遅刻とかしていて聞いてもいなかったかもしれない。


だが、今回は違った。


この生徒会長選挙には俺にとっても大きな意味のあるものだった。


坂上、智代。


家族との思い出の場所を守るためにこの学校にやってきて、桜並木を守ろうとしている。


彼女の荒れていた時期の悪名。校内での喧嘩騒ぎ。会長との確執や俺が傍にいることの影響。


期待と心配、様々な感情が心中をよぎる。


それら全てが交じり合い、俺は声を潜めて放送に耳を澄ませた。




『本年の生徒会長は、二年B組の坂上智代さんに決定しました』




…そして、その放送の内容を聞いて、俺は心の底から胸を撫で下ろした。


他のクラスで、渚や他の部員たちもほっとしていることだろう。


智代本人は、自分のクラスでクラスメートから祝福されているのを笑顔でそれに応えているのだろう。


…今年度生徒会長、坂上智代。


その決定された事実を噛み締めて、俺は思う。


またひとつ進んだのだ。


おかしな道に逸れたりせずに。


そう思って、ほんの少しだけ笑顔をもらした。






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