folks‐lore 05/07



375


クラスの中は、相変わらずの活気。


なにせ創立者祭当日まであまり日がなくなってきた。


この間の連休を通り越したから、あとは本番へと一直線、という感じだ。


クラスの模擬店は準備はよく進んでいるのだろうが、ここに来て急遽湧き出すような突発的な問題が多くなって、あれをやっていないこれが足りない、などと騒いでいる。


担任ももうこんなクラスの雰囲気には慣れたのか、いちいち注意することもない。


今回は思いっきり遊んで、創立者祭終了から気持ちを切り替えてくれればそれでいい、というくらいの考えにはなっているようだった。当初、苦い顔をしていたときの事を思うと大きな進歩だろう。


朝のホームルームで創立者祭当日のしおりが配られる。


以前はロクに目を通すこともなかったが、今回は違う。俺はプログラムから歌劇部の発表を探す。


午後二時から、各クラブの特別講演があり、合唱と演劇もその中に入っていた。



歌劇部『合唱』

歌劇部『演劇「幻想物語」』



簡素にそう記されているだけ。


それだけだが…それこそが、俺たちが目指しているひとつの頂点。渚が夢見て、オッサンや早苗さんも望んだもの。そして、俺が求めたものだ。


俺はその文字を見るにつけ、感慨深い気持ちになった。



…。



休み時間になると、E組からやってきた杏が無言で春原を蹴り退けてついでに足蹴にして、隣の席に座る。


手には先ほど配られた創立者祭のしおり。


「部活の発表が午後だから、当日、あたしたちのシフトは午前くらいに集中させたほうがいいわね」


春原に対する暴力行為など、自分でやっておきながら気付いてさえいないという様子だった。


「お、お姉ちゃん、春原くんが踏まれて下敷きになってます…」


「椋」


「な、なに?」


「それじゃ、下敷きに失礼よ」


「…」


「…」


とんでもない奴だった。


「ていうか、コラ、藤林杏! いきなりなにするんだよっ」


足で踏まれていた春原が勢いよく立ち上がった。


「なにって、話し合い」


「足蹴にされてたことはノーコメント!?」


「ほら、陽平、あんたそこに這いつくばって、椋のためのイスになりなさい」


「するかっ」


朝から全開の杏だった。さっき下駄箱では様子がおかしかったが、いつもの調子に戻っている。


そのまま、しおりを見ながら考え込む。


「部活の発表があるから、あたしたちの時間は優先してくれるっていう話になってるの。んー、あたしたちは最初の一時間をクラスの手伝いにする?」


「う、うん。それに、最初は色々大変だと思うから、まずは私たちがふたりともいたほうがいいと思う」


「朋也と陽平もそれでいい?」


「僕はなんだっていいよ。へへっ、僕のウェイター姿に他校の女の子がメロメロになっちゃうかもねっ」


誰も春原の妄言に耳を貸さない。


「というか、この四人は同じ時間に手伝いっていうのは決まっているのか?」


「そういうわけじゃないけど、部活との兼ね合いもあってその方が作りやすいの。それに、あんたたちを放っておくと何しでかすかわからないから」


どれだけ信頼がないのだろうか。


「俺はちょっと確認してからでいいか? 仁科のクラス展とか見に行くって約束してるから、そのあたりを都合つけたい」


「別にいいわよ。あの子たちって、発表何だったっけ?」


「お化け屋敷」


俺は言いながら手に持った冊子をぱらぱらめくる。


クラス展を目で追い、その中にお化け屋敷を見つける。


今年は一年と二年でひとつずつお化け屋敷があるようだ。


ひとつは一年の女装お化け屋敷と、二年の王道お化け屋敷。


「ふぅん」


杏も冊子に目を落とす。


「あいつらも午後に発表があるから、多分午前に手伝いに入ると思う」


「はいはい。調整するから、確認しといて」


「ああ、そうする」


「ねぇ、朋也」


「?」


「せっかく同じ時間に暇になるなら、一緒にお化け屋敷行きましょ。他の子も誘って。椋も、ね?」


「は、はいっ。…って、ええっ、お、お化け屋敷にですかっ?」


杏の言葉に椋はこくこくと頷いたが、すぐに何かに気付いたように目に見えて慌てた。


見た目通り、怖いのは苦手のようだった。先日隣町に遊びに行った時、病院を怖くないとは言っていたが、積極的に驚かされるのは別問題なのだろう。


その慌てぶりに、俺は少し笑った。


「ああ、それもいいかもな」


当日、渚は緊張しているだろう。お化け屋敷にでも一緒に連れて行けば、ほどよく気分が紛れるかもしれない。


以前の創立者祭の時は、まったくそんな余裕がなかったからな。


「ははっ、なんだか、楽しくなりそうだねっ」


春原がそう言って呑気に笑う。


だが…まったくもって、その通り。


「陽平は一人で女装お化け屋敷にでも行ってなさい」


「ああ。せっかくだし、そこで可愛い子を見つけて来い」


「ひとりじゃ行かないし、絶対に男しかないですよねぇっ」


「だ、大丈夫です。お姉ちゃんが持っている本にも、そういうのありますから」


「いや、そんなさとされても僕そのケはないから…」


というか、俺はむしろ杏が持っているそういう本が気になるのだが。


視線を送ると、杏はわざとらしく顔を背けていた…。






376


昼休みになる。


今日も今日とて、資料室で昼食。


いつものように旧校舎へと向かう、その道中。


「岡崎」


「…智代」


他の生徒に囲まれた智代に行き会った。


杏、椋、春原を伴った俺の姿を見ると笑顔を向けて近くに寄ってくる。


「奇遇だな。おまえたちはこれから資料室か」


「ああ。智代は、あいつらと昼か?」


俺は少し離れたところにいる下級生たちに目を向ける。戸惑ったような様子で、俺たちを眺めている。


「うん。この後の生徒総会で頑張れるように、ご馳走してくれるらしい」


「さ、坂上さん、行きましょ」


「早く行かないと、席がなくなっちゃうよ」


意を決して、というように近付いてきた女生徒たちに服をつままれて、智代は彼女らに連れられていった。


ま、彼女らからすれば俺は智代の風評に傷をつけた憎らしい奴だと考えられているだろうし、それは事実だと思う。


気分がいいわけはないが、それについて腹を立てても仕方がない。


後姿を見送っていると…智代がちらりと振り返り、少し手を振った。


あいつは、周りの女子の態度を意に介した風もなく、随分気ままだな。仕方がない奴だ。


そう思って、俺はなんだか気が抜けて少し笑う。


智代の姿を見て、彼女の取り巻きの女子たちは再びちらりとこっちを見た。


そして、最後にこっちを向いて頭を下げて、人ごみの中に紛れていった。


俺はぼんやりとそんな姿を見送った。


なんだか、意外なものを見た。


俺に対して友好的な雰囲気などまったくなかった後輩の女子たちだったが、頭を下げる程度の礼節はあるらしい。


いや、違うか、あれは俺に対してではなくて杏や椋に向けたものだったのだろうか。


…よくわからない。


「坂上さん、女の子に大人気ですね」


そんな俺の心中を余所に、椋は呑気なコメントを述べる。


「だな」


「お姉ちゃんと少し似てるね、ああいうところ」


「それ、あんまり嬉しくないわよ…」


それは智代と似ていることについてなのか、女子にモテるというところなのか。


杏は疲れたように肩を落とした。



…。



資料室。


いつものように、部員一同テーブルを囲む。


「じゃじゃじゃじゃーん」


いつものような、何を考えているのかよくわからない表情でことみが俺の目の前に弁当箱を置く。


「今日のお弁当」


「ああ、ありがとな」


今日はことみが作ってきてくれたようだった。


毎日毎日、きちんと作られた弁当を食べれるなんて、俺は相当恵まれているのだろう。


「岡崎ばっか、いいよねぇ」


そんな姿を見て、春原が肩をすくめて見せる。こいつはいつものように購買のパンだ。


「それなら、春原くんの分も作る?」


「マジでッ!?」


ことみの懐深いセリフに、春原が身を乗り出した。


「作る人数を増やしても、あんまり手間は変わらないから」


「ことみ、あんまり甘やかしちゃダメよ」


「って、藤林杏! 余計なこと言うなよっ」


「あんた、ことみが優しいからって何でもかんでも迷惑かけるんじゃないわよ」


「ことみちゃんがいいって言ってるんだから、いいじゃん」


口げんかが始まった。


俺はため息をつく。


それを見てことみはおろおろする。


椋もおろおろする。


他の連中はいつものことだと静観…というか、風子と宮沢と合唱部の連中は話をしていて、こっちは気にしていない。いつものことだから、という感じの放置。


「あ…あのっ」


それを見て、渚は部長の使命感に燃えてか、仲裁に入る。


「おふたりとも、喧嘩はやめてくださいっ」


「おお、三つ巴の戦いになったな」


「お、岡崎くん、楽しそうです…」


そんな様を肴に(?)して眺めている俺を見て、椋は苦笑いを浮かべた。


…結局、話はヴァイオリンの練習を見てくれているお礼で一度作る、というような話で落ち着いたらしい。


ことみが春原のために腕を振るうというのも業腹だが、実際、春原がことみの助けになっているのも事実だし、報われてしかるべきというような気もした。



…。



「おまえら、創立者祭の日のクラスの手伝いの時間って決まった?」


食事を始め、資料室に和やかな空気が戻った頃、俺は合唱の三人組に質問をぶつける。


こいつらの返事次第で、多少はクラス展のスケジュール調整をする必要が出てくるだろう。


「あ、それ、私も聞きたかったんです」


杉坂はそう言うとこっちを向く。


「私たちは十時から一時間というのが第一候補なんですけど」


「それなら、ちょうどいいな」


俺は朝の杏との会話を思い出す。


九時に創立者祭はスタートして、最初の一時間が手伝い…という話をしていた。ちょうどこいつらと時間はずれている。


「さっき杏とも話したんだが、俺たちは九時から一時間っていう風になりそう」


「そうですかっ」


俺の答えに、杉坂は満足そうに笑う。


「それじゃ、先輩の喫茶店見にいけそうだね、りえちゃんっ」


「う、うん…」


はしゃいだ様子で仁科にそう言う。そんな様子に、仁科は苦笑していたが。


「当日の予定の話?」


騒いでいると、杏が首を突っ込んでくる。


「ああ、手伝いの予定だけど、初めからでよさそうだ」


俺は今聞いた彼女らの予定を伝える。


杏はふんふん、と頷いてぽりぽり、と漬物をかじった。


「それなら、都合いいわね。さっきもみんなで話してたんだけど、お化け屋敷、見に行くつもりだからね」


「いえ、うちのクラスはそんなすごいものでもないんですけどね」


杉坂がそう言う。


こいつは河童に扮して脅かし役をやるらしいから、知り合いには来てほしくないんだろうな…。


表情は取り繕っているようだが、手に持った箸が震えてカチャカチャと音をたてているあたり、随分動揺しているようだった。


「せっかくですし、ぜひ来てください」


「ありがとね」


原田と杏はにっこり笑い合う。


「いえ、先輩、発表の直前で忙しいですし、無理にというわけじゃないですよ」


「大丈夫よ」


「…」


食い下がるも、こうも言い切られては何も言えないだろう。


杉坂はなおも表情は平静を装っているが、その心中は手元の弁当に如実に現れている。


弁当箱の中で、箸でいじられたジャガイモの煮物がボロボロになっていた。あーあ…。


俺は苦笑しながら杉坂の様子を眺めた。


「ね、朋也。あんたも行くでしょ」


「ああ。そうだな」


「ま、最後の創立者祭くらいは出てもいいかな」


聞いてもないのに、春原も同意する。


「渚ちゃんも一緒に遊ぼうよ」


「はいっ。みなさんがよければ、わたしも一緒に創立者祭を回りたいです」


「もちろん、大歓迎よ」


「はい、私も渚ちゃんと一緒に回れるなら、楽しみです」


「ことみ、おまえもな」


「うん。今まであんまりちゃんと回ったことないから…とっても楽しみ。風子ちゃんも、一緒に…ね?」


「はいっ。創立者祭の日はみなさん有頂天でしょうから、きっとヒトデをもらってくれると思いますっ。風子にとって、ボーナスステージですっ」


次々と参加表明の声が。


「はは、それじゃ、お待ちしていますね」


そんな様子を見て、仁科は笑う。


「…来るんですか」


杉坂はその隣で心なしか肩を落としていた。


「宮沢、おまえもくるか?」


にこにこ笑いながら話を聞いていた宮沢にもそう聞くと、困ったような表情になった。


「わたしもぜひみなさんと回りたいんですが…実は、他に予定がありまして」


「ああ、お友達連中か」


「はい。もし時間ができたら、ご一緒させていただくかもしれません」


「いや、無理はしなくていいよ」


「はは…すみません」


たしかに、不良連中とおおっぴらにこの学校を散策する機会などほとんどないだろう。そこに水をさすのも野暮だと思う。


「あの、私たちのクラス展なんですけど、せめてお昼の時間とかに、一緒に見るとかダメでしょうか? 見所、紹介しますよっ」


なおも食い下がる杉坂の姿を視線の端に眺めながら、俺は創立者祭の日に思いを馳せていた。






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