folks‐lore 05/04



333


気を取り直して、部活を続ける。


途中一度会長が様子を見に来たが、すぐに出て行った。


まるで検査するように俺たちの様子を見るから、落ち着かない。


長時間居座るわけではないのが救いだった。


ともかく、やがて昼食時になる。


昨日はクラスで昼食をとったが、今日は向こうの準備は昼過ぎから始まるらしい。部員で揃って、そのまま部室で昼食をとる。


普段は資料室で昼食を食べるのだが、さすがにわざわざ一階まで下りることはない。


創立者祭の準備をした備品に囲まれて昼食をとるというのも、なかなか悪い感じではなかった。


机を囲んで昼食を食べながら、話は明日の部活のことになる。


「明日は、どうしましょうか」


渚が困ったようにぽつりと呟いた。そういえば、会長が監督に来るなどということで今日のことは話していたが、明日の指針はあまり話していない。


「俺は、予定ないけど。みんなはどうだ」


明日は幸村がいないから部室は使えない。というか、学校での活動はできない。


ある程度は先行きが見えてきているし、無理に準備を進めることもないという気もする。


まあ、渚や合唱などは時間があっても足りないのかもしれないけれど。


俺の問いに、他の奴らは口々に予定は入れていないと答えた。


「なんか、暇人ばっかだね」


春原はそう言って茶化すように笑った。


「ま、この時期は予定空けてるか」


部活がどうなるか、先行きも見えていなかったからな。


俺なんかは元々暇だが、予定を空けておいてくれた奴もいるだろうな、などと思うと先に話をしていなかったのが少し申し訳ないと感じる。


「えぇと、部活、しますか?」


「そうだな…」


悩んでしまう。


学校以外で場所を探すのも面倒だし、そこまで準備が切羽詰っているというほどの状況でもないのは事実。


「そんな準備ばっかしなくてもいいじゃん。せっかくの連休なんだし、最後くらいは遊ぼうよっ」


春原は能天気にそんなことを言う。


「んー…たしかに、それもいいかもね」


杏も反対というわけでもないようだった。


「クラスの準備も明日はないですし、せっかくだからみんなで遊びに行くのもいいかもしれません」


椋も賛成のようだった。


この間は渚の家に部員が集まったが、あくまでも部活の準備をしただけだ。


放課後に一緒に遊びに行ったこともあるけれど、ごく短い時間ではあるし。


合唱の方の意見を聞くと、仁科もにっこり笑って賛成してくれた。


他に、特に反対意見を言う者もなし。


あっさりと明日は遊びにいくことが決定していた。


「それじゃ、明日は商店街?」


ことみがこっくりと首を傾げて尋ねた。


「せっかくなんだし、遠出してもいいと思うけどね…」


杏は腕を組んで考え込む。


「…あたし、おっきなネズミがいる遊園地に行きたいな〜」


「そう東京にポンポン行けるかよ」


「目指せカリフォルニア」


「…」


言語道断だった。


「まあ、隣町とかが妥当ですかね」


杉坂が話をまとめにかかる。


「そうですね。海もありますし」


宮沢がにっこりと笑った。


「有紀寧、あんたまさか海に入るつもりじゃ…」


「いえ、さすがにまだ無理です。でも、見ているだけでも楽しいですよ」


「はい、ゆきちゃんの言うとおりです。明日はみんなで海でヒトデを観察しましょうっ」


「ひとりでやってろ…」


俺ははため息交じりに風子にツッコミを入れた。


隣町は、この町よりは大きい。


商店街も大きいし、海にも面している。


ちょっと出かけるにはちょうどいい場所だった。


「明日が楽しみだな」


そう言ってにっこり笑う智代。


「おまえも来るのか?」


「…岡崎、そんなこと言われると、さすがの私も少し傷つくぞ」


「いや、だっておまえ、部員じゃないし」


「私も明日は予定がないからな。それに、この部活のみんなといると楽しいからな。だが…もしかして、迷惑だろうか?」


語尾は、少しだけ不安そうに尻すぼみなった。


窺うように俺を見る。


「まさか。大歓迎だよ。な?」


「はいっ、もちろんですっ」


渚が当然とばかりに笑顔を向けて、他の部員も頷いてくれる。


それを見て、智代は安心したように笑った。


俺は明日を思うと、胸の内に楽しみだと思う気持ちが広がった。





334


昼食が済み、すぐに部活の開始というわけでもなく小休止。


雑談をしながら思い思いに過ごしていると、廊下にひとつの後姿があることに気付く。


風子が廊下の窓から新校舎の方を見ていた。


俺はそれを見て、部員との会話を打ち切ってその後姿に近付いた。


「今日は休みですけど、生徒さんがいます」


俺が隣に立つと、こっちを見ることもなく、風子はそう呟いた。


「ここは進学校だからな。学校に自習に来てるんだろ」


もう少し先の時期になれば、補習などで多くの生徒が休みも関係なく登校することになる。


「風子、ヒトデを配りに行ってきます」


そう言うと、ぱっと部室の中に入り、すぐに木彫りのヒトデが詰まったトートバッグを持って出てくる。


「待て待てっ」


そう言っても歩みは止まらず、俺は慌てて風子の横に並ぶ。


「今日来てるのは、ほとんど三年だと思うぞ。あまりもらってくれないと思うけど」


「学年は関係ありません。おねぇちゃんの結婚式に、みなさんに来てもらいたいだけです」


「…」


そこまで迷いない口調で言われてしまうと、俺も反論する言葉が出てこない。


「チッ…」


舌打ちをする。


やれやれ、と思うが、応援したい気持ちが湧いてくる。


風子が不思議そうに俺を見た。


「少しだけ、付き合ってやるよ」


風子が自分の目的のために全力を尽くすならば、俺はそれを助けてやりたい。。


俺たちにとって部活が大切だというように、風子にとっては公子さんの結婚式が大切。


それはかけがえないものだ。


「ありがとうございます」


風子はぷい、と顔を背けてそう言った。


「別に、部活が始まるまでの間だけだ」


俺も顔を背けてそう言った。


歩き出す。


奇妙に顔をそらせたふたり、旧校舎にはふたつの足音が響いていた。



…。



風子が道行く生徒に声をかけ、ヒトデを配る。


「あのっ、よろしければ、どうぞ…!」


俺はその姿を、後ろから眺めていた。


相手は大体が受験生だが、今日は休日。


普段よりはリラックスしているからだろうか、思いの外順調に貰ってくれているような印象があった。


今もまた、ひとりの男子生徒が風子に貰ったヒトデをしげしげと眺めながら廊下を歩み去っていき、風子はぺこりと頭を下げてその後姿を見送っていた。


その姿が見えなくなると、ぱたぱたとすぐ傍にやってくる。


「やったな」


「はいっ」


そう答えて、俺の持っているトートバッグからまたひとつヒトデを取り出す。


「この調子で、どんどん貰ってくれればいいな」


「はい。…あ」


意気揚々とぐっとヒトデを胸に当てて答えた風子だったが、廊下の先から現れた姿に小さな声を漏らした。


向こうから、ひとりの女子生徒が歩いてきていた。


「…三井」


俺は小さく彼女の名を呼ぶ。


風子はこくりと頷いて、ぎゅっとヒトデを握り締める。


…あいつはかつて一度、風子からヒトデを受け取ることを拒んでいた。


彼女にとって、風子の努力はお遊びでしかないのだと思われていた。


こっちが気付いたように、すぐに三井も俺たちの存在に気付いたようだった。


彼女は強張った表情で、俺たちのすぐ傍を通り、少しだけ通り過ぎると足を止めて振り返った。


「まだ…」


ためらいがちに、言葉をつむぐ。


「ずっと、続けてたんですね」


「…はい」


風子と三井。


ふたりは、互いに振り返ったままに言葉を交わした。


「…よろしければ、どうぞっ」


風子は踵を返して三井に駆け寄り、戸惑うような表情の彼女にヒトデを差し出した。


反射的に…というように、三井の手が上がり、その掌にぽすりとヒトデが置かれた。


三井はぎゅっとそれを握って、じっとプレゼントを見つめた。


「伊吹さん」


彼女の声音は、困惑したようなままだった。


「…お姉さんの、結婚式はいつなんですか?」


「まだ…決まってません」


「そうですか」


ふたりは、互いに少しずつ視線を逸らしながら会話を交わす。


「あの…」


三井が、ためらいがちに風子を見た。


風子も顔を前に向けて、三井の視線を受けた。


戸惑うような視線が交わる。


ふたりの少女の心が繋がる。


「テスト前、とかじゃなければ…行ける、かもしれません」


「…ありがとうございますっ」


三井は顔を伏せた。


…まさか、受け取ってくれるとは思っていなかった。


何日か前にはプレゼントを断っていたのだ。彼女の心の内がよくわからない。


「伊吹さん…あの、頑張ってください」


「…はいっ」


風子は笑顔で、三井の言葉に頷いた。


「三井、ありがとな」


「いえ…」


礼を言うと、三井は小さく頭を振る。


「岡崎さんも、創立者祭の準備、頑張ってください」


「知ってたのか」


「有名ですよ。部活も、喫茶店も」


…そうだったのか。


ま、ぐーたらの不良が突然イベントに積極的になれば、さすがに注目は集めるだろう。


「私は、喫茶店の準備を手伝うほど、余裕があるわけじゃないです」


独白するような口調だった。


「だから、ちょっとだけ、羨ましいです」


俺は初めて彼女の本心を聞いたような気がした。


「別に無理に参加させようってものじゃないし、参加した奴が偉いわけでもない」


「はい…」


「ありがとな、三井」


「そんな…」


ふるふると、首を振った。


「私には、何もできないです。でも…みなさんを、応援したい気持ちはありますから」


「そう思ってくれれば、十分だよ」


「…」


未だ、戸惑うような表情だった。


三井は、きっと勉強を第一だと思っていたのだろう。


ここは進学校だ。


勉強が大切だという校風だ。


だが…そんな中で、まるで規律に逆らうように、わあわあと騒ぎながらお祭り騒ぎをする生徒たちを見て、彼女の心にも変化が生まれたのだろう。


楽しそうに、笑う姿を見て。


楽しそうにしていて、だが真剣に準備に打ち込む姿を見て、決して自堕落に遊んでいる姿ではないのだと思ってくれたのだろう。


元々、こいつはきっと真面目な性分だ。


一心に打ち込む姿を、鼻で笑うような奴ではない。


風子が真剣に努力をしているならば、それを拒否するほど狭量な奴ではない。


「…それじゃ、失礼します」


一礼して、歩いていく。


俺はその後姿に、声をかける。


「創立者祭の日、もし気が向いたら、喫茶店の方も来てくれ」


「はい」


「手伝ってくれてもいいぞ。ウェイトレスの、可愛い衣装も着れる」


「私じゃ、似合わないです、きっと」


冗談めかした俺の口調に、三井は少しだけ口の端を緩めた。


「それじゃ、失礼します」


「ああ」


去っていく三井の後姿。俺と風子は、それを見送った。


「よかったな、風子」


「…はいっ」


たしかな一歩。


その手ごたえを感じて、風子はにっこりと笑顔を見せた。







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