folks‐lore 04/30



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しばらくゲーセンで遊び、そろそろ食事にしようと外に出た。


「それじゃ、どこに行く?」


杏が一同を見回す。


「この人数だし、ファミレスかファーストフードだろ」


なにせ総勢十二人。大人数だ。


「ま、そうね。さすがに席をふたつに分けることになりそうだけど」


「しょうがないだろ」


「この時間にそんな空いてる店なんて、あるかしら?」


「そうだな…」


「あの…」


俺と杏が相談していると、宮沢が口を挟んだ。


「ん? どうしたの?」


「よろしければ、ひとつ、心当たりがあるんですが」


「あ、ホント?」


どこに行くか困っていたのは事実なのだろう、杏が顔を輝かせる。


「はい、わたしのお友達のお店なんですけど…」


そういうことなら、是も非もなかった。


俺たちは宮沢の先導にぞろぞろと従って、商店街を歩いていく。



…。



案内されたのは、いつだったか風子と宮沢と来た店。


というか正確には、宮沢がこの店でコーヒー豆を受け取っている間、俺と風子は軒先で待っていて、中には入らなかったけどな。


『ソンブレロ』という名前の喫茶バー。


今の時間は、ちょうど昼と夜の営業の間のようだ。なるほど、全員座れるというよりは営業時間外というか。


夜の営業自体、今日は仲間が集まるから貸切らしい。


「ここです」


「…さっきのとこから一直線じゃない」


「すみません、一本道を勘違いしてしまいました」


そう、何故か回り道するように俺たちはこの店に来ていた。


杏に追及されて、宮沢は申し訳なさそうな顔をする。


「ま、いいけどね」


「素敵なお店ですね」


「椋さん、ありがとうございます」


「でも、押しかける感じになっちゃうけど、いいのか?」


「大丈夫ですよ。今お話してきますので、少しだけ待っていてください」


宮沢は笑ってそう言うと、先に店内に入っていく。


そして、すぐに出てきた。


「お待たせしました。それでは、どうぞ」


本当にあっさりと中に入れることになった。対応柔軟すぎるだろ、ここ。


ありがたいことではあるが。


中に入ると、内装は外から見たとおり落ち着いた印象。


チェーン店というわけではないので、何も知らずにポンと入るには敷居が高いような感じもするが。


「わ、素敵ですね」


「へぇ、こんなところがあるなんて知らなかったわ」


「コーヒーのいい匂いがします」


口々に言う。女性陣には好評のようだった。


「ちょっと待っててね、今テーブル作るから」


店の中、テーブルを動かしている茶髪の女性が顔を上げて言う。


「手伝いますね」


「ああ、悪いね、ゆきねぇ」


「いえいえ」


「俺もやるよ」


さすがに女性にばかり働かせるわけにもいかない。


「うん、悪いね。君が岡崎君?」


「あ、はい」


「そうか、いらっしゃい」


「…どうも」


なんで俺はいつの間にか宮沢界隈で有名になっているのだろうか?


別に嫌なわけではないが…。


ともかく、店員の女性の指示に従って机を動かす。


すぐに全員が集まれる大テーブルが出来上がった。


テーブルのでかさで、改めて大所帯になったなと思わされた。



…。



適当に席につく。


「みなさん、注文はどうされますか?」


エプロンを制服の上に着た宮沢がテーブルの脇に立って聞いた。手には注文用の伝票。


「ここでバイトでもしてるの?」


「時々、お手伝いをしています。いつもはキッチンですけど」


杏に聞かれて、宮沢が笑う。


そういえば、友達の店の手伝いをしている、という話を聞いたことがあるような気がする。慣れた立ち振る舞いだから、結構長くやっているのだろう。


てきぱきとした様子で注文をとると、厨房の方へそれを伝えにいった。


「ああいうの、いいねぇ」


春原がその後姿を見ながら言った。


「グッとこない? ウェイトレスさんって」


「まあ、な…」


昔渚がバイトしてた時、ファンというほどではないだろうが、それ目当ての客がついたことを思い出す。


たしかに、独特の魅力があるのは否めない。


俺はついつい頷いてしまう。


店員と客という上下関係があり、しかもウェイトレスにはどこか家庭的な雰囲気がある。


そういうところがいいのだろうか。


「ふぅん、朋也、ああいう子が好みなの?」


「さてな…」


興味深そう尋ねる杏に、俺はそっぽ向いてはぐらかす。


「でも、この間は年上が好きって言ってなかったっけ?」


横の渚がお冷をこぼした。


「…あっ」


「うわっ」


「ちょっと、大丈夫?」


「す、すみませんっ」


「み、宮沢さーん! おしぼりーっ!」


大騒動に発展した。


…まあ、今の話がおかげで流れて、ありがたくはあったのだが。



…。



芽衣ちゃんは、明日には帰ってしまう。


部活の話とかはもちろんあるのだが、やはり名残を惜しむ話が主になる。


「せっかくみなさんと仲良くなれたのに、寂しいです」


「またいつでも来てください」


「はい、歓迎しますよ」


渚と椋が声をかける。芽衣ちゃんはにっこり笑った。


「ありがとうございますっ。創立者祭の本番は、見に行きますね」


「芽衣ちゃん、そんなポンポン来て、大丈夫なのか?」


「はい。親におにいちゃんの世話って説明したら、構わないって言ってくれたので」


「チッ、心配しすぎだよ…」


「もう手遅れなのにな」


「手遅れではないよっ」


「おまたせしましたー」


騒いでいると、料理が運ばれてくる。


「ありがとうございますっ」


「あの、宮沢さん、手伝いましょうか?」


「いえいえ、慣れてますから」


宮沢は仁科と杉坂に笑顔を向けて、また奥へ引っ込む。


あいつに働かせて申し訳ないが、わけわかっていない人間が入るのも邪魔のような気もする。


…世話になってばかりだな。


「わたしも高校生になったらバイトしてみたいです」


宮沢の後姿を見て、芽衣ちゃんは言う。


「みなさんは、何かしていますか?」


「あたしはしてないわね。この子が病院」


「すごいですっ」


「あ、いえ。大したことはしてないんですけど」


芽衣ちゃんにキラキラした目で見られて、椋ははにかんだ。


「わたしはバイトといいますか、家の手伝いをしています」


「それでも、すごいと思います」


渚は結構古河パンの店先に立っているよな。小遣いが増える程度の実入りしかないのだが、それを気にするようでもないし。


ま、ああして売上額を見てしまうと金をせびるのも腰が引けるのはしょうがないだろうが…。


「ことみは、何かやってないの?」


「あるばいと?」


「そう。高校生ナンバーワンの頭を生かして、企業アドバイザー的なこととか」


「ううん。アルバイト、したことないから」


「つまんないわねぇ」


「お姉ちゃん、漫画じゃないんだから」


「ま、そうよね」


ことみが働いている姿って、なかなか想像できないな。


こいつ、将来何になったんだろうか?


やはり研究職とか?


全然接点のない人間だったから、その後の消息は毛ほども知らない。


「でも、働いたことないって不安ね。本番ではウェイトレスをやるのに」


「大丈夫なの。杏ちゃん、信じてほしいのっ」


「それ無理」


「…」


ぶわっ。


ことみの目じりに涙がたまった。


「いじめる? いじめる?」


「ああ、いじめそうだな…」


俺はついつい頷いてしまった。


「はい。邪悪な気配を感じます」


風子がしめしめといらないことを言う。


「あの、せっかくですし、ここで練習をさせてもらったらどうですか?」


椋がフォローする。


「ここで?」


「うん。あの人がいいって言ってくれれば」


たしかに、さっきの店員の女性が許可してくれれば問題ないだろう。他に客もいないのだし。


そう思うと、いいアイデアなのかもしれない。


杏もたしかに、と思ったのか、すぐに店の奥に交渉に行った。行動の早い奴だ。



…。



というわけで。


「はい、岡崎さん、お待たせしましたっ。クラブハウスサンドとアイスコーヒーですっ」


とん、と目の前に皿が置かれる。勢い余ってアイスコーヒーが少しこぼれる。


「わっ、すみませんっ」


「いや、大丈夫」


慌てて頭を下げる…芽衣ちゃん。


芽衣ちゃんも、やってみたいと言うことで、エプロンを借りて楽しそうに給仕をしていた。


職場体験、という感じだ。微笑ましい。


で、肝心のことみは…


同じようにエプロンを着け、盆に料理をのせて直立不動で立っていた。


緊張して表情が固まっている。


しばらく見ていると…ぶるぶると体が震えだした!?


「すっごい、当日が不安になってきたわ…」


慌ててその手から盆を奪い取った杏が、ため息をついた。


「だ、大丈夫なの。今度は、大丈夫なの」


「はいはい、期待してるわ」


聞き流すように杏は言って、盆を返した。


ことみは意を決したようにこちらを見て…


ぶるぶるぶるぶるっ!


「初めはみんな、緊張しますよ」


宮沢が盆を取って、そうフォローする。


「とってもとっても緊張するの…」


「ほら、あんたたち、あんまりこっちを見ないであげて」


「杏ちゃん、ありがとう…」


一緒にフォローする杏に、ことみは潤んだ視線を向けた。


「べ、別に当日ちゃんと仕事してもらわないと困るから仕方なくよっ。勘違いしないでよねっ」


素直に感謝され、杏は照れていた。


「見られてるって意識するから緊張するのよ。ほら、観客をじゃがいもとかだと思いなさい」


「わ、わかったの…」


ことみは変わらず緊張しているようだが、渚の前にナポリタンとアイスティーを置く。


「渚ちゃん、どうぞ」


「はい、ありがとうございます」


「渚ちゃんは、キタアカリ」


「なんですか、それ?」


「じゃがいもの品種なの」


「いや、そこまで設定細かくしなくていいわよ」


杏がツッコミを入れる。


「ちなみに、芽衣ちゃんはメークインなの」


ことみは動じず、言葉を続ける。


「…」


「…」


「…あれ?」


黙ってしまった俺たちを見て、ことみは不思議そうに首をかしげた。


「これは、じゃがいもの品種のメークインと芽衣ちゃんの名前をかけた、とっても高度な…」


「高度すぎるわよ、それ」


杏がチョップを入れる。


「ま、そんな感じでやってきなさい。次、くるわよっ」


「う、うん…っ」


先導されて、ぱたぱたとキッチンの方に戻っていく。


微笑ましい光景だった。





282


「ねえ」


「はい?」


トイレを借りて席の戻る途中、話しかけられる。


店員の女性だった。


「あれが、部活の仲間よね」


「そうだけど…」


「なかなか、みんな可愛いじゃない」


「…」


「あの中に、彼女でもいるの?」


「いや、いないけど」


「そう…」


俺の返事に、店員は値踏みするようにこちらを観察する。


敵意のこもった視線ではないが、落ち着かないのも確かだった。


「ほら、見て」


「?」


顎で示したのは…エプロン姿の宮沢。


「ゆきねぇ、可愛いでしょ」


「はぁ、そうっすね…」


「ぺろぺろしたくならない?」


「ならねぇよ」


あと、ぺろるな。


宮沢を慕っているのは男ばかりと思っていたが、女性も同様のようだった。


というか、急激にこの人が変態に見えてきたのは気のせいだろうか。


「岡崎君。ゆきねぇをよろしくね」


「あ、ああ…」


一体俺に何を言いたかったんだろう、この人は。


にこやかに俺を見送る女性を見ながら、俺は少しげんなりしてしまった。






283


喫茶店を出ると、暗くなっていた。


風は少し肌寒い。


「ありがとね、有紀寧。おかげでゆっくりできたわ」


「いえいえ、わたしも楽しかったです」


最大の功労者の宮沢は、そう謙遜して笑う。


期せずして接客の訓練までできたから、万々歳だ。


各々適当に話をしながら歩いていると、不意に人ごみの中から一人の男性がこちらに近付いてきた。


「ことみくん」


その人は、俺の横のことみの前までやってくると、安心したように笑った。


「よかった、今日は会えないかと思っていた…」


季節はずれのコートを着た、中年の男だった。硬質な雰囲気を纏っている。


あまり接したことのないような雰囲気の男性。


「友達といるところを、すまない。少しだけ時間をもらってもいいかい?」


その口調は、安心感を与えるような柔らかいものだった。


だが、隣のことみの表情はみるみる冷たく固まっていくのがわかる。


俺はふたりを見比べた。


「…」


ことみは黙って、俺の後ろに隠れた。


「お、おい」


なんなんだ、一体。


目の前のこの人がことみとどういう関係なのか、全然わからない。


だが、ことみがこの人を拒絶しているのは確かなようだった。


正直、この男性に悪意みたいなものは感じないが…。


「…」


男も、その反応に気落ちしたように息をついた。


「この子に、何か御用ですか?」


様子を見ていた部員を代表して、杏が警戒するように言った。


男は戸惑ったように部員たちを見る。


「いや…また、日を改めるとするよ」


残念そうに、踵を返す。


「だが…ことみくん、これだけはわかってほしい。あの日のことは、断じて君のせいではない」


「…」


俺は、後ろに隠れたことみが何か反応するか様子を見る。


だが、彼女は動こうとはしなかった。


「…すまないね、邪魔をしてしまって。それでは、失礼するよ」


寂しそうに笑い、男は俺に向かって言う。周囲の部員たちにも一礼して、再び人ごみの中に消えていった。


俺たちは、その姿をじっと見送っていた。



…。



「…なんだったの、今のオッサン?」


しばらく呆けていて、春原が呟く。


「ことみ、今の人知り合いなの?」


杏がことみの顔を覗き込んで、尋ねる。


ことみはしばらく黙っていたが…


「ええと……わるもの」


「はあ?」


その答えは、ひどく素っ頓狂なものに聞こえた。


あの人は間違いなく、ことみの身を案じている様子だったから。


「変質者ってこと?」


「ああ、そう言われて見ると、今の季節にあのコートは怪しいですね」


顔をしかめる杏に、原田がいらないことを言う。


「怪しいって、どういうこと?」


「それはですね…あのコートの下には…」


原田が杏に耳打ちをする。


みるみる杏の顔が真っ赤になっていった。


「…へ、変態っ! 変態よ!」


「はい、そうです。葉っぱ一枚くらいは身につけているかもしれませんけど」


「それ、もっと変態よ!」


「いえ、その場合は芸能人という可能性も出てきますよ」


「出てくるかっ!」


大騒ぎになった。


「ことみちゃん、大丈夫ですか?」


渚が気遣わしげにことみに声をかける。


「うん…」


ことみはどこか醒めたような様子で、頷く。


「大丈夫だから」


彼女には珍しく、まるで突き放すような言い方。


誰にでも、触れてほしくないことはあるのだろう。


なんとなく、気がぬけた雰囲気になる。


ともかく、今日はこれで部活も終了、ということで俺たちは別れた。


再三ことみに家まで送っていくと申し出たが、それは頑なに断られる。


さっきの出来事は、何だったのだろうか。


その疑問は、俺の心の奥底に、小さな波紋を作り出した。







284


風子や芽衣ちゃんとそのことについて話し合うが、答えが出るはずはない。


あいつが抱えている、あいつ自身の問題だからな。


…だが。


もしいつか、それについて知ることができたら、俺は何とか彼女を助けてやりたい、と思った。


芽衣ちゃんはもう帰ってしまう身だ。芽衣ちゃんも当然さっきの出来事は不思議に思っているようで、俺と風子に、何かあった時は力になってほしいと頼む。


もちろん、言われるまでもないことだ。


俺は頷き、風子もその時は一緒に力を貸す、と言う。


それは力強い言葉だった。


そんな返事を聞いて、芽衣ちゃんは安心したようだった。


この家で芽衣ちゃんが過ごす最後の夜。


俺たちは、居間に集って遅くまで雑談を交わした。


その夜は、いつもより時間が早く流れているような気がした。






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