folks‐lore 04/30



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背景を作成していると、やがてヒトデを配りにいっていた風子が戻り、クラスの創立者祭準備を手伝っていた宮沢がやってきて、杏と椋も部室に来る。


全員が揃って少しだけ作業を進めると、幸村に今日のこの後の予定を説明して早めに部活を終えて商店街に繰り出した。


芽衣ちゃんに世話になったプレゼントを買うためだ。


昼休みのうちに芽衣ちゃんに連絡はしてあって、あとで落ち合うことになっている。春原も一緒に来るらしい。


まずは目的を果たしてしまおうと、アクセサリーショップに入る。


もちろん、昔からこういう店があるとは知っていた。だが、入るのは初めてだった。


渚との結婚指輪は、さすがにこういうアクセサリーショップよりももう少し高級なところで買ったからな。


しかし、結婚指輪か。あの懐に大打撃だった買い物も、今思い返すと懐かしいものだった。


値段とデザインとかを死ぬほど思い悩んで決めたからなぁ…。


うちの部員の女子たちが店内できゃあきゃあ騒ぐのをぼおーっと見ながら、昔のことに思いをはせる。いや、未来のことなのだろうか。


…しかし。


…なんていうか、こういう空間にくると手持ち無沙汰になってしまうのは、年齢とかは関係ないよな。


さっさと買うものを決めて出て行きたいが、なんとなくこのパターンは買い物が長くなりそうな気がする。


そうしてえてして、そういう予感は的中するものだよな。


椋とことみはそれぞれ鉱物には詳しいようで、どんな宝石だ、なんてことを話し合っている。渚もそれに加わって相槌をうっていて、楽しそうだ。


風子は商品を見ながら好き勝手なことを言って、杏はコケにしたような言葉を返していて、やかましい。が、結構仲いいんだな、こいつら。杏の面倒見のよさがいい感じに発揮されるのだろうか。


宮沢は合唱部の三人と一緒にどれが誰に似合いそう、などという話をしている。


さて、どのグループに話しかけると、一番早く買い物が終わるだろうか?


俺の頭の中に、みっつの選択肢が浮かんだ。


そして…。


「よう、いいのあったか?」


「あ、岡崎先輩」


声をかけると、商品を手に取っていた仁科がはにかんで俺を見た。


一番真面目に商品を見ていると思しき、合唱部プラス宮沢。まあ、この選択肢が妥当だよな。


「え、ええと…はいっ、色々選んでいます」


「りえちゃん、どもりすぎだよ…」


「先輩、ご覧の通り、まだ選んでなんかいませんよ?」


杉坂が呆れたように仁科を見て、原田は堂々と開き直った。


「…」


この選択肢は、間違いだったのかもしれない。


「朋也さんは、こういうアクセサリーに興味はありませんか?」


「いや、男だし」


宮沢がにこにこと言うが、正直全然興味がなかった。


「そうですか…」


「宮沢もこういうの好きなのか?」


「はい、興味はありますね。どれが綺麗とか、似合いそうとか、そういうのを考えているとそれだけで楽しいですし」


服選びと共通するような楽しさがある、ということなのだろう。


だが宮沢にこういうアクセサリーをしている印象がないので、改めてそう聞くとなんだか新鮮だった。


ま、私服で会うことがほとんどないから、アクセサリーの印象なんてあるわけがないんだけど。


「ふぅん。どういうのが好きなんだ?」


「えぇと、どれも綺麗なので迷ってしまいますが…」


宮沢は手前に並ぶ商品をじっと見る。


「そうですね、この緑色のものとか、わたしは好きですねー」


少し悩んで指差したのは、小ぶりな宝石がついた清楚なネックレスだった。


うん、たしかに似合いそうだ。


口に出してそう伝えると、宮沢はにっこり笑った。


「もうそのままプレゼントしちゃえばいいじゃないですか」


「金ねぇよ」


原田の軽口にそう答えるしかない。


「それはうれしいですけど、さすがに悪いですから」


宮沢も苦笑する。


そりゃ、いきなりプレゼントされてもな。


「先輩、あの、りえちゃんにはどんなのがいいと思いますか?」


「え?」


「す、杉坂さん?」


「なんだよ、いきなり」


「いえ、先輩のセンスがどんなものかと思いまして」


いきなり俺のことをはかるようなことしてくる杉坂。


そもそも宝石とか見慣れてないからよくわからないぞ。


「そうだな…ほら、これとかは?」


仕方ない、と覚悟を決め、俺は手前に並んでいるアクセサリーの中からひとつを指差す。


小ぶりな赤い宝石がついたネックレスだった。


特に計算があるわけでもなく、ピンときたのがそれだった。


「あ、それ可愛いですよね」


杉坂が同意する。


おぉ、及第点はもらえたようだった。


「どう? りえちゃん」


「う、うん…」


仁科はなんだか恥ずかしそうにそのネックレスを見た。


「でも、赤ってあんまりつけないなぁ…」


「そうでしょうか? 似合うと思いますよっ」


宮沢にそう言われて、仁科はそうなのかなぁ、と呟いてまじまじと商品を見る。


「うんうん。自分だと選ばない色ってあるよね。私も似合うと思うけどな」


「そうそう、似合うと思うわよ、りえちゃん」


「そうかな…」


「いや、まあ、俺の意見だから」


真剣に考え込む彼女らに、釘を刺しておく。


話を本来の目的に戻して芽衣ちゃんに何がいいのかと尋ねると、やっと思い出したようにどれにするかの話が始まる。


そんな話をしていると他の連中も混じってきて、わいわいと検討会が開始。


…この店内でこの人数は、すげぇ混雑だな。



…。



幸い、心配を余所に話し合いはわりとすぐにまとまったからよかった。


さすがに他の連中も店への気兼ねがあったのかもしれないけど。


ありがとうございましたー、という店員の声を聞きながら店を出る。


とりあえず、用意するものはした。これで一安心ではある。


時間を確認する。そろそろ、待ち合わせの時間だった。


待ち合わせ場所である商店街入口に戻る。


「よっ、岡崎」


「よぉ、春原」


私服の春原と芽衣ちゃんが既に待っていた。


停学中だけど、こいつ、外を出歩いていいんだろうか? ま、そこまで気を付けることはないと思うけど。


俺たちは口々に挨拶を交わす。


「あの、芽衣ちゃん。せっかくですから、みんなでプリントシールを撮りましょうっ」


「わ、ほんとですかっ。嬉しいですっ」


渚が芽衣ちゃんにそう話しかける。


さっき話した作戦。今日はまだプレゼントのことは秘密にしておいて、みんなでプリントシールを撮る。


で、明日にはアクセサリーをプレゼントしてびっくりさせる、という作戦だ。


昨日初めて撮った感想を楽しそうに話している芽衣ちゃんを見ていると、これだけで十分喜んでもらえているような気さえする。明日の反応が楽しみだった。


そんなことを思いつつ、俺たちはゲームセンターに向かった。



…。



「久しぶりね、これ撮るの」


「私はこの前友達と撮ったよ。でも前よりは撮らなくなったな…」


藤林姉妹がプリントシール機を前にしてそんな会話を交わす。


「さ、さすが、すごいですおふたりともっ。やっぱり、都会の女子高生は違いますね」


「いや、さすがにここは都会じゃないわよ」


「でも、実家の方よりは断然都会ですよ」


「プリントシールもないって、どんなところよ、一体…」


「渚ちゃんは、撮ったことある?」


「いえ、ないです。噂には聞いたことがありますけど…」


渚は椋にそう答え、まじまじと機械を見る。


「とってもとっても面白そうなの」


ことみも幾つも並ぶ機械を見比べている。


「ことみちゃんも、初めてですか?」


「うん」


「それじゃ、一緒です。えへへ」


「うん…」


渚とことみは笑い合う。


女子高生でこういうのを撮ったことないという奴も珍しいだろうな。


お互い、いい経験なのだろう…か?


ともかく、撮ることに。


自然、グループは学年で分かれることになる。


俺と渚、ことみに藤林姉妹。


風子と宮沢と合唱部。


そこにそれぞれ芽衣ちゃんが加わる形。順当な分け方だ。


春原はもう自分はいいよ、と断っていた。俺も一緒にそう答えたのだが、なぜか強制参加をさせられた。


狭い箱体の中で写真を撮り、杏が手馴れた様子で『芽衣ちゃんありがとう』的なことを画面に書く。


「わっ、そんなことできるんですねっ」


「普通よ、普通」


「あ、文字だけじゃなくてスタンプもあるんですね」


「普通よ、普通」


「フレームも選べるなんて、とってもすごいの」


「それも普通」


…芽衣ちゃんと渚とことみは、どれだけ遅れているのだろうか。俺も同列だけど。


椋も苦笑している。


撮り終わって、写真を持つ。


機械の中から出ると、入れ替わって下級生組が芽衣ちゃんと共に写真を撮りに行き、出てくる。


滞りなく無事にこのミッション(?)もクリアだ。写真を撮るだけで滞りがあっても困るけど。






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「しばらく撮ってなかったんですけど、いつの間にか結構進化してますね」


目が合った杉坂が声をかけてくる。


「いや、今まで撮ったことないからわからないけど」


「あ、そうなんですか。たしかに、男子が撮るっていうイメージはあんまりないですけど。でも、先輩、彼女とかと撮ったこととかないんですか?」


「いないし、ねぇよ」


「そうなんですか…ちょっと意外です」


そんなモテるように見えるのだろうか?


それは光栄だが、現実は非情なものだ。


「岡崎先輩、よければ一緒に撮りませんか?」


話していると、原田が首を突っ込んでくる。


「写真を?」


「はい。私たちで一緒に。ね、りえちゃん」


「えぇと、そうですねっ。その、せっかくですしっ」


仁科は意気込んで返事する。


「まあ、いいけど」


周りを見ると、杏は渚とことみにもう一枚撮ろうと誘っていたり、芽衣ちゃんは春原とゲーセンを見て回ったり、各自適当に過ごしている様子。別に構わないだろう。


合唱部の三人と一緒に、機械の中に入る。



…。



「それでは、どうぞ、先輩」


「前、空いてますよ」


「ああ…」


杉坂と原田が、まるで示し合わせたように俺は前列へ誘導する。


「さ、りえちゃん、ここ」


「前、空いてるよ」


「う、うん…」


仁科も、戸惑ったように隣に並んだ。


どういうつもりだ、このふたりは。


…仁科と俺の距離を縮めようという計略なんだろうけど。だが、ここまであからさまにやられると照れる。


まあ、いい。


さっさと一枚、撮ろう。


隣の仁科が少し緊張したような挙動で機械を操作する。


この感じだと、後ろの二人が勝手におせっかいを焼いているんだろうな。仁科も大変だ。


ともかく。


フレームを選び、いざシャッターが切られる、という瞬間。


「原田さんっ」


「杉坂さんっ」


後ろの二人が声を掛け合う。


そして、ふたりは同時にしゃがんだ。


カシャリ。


そして、シャッター音。


「ええっ、ふ、ふたりともっ?」


仁科が慌てて後ろを見る。


杉坂と原田は、してやったり、という表情で立ち上がった。


「大成功ね」


「あはは、りえちゃん、ごめんね」


全然悪びれていない。しょうがない奴らだ。


俺たちの手前、画面に今撮った写真が表示された。


ふたり、俺と仁科が並んでいる。お互いにぎこちなく笑ったその表情。初々しい、と言ってもいいのかもしれない顔。


そして。


その後ろ。


…俺と仁科の後ろには、しゃがみ遅れた杉坂と原田の残像が写っていた。


「うぉぉ、超こえええーーーーーーっ!!」


「って、逃げ遅れてるぅぅぅーーーーっっ!?」


俺と原田の叫び声が重なった。


…アホだな、俺たちは。


今さらながらもしみじみと、俺はそう思った。


苦笑するしかない、が、やはりそれは悪い気分ではなかった。


仁科は少しむくれてぽかぽかと後ろのふたりを叩いて、もう一度撮り直す。


そうして、俺たちはきちんと四人で写真に納まった。


さっきの阿呆ふたりのおかげなのか、俺たちは全員、気がぬけたように屈託のない表情でそこにいた。






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「おぉぉーーい! ゆきねぇ!」


写真を撮って機械から出ると、ゲームセンターの奥から、野太い声がした。


すぐ近くで風子と一緒にファンシーゲームを覗いていた宮沢が顔を上げた。


向こうから、不良軍団が手を振っていた。


「あ、こんにちはっ」


宮沢は風子に一声かけ、不良たちのところに歩いていく。


「噂には聞いていましたが、あれが…」


杉坂が冷や汗を流しながら不良たちを見た。


まあ、たしかに傍から見ていると粗暴だよな。


「おらあああーーーっ! 岡崎ーーーーッ!」


ぼんやりとそっちを見ていると、不良の一人が俺に気付いたようで、名を呼んだ。


「おまえもこっちこいよ!」


「…」


まるで恫喝しているような感じで呼ばれた。


俺はため息をつく。


「せ、先輩…大丈夫なんですか?」


仁科が怯えたように後ろに隠れる。


「いつもあんな感じだ」


ま、宮沢も一緒にいるから悪いようにはならないだろう。


ちょっと行ってくる、と声をかけて歩き出す。


「その後、岡崎先輩の姿を見たものはいない…」


後ろに、原田の不吉な言葉を聞きながら。



…。



「よう岡崎、久しぶりだな、おいっ」


「昨日も会っただろ」


「そうなんですか?」


「バッ! それは秘密だっ!」


「大声で自分秘密とか言うなよ…」


男の言葉に宮沢がきょとんと首をかしげて、そいつは自爆を始めていた。


宮沢はその様子を見て、くすくすと笑う。詮索はしないでいてくれるようだ。


「ゆきねぇ、今日はどうしたんだよ?」


「はい、今部活が終わったところなんです」


「へぇ、あいつらがゆきねぇの部員か? みんな可愛いじゃん。まっ、ゆきねぇほどじゃないけどなっ」


「そんなことはないですよ」


宮沢は男たちに囲まれてにこにこと会話をしている。


「岡崎、てめぇ女に囲まれて随分いい立場だな、おい」


「男ほとんどいないってのも辛いもんだぞ」


「チッ、贅沢な奴だな」


俺は俺で、別の奴に絡まれる。もう慣れてきた。


「ゆきねぇ、あの話はもうしたのか?」


「はい、今日しました」


「あいつはなんだって?」


「きてくださるそうです」


「よかったなっ」


「はいっ」


俺を集会に呼ぶ話だろうか、そんな会話を交わす。そういうのは俺が目の前にいないところでやれよ。


「これから暇なら、一緒に店行くか?」


「すみません、これから部員のみなさんとご飯を食べに行くんです」


「そうか、それじゃ仕方ねぇな」


「また今度、伺いますね」


「いや、ゆきねぇも最近は忙しいだろ。無理するな」


「ありがとうございます」


宮沢は一言二言男と会話をすると、とことこと俺の横に来る。


「朋也さん、もうみなさんと仲良しなんですねっ」


嬉しそうにそう言った。


だが俺は、それに対して苦笑するしかない。


別に、仲はよくない。


無理矢理肩を並べさせられているだけなんだけど。


だが。


「おう、ゆきねぇ、任せろっ」


「おまえの友達を、退屈させたりなんかしないぜっ」


俺がぼおっと馬鹿みたいな顔をしていると、周囲の男たちがなぜだか湧き立った。


「よかったです」


宮沢がにっこり笑う。男たちも快活に笑う。


「…」


なんだ、なんだ、この空気。


どうしてなのか身に覚えのある感じだよな、などと考えて、俺はふとこの空気は古河家に少し似ているのだと気付く。


そう、これは、家族の空気に似ているのだと。


そう思い至り、俺は笑うしかなかった。


なるほどな。


俺がなんだかんだ、こいつらを突き放そうと思えないのは、それが理由だったのか。


家族を求めている。


それは、俺も、宮沢も、こいつらも、同じことなのだ。






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