folks‐lore 4/26



218


もやもやとした気分のまま一日が終わり、放課後になる。


今日は土曜日だから、放課後はあっという間にやってきた。


俺、渚、風子、杏、椋、宮沢、ことみ、仁科、杉坂、原田と、全部員が揃って部室で昼食(風子は部員ではないけれど)。


ちなみに今日の俺の昼食は、準備する当番を決めていなかったので久しぶりにパン食だ。来週の月曜日はことみらしい。


渚はパンを片手に台本を見ながらの昼食だった。顔も上げず、一心に台本の台詞を頭に叩き込んでいる。なんだか、かつても見たような景色だった。


それを横目に見つつ、俺たちは演出、BGMのタイミングについて話し合う。


ちなみに本日の発表では杏がBGM、宮沢が効果音と担当することになっている。本来ならば舞台背景を動かす大道具、小物を扱う小道具、照明などと仕事はあるのだが、今日の発表はかなりの簡略版なので、その辺りの役割はない。俺も観客みたいなものだ。


俺は交わされる劇の演出の話を聞くとも無しに耳に入れつつ、手に持つ台本のページを繰って、物語の筋を追った。



終わってしまった世界、そこにまぎれるひとつの魂、彼らの生活、迫る冬、そして旅に出て、最後に歌を歌う。



「とても、不思議なお話ですよね」


ページから顔を上げたところで、隣の宮沢が声をかけてくる。


「ああ、そうだな」


答えながら、簡単にホッチキスでとめて製本された台本をテーブルに置く。


表紙には、簡素に題名が付けられていた。


『幻想物語』


それはかつてと同じタイトルだ。俺が適当に提案し、特に反対意見もなく受け入れられた題。


その下には、今年の西暦と、光坂高校歌劇部、という文字。


ページ数は多くはない。薄っぺらい本だ。


だが、今ではその奥にどれほどの物語が隠されているかを俺は知っている。


「宮沢も、この話、聞いたことないんだよな」


「はい、そうですね」


「なにか、似てる話とかも聞いたことない?」


「…?」


宮沢が目をくりっと開いて、少し首をかしげた。


「この話、多分絵本とかで読んだとかじゃないと思うんだ。誰かから聞いた話とか、そんな気がする。だからもしかしたら、もっとローカルな市史とか郷土史になにかないかなって思ってさ。おまえ、そういうの詳しいだろ?」


「わたしはあまり思い当たらないですが…なるほど、市史ですか。それなら、資料室にあったはずです。もしかしたら、なにかわかるかもしれないですねー」


「ここにあるのか? マジ? さすが詳しいな」


「場所まではわからないですけど、見た記憶はあります」


「…市史?」


話をしていると、ひょっこりことみが首を突っ込む。


「それなら、場所、わかるの」


「え?」


「本当ですか?」


「うん。資料室。いっかい本棚、見たから」


さすがの秀才。ぱぱっと棚を見ただけでラインナップまで頭に入っているらしい。


「ことみさん、すごいです」


「ご本、好きだから」


そういう問題でもない。


一同もう食事は終わっている。


合唱の連中がまとまって歓談していて、風子はひとりでヒトデを彫り始めていて、渚と藤林姉妹で発表の話をしている。


俺たちは席を立って、彼女らに席を外すと告げる。放課後は始まったばかりだし、まだ春原が来るまでは時間に余裕はあるだろう。


部室を出ると、資料室へ向かった。



…。



「はい、これ」


資料室に入ると、ことみはすぐに本棚に向かって、迷わずひとつの棚に立ち、一冊の本を抜き取る。


「ことみさん、すごいですっ」


「…」


宮沢に褒められて、ことみは頬を染めて照れた。なんだかことみのほうが年下に見えるのだが。


「さて…」


俺はことみに手渡された本を見る。


結構大ぶりな、箱入りの本だった。なかなか厚さがあり、持ってみると重量感がある。歴史の重み、というほどのことも感じないが。


箱、本共に地味なアイボリー。セロファンがかけられているが、ぐちゃぐちゃに破れている。それほど状態がいいわけでもないようだった。


箱には大きく市史と箔押しされている。


そして、上巻、と。


「…上巻?」


「うん。あと、中巻と下巻」


本を持つ上に、同じくらいの厚さの二冊をぽんぽんと乗せていった。


「すごい量ですね…」


宮沢は感心したように三冊組みの本を見ていた。


さすがに三冊となると、ずっしりと重い。


ここから目的の情報を探す? しかも、あるかないかわからないものを?


そう思うと、気が遠くなった。


「最後に、これ」


ことみはさらに、止めというように別巻をのせた。


支える手が重くなり、気が重くなった。


「…これは、きついな」


「ですけど、必要なところだけ読めばそれほどかからないと思いますよ」


宮沢は一番上の一冊をひょい、と取るとぱらぱらとめくった。


俺も机の上に本を置いて中を見てみる。


…漢字とカタカナだけで書かれた令状のような文章が延々と続いていた。どうやら昔の令状か何かのようだが、わけがわからないことに変わりはない。


「なんじゃこりゃ…」


頭が痛くなってくる。


「あ、こっちのほうに書いてありますよ」


頭を振りながらページを閉じると、宮沢が開いたページを見せてくれた。


「あぁ、なるほど」


別冊の方で風俗・因習・祭祀などがまとまっているようだった。


「前半は別の記事ですね。言い伝えみたいなものは、後半の少しだけですね」


「ああ」


ラストの百五十ページくらいが民俗関連のようだった。それくらいの量なら、耐えられる。


「こっちは、いらない?」


ことみが積み上げられた三冊をぽんぽんとなでる。


「そうだな」


「はい。さしあたっては、必要ないと思いますよ」


「うん、わかったの」


言うと、手に持ってもとあった場所に戻していく。


それを横目に見つつ、俺は市史の別巻をぱらぱらとめくる。


よくもまあ、こんな色々まとめるものだ、というような情報が列挙されていた。


ほとんどは興味も持たないような記事だが…


その中、「光の玉」という項目があった。その文字を見て、ページをくる手が止まる。


『近隣の市に例を見ない独自の伝承として、光の玉にまつわる言い伝えがある』


そんな言葉から始まり、何ページにもわたってそれについての記述があった。


幻想世界の物語。あの物語の舞台では、草原を光が舞っている描写があった。


目が吸い寄せられる。



…。



「朋也くん」


「朋也さん」


「ん…ああ、悪い」


顔を上げると、もう資料室を出て行く準備を整えた宮沢とことみが入口のほうから俺を見ていた。


俺は慌てて、本を閉じる。


読むだけならば、部室に戻ってからでもできるだろう。


「行くか」


「はいっ」


「朋也くん、朋也くんもご本、好き?」


一瞬、没頭した姿を見たからか、ことみが期待する表情で声をかける。


「いや、好きというわけじゃないんだけど…気になるんだよな、なんか」


「ご本好きになってくれたら、うれしいの」


「ま、面白い本なら好きだけどな」


「なにか、面白そうなことは書かれていましたか?」


「まだたいして読んでないから、わからないな」


宮沢に苦笑で答える。


「だけど、結構長く書かれてるみたいだ」


「あぁ、書いてあったんですね」


「いや、劇に関係あるかはまだわからないけど」


光の玉、という題目で置かれた記述だ。


まだ詳しくは読んでいないが、もしかしたら舞台である終わってしまった世界を指すようなことも書かれているかもしれない。真面目な本だし、あまり期待できないかもしれないが。



…。



話しながら廊下に出て歩いていくと、ちょうど旧校舎にやってきた春原に出くわした。


「あれ、岡崎?」


「ああ、来たか」


放課後になって少し時間は経っている。来るタイミングとしてはほどよい時間だろう。ここで会ったのは、ちょうどいい偶然だ。


「おまえ、なにしてんの?」


「おまえを待ってて、ついでに探し物をしてきたんだよ」


「ふぅん、なにそれ?」


問われ、俺は春原に本の表紙を見せる。春原は途端に興味を失ったようだった。


並んで歩き始める。その後ろに宮沢とことみが続いて付いてきた。


「その本。そんなのなにに使うの?」


頭の後ろに手を組みながら、俺に聞く。


「まあ、色々とな」


「ま、いいけどね。それよりどんな劇なの、僕がこれから見るのってさ。まだ内容とか全然知らないんだよね」


「それはお楽しみだ。今から見るんだから」


「そうだけどね…。タイトルは? 僕も知ってる話?」


「知ってる話ではないと思うぞ」


俺のように記憶の端に引っかかっている、という可能性もないだろう。『前回』の春原の様子を思い起こして、そういう素振りなんてなかったはず。


「ね、有紀寧ちゃん、どんな話?」


振り返って宮沢に話を向ける。


「『幻想物語』、というタイトルですよ。とても不思議なお話です」


「ふぅん、オリジナル?」


「ああ、まあそうだな」


「なるほどね。知らない話なら、面白いかもね」


「まだまだ準備途中だから、粗があると思うぞ」


「そこまでは期待してないよ」


そうは言いつつ、春原の足取りは軽いようだった。


「…春原」


俺は声を抑えて、声をかける。


「なに?」


「おまえ、わかってんだろ? 今日、ここに呼ばれた意味は」


「ふん…」


春原は鼻を鳴らして、ちらりと後ろの二人を見やる。


宮沢、ことみとは少し距離がある。話しかけたり、大声で会話したりしなければ話の内容まではわからないだろう。


「知ってるよ。岡崎たちと合唱部が喧嘩してるのも噂になったけどさ、その後に合唱部のほうが釈明して回ってるのだって、結構な噂になってるからね」


「釈明?」


「ああ、一緒に発表できるようにってことで合併にしてくれたってことだよ。そのために、部員の数が必要なこと」


「…」


そんなところまで、噂として広まっているのか。いや、あるいは、合唱の連中がネガティブな話題の払拭のために話しているのかもしれない。


「で、必要な人数が十人だ。要は僕のサインがほしいだけってことだろ?」


「…春原っ!」


「わかってるさ、岡崎」


こちらの意志を、渚の思いを、全く見もしないような春原の物言いに声を荒げる。


だが、春原は俺の言葉をも押し含めるような静かな物言いで言葉を続けていた。


「おまえらがそれだけじゃないってことくらいは、わかるよ」


「…」


「それだけじゃなくてさ。芽衣も、僕に部活をやらせために呼んだんだろ?」


「…別に俺は自分のためにあの子を呼んだわけじゃない。芽衣ちゃんも、おまえに部活をやってもらいたいって思ってるんだぞ」


「わかってるよ。ていうか、あいつと話してるとしょっちゅうそのこと言われるからね」


「そうか…」


「部活に入るなんて、今まであんまり考えてこなかったけどさ、最近は結構そういうのも考えるよ。あの子たちと一緒に飯食ったり、昨日はゾリオンで遊んだりしてさ」


「今は、どう思ってる?」


「部活について?」


「ああ」


「そうだね、僕は…」


「…春原さんっ」


春原の言葉は、続かなかった。


足音を聞きつけたのだろう、渚が部室からひょっこり顔を出していた。いつの間にか、もう部室のところまでたどり着いてしまっていたようだった。


「ああ、渚ちゃん、やっほー」


先ほどのシリアスな表情が嘘のように、へらっと笑う。


「あの、お待ちしていましたっ。中へどうぞ」


渚に促されて、春原は部室に入っていく。


俺はその後姿を見送ってしまった。


「…もう少しで聞けましたけど、残念でしたね」


「でも、きっと大丈夫だと思うの」


そんな俺の傍らを、宮沢とことみが声をかけて追い抜いていく。


「…耳良過ぎだろ、おまえら」


俺の言葉にくすくす笑う二人の少女に続いて、部室への敷居をくぐる。


…さて。


発表会の、始まりだ。







219


部室の中央部分を広く開けて、春原は黒板前の壇上にイスを置いて座らせる。


杏と宮沢は壁側で音楽・音響担当としてスタンバイ。


残りの部員は窓側に列になって座る。


「なんだかこうしてみると、すごく物々しいですね…」


隣の仁科が苦笑い気味に言う。


「ああ、たしかに…」


答えて中央の渚を見ると、ものすごく孤独そうに佇んでいる。


何を考えているのか、わからないような表情。困惑したり、不安がったりして顔をゆがめているわけではない。むしろ、完全な無表情だった。


それは緊張のせいなのかもしれないが、俺にはなにか理解できないものに彼女の意識がのっとられているかのような、渚のことがよくわからなくなってしまっているような気がして、少し困惑する。


親も子もなく希望もない。そんな印象。まるで物語の少女のようだ。…それならばこれは役作りの成果なのだろうか。これは演技なのだろうか。


それならば、いいのだけれど。


そうでないならば。彼女がわけのわからないなにかに取り付かれているならば、俺は駆け寄って、助けたくなる。声をかけて、救ってやりたくなる。


…今の渚の姿は、かつての創立者祭を思い出させた。


どこにも進めないような姿。立ち止まって、動けない姿。


見えない何かに押しつぶされて、今にも泣き出してしまうのではないか。


渚、と声をかけたくなった。あの時のように。


だが、逡巡。


今は創立者祭の時ではない。衣装は用意してないから渚は制服のままだし、場所だって部室だ、観客は春原のみ、設備だって全然違う。


だけど、あの時のように声をかけてやらねば前には進めないような気がした。


「それじゃ、始めるわよ」


「…っ」


タイミングを見て、杏が言った。


口を開こうとした俺は、空気を飲み込む。


渚に声をかけ、場を動かしたのは、杏だった。


「…はい」


渚は彼女のほうを向いて、答える。俺の位置からはその表情はわからない。


「あの、春原さん」


「ああ…」


春原も雰囲気に飲まれたようで少し緊張した面持ちだった。


「まだ、練習中で、あまりうまくできないかもしれませんが…よろしくお願いしますっ」


「ああ、うん」


春原は曖昧に頷く。


渚はそれを見届けて、薄く笑う。


瞳を閉じて、胸の前で手を組んだ。



…。



そして、語り始める。


終わってしまった世界には、空を舞う光があり、たった一人、少女が残されていることを。


「僕は、この世界を見ていた…」


渚が呟くように言葉をつむぐ。


物語が始まった。



…。



渚の語りと芝居の中で、物語が進んでいく。


ガラクタの人形と少女の日々。


渚の手には台本があるし、可能な限り粗を削ったとはいえ、それでもまだまだ改善の余地があるとは思う。


だが、それでも…引き込まれる。


練習を見ている時でさえ、そうなのだ。通しで見ている今は、それ以上だ。


この物語は、俺の心を揺さぶる。


辺りを見てみると、春原もじっと物語を見ていた。


周囲。他の部員も、渚の芝居をじっと見ている。


空気を吸って、新鮮な血液が全身に巡るように、それらを血肉とするように、俺たちはこの物語を眺めていた。


かつての、創立者祭。


あの発表の場でも、観客の生徒・父兄は非常に熱心にこの劇を見ていた。


ドラマチックな話ではない。


大規模な演出だってない。


構造だけ見れば、非常に淡々とした話なのだ。


だが…心に入り込む。


この物語は、町の人々に。


それはなぜなのだろうか。


母体の中で聞かされた御伽噺のように、どこか心に懐かしい。


俺は、俺たちは。


この物語を知っているのだ。


記憶の奥の、魂の領域で。



…。



物語が佳境を迎える。最終盤。渚はもはや台本を見てもいなかった。ここの部分は、相当練習して台詞も覚えているのだろうか。それとも…。


少女は力尽き、彼女の思いは、人形の『僕』に託される。


…たくさんの光たちの幸せを願う、心…


…もし、大切な人が不幸になるなら…


…それで、助けてあげてほしいの…


「…」


どうしてだろう。


この言葉は、いつもまるで自分に言われているような気がする。


しん、と空気が固まっていた。


渚の劇に魔法をかけられたように、俺たちは劇を見守っていた。


もはや杏も宮沢も自分の仕事は終えている。音楽はない、効果音ももうない。


渚の独白が進んでいく…。


彼女の声が、段々と小さくなっていく…。


そして、やがて訪れる、静寂。


少女の言葉が、ぷっつりと途切れる。


静寂。


静寂。


身を凍えさせるように、沈黙。


そして、その中で…


小さな声で、歌声が聞こえる。


彼女の口から、歌声が聞こえた。


「だんご、だんご…」


それは、はじまりの歌だ。なんて、緊張感のない歌だ。張り詰めた魔法が、解けたような気がした。


「だんご、だんご…っ」


少しずつ、声が、大きくなる。微かだった言葉の輪郭が立ち上がる。


だんご大家族の独唱が始まった。


俺は春原の顔を見る。だんご…? とでもいうような不振な顔。


シリアスな場面からお子様向け歌謡曲が始まって戸惑いが隠せないようだった。


「だんご、だんごっ」


彼女に合わせて、部員たちも歌をうたう。


すぐにそれは、合唱になる。だんご大家族の合唱。


春原の顔を見る。だんご…!? とでもいうような驚愕の表情。


俺はなんだか、笑えてきた。


周りを見てみる。


渚は今はもう笑顔になって、歌をうたっていた。


それにつられるように、部員たちも笑いながら、もうやけくそ、というような様子に歌っている。


「お、岡崎…?」


突然謎のだんご異空間に放り込まれて呆然とした春原が、まだだんごを口ずさんでいない俺に救いの目を向けた。


「春原…」


「岡崎…」


「春原…!」


「岡崎…!」


「だんご、だんごっ」


「…岡崎までーーーーーーーーっ!!?」


春原は頭を抱えで絶叫した。






220


「なんか、シリアスだったのにすんげぇラストだったんですけど…」


劇が終わって落ち着いた春原の第一声は、それだった。


「まあ、気持ちはわかる」


「ていうか、あれで終わり? まだ先は作り途中?」


「いや、完結してる」


「ふぅん…?」


春原は納得いかないような微妙な表情で唇を尖らせた。


「あの、春原さん、どうでしたかっ?」


「うん、正直そんなに期待してなかったんだけどさ、なんか予想以上に良かったよ」


「そうですかっ」


褒められて、渚は嬉しそうに顔をほころばせた。


「それなら、良かったですっ」


春原の心はつかめたようだった。


ここから、部員への勧誘へ話を進める計画だ。


おまえも一緒に部活をやってくれないか、と口を開こうとした。


だが、開きかけた言葉は、今度は校内放送のチャイムに閉ざされた。


俺たちはなんとなく視線を壁の隅にスピーカーに集めて、放送を聞く。さっさと聞き流して、春原にはまだまだ話があるのだ。



『三年D組、岡崎朋也さん、春原陽平さん、至急、生徒会室まできてください』



「…」


ぽかん、とその放送を聞いていた。


『繰り返します、…』


…呼び出し?


生徒会に?


しかも春原も一緒なのか?


頭の中に、いくつもの疑問が乱れ飛んだ。だが考えても結論はでない。


「お、岡崎さん…」


自分が呼び出されたわけでもないのに、仁科が不安そうに顔を歪ませた。


「…」


彼女も、きっと俺と同じことを考えているのだろう。


まるで先週のようだ、と。


俺は朝に出会った生徒会長の顔を思い出した。


あの男の、俺への敵意。


「…」


俺には。


春原と言葉を交わす前に、争わねばならない相手がいるようだった。



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