folks‐lore 4/25



210


空の下に音が響いた。


俺とオッサンは、はっとした表情で、互いを見つめた。


胸ポケットの、ブザーが鳴った。


…お互いの、ブザーが鳴っていた。


それを認識して、俺とオッサンは、互いに笑みを交わしていた。


「へっ…」


「はっ…」


勝負は、引き分け。


確かに勝ちを狙っていた。だが、この結果に心は晴れ晴れとしていた。


そうだ、きっと、今はこれでいいのだ。


俺はそう思っていた。


「小僧」


「なんだよ、オッサン」


「てめぇ、なかなかやるじゃねぇか」


「…そりゃどうも」


俺たちは言葉を交わす。


「…岡崎さん」


いつの間にか、傍らに渚が寄り添っていた。


「あぁ…。悪い、勝てなかったな」


「いえ、すごかったですっ。わたし、全然見えませんでしたっ」


「そうなのか?」


一瞬現れた、火事場の馬鹿力といったところだろうか。


さすがにまだ地力でオッサンに勝てるまでとは、言えないからな。


「おい、渚。こいつが、おまえの言っていた奴だろ? それなりに、見所はあるみたいじゃねぇか」


「え?」


オッサンに話しかけられた渚は、ぽかんとしてその顔をまじまじと見つめた。


オッサンと渚が、少しだけ、見詰め合う。


そして…。


「あっ」


渚が、はっとした顔になった。


「お父さんですっ」


「……」


オッサンはしばらく、呆然として…


「実の娘に、認識されてねぇぇぇーーーーッ!!?」


海老反りになって絶叫した。



…。



「で、結局引き分けだけどさ、優勝者はどうなるんだ?」


「そりゃ、俺だ」


「…」


「倒してきた人数が違うんだから、当然だろうが」


俺の呆れた視線を受けて、オッサンはそう釈明する。


「だがな、この学校で勝ち残ったのはそっちだから、ここでの参加者への命令は、譲ってやるよ。それでいいだろ、渚」


「あ、はい…。わかりました。ところで、どうしてお父さんはこんな戦いをしているんですか?」


「愛してるぜ、娘よ」


「…」


この人、ごまかし始めた!


「あ、はい。わたしもお父さんのこと好きです。その、ところで…」


「渚。おまえは世界一の娘だ」


「あ、ありがとうございます…」


渚は照れたように頷いた。


…というか、ごまかされてるーーーーッ!!?


俺は今さらながら、古河家のクオリティに脱帽した。


というか…。


こういうやり取りが、あまりにも懐かしすぎて、本当は笑ってしまうべきところを泣きそうになった。


ああ、そうだ…。


俺はずっと、こんなやり取りを傍らに見ていたのだ。


俺は、古河家を見ていて…


家族とは、実は、かけがえがないものだと、教えられたのだ。


少しだけ笑えて、だけどものすごく胸に湧き上がる衝撃があって、俺は泣き笑いのような顔になってしまっていた。


だが、慌ててその表情を取り繕って、二人に話しかける。


「渚。俺たちが優勝だけどさ、願い事はなんなんだ?」


「あ、そうでしたっ」


渚は命令権を手に入れて、だが困ったような顔をした。


何も考えていませんっ、と続けて、助けを求めるように俺を見た。


「…いや、俺もなにも考えてない。というか、別に思い浮かばないし、何かあれば、決めてくれよ」


「えぇと…」


俺の言葉を受けて、渚は困ったように考え込む。


そしてすぐに、ぱっと顔を上げた。何か思い浮かんだようだった。だが、窺うように俺を見て、それがなんなのか、言葉にはしない。


「思い浮かんだか? 何でもいいから、言ってみてくれよ」


「あ、はい…っ。わたし…」


渚は、恥ずかしそうに言葉を続けた。


「できれば、ですけどっ。わたし、みなさんに、おうちに遊びに来て欲しいですっ」


それが、渚の願いだった。


…そういうわけで。


俺たちの今週末の予定は、めでたく埋まったのだった。





211


他の参加者に、優勝者の命令(というより、お願いというような内容だが)を話して回る。


春原にはその旨を言い聞かせ、あいつは今日はこのまま帰るようだった。


教室で創立者祭の話をしていた藤林姉妹は、この願いは快く受け入れてくれていた。というか、少し拍子抜けした風でもあった。だが、俺たちの(校内戦での)優勝を、素直に祝福してくれていた。


智代に対しては、今は生徒会長選挙の講習に参加しているはずで、今日は顔を合わせることができそうにないため、靴箱に手紙にして入れておいた。


風子、ことみ、宮沢、仁科、杉坂、原田は普通に部活を始めていたため、部室でその話をする。


彼女らも、特に問題なくこちらの頼みを受けてくれる。


どうやら、週末の古河家は、随分騒がしいことになりそうだった。


早苗さんの塾で賑わう風景は知っているが、渚がこんな大勢の友達を家に連れてくるのは初めてではないだろうか?


この願いを言った時、オッサンも少し嬉しそうにしていたことを思い出す。


…そのついでに、優勝祝いに俺の嫁の手作りパンを食わしてやろうか? などと調子のいいことを言っていたことを思い出す。


早苗さんのパン。それって罰ゲームじゃねぇか。というか、そのセリフでオッサンが商店街の他の参加者へ要求する命令が予想がつき、合掌。


ともかくそうして、長い一日の戦いは終わり、無事に部活が始まった。








212


明日は、春原への劇のお披露目の日だ。


台詞の暗記に関しては既に諦めており、台本を持ちながらの演技。


だからこそ、間違いなくできるように何度も練習しながら、細かなところを詰めていく。


途中から杏と椋もやってきて、ああだこうだと言いながら質を上げていく。


合唱の三人も、今日は音楽室のCDを聞いたりして、劇のBGMを話し合ってくれている。


俺はといえば、幸村が持ってきたシンセサイザーをいじっていた。効果音が出せる機材だ。


「効果音か…」


「必要な場面、といいますと…」


俺と宮沢は、顔を突き合わせて台本をくる。


ドアの開閉、足音、作業音、雪道を歩く足音、そしてラストシーンに光が満ちるような音など、やろうと思えばどこまでも突き詰めていけた。


幸村の助言を得ながら、台本に書き込みを入れていく。


「岡崎さん」


「あぁ、なんだ」


宮沢と効果音を鳴らしながら話し合いをしていると、仁科が話しかけてくる。


「音楽、幾つか候補があるんですけど…聞いてもらっていいですか?」


「あぁ、わかった」


「それじゃ、わたしもお伺いしますね」


一緒に作業していた宮沢も中座する。教室の後方、杉坂と原田の待つ方面に足を向けた。


「世界観をうかがってみて、私はラヴェルがいいかな、と思いまして」


言いながら、仁科はCDをいくつか流していく。


「お話の女の子は、世界に、一人ぼっちなんですよね。だから、そういう雰囲気が出るようなもので…私は、マ・メール・ロワが一番いいと思うんですけど」


そう言いながら流す曲は…聞き覚えがあった。


そういえばたしか、以前の演劇でも、この曲を使っていたような気がする。随分前だからはっきりとは言えないが、たしかにこんな感じだった。


「あぁ、これでいいと思うよ。ぴったりだ。宮沢はどうだ?」


「わたしも、いいと思いますよー」


「りえちゃん、クラシック詳しいからすごいよね」


「あはは、無理矢理練習させられた曲とか、忘れられないだけだよ」


仁科は杉坂にそう答えながら笑う。


「ですけど、場面によって色々な曲を使い分けるなら、他にも考えてみます。ラストシーンとか、結構雰囲気違いますよね?」


「あぁ、そうだな。クライマックスって感じの曲があればいいかもな」


「そうですね…。それなら…」


仁科は言いながら、いくつかの曲をセレクトしてくれる。


…とはいえ、CDは音楽準備室にあるので、何度も何度もそこを往復することになる。


そうしてBGMも本決まり。着々と準備が進んでいることを実感した。



…。



「よう、そっちはどうだ?」


BGMや効果音が大体決まり、渚を中心にそれを囲む杏、椋、ことみの集団に声をかける。


「岡崎くん」


「あ、朋也くん」


「それなりにはできてると思うわよ。ね、渚」


「えぇと、そうだといいんですが…」


渚はちょっと、不安そうな表情。


「渚ちゃん、とってもがんばってるの。すごく上手だと思うの」


「ことみちゃん、ありがとうございます」


「あの、私も、あまりお芝居とか詳しくないので自信を持ってはいえないですけど…すごく、いいと思いますよ。やっぱり古河さんがストーリーの感じをきちんと知ってるからだと思うんですけど」


「それはるかもしれないわねー。渚の演技を見てるから、あたしたちがなんとなく雰囲気わかるっていうのもあるかも」


「あ、いえっ。そんなことないですっ。わたしなんか、まだ全然ダメですから」


「…渚」


卑屈な言い方を始めたのを見て、俺は静かに、彼女の名を呼んだ。


「あ、いえ…っ」


渚は俺の目を見て、慌てて言い直す。


「どちらかというと、いい感じかもしれません…っ」


素直に言い直していた。


「なに言わせてんのよ、あんた」


杏に白い目で見られた。


でも、恥ずかしそうにしている渚が可愛いからいいとする。


そうこうしているうちに、部活も終わった。


前半は戦いだったので、部活の時間は随分と短く感じた。



…。



家に帰った俺は、芽衣ちゃんに週末の話をする。


「渚さんの、おうちですか…」


夕飯の用意をしている彼女の後姿を見ながら、俺は話をしていた。


今日のメインのおかずは、シチューらしい。シチューは好物だ。


「あぁ。芽衣ちゃんの予定次第だけどさ、よければ一緒にどうだ?」


しかし、彼女の後ろを見ていると、なんだか幼な妻、という感じがして微妙な気分になる。そりゃ、相手は中学生なんだからそういう想像はアホらしいとも思うのだが、家事をしてもらうとどうしても家庭を感じてしまい、意識してしまう。


そういえば、渚と同棲をはじめた頃も、同じようなことを感じていたな。まあ、あの頃はすでに結婚も視野に入っていたけど。


「そうですね…。はい、わかりましたっ。もしよろしければ、わたしもお邪魔させてもらいますねっ」


少しだけ考える素振りをしたが、すぐににぱっと笑顔になった。


「あ、そういえば、拳銃の戦い、どうなったんですか?」


「あぁ、あれはさ…」


話題を、今日のゾリオン戦に移す。


くぐり抜けてきた様々な戦いについて話すと、芽衣ちゃんはリアクション豊かに相槌をうってくれる。話しやすい。


…が、途中、シチューの匂いにつられて台所に入ってきた風子が話しに混じると、話題はカオス。


なぜかいつの間にか、ゾリオンはヒトデを巡る浅ましい男女の争いに彩られていった。


…ヒトデ大好きなのはおまえだけなんだと思うのだが。


「あははっ、なんだかすごく楽しそうですねっ。わたしも、そのゾリオンに参加できれば、楽しかったんですけど」


「芽衣ちゃんと風子が組んだら、最強ペアの誕生ですっ」


「がんばりますっ」


「…」


最強ペア、ねぇ…。


たしかに実際、ペアになったらどういう組み合わせが最強だったのだろうか?


まあ、俺は自分と渚のペアが最高ではあるとは思うのだが。最強とまでは言わないが。


そんな話をしていると、やがて夜が更けた。


人に囲まれた時間が過ぎるのは速い。


なんだか今日も、あっという間に過ぎ去っていったような気がした。


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