folks‐lore 4/24



189


幸村に芽衣ちゃんを紹介して、なし崩し的にここにいることの許可を取り付ける。


部外者ではなくて、家族なんだから関係者なんだろう? という理論でゴリ押したと言うほうが正しいかもしれない。


そして、これからのことを少し話す。春原を十人目、最後の部員に誘っていきたいこと、だ。


「うむ、それがいいじゃろう…」


返ってきた言葉は、それだった。


春原に、この学校に帰属する何かが必要であることは、幸村も思っているようだった。


そしてそれが、かつて諦めた部活であるなら、それはいいことだ。


幸村はその後、幾つかアドバイスを残して、部活を辞した。あの人もなんだかんだ、仕事は多く持っているらしい。そういえばかつての小ぢんまりとした演劇部だった時も結構忙しそうだった。定年間際なのに大変なことだ。


その後は、再び演劇と合唱に分かれて、作業。


隣の教室から聞こえてくる切れ切れの歌声を聞きながら、俺と宮沢は台本をやっと、完成させる。


「…悪い、思いのほか時間がかかっちまった」


台本を部員で読み合わせながら、そう言うしかない。思った以上に時間がかかってしまった。


「いえ、ありがとうございますっ」


渚はぺこりと頭を下げた。


正直、じいさんの協力が大きかったな。なんだかんだ、脚本作業は初めてだった。


「これを土曜までに覚えるのは…」


言いながら、俺はちらりと隣、椋を見る。


「あ、えぇと…」


その視線は杏へ。


「難しいわね…。渚、土曜は台本は持ったままの演技にしましょ」


「あ、えぇと…いいんでしょうか?」


杏の言葉に面食らった表情の渚が、意見を求めるようにこちらを見た。


「ま、今回は完成させなきゃいけないってわけじゃない。セリフ覚えても演技ができなきゃ仕方がないかな」


本当は暗記できればそれに越したことはないが、さすがにひとり芝居だけあってセリフは多い。


二日程度で全て暗記というのは厳しいだろう。だったら初めからそこは捨ててかかって、別のところできちんと点を稼いだほうがいい。


演技もあるのだ。ひとまずはそちらを重点的に完成に持っていくしかない。


かつて渚が台本を覚えるのに相当難儀していたのを横で見ていたから、さすがにセリフはやればできるとは言えない。


ことみあたりだったらさっくり暗記してきそうだけどな。


「…はい、わかりました。そうします」


「発表会といってもラフなもんだし、そこまで気合入れすぎるのもよくないぜ」


「そうよ。何といっても、観客はあいつだし」


俺と杏がそう言うと、渚は安心したように笑った。


「渚ちゃん、とってもがんばってるから、きっと大丈夫なの」


「ありがとうございます、ことみちゃん」


ふたりは笑い合う。


結構いい組み合わせというか、息は合っているようで、安心する。


「…ああ、杏、そういえばさ」


「なによ」


ふと春原が置いていった紙袋が目に入り、杏に声をかける。


「春原の奴が言ってきたゲームがあるんだが…」



…。



春原が発案したゾリオンの話をすると、杏は楽しそうに口を歪めた。


「…へぇ、優勝すれば何でも言うことを聞かせられる、ね」


「…」


邪悪な笑みだった。かなりノリノリのようだった。


厄介な奴が参入してしまったな、やはり。そう思って、小さくため息をつく。


「チーム戦ですか…。わ、私足手まといになってしまいそうです」


「大丈夫よ、椋。運動神経というより、反射神経と作戦が大事そうだしね」


杏は袋から銃をひとつ取り出して、手の中でくるくるともてあそぶ。


そして再び…悪魔みたいに小さく笑う。


この女、チームが決まったら、誰かと結託して速攻潰したほうがいい勢力なのではないだろうか?


「えぇと、みなさんもやるんですよね?」


まだ不安な表情のまま…椋は部員を見る。


「はい、楽しそうですよね」


宮沢は、にっこり笑う。こいつは何でも受け入れてしまいそうだから、これくらいでは全く動じない。


「わたしも、ちょっぴり不安ですけど、楽しいと思います」


先ほどはそこまで乗り気な様子でもなかった渚だが、やると決めたなら、断るつもりはないようだ。


「どうやら、風子の華麗なスナイパーぶりをみなさんにお見せする時が来たようです」


風子は戦意十分のようだ。


…強敵では、ないと思うけど。


「ことみは…」


見てみると、ことみも銃を手に持って、いじくり回している。


結構乗り気なのだろうか? あるいはただ研究熱心なだけなのか?


「…?」


首をかしげて、こちらを見た。


「いや、なんでもない」


「うん」


再び、銃をいじくりだす。壊さないだろうか?


「なんだか、面白そうですねっ」


芽衣ちゃんはニコニコ笑っている。


「そうね。でも…誰とペアになるかで、色々変わってきそうね」


杏は前髪を揺らして、一同を見渡した。


…たしかにそうだろう。


仮に俺と杏なんかがペアになったら、結構強力なチームになりそうだ。あるいは、仲間割れがひどくて最弱、という可能性もなくはないけれど。


「それでは、チームを決めましょう」


ちらりと時計に目をやった渚が、そう言う。


もうすぐ下校時刻だった。


「それでは、合唱のみなさんを呼んできますね」


宮沢が座を立って、すぐに仁科、杉坂、原田を呼んでくる。


昨日も思ったけど、やはりこれだけ人数がいると多少手狭だよな。


教室の後ろのほうに机を押しやっているが、不要なものは隣の教室に移してしまったほうがいいかもしれない。演技の練習をする時など、スペースは広く取ったほうがいいだろう。


そんなことを考えているうち、女性陣はチーム決めをどうするかを話し合っていた。


そうして、なんやかやとルールが決まる。


本当は完全くじ引きというのがフェアなのだが、センサーの所持者が一人でいるところを狙い打ちにされるようではアンフェアだ、という話がまずでる。


できる限り、チームメイトとは常に一緒にいることができるように、という方向へ。


俺も不満はなかった。


特にことみなんかと休み時間のたびに合流しに行くとなるとさすがに大変だろう。俺だったら授業をサボればいいが、他の連中はそうもいかない。


あとは、学年が同じでなければやはり不利になってしまう。同学年で組んだほうが不公平は回避できる。


そういったことを考慮に入れると、話はかなり早くなる。


二年生の宮沢、仁科、杉坂、原田は適当に二組。


一年の風子と、最上級生だが学年の縛りが関係ないことみで一組。


三年の俺、渚、杏、椋で適当に二組。


後はじゃんけんでチームを決める、というくらい。



…。



…結果。


俺と、渚。


椋と杏。


宮沢と杉坂。


仁科と原田。


風子とことみ。


前者がアタッカー、後者がセンサー守備だ。


そして、春原、智代がチームにならず、ひとりずつ。


最後に…全ての元凶たる、謎の男、だ。



…。



…勝ち上がることができるだろうか。


俺は配られた無骨な銃を目の前に持ち上げる。


ずっしりとした重み。その重みは、腕に感じ、心に感じる。


俺は既に武器を手にとってしまった。


この銃が、火を噴かないことなんて、ないのだ。


俺はそう思った。


…などと言うと、カッコつけすぎだが。


まあなんにせよ、明日の勝負だ。


楽しめればいい。俺は素直に、そう思った。






190


途中でスーパーに寄って夕飯の材料を買って、帰宅。


「…うおぉ」


俺は、家の中の様子を見て、声を上げてしまった。


なんということでしょう。


玄関の土間の部分に砂と埃の混合物が溜まっていたのとか、廊下の細かな汚れとか…


気になりはするけど、そこまで掃除する気が起きない、というレベルの汚れがいくつかあったのだが、見事にきれいになっていた。


はみ出していた無駄な物などがきちんとしまわれ、あるいは整然と並べられているので、安っぽい家が前よりも上等に見えた。


「すっげぇ綺麗になってるな…」


「お昼はあまりやることがなかったので、気になるところはやっちゃいました」


「ありがと。この家がこんな綺麗になったの、初めてだ」


「まだまだ見えるところだけですけど」


「芽衣ちゃんすごいですっ。さすがは風子の妹といったところでしょうか」


おまえは関係ない。


話しながら、靴を脱いで家に上がる。


ここまでちゃんと綺麗にされると、汚してしまいそうで生活もおっかなびっくりになってしまう。


汚さないように気をつける、というのが一番の掃除なのかもしれないな、とも思った。


ひとまず、自室へ。


「おぉ」


部屋の様子を見た俺は、またもや声を上げてしまった。


…めちゃめちゃ片付いている。


結婚した後の影響で、割と部屋は綺麗に使う習慣があったとは思うが、それでも男の暮らしだ、そこまで大層なものではなかった。


ほとんど未踏の地となっていた部屋の片隅や、ベッドの下もきちんと掃除されている。布団も干してくれたのだろう、ベッドに触れるとじんわりとした温かさがある。


芽衣ちゃん、今日一日でどれだけ働いたのだろうか?


この家全てが洗濯されて、春原の部屋も。


それでいて疲れた様子もなく笑っているというのは、信じられない。


掃除が趣味で疲れないのか?


あるいは、手際がめちゃくちゃいいから、休む時間も結構あったのかもしれない。


どちらにせよ、頭が上がらないな…。


俺は苦笑する。そして立ち上がる。


夕飯くらい、こちらが用意しよう。


なんといっても、彼女がお客さんであることに変わりはないのだ。


少しは休んでもらわなければ、俺の心も休まらない。


「…ん?」


一歩、歩き出した俺は、ふと本棚の一角が目に付いた。


今まで机の上に溢れていたのだろう本が、本棚のデッドスペースだった場所にしまわれていた。


なんだか、やけにけばけばしい本の一群…。


俺はその中の一冊を取り出してみる。


『月刊パフェ二月号』


「…」


他の一冊を取り出してみる。


『季刊クラスメイト秋号』


「……」


見覚えのある、本たちだった。赤面したくなるような、ソフトなエロ本たち。


…そうか、俺は、そういえばこんな本を持っていたのか。


そうか…。


そうなのか…。


俺は想像する。


このお菓子の本などを整理整頓する芽衣ちゃんの姿を。


俺は目を凝らす。


きちんと五十音順に並べられた、エロ本の数々を。


「…」



…。



「死のう」


俺は呟いた。



…。


……。



「岡崎さーん、ご飯できましたよーっ」


真っ暗になった部屋で体育座りをしていると、部屋のドアが叩かれる。


「…」


「岡崎さーん!」


「…いらない」


「えっ?」


「ご飯、いらない」


「…」


「…」


ばたばたばた、と足音。


静かになった。



…。



ばたばたばたっ。


「岡崎さーんっ」


「岡崎さん、どうしましたかっ? 悩みがあるなら、風子が聞いてあげましょう」


…風子を連れてきただけだった!


「なんでもねぇよ。ほっといてくれよ」


…沈黙。


がちゃん。


「…おいっ、勝手にドア開けるなっ」


鍵のないボロ家の悲しい実情だった。


「わ、真っ暗」


「岡崎さん、なにしてるんですか?」


芽衣ちゃんが電気をつけて、風子が訝しげに俺の前までやってくる。


「ご飯、できてます」


「はい、がんばって作りましたっ」


風子が俺の腕を取って、立ち上がらせる。


芽衣ちゃんはにっこり笑って俺を見ていた。


「もう準備してますから。冷めちゃう前に、食べましょう」


「…」


ああ…。


芽衣ちゃん…。


未だ、そんな眩しい微笑を向けてくれる彼女の顔を直視できない。


こんなエロ本をこそこそ隠し持っていた男に、なんの軽蔑も距離感もなく、相変わらず接してくれる彼女が眩しい。


風子がずんずん俺の腕を引いていく。


芽衣ちゃんは少し行った先から、こちらを見ている。


俺は素直に彼女らに付き従っている。


…まぁ。


こんな関係も、なんだか滑稽で、悪くないのかもしれないな、と思った。


「…」


いや、悪いには悪いよな。俺の年長者の威厳はどうなったんだ?


自分を深く見つめ直してしまう、夜だった。


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