folks‐lore 4/24



183


「よぉ、岡崎…」


放課後になったところ、妙に神妙な顔をした春原が帰ってくる。


机の上に、紙袋をどさっと置く。ガチャガチャとした騒音。


「なに、それ?」


大きな紙袋だった。中には袋詰めされた何かが入っているようだが、傍からはわからない。


「まあ、聞いてくれよ、岡崎…」


やたら作った感じの表情のまま、続ける春原。


「…」


「僕は今日、智代に無理やり起こされたから、ムシャクシャして商店街をうろついてたんだよ」


「校外に出るなよ…」


俺は呆れた。


ま、芽衣ちゃんに会いに行っていた、というところだろうけど。で、追い出されて商店街にでも向かったのだろう。


「そうしたら、おもちゃ屋の前である男と出会った。そいつは僕に向けてこう言ったんだ」


春原は、がさがさと紙袋の中の包みを解く。


「暇してるなら、おまえもやるかい、と」


そして、他の生徒からは見えないように、そっと俺に見せる。


それは…


「それで渡されたのが、これだ」


銃だった。


「赤い稲妻ゾリオン。センサーを体に取り付けて、それを射撃して遊ぶ対戦型のおもちゃだ。まさしく渡りに船、僕も速攻で、その話に乗ったってわけだ」


「ふぅん…。ていうか、いくつあるんだよ?」


結構な量があるようだった。


「その男が持ってた分を貸してもらって、七つだよ。これでバトルロワイヤルをやろうってわけさ」


「なんでそんな持ってるんだよ、そいつ。ていうか、その遊びにこっちを巻き込むつもりか、おまえ」


「岡崎もだけどさ、あの部員たちもだよっ」


春原がここで、鼻息荒く顔を寄せた。


「…あいつらも?」


「そう」


俺の怪訝な言葉に、春原は楽しげに肯定。


「実は、明日このバトルが始まるんだけどさ、このゲームの敗者にはある罰則があるんだよ」


「罰則?」


「そう。勝利者の言うことを、一週間の間、聞かなければならない。どんな内容であっても、だ」


「…」


「な、やる気出てきただろ?」


「まあ、おまえがそんな喋り方になってる理由はわかったよ」


しかし、歌劇部の連中も巻き込もうというあたり、けっこうあいつらに対する心の壁は薄くなってきているのだろうか。


「はぁ、はぁ、あの子たちにどんな命令をしてやろうかな…」


「…」


ただの、エロだった。


「じゃあな、春原」


「待て待て待てっ」


傍らをすり抜けようとした俺の制服の裾を掴んで、追いすがる春原。


「岡崎、おまえも参加してくれって! うまくやればパラダイスだぜ?」


「んな暇じゃないんだが…」


「あの部活の子たち、可愛いじゃん? なんでも命令できるんだぜ? 見た感じ、そこまで強敵ってわけじゃなさそうだろ?」


「…あぁ、おまえはまだ、知らないのか」


「何を?」


「部員には、杏もいるぞ」


「え…?」


杏、椋、ことみ。春原が知らない部員(全員顔合わせはしてるけど)は三人いる。


それを聞いて春原は…


「うわあああぁぁぁぁーーーー…」


ぶるぶると震えだした!


「おまえどんだけ弱いんだよ…」


「い、いや…むしろ杏に命令できるなんて、こんな機会はもうないかもしれないぜ?」


「…」


春原は必死に俺を勧誘している。


「それに、実はもう、智代も参加するって言ったんだよ」


「…マジで? あいつが?」


「ああ。どうも僕の遅刻をやめさせたいみたいだったね。おまえも参加するって言ったら、結構乗り気だったよ」


「おまえな…」


ため息をつきつつ、俺は考える。


…春原が向こうから部活に関わろうとするなんて、初めてではある。エロ目的だけど。


それだったら、受けてもいいかもしれない。どうせ春原が勝ち残るとは思えない。


杏が勝ったりしたら、何言われるかわかったもんじゃないけど…。


あと、不安要素は…


「春原」


「ああ、腹は決まったか?」


「おまえを誘ったその男。どんな奴だった?」


不安要素は…正体不明のその男。


そいつがどんな無茶を言ってくるか、そして実力も未知数だ。その存在が不気味だった。


「長身の男だったよ」


春原は目を閉じて思い出しながら言葉を繋ぐ。


「年齢は…三十歳くらいかな。結構体格はいいし、運動神経よさそうだったな。タバコ片手にスカした感じで、たしかに考えてみると、強敵かもね…」


「ふぅん…」


昼間から商店街をうろついているゲーム好きの男。そして春原のいう特徴…。


「…」


まさか…。


俺の脳裏に、ひとつの可能性が浮かんでくる。


…いや、まさかな。


ほんと、まさかな。


「なぁ、春原、その男、だけどさ…すげぇ口調はぶっきらぼうで、やたら眼光鋭くて、いい年した不良みたいなオッサンだったか?」


「あぁ、うん、そんな感じだったよ」


春原は笑って答える。


「さすが岡崎じゃん。話聞いただけで、そこまでわかるとはねっ」


「…」


いや、まだ、これだけじゃ確定というわけでもないのだけれど、他にそんな変態は思い浮かばない。


そういえば、まだ、会っていないよな。


…オッサン。



…。



「参加しよう」


「マジでっ?」


「ああ」


俺は頷いていた。


まさか、こんな機会があるとはな。


俺はついつい、苦笑してしまう。


奇妙に胸が、疼いていた。








184


春原を伴い、俺たちは部室へ向かっていた。


「ははっ、どんな命令をしてやろっか? めちゃめちゃ興奮してきよっ」


春原は有頂天だった。


「おまえ、能天気な」


「ははっ、わかってるよ。岡崎、おまえにもいい目を見せてやるよ。一緒に勝ち上がろうぜ」


「…」


呑気な奴だ…。



…。



部室に入ると、遅れて来る藤林姉妹以外の連中は揃っていた。ことみもいる。


俺に続いて入ってきた春原を見て、一様に驚いた顔をする。


「春原さんっ、こんにちは」


渚がてらいもなくにっこりと笑う。


「ああ、うん」


春原も、釣られたようにへらっと笑った。


「今日は、どうかされたんですか?」


「ああ、うん。ちょっと話があってさ」


フレンドリーに、宮沢に答える。


先日とは打って変わった様子で、仁科や杉坂は目を白黒させている。たしかに、その気持ちはよくわかった。


「実はさ、明日、ちょっと面白いイベントがあるんだけど…」


春原はそう言って、がちゃがちゃと銃を袋から出す。


そして、センサーを取り出して見せながら、先ほどと同じような説明。



…。



「とっても面白そうです」


話を聞き終わると、渚はにっこり笑って、ぽん、と手を打つ。


「ですけどわたし、運動は苦手なので、精一杯みなさんの応援をさせていただきたいと思いますっ」


「いやいやいやっ」


渚の続けた言葉に、春原はツッコミを入れる。


「渚ちゃんは絶対参加だよっ」


「…ええっ」


困った顔になる。


「ですけど、わたしなんかが一緒になっても、きっと面白くないです。みなさんに、迷惑を掛けてしまうと思いますっ」


「いやいや、迷惑なんてことはないよ。なっ、岡崎っ」


「…」


春原にとっては、相手が戦力外のほうが都合がいいのだろうが。


「宮沢、どうだ?」


我らがご意見番、宮沢に聞いてみる。


「面白そうですし、わたしは賛成ですよ?」


「仁科は?」


我らが良識派、仁科に聞いてみる。


「えぇと、あんまり派手にやると先生に怒られそうですけど…反対はしません」


…仁科も、反対ではないか。少し意外だった。


「ほら、こいつらもこう言ってるし、お遊びみたいなもんだよ」


「…杉坂さん、私たちの意見は不要みたいですね」


「原田さん…。今私もそう思ったところ」


「いやいや、そういうつもりじゃないけどさ」


慌ててフォローを入れる俺だった。


「どうせ私たちは、みかんの粒にくっついてる、白い筋状のアレくらいの価値しかないんですよ」


「すっげぇピンポイントな上に無価値だな、それっ」


ついツッコミを入れてしまった。


「それは、維管束なの」


そしてことみが口を挟む。


「みかんさんに栄養を運ぶ、とっても大切な役割なの」


にっこりと、原田に笑顔を向けた。


「…杉坂さん、私、要らない子じゃなかった…!」


「ちょっと待って、原田さん、バカにされてるっ。一ノ瀬先輩に今バカにされてるっ」


下級生組がわあわあ騒いでいる。


「…ですが、その銃、数が足りません」


そんな中、風子が指摘するもっともな疑問。


たしかに、今見ると銃は…六つ。ひとつはもう智代に渡してあるのだろう。


あと六人、か。


で、残りの参加予定者は…


俺、春原。


渚、宮沢、ことみ、杏、椋。


仁科、杉坂、原田。


あと風子で十一人。


五人余る計算だ。


「あの…」


仁科がおずおずと発言。


「ふたり一組で、チームになれば全員参加できると思います」


「…なんだかんだ、おまえも結構ノリノリじゃん」


「いえ、そんなことは…」


仁科は恥ずかしそうに笑った。


「いや、いいじゃん、それ。岡崎、それじゃ、僕と組もうぜっ」


「あのな、それはまずいだろ…」


パワーバランス的にも。それに俺はできれば春原を止められるように、別位置についておきたい。


結局、藤林姉妹がやってきたらチームを決めようという話になり、部活が始まる。



…。



結局春原は手持ち無沙汰になり、俺もなんとなくそれに付き合った。机の上に座り込み、ぼんやりと部活の準備をする姿を眺める。


「岡崎、じいさんはいないの? 顧問だろ」


「ああ、そういやそうだな」


そういえば昨日もいなかった。暇そうなイメージだけど、意外に忙しいのだろうか。


「仁科、幸村は今日来ないのか?」


声を掛けると、隣の部屋に移動しようとしていた仁科が振り向き、答えてくれる。


「いえ、校内の巡回をしてるみたいですよ。この間、他校の生徒が敷地に入ってきたから、それでみたいです」


「へぇ、巡回ねぇ。でもあんなヨボジィじゃ、女の子相手でも勝てないでしょ」


春原はそう言って笑う。


「いや、意外におまえくらいでも吹っ飛ばす腕力あるかもしれないぞ」


「あはは、そんなのありえないって」


意外にありえそうな気も、何故かするんだけどな。


「…でも、僕、やることないねぇ」


「部員じゃないしな」


「まぁ、ね」


ふん、と息をついて、部員の様子を眺める。


まだ始める準備という程度だ。だが合唱の連中は隣の教室へ移り、演劇のこちらでも部員たちが笑いながらなにか話しているのが見える。


それを遠めに眺めつつ、俺と春原は壁際に寄せた机の上にあぐらをかいていた。


「…さっきの計算じゃひとり余るだろ。僕、その余りでいいよ」


「あん?」


「たしかに女の子とペアを組むのも魅力的だけどさ、どうせなら旨みは自分ひとりで独占したいじゃん?」


ニヤッと笑う。


「おまえね…」


「他の部員の子たちも可愛いしさ、あの一ノ瀬ことみも、生意気なおっぱいを好きにできるかと思ったら、なんかアリな気がしてきた」


劣等感を興奮に代えるな、変態野郎。


「まあ、いいんじゃない」


「ああ。あんま僕がいても邪魔だろうしね。劇の内容、秘密の方がいいだろ?」


そう言うと、ひょい、と机から降りる。


「春原」


「今日は帰るよ。岡崎も付き合ってよ。芽衣に放課後になったらまたここに呼んでほしいって頼まれてるんだ」


「ああ、わかった」


俺も、床に足をつける。


渚たちに、そして隣の部室を覗いて仁科たちに先ほど春原と話した旨を伝えて、一旦席を外す。







185


昇降口まで来て、事態の異様さに気付く。


結構な数の生徒が、手持ち無沙汰の様子でそこここに溜まっていた。


「おい、どうしたんだ?」


「岡崎。あれ、見てみろよ」


近くの男子生徒に声をかけると、校門のほうを示される。


見てみると…そこには、他校の生徒が溜まっている。見るからに、柄が悪い。


「…」


昨日の連中か、と、頭のどこかが冷静に判断する。だけど、それ以外の部分は、じんじんとして何も考えられない。


…まさかあんな大人数を引き連れてくるとはな。二十人くらいいる。


そして、あいつらの目的は間違いなく…智代。


「岡崎、あいつら、おまえの知り合いか?」


「…」


男に答えず、俺はもう少し近くによる。


「へっ、なんだか、面白いことになってるね…」


横に続く春原が、面白そうに口を歪めた。


「どこがだよ…」


口調は、苦々しげなものになってしまっていた。


「…岡崎」


そんな後ろから、声をかけてくるのは…智代。


「よぉ、来たか」


「うん…」


智代は鋭い…が、どうしようもなく憂鬱そうな瞳で、集団で騒いでいる連中に目を向ける。


まだ、智代の名を出して騒ぐなんてことはないようだが、放っておいたら時間の問題だろう。


「悪い、昨日のうちに、なんとか伝えればよかった」


「いや、私もまさか昨日の今日で来るとは思っていなかった」


「ああ…」


「それで、どうするの? ほっとくわけにもいかないでしょ?」


「智代」


「ああ、わかっている」


智代は、こくん、と小さく頷いた。


「私が話をつける」


「…どうやって」


「もう手をださないと、あいつらに約束する」


「…」


俺と春原は黙り込む。


俺は天を仰いで、春原は頭をかきむしる。


…三人とも、わかっているのだ。それで万事がうまく解決するわけがない。


智代があいつらに話し合いに赴けば、乱闘騒ぎにならないわけがない。そうしたら、生徒会長選挙はもとより、停学、あるいは退学だ。


…智代は、自分だけが責任を全てかぶる道を、歩もうとしている。



「バカか、おまえ」


「バカだよ、おまえ」



俺と春原の言葉が、重なった。


「バカとは、なんだ…。春原に言われるのは気にならないが、岡崎に言われると、傷つくぞ」


「僕の言葉はスルーッスか!?」


「迷惑くらい掛けろよ、智代。ここには、多少泥かぶったって大して変わりもない奴が二人もいるんだぜ」


「ま、そうだね。ここはこの学校の裏の支配者がいるからね…」


「照れるぜ」


「いや、それ、僕のことのつもりなんスけど…」


「…ふふっ」


智代は俺たちのアホアホトークを聞いて、少し笑う。


「おまえたちは、こんな時でも相変わらずだな」


「どうだかな」


「潜ってきた修羅場が違うからね」


「手を貸すぜ、智代」


「…すまない、岡崎」


「でもさ、ここじゃちょっとまずいよね」


「ああ…人目がありすぎる」


「中庭がいい」


「ああ、僕もそう思ったところだよ」


春原が、不敵な笑みを智代に向けた。


「おまえホント人の意見にホイホイ従うよな」


「いや、今のは普通に思ったからっ」


「ま、これで方針決定だな」


「そうだね」


「うん…」


「智代。おまえは先に待ってろ。俺たちがあいつらを釣る」


「観客がいないのは不満だけどね。僕の強さを思い知らせてやろうよ」


「…ありがとう、岡崎、春原」


智代は、笑って、頭を下げた。


素直な態度に、俺も春原も、少し驚く。


…彼女の笑顔は、ただただ、美しかった。


「…別に気にするな。うまくいったら、感謝してくれ」


「僕も、ただ面白そうだから首を突っ込むだけだよ。別に智代のためじゃないさ」


そうして、しばし視線を絡めあい、智代はふいと、身を翻す。


「じゃ、春原、行くか」


「そうだね」


俺たちと智代はそれぞれ、動き出す。


俺と春原は歩き出す。


…校門へ向かって。




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