folks‐lore 4/24



181


昼休み前、ことみと資料室で落ち合う旨を確認し、俺は一旦教室に戻った。


杏、椋、春原が一緒に食事に来るかどうかを確認。だが、藤林姉妹は模擬店の話し合いをしつつクラスの連中と昼を食べるようで今日はパス。というか、これから当分は昼はその仲間内で食べることになりそうなニュアンスだった。


それは仕方がない、か。彼女らは決して時間に余裕があるわけでもない。


そして春原は教室にいなかった。


またどこかをふらふらしているのだろう。いないのならば、仕方がない。それにあいつは、まだ一緒に昼を囲む確固とした理由があるわけでもない。あくまで昨日は訳あって、ということだろう。


結局、俺はすぐに取って返すことになる。



…。



資料室の引き戸を開けると、他の部員は全員揃っているようだった。


「よ」


「朋也さん。お待ちしていました」


ポットに向かっていた宮沢が振り向きつつ、にっこり笑う。


それに続いて、他の連中も声を掛けてくる。


俺は、空いてる席…宮沢の正面、中央の席につく。どうしてこいつらは真ん中を俺専用にしようとしているのだ。嫌なわけではないのだが。


今日は他の三人は用事があって来れないことを告げる。こない可能性は決して少なくないと思っていたのだろう、いないからといって戸惑うことでもない。


「あ、あの…っ」


左手、仁科が恥ずかしそうにすすす、と巾着袋を滑らせてきた。


約束の弁当だろう。


「ああ、悪い、ありがとな」


「いえ、お世話になったお礼ですから」


仁科は頬を染めて楚々と笑った。


照れたその様子に、俺は少しどきりとしてしまう。反射的に視線を彼女からそらせてしまい、渚や風子が微妙に目を細めてこっちをうかがっているのに気づく。


「なんだよ」


「あ、いえ、その…」


声を掛けられた渚は、ぱっと困ったような表情になった。


ぷるぷると頭を振るう。


「その、岡崎さんがうらやましいなって思いまして…。昨日のお弁当、とても美味しそうでしたからっ」


「いえ、そんなことないですっ。いつも失敗ばかりです」


「ううん、私もとっても美味しそうだと思ったの」


「さ、それじゃ、ご飯にしましょうね」


宮沢が場をまとめながら全員にお茶を配っていく。


コーヒーばかり出るかと思ったが、緑茶もあるらしい。


…といっても、さすがにティーバッグの抽出のようだが。だがそれでも十分だ。


「湯飲みもあるのか、ここは」


「コーヒーが苦手な方もいらっしゃいますから」


「なるほどな…」


至れり尽くせりとはこのことだろう。


俺は仁科にもらった弁当の巾着を解く。


「それじゃ、いただきましょうか」


「それでは渚さん、どうぞ」


「…ふぅちゃん? わたしがなんでしょうか?」


「はい、食事の挨拶です。挨拶は渚さんのお仕事ですから」


「挨拶って、懐かしいわね…」


杉坂は苦笑い。


中学くらい、給食があった頃はそういえば全員揃っての挨拶はあったけれど。


「ううん、とってもとっても大事なの」


「…」


ま、ことみと食べる時も挨拶はしていたが。


「それでは、みなさんっ」


渚は意を決したように声を出す。


毎日部活の時に挨拶してるだろうに、全然慣れる様子がないのが彼女らしい。


「手を合わせてくださいっ」


その声に合わせて、ぱんっ、と小気味のいい音。


いい年した高校生が揃って手を合わせるのは、少しだけおかしな風景だった。


「ほら、先輩も手を合わせなきゃダメですよ」


「え、ああ…」


やる気なくぼけっとしていたら、原田に突っつかれる。


「先輩、感謝が足りませんよ」


杉坂の攻撃。


「食べ物に八つ裂きにされます」


原田の攻撃。


「…やりゃいいんだろ」


俺も手を合わせる。


それを見て、他の連中はくすくすと笑った。出来の悪い弟みたいな扱いだ。


「岡崎さんも、結構いじられキャラですよね」


仁科が楽しそうに言った。


「いや、杉坂がナンバーワンだ」


「…それ、褒めてません」


杉坂は少し、肩を落とした。


「もうっ、おにぃちゃん、手を合わせるだけでどれだけ大騒ぎをするんですか。子供すぎです」


「…」


風子に窘められた……。


あぁ、渚もそれを見て笑っている…。


「それじゃ、もう一度いきます」


手を合わせてください、と再び号令。今度は俺も黙って従う。


「いただきます」


いただきますっ、合唱が続いた。






俺は弁当箱をあける。


中から出てきたのは…


ハンバーグ、ポテトサラダ、ナポリタン、ゆで卵、ブロッコリー、プチトマト…などなど、かなりカラフルな色あわせ。


「おぉ」


つい、声を出してしまう。うまそうだった。これぞ弁当! という感じのラインナップ。


きゅっと腹が反応してしまう。


「わ、すごいです」


「とってもおいしそうなの」


「いえ、その、オリジナリティーがないですけど…」


恥ずかしそうに、仁科。


「いや、マジでうまそうだよ」


言いながら、ハンバーグを食べる。


「ていうか、うまい」


ハンバーグは、レトルトの味ではなかった。というか、かかっているデミグラスソースも、市販のものではないような気がする。


…仁科、どれだけ手間暇掛けたのだろうか。


俺はついちらりと彼女をうかがってしまう。


「…?」


仁科は不思議そうな顔をして、照れたように首をかしげた。


「色の取り合わせが、とってもきれいなの」


「一ノ瀬先輩にそう言ってもらえると、嬉しいです」


「ああ、すげぇよ、マジで。ほら、杉坂の弁当とか、今日も茶色いし」


「和風って言ってください」


杉坂が眉をひそめて俺を見る。


昨日と同じ煮物と、焼き豚がメインのようだった。なんにせよ茶色い。


「さっそくいじられるとは…さすがですっ」


「それ褒めてないからっ」


杉坂は、風子にツッコミを入れた。


「でも、杉坂さんも、料理とっても上手だよ。ちょっともらっていい?」


「うん、なんでも持っていっていいよ」


「ありがと。私のも、ひとついいよ」


「それじゃ、遠慮なく」


原田は杉坂の弁当から焼き豚をもらっていく。


「肉かよ。おまえ、そんなんだからハラデさんとかって言われるんだぞ」


さっきの仕返しに俺が茶々を入れると、原田はにっこり笑って俺を見た。


「…どすこいっ」


華麗に受け止めて見せた!?


こいつも実は一筋縄ではいかないタイプの人間のようだった。


「…その話をしてる時、先輩いましたか?」


「あぁ、昨日だろ。外まで話し声聞こえてた」


「聞かれてたんですか…」


原田が恥ずかしそうな顔をする。


「まだ、セーフですよね?」


「何がセーフなのかよくわからないけど、別に太っちゃいないだろ、おまえ」


「…先輩、セクハラですよ」


「…」


原田が急角度にツッコミを入れてくる…。



…。



「ねえ、朋也くん」


和やかに話をしながらの食事中。右手、ことみが顔を寄せて俺にささやく。


「どうした?」


「あのこと、みんなに言おうと思うの」


「あぁ、そういやそうだな」


ことみが、新しく部員になってくれるという話。


話すタイミングとしては、今がいいだろう。


「ちょっと聞いてくれ」


俺の言葉に、歓談していた少女たちが顔を向けた。


「ことみ」


「うん」


ことみは、緊張した面持ちで、一同を見渡した。


一緒に食卓を囲む間柄だし、彼女らは今さら気負うような関係ではない。それでも、やはりことみには大きな負担なのかもしれない。


一歩、前に進むこと。


それは、自分の今持つ安寧を後に残していくことなのだ。


人と、つながりを求めて手を伸ばすこと。


俺も、それが実はどれくらい大変なことか、少しはわかってやれてるつもりだ。


だが、そのつながりは、決して失ってはいけないものでもあるのだ。


「あの、ね」


彼女の頭の中で、どれだけ嵐が吹いているのか、それは想像はできない。


ことみは言葉を探すように、ふい、と宙を見やる。


そして、口を開く。


「私、みんなと、お友達になりたいの」


出てきた言葉はそれだった。


俺は少し、笑ってしまう。随分と遠回りなところから話をはじめたな。


部員の面々は、ぽかんとことみを見ていた。


「あの、ことみちゃん」


「うん…」


一番に反応したのは、渚。


「そんなこと言わなくても、もう、わたしたち、お友達です」


「あ…」


「はい、そうですよ」


宮沢も、賛同。


「そうです、ね」


「ええ、もう知らない仲じゃないですし」


合唱の連中も、お友達というと先輩後輩の年齢差が気になるようだが、別段彼女と仲良くしないつもりはないようだった。


「あ…」


当然、というように温かい祝福でことみの言葉は迎えられ…彼女の頬は、ゆっくりと赤らんでくる。


「ありがとう」


ことみは嬉しそうに目を細めて、胸の前で手を結んだ。


「とってもとっても嬉しいの」


目を閉じて、かみしめるように小さく頷く。


「それでね。私も、みんなと一緒に、部活をしたいの」


「…本当ですかっ?」


渚が大きく目を開いて、体を乗り出す。


「うん。どれくらいお手伝いできるか、わからないけど」


「ことみちゃん、ありがとうございますっ」


「よろしくお願いしますね」


「先輩、ありがとうございます」


「これからよろしくお願いします」


「先輩だったら、すっごい戦力ですよ」


資料室が沸き返る。


その中心に、ことみ。


彼女は恥ずかしそうにはにかみながら、その空気の中、笑っていた。






182


昼休みは終わりに近付き、俺たちは片付けをして教室に向かう。


「仁科。弁当、うまかったよ。ありがとな」


「あ、いえ。こんなのでしたら、毎日でも用意しますよ」


俺から空の弁当を受け取りながら、嬉しそうにして、うかがうようにこちらを見やる。


「…ダメなの」


そこに間に、ことみが割り込んでくる。


「明日は、私の番」


「いや、順番ってわけでもないけどな」


作ってくれるのはありがたいのだが。


「で、ですけど、先輩、毎日お弁当作るなんて大変じゃないですか」


「二人分作るのも三人分作るのも、一緒だから」


「うぅ…」


仁科は分が悪い。


「す、杉坂さんっ」


助けを求めるように、杉坂を呼んだ。


「先輩、せっかくですし、時々だったらいいじゃないですか。りえちゃんも、誰か食べてくれる人がいたほうがお料理の練習になりますし」


機を見て敏、杉坂は颯爽と間に入り、ことみをいさめる。


「えぇと…」


ことみは困ったようにそわそわ視線をさまよわせて…


「有紀寧ちゃんっ」


宮沢に助けを求めた。


「…」


声を掛けられ、とことこと近くまで寄ってきた宮沢は、少しだけ考え込み…


「あのー…わたしも、杉坂さんに一票、です」


苦笑いを浮かべた。


「せっかくですし、交代制にしましょうか。ことみさんも、朋也さんのお弁当を作る日は、少しがんばって挑戦してみる、というほうが毎日作るよりも刺激がありますよ」


さりげなくフォローするあたり、さすがの宮沢だった。


「風子の分は、どうなりますか?」


話に顔を突っ込む風子。作ってもらうのは大前提のようだった。…ま、料理できるとも思わないが。


「大丈夫、私が作るから」


「それなら安心ですっ」


ことみは既に、風子を胃袋から懐柔しているようだった。


「明日はどうするんですか?」


あ、私は作れませんけど、と続けながら原田。


こいつも段々猫かぶりがなくなってきたよな。意外にズバズバ話すタイプだ。


「ま、順番だと…」


渚は、ないよな。料理の腕は知ってるが、学生時代に彼女に弁当を作ってもらったことはない。…ていうか、めちゃめちゃ他の女の世話になってるけど、これでいいのか、俺?


俺は一同を見渡していって、まあ、次はことみか…


「はい、わたしですね」


にっこりと、俺の言葉を継いだのは、宮沢だった。


「…え?」


その疑問符は、俺の言葉だけではなかった。


ことみも目を向いてにこにこ笑っている宮沢を見ている。


「あまりお料理は自信ないですけど、実は秘策があるんです」


「あ、ああ…」


俺は曖昧に頷く。


「それでは、行きましょうか」


昼の片付けは完了。宮沢に連れられるように、俺たちは資料室を後にする。


「…まさかの伏兵」


杉坂の呟き。


「面白くなってまいりました」


おまえなんでそんな楽しそうな顔なんだよ、原田。


「…」


あぁ、渚、そんな神妙な顔をしないでくれ、マジで…。


悲喜こもごもに、昼休みが終わった。




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