folks‐lore 4/23



170


一回部室に顔をだして、杏と藤林が部員になった旨を伝える。


今日の昼休みに一度断られてからの逆転ホームランに、一時部室は沸きかえった。


ついでに、渚の様子もうかがってみる。放課後、あの後落ち込んだりしていないだろうか。


だが、見た感じ、そこまで不審な感じはなかった。いつも通りだ。あるいは、ああいう風に扱われることに、もう慣れてしまっているのかもしれないけれど。


…だが、なんにせよ、掛けるべき言葉はない。一言でがらりと世界を変えるような言葉なんて、ないはずだった。


そして俺は、学校を出て駅のほうへと向かう。


駅前の喫茶店。芽衣ちゃんが待っているはずだった。



…。



待ち合わせの店に入る。


この時間だ、それなりに客数は多い。


だが、そんな広い店ではないし、すぐに目当ての人は見つかった。


というか…芽衣ちゃんは、体をこっちに向けて入ってくる客を全員チェックしていたらしい、店内を見渡す俺とバッチリ目が合う。


見た感じ、そこまで待ち疲れてる様子はない…か?


だが飲み物はもう底をついていたようだ。思ったよりは待たせてしまったな…。


俺は口の端を上げて、彼女に手を上げながら、歩み寄る。


記憶の中そのままの、小柄な体格だった。というか、まだ中学生なのだからそんなもんだろう。


服装は、いつか見たことのある制服姿。学校の制服だろう。


傍らに大きなボストンバッグ。


「ごめん、待った?」


声を掛けると、目を丸くしてじっと俺を見る。


「あ、えぇと、岡崎さん…ですか?」


「あぁ、悪い。芽衣ちゃんだよな?」


「はい。すごいですね、すぐにわたしってわかったんですか?」


「声のイメージどおりだったから」


そう答えておく。


「あぁ、そうですか。岡崎さんは…イメージとちょっと違いました」


「そう?」


「はい。カッコいい人かなぁって思ってたんですけど、もっと素敵でした」


笑顔ですごくいいことを言ってくれる。というか、本当に口がうまい子だった。


「そりゃ、ありがと」


お世辞だろうが、照れてしまう。


…というか、二十代中盤の男(心は)が中学生に手玉に取られてどうする。


「それじゃ、行こうか」


「はい、そうですね」


芽衣ちゃんは立ち上がる。ボストンバッグに手を伸ばすが、すかさず持ってやる。


「持つよ、これくらい」


「あ…すみませんっ」


ぺこりと礼儀正しく頭を下げる。


相変わらず、春原の妹とは思えないくらいよくできた子だった。


俺たちは店を出る。


夕方になる少し前、駅前は結構賑わっている。芽衣ちゃんと足並みをそろえるようにして人の波をぬって歩く。


「岡崎さん、優しいんですね」


彼女は俺の少し後ろを歩きながら、にっこり笑って声を掛ける。


「誰でもするだろ、これくらい」


「そんなことないです。優しいですし、カッコいいですし、きっと学校ではモテモテですね」


「どうだかな…」


部員からは嫌われてるということはないだろうが、学校全体の中での立場、というと正直微妙なところだった。


「おにいちゃんのお友達なんてもったいないくらいです」


「芽衣ちゃんだって、あいつの妹にしておくなんてもったいないよ」


「あはは、それじゃ、兄はとっても幸せ者ですね。妹もお友達ももったいないくらいなんて。それに…兄を部活に誘ってくれている方も、もったいないくらいです」


「…?」


最後の言葉は、微妙な調子の言葉だった。


「なぁ、芽衣ちゃん」


なんとなくそれが気になって、聞く。


「もしかして、そのあいつを誘ってる部長と春原のこと、勘違いしてない?」


たしかに、部長は女生徒だとは言ってあったはず。


そしてその渚が部活に勧誘しているのだから、春原への好意をそこから読むのは間違っているわけではない。


…だが、渚と春原?


いやいやいや。そんなバカな。想像しただけでおなかがきゅっと縮んだ気がした。


芽衣ちゃんは照れたような笑いを浮かべる。


「あぁ、そうですよね…。ですけど、やっぱり兄に彼女さんがいればもうちょっとしっかりしてくれるかな、って期待がありまして」


「彼女は無理だと思う」


断言してしまう、俺だった。


「そうですよね」


芽衣ちゃんはくすくすと笑う。


「ですけど…岡崎さん、もしかしてその部長さんと付き合ってるんですか?」


「え?」


「わたしがさっき部長さんのこと言った時、すごく嫌そうな顔してましたよ」


「…」


俺は黙り込む。


「あ、ほら、また」


まいったな…。


すごく勘が鋭い子だ。俺は頭をかく。


「別に付き合ってるわけじゃないけど」


「友達以上恋人未満ですか」


「いや、友達っていうとちょっとな…」


未来の嫁です、というわけにもいかない。まぁ言ったとして、冗談だと思われて終わりだろうが。


だけどしかし、なんだかんだ俺が渚と付き合わなかったら未来はどうなってしまうんだろう? そう考えると、全くその先が思い浮かばない。


「なるほど。言葉にできない大人の関係なんですね」


ひとりで納得したのか、うんうんと頷く。


やっぱり女の子だから、恋愛の話が好きなのだろうか。


そういえば、昔、芽衣ちゃんにそそのかされて渚が面白いことになったことがあったな。


たしかあの時は、もう渚と付き合ってたんだっけ?


忘れていたと思っていた、懐かしい記憶が蘇る。この感じ、本当に同窓会みたいだな。


「あ、そういえば、兄は今どうしてますか?」


自然な風に尋ねるが、おそらくそれを聞きたくてたまらなかったのだろう。少しだけ緊張した表情で、芽衣ちゃんは俺を見上げる。


「今、部屋で待ってるはずだ」


「そうですか」


「そういえば、芽衣ちゃん、こっち来たことある?」


「いえ、初めてです。寮だからご飯の心配はしてないんですけど…部屋とか、きれいにしてますか? 他のみんなと仲良くやれてるかも心配ですし…」


とても妹とは思えないくらいの気配りようだった。


(いや、今まで考えたこともなかったけど…)


もしかしたら…芽衣ちゃんは、春原のことを愛しているのかもしれない。



…。



「あのね、おにいちゃん…」


「なんだい、芽衣」


「遠く離れてから、おにいちゃんのことたくさん考えるようになったの」


「へぇ、どんなこと」


「一緒にいた時にはね、考えもしなかったようなこと…」


「少しは尊敬できるようになったか?」


「ううん、そういうんじゃなくて……もっと…エッチなこと」


「…芽衣。いけない子だ」


「おにいちゃん…」



…。



「うおーっ、なんか興奮してきたーーーーっ!!」


「ど、どうしたんですかっ、いきなりっ」


「…いや、なんでもない。ちょっと考え事だ」


慌てて取り繕う俺を、芽衣ちゃんは怪訝な顔で見ていた。


「おにいちゃんの友達だけあって、岡崎さんも少し変わってますね」


「…嘘だと言ってくれ」


そう言うと芽衣ちゃんはくすくす笑った。


和やかに話をしながら、俺たちは学生寮へと向かっていく。






171


「ここが、おにいちゃんの部屋…」


芽衣ちゃんは、春原の部屋の前に立つと、胸に手を当てて深呼吸した。


「まず俺が入って説明するよ。びっくりさせてやろうぜ」


「あはは、そうですねっ」


会うのは久しぶりだろうし、緊張しているのだろう。表情は少しぎこちなく感じる。


芽衣ちゃんはドアを開けても見えないところに移動し、俺は部屋のドアをノックする。


「春原、入るぞ」


言って、開ける。




そして、そこには…




「やあ、岡崎。待っていたよ」


「…」


なぜか白スーツの春原がいた。


「なにやってんの、おまえ?」


驚いて、つい普通のリアクションをしてしまった。


「なにって、おまえが連れてくる子を待ってたんだよ。なにもしないでいるなんて失礼だろ?」


「ああ、まあ…」


見てみると、部屋の中は随分と綺麗になっていた。脱ぎっぱなしになっていた服とかは全部なくなっている。


そして部屋の片隅にファブリーズが置いてある。なんだよその念の入れようは。


「で、来てるんだろ?」


「ああ、いるけど」


俺は横の芽衣ちゃんに目をやる。いたずらっぽく目が笑っている。まだ、春原からは死角だ。


「それじゃ、紹介するよ」


「あ…ああっ」


鼻息荒く答える春原。


俺は部屋の中に入り、入り口にスペースをあける。


そして…


「初めましてっ」


元気よく、芽衣ちゃんが姿を現した。


「春原芽衣です。よろしくお願いしますっ」


それを見て…


ずるうううぅぅーーーっ! と、春原がベッドの上を滑っていった。


俺は腹を抱えて笑った。



…。



「で、なんなんだよ、おまえ、いきなりさ」


ひとしきり騒動が終わり、春原は仏頂面になっていた。だがあまり嫌そうな感じはしなくて、照れ隠しなんだろうな、と思う。


「なんだじゃないよ。全然連絡ないから、お父さんもお母さんも心配してたよ」


「別に、連絡なけりゃ元気ってことだよ」


「それじゃ心配になるよ」


目の前で家族の会話が繰り広げられて、俺はついつい笑ってしまう。


視線に気付いた春原は不機嫌な表情になり、芽衣ちゃんは恥ずかしそうに俯く。


「あ、すみません…」


「いや、いいよ。積もる話もあるだろうし」


「ていうか、岡崎、なんでこいつと知り合いなの?」


「いや、まあ…」


俺は言葉を濁す。


「おにいちゃん、なんだじゃないよ」


だが、芽衣ちゃんは気にせず言葉を続けた。


「岡崎さんも、おにいちゃんのこと心配してたんだよ」


「いや、心配はしてないけど」


「こいつ、こんなこと言ってるけど?」


「照れてるのっ」


なんだか、この面子の中で芽衣ちゃんが一番年上のような気がしてきた。


「部活辞めたのは聞いたけど、普段なにしてるの?」


コタツの手前あたりに腰掛けて、芽衣ちゃんが聞く。ちらちらと部屋の様子を観察している。


「別に、なにもしてないよ。普通だよ、普通」


春原も、どかっとベッドに座り、俺はいつもの場所に。


「ふぅん…でも、部屋は結構綺麗にしてるんだ」


「ま、そりゃね」


「実家の頃は、足の踏み場もなかったのに」


「そんなの昔のことだろ。僕だって成長したんだよ」


「やっと小学生くらいの知能になったんだ」


「それ、成長遅すぎだろっ」


春原はツッコミを入れた。


「…って、あれ?」


コタツに身を沈めた俺は、足の先に違和感。


あれ…?


コタツの中に、なにか…?


俺は、コタツの毛布をめくってみる。


すると、その中にゴミやら脱ぎっぱなしの服が全部詰め込まれていた。


「あれ? 岡崎さん、どうしました……わっ」


コタツの中を覗いている俺を見て、芽衣ちゃんも毛布をめくり、声を上げる。


「おにいちゃんっ、全然成長してないじゃないっ」


「ちっ、見つかっちまったか…」


「いや、隠し切れないだろ…」


俺は呆れてしまう。隠すなら、もっとうまく隠せよ。


「結局、知能はまだまだ幼稚園レベルだったってことだな」


「いや、知能は十分高校レベルだよっ」


「マジで!?」


「そこ驚くのっ?」


「もうっ、すぐにお掃除するからねっ」


あっという間に、大騒ぎになる。


そんな中で…バン! と扉が開かれる。


「ちょっとあんたらっ、外まで声聞こえてるわよっ…て、え?」


わあわあと騒がしかったからだろう、怒り顔で部屋に入ってきた美佐枝さんだったが、芽衣ちゃんの姿を見て、ぽかんと目を開く。


「あ、すみませんっ、お騒がせしました」


美佐枝さんを見て、芽衣ちゃんは恥ずかしそうに顔を伏せた。


家族の会話を聞かれたから、やはり恥ずかしいのだろうか。


「岡崎。この子…あんたの彼女?」


「いやいや…」


俺はため息をつく。歳が違いすぎる。というか、どうしてそうなるんだよ。


すぐに気を取り直して、芽衣ちゃんを手で示す。


「春原の妹で、芽衣ちゃん」


「初めまして。春原芽衣です。…えぇと」


芽衣ちゃんは、少し戸惑ったように美佐枝さんを見る。


「こっちは相楽美佐枝さん。ここの寮母」


「あ、そうなんですかっ。兄がいつもお世話になっています」


すぐに合点がいったようで、頭を下げる。


「あぁ、ご丁寧にどうも…」


「お土産を持ってきました。つまらないものですが」


「…エキストラ?」


「本物だよっ」


菓子折りを受け取りながら呟く美佐枝さんに、すかさず春原が否定した。


「いや、でも…ふぅん…」


「で、こいつが春原陽平。春原家の恥だ」


「おまえね…」


ついでに春原も紹介しておく。


「あぁ、知ってるわ」


「知ってるの!?」


春原は、驚いていた。


「あの、いつも兄が迷惑かけていてすみません」


「迷惑かけてるの前提!?」


「おまえ、忙しそうだな…」


「そっちが言わせてるんだろっ」


「…?」


そうなのだろうか。


「いいのよ、こういうの、慣れてるから」


美佐枝さんはそう言って芽衣ちゃんに笑顔を向ける。迷惑掛けていることを否定するつもりはないらしい。


「それで、妹さんは泊まりで来てるの?」


「はい」


「そうなの。それじゃ、ホテルは取ってるの?」


「あ、いえ、取ってないですけど…。あの、泊まるの、ここじゃダメですか?」


「一応男子寮だから、家族でも、女の子は泊めちゃいけないことになってるのよ」


「あ、そうなんですか…」


しょぼん、と肩を落とす芽衣ちゃん。


言われてみれば、そういう規則があって当然という気もする。


前回は流れで芽衣ちゃんは渚の家に泊まっていたから、気が付かない事実だった。


「岡崎さん、どうしましょう?」


兄より先に俺に聞く芽衣ちゃんだった。


「美佐枝さんの部屋はダメ?」


「あぁ、最終手段ね、それ…。あたしの部屋も男子寮の中だから、正直規則違反には変わりないのよねぇ」


「あぁ、たしかに」


「岡崎の家でいいんじゃない? もう」


俺に水を向ける美佐枝さん。この人絶対、面倒抱えたくないと思ってるぞ…。


「いや、それ美佐枝さんの部屋より問題だからな…」


「ったく、おまえ、無鉄砲にいきなり来るからこうなるんだよ」


「うぅ〜ん…」


芽衣ちゃんは考え込んでいる。


「それじゃ、俺の知り合いの女子の家とかならどうだ?」


渚、仁科、その辺りか。候補者を何人か頭に浮かべる。


「いいんですかっ?」


「ま、聞くだけ聞いてみようぜ。元々、部活しに一回学校戻る予定だったし、芽衣ちゃんも一緒に来る?」


「あ、えぇと…」


戸惑うように春原と美佐枝さんに視線を送る。


春原は不機嫌にむっつり黙り込んでいる。美佐枝さんは…


「その方がいいわよ。寮生帰ってきた時に女の子がいたらきっと大騒ぎになるしね。今日じゃなくても、明日、学校始まったらまた来ればいいわよ。こいつの部屋の掃除もしてほしいしね」


「はいっ。わかりましたっ」


芽衣ちゃんはにっこりと笑った。


「掃除って、ここを?」


「うん。だってすごく汚いもん」


「いや、生活するには十分だね。勝手に入ってくるなよ」


春原は、迷惑そうにそう言う。


「芽衣ちゃん、こいつはエッチな本が部屋にあるからこう言ってるんだよ」


「…見つけたら、処分しておくから」


「やめてくれっ。…じゃなくて、ねぇよっ」


誤魔化せていないぞ、春原。


芽衣ちゃんと美佐枝さんは白い目…。


「いや、むしろ五十音順にして並べておいてやれ」


「その方が、精神的にダメージだっ。…じゃなくて、ねぇよっ」


もうばれているのに、必死な春原だった。



…。



芽衣ちゃんと一緒に寮を出る。


芽衣ちゃんは、明日改めてまた春原の部屋を訪れるという予定。


春原はきっとこれから泡を食ってエロ本を隠すなり何なり奔走するのだろう。大変だなぁ。


「んじゃ、学校いくか」


「そうですね。…あの、岡崎さん」


隣を歩く芽衣ちゃんが、俺を見上げる。


「なに?」


「ありがとうございました。兄も思ったより元気そうで、よかったです。きっと、岡崎さんみたいなお友達がいてくれるからだと思うので」


「さあ、どうかな。あいつは一人でもあんな感じだぞ」


「それじゃ、ただの危ない人です」


芽衣ちゃんは楽しそうに笑った。


「兄のこともそうですけど、わたしのことも」


「…?」


「泊まるところ、ですけど。わたし、岡崎さんの家でもいいですよ」


「…」


俺は芽衣ちゃんの横顔をまじまじと見てしまう。


「あのっ、わたし、家事とかできますしっ。きっと岡崎さんのお母さんのお手伝いとか、できると思いますっ」


「いや、うち母親はいないけど」


「あ、そうなんですか…。すみません」


「あぁ、いや」


「でも、それならお父さんと暮らしているってことですか?」


「そうだけど」


「男ふたり、なんですね。それなら、なおさらわたし、働きますよ」


「えぇとだな…」


俺は天を仰ぐ。


芽衣ちゃんをうちに?


いやいや…。岡崎家はどんだけ増殖してるんだよ。風子だけで部屋は一杯だし。


「うちにはもうひとり、女がいるんだよ。だから、なんていうか、余ってる部屋とかないし」


「お姉さんか妹さんですか?」


「いや、親戚の子」


「女の子がいるなら、わたしが岡崎さんの家に泊まっても、問題ないですねっ」


「ええっ?」


芽衣ちゃんの中で、俺の家に泊まることは段々確定事項になってきているような気がする。


「いや、部屋がないんだって」


「廊下でもいいです。もう春ですし」


「…」


「ダメ…ですか?」


不安げに、俺を見上げた。


「…」


俺は天を仰ぐ。


正直、別に彼女を拒絶する理由があったわけではない。


現状、芽衣ちゃんからすれば初対面の女子よりも、多少は気心が知れてる俺のほうがいいのかもしれない。


だが…前回の渚の家に泊まったこととは全く異なる展開に、さすがに戸惑ってしまう俺だった。


…まあ、別に、どんな問題があるわけでもない、よな。


結局、そんな結論にたどり着く。無理に他の奴に負担を強いるよりは、俺の心情的にも気が楽ではあるし。


「わかったよ。うちに泊まっていいよ」


「やったあっ!」


芽衣ちゃんは、俺の言葉に飛び跳ねて喜んだ。


まぁ、これはこれでいいの…か?





172


「おい、おまえ」


「?」


学校への坂を登ろうとしたところで、ガラの悪い連中が声をかけてきた。


芽衣ちゃんがさっと俺の陰に隠れる。


「なんだ?」


「おまえ、この学校の生徒か?」


「ああ」


宮沢のお友達…というわけではなさそうだな。


近所の工業高校の連中だった。


「坂上智代って女を知ってるか?」


威圧的な様子で、聞く。


「…」


男の風貌。そして態度。そして、この場所、この時間。なんとなく状況がつかめた。


この間のバイクの暴走。その報復かなにかだろう。


智代は俺の知らないところで、こんな連中の相手もしていたらしい。あいつもなかなか苦労しているみたいだ。


「ああ、知ってる」


「ちょっと、呼んできな」


「いや、もう学校にはいないと思うぞ」


さらりと嘘をつく。


「あいつは目立つからな。今日も手下を三十人くらい連れて帰っていくのを見た」


「さ、三十人…」


見ると、男たちの表情は一様に引きつっている。


「さすが坂上だぜ…。もうそんなに手下を集めているとはな…」


「ちっ、いないならしょうがねぇ。今日は出直すぞっ」


おうっ、と男たちは声を合わせて、去っていった。


俺はその後姿を見送る。


「な、なんだったんでしょうか…」


芽衣ちゃんが、俺の背中から顔を出した。


「近所の高校の不良」


「それはなんとなくわかったんですけど…こんな進学校でも、学校同士の抗争ってあるんですね。やっぱり、都会ですね」


「いや、すげぇ勘違いと時代錯誤が混ざっているから」


俺は、坂を登る道すがら、芽衣ちゃんに智代のことを話してやる。


歩きながら、俺はつい、後ろを振り返る。もう、さっきの連中の姿はない。坂の下に、今は誰の姿もない。


…あの不良たち、面倒なことにならなきゃいいけど。


俺は、頭の片隅に、そう思った。



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