folks‐lore 4/22



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放課後になる。


俺は部活へ。


藤林とかは、今日の放課後は看板やイラストの図案を考えるらしい。


さしあたって今は渉外としてやる仕事はないらしく、俺は自由を約束されていた。


放課後、部活へ行く生徒、帰宅する生徒で賑わう廊下をすり抜けていく。


旧校舎の三階。いつものように、歌劇部室へ。



…。



引き戸を開けて部室に入る、と…。


「…あ」


「岡崎さん」


「先輩」


俺を迎えたのは、下級生たち。


仁科、杉坂…そして、見知らぬ女子生徒。


ショートカットで物静かな印象の彼女は俺を見ると慌てた様子で杉坂のほうに視線を送る。


「先輩。実は、新しく部員が入ってくれたんです」


杉坂は上機嫌に笑っていた。こういう表情は珍しい。


「…え? マジ?」


だが、突然のことに、俺はぽかんと彼女の顔を見返してしまう。


「はい、そうなんです」


仁科も笑顔で、新人へ視線を送る。


「あ、あのっ」


初対面の少女は、緊張した面持ちで俺を見た。


「私、原田といいます。よろしくお願いしますっ」


ぺこり、と、勢いよく頭を下げる。


「ああ、よろしく。俺は、岡崎朋也。この部活の副部長」


「はい、よろしくお願いしますですっ」


また、頭を下げる。


なんだか、あっぷあっぷのようだった。


彼女にとってここは今、初めての環境なのだ。仕方がないかもしれない。


「おまえらのクラスメート?」


「はい」


「へぇ…」


「前に誘われた時から、ずっと迷ってたんです。ですけど、今日、決心がつきまして…」


そういって、ちらりと杉坂を見やった。その視線を受けて、杉坂は苦笑している。


…なにか、彼女らは彼女らのやり取りがあったらしい。


とにかくは、ひとり部員が増えたのだ。それは素直に嬉しかった。


あと、四人か。


十人まで遠いのか、近いのか、どうとも言えなかった。



…。



しばし待っていると、残りの部員…渚、宮沢、風子もやってくる。


風子は部員ではないのだが、ほぼ同然という感じだった。


それぞれ、新しい部員、原田と挨拶をすると一様に晴れがましく笑った。


一歩前進、というところだろう。


「それでは…」


教室の端に、一列に並ぶ。


「今日も一日、よろしくお願いしますっ」


渚の言葉に、六つの声が答えた。


よろしくお願いします。


その言葉は、気恥ずかしくなるように交じり合いながら、歌劇部部室に溶けていく。


その挨拶で、俺は実感する。


…かつて、ここで挨拶をした時。


その時は、四人だけだった。


そして今、人数は七人。部員は六人まで伸びた。


俺たちは、前に進んでいた。


否応なしに。


今は、あの時と、全く違った景色を見ていた。


そのことが、俺にはすごく、むずがゆかった。


挨拶をしたあと、演劇と合唱に分かれて、話し合い。言うまでもなく、原田は合唱のほうの人員だ。


分かれて、とは言うものの、なんだかんだ仁科の肩は隣にあって、傍から見れば二つの活動をしている印象もないだろうが。


机をあわせて会議態勢。


実際に彼女らが声出しするようになったら、あるいはこっちが演技練習するようになったら各々の部室で活動したほうが双方妨げにならないとは思うが、ひとまず今日のところはそこまでやるつもりはない。


「はい、これをどうぞ」


「ああ」


「いただきますね」


「はい」


風子は、俺たちに木片と彫刻刀を配っていく。


俺と渚と宮沢は、なんのてらいもなくそれを受け取って、ヒトデを彫り始めるが…。


「…」


「…」


「…」


合唱部の面々が、異様なものを見るようにこちらの様子を伺っていることに気付く。


「なにしてるんですか?」


代表して、杉坂が聞いた。


「ヒトデ作りです。あ、よろしければどうぞ」


風子は堂々としていて、彼女らにも道具を配る。


「星型に彫ってくれ。最初は、うまくできなくてもいいし」


「星じゃないですっ。岡崎さんは、とても失礼です。いいですか、みなさん、心をこめてヒトデを彫ってください」


「…え?」


「ヒトデ?」


風子の言葉に、合唱部の面々はプチ恐慌に陥っている…。


せわしなげにこちらに助けを求める様は面白かったが、さすがに放っておくわけにもいかないな。


「実は、プレゼントとして、全生徒のために作ってるんだ」


「先輩がですか?」


杉坂が疑わしげな表情を俺に向ける。


「俺じゃない。ヒトデを選ぶようなセンス、ねぇよ」


「流行の最先端ですっ」


かなり尖った流行だった。


「伊吹さんが?」


「はい。みなさんへのプレゼントです」


「ふぅん…」


「まあ、いいですけど…」


「あんまりうまくできないかもしれませんよ?」


彼女らは口々に言いながら、だが、彫刻を始めてくれる。


「怪我はしないように気をつけろよ」


「あ、はい。ありがとうございますっ」


仁科がにっこりと笑った。


そして、各々、話し合いを始める。


「まずは、作品のプロットかな」


「プロットは、どういう風に作るんですか?」


「ああ、まずは場面を区切って、それぞれの場面のテーマというか、そこでやるべきことみたいなのを入れていく」


「あ、でも、最初にストーリーを確定させてしまいましょうか」


「ああ、そうだな。入れるエピソードは全部書き出して、とりあえずそれを叩き台にしにて進めるか」


「そうですね…。ひとり芝居ということですけど、ナレーションとかは入るんですか」


「ああ、入れるつもりはないけど」


「ああ、そうなんですね」


「なるほど。……あ、すみません、どうぞ、続けてくださいっ」


部長なのに素人丸出しで俺と宮沢の話をうんうん聞いていた渚は、はっとしてすすっと引っ込んでしまう。


「…というか、部長っ。渚ももっと入ってこいよ。というか、ストーリーはおまえが決めないと進まないぞ」


「は、はいっ。そういえば、そうです」


前途多難な俺たちの部長だった。


俺と渚で話し合い、話の骨子を決めてゆく。


終わってしまった世界に、ひとつのココロが迷い込み、少女を見つける。


少女を見つめていたココロは、彼女と共に生きることを望む。


少女の作った人形に魂が宿る。


仲良く暮らしているが、冬が迫っていることを知り、暖かい場所を目指して旅にでる。


冬に追いつかれた彼らは、そこで歌をうたう。


「旅にでるのが、なんだか唐突な気がします」


書き出したあらすじを眺めながら、宮沢。


「ああ、たしかに」


「はい、わたしも、間になにかお話があったような気がするんですけど…」


「俺はよく覚えてないけど」


「わたしも思い出せないです…」


「創作して、入れてみますか?」


「それもいいけど、浮きそうだな」


「はい、なんだかそんな気がします」


「難しいですね…」


頭を抱える俺たち。


風子は気にせずヒトデを彫っていて、合唱の連中はこちらをちらちら気にしつつ、口出しはしてこなかった。


手助けできることはなさそう、ということだろう。


それに、向こうは向こうで余裕があるわけでもない。



…。



「ふむ…やっておるの」


部活が始まってしばらく経つと、幸村が入ってきた。


「あ、幸村先生。ありがとうございます」


すかさず、仁科が彼に走り寄り、手に持ったCDプレイヤーを受け取る。


杉坂と原田がコンセント近くに適当な机を動かして、その上にプレイヤーが置かれる。


幸村は机の上に手に持った何枚かのCDを置いた。


「幸村先生」


「先生、こんにちは」


渚と宮沢が立ち上がってぺこりとお辞儀をした。俺と風子は座ったままぼうっとその様子を見ていた。


「じいさん、何をやるんだ、一体?」


「うむ…合唱曲を選ぼうと思っての。音楽室から借りてきた」


あぁ、なるほどな。


実際に聞きながら選曲をしようということだろう。


こっちは演目自体は決まっているから、合唱のほうが少し遅れているともいえるし。


「あの、音でちゃいますけど、隣の教室のほうがいいですか?」


おずおずと申し出る仁科。


「いえっ、全然迷惑じゃないですっ」


「まあ、曲が流れてればそれはそれで気分転換になるだろ」


「はい、わたしも気にならないですよ」


演劇の方は特に気にした様子もない。


風子も何も言ってないけど、不満はないだろうし…


…あれ?


傍らの彼女を探して、いないことに気付く。


「あの…」


「…なんじゃ?」


風子は、いつの間にか幸村の前に立っていた。合唱部の作業中に割り込んだ形になっているから、少し面食らった表情。


「よろしければ、これをどうぞ」


そう言って、今彫ったばかりのヒトデを手渡す。


「ふむ…?」


幸村は渡された彫刻をまじまじと見つめた。


「これは…」


「とっても、可愛いものです」


「…手裏剣かの?」


ずるうぅぅぅーーーっ!


俺は部室の中を滑っていった。


「可愛いもので、手裏剣はないだろっ」


「とっても可愛いヒトデです」


「…」


可愛いもので、ヒトデというのも、ないよなぁ。


「………うむ」


じいさん、受け入れるのに時間がかかったな。


「あの、それで、ですが」


小さな背中が、じっと老教師を見つめていた。


「ひとつ、お願いがあります」


「出席を改竄してください」


「風子そんなおにぃちゃんみたいなこと言いませんっ。風子、模範的な優等生です」


口を挟んだら、邪魔そうな目で見られてしまった。


「ご近所からも、あの子は模範的な優等生だねって、よく言われます」


「…じゃあ今、じいさんから焼却場にゴミ捨ててこいって言われたら、どうする?」


「はい。おにぃちゃんが適任です」


ノータイムで責任転嫁してきた!


「今なら、手伝いに杉坂さんもつけます」


抱き合わせてきた!?


「りえちゃん、なんだか最近、私のこの部活での立場が悪くなってるような気がするの」


「杉坂さん、それはみんなに好かれてるからだよっ」


仁科が杉坂を慰めている…。


「…それで、お願いというのはなんじゃ?」


話が脱線したことに気を悪くした風もなく尋ねる幸村。


「はい。実は、もうすぐおねぇちゃんの結婚式があるんです」


「ふむ…」


「もしよろしければ、一緒に祝ってもらえませんか?」


「…」


考え込み、幸村は風子を見る。


「君の名前はなんだったかの?」


「伊吹風子です」


「それでは…その、姉の名」


「全校のみなさんに集まっていただこうと、わたしたちで作っているんです」


言いかけた幸村の言葉に、宮沢の言葉が重なった。


「ああ、じいさん、受け取ってくれるか?」


畳み掛けるように、俺も喋る。


そうか、そういえば、幸村は公子さんのことを知っているはずだ。


ぺらぺらと喋るわけには、いかない話だった。


「うむ…」


言いかけた言葉を飲み込んで、俺たちを見回す。


「わしでよければ、お祝いをしよう…」


多少は不自然な運びになったが、頷いてくれた。


幸村はそのまま、合唱部員に混じって選曲作業に混じる。


「…おい、風子」


俺は彼女のわき腹をひじでつついて、小声で呼ぶ。


「なんですか?」


「あれって、生徒に渡すもんじゃないのか?」


「はい、そのつもりだったんですけど…」


風子は、戸惑うように幸村の姿を見つめる。


「あの先生にも、ぜひ、来てほしいと思いまして…」


その言葉に、つい俺も、顧問の教師の背中に目を向けてしまった。


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