folks‐lore 4/22



140


資料室の扉を開ける。


「よう」


「あ、朋也さん」


中の宮沢が笑顔を向けた。それだけで、この教室に花が咲いたようになる。


やかんを火にくべようというところだった。早めに来て、準備をしていてくれたらしい。


「ゆきちゃん、こんにちは」


「はい、ふぅちゃん…あ、一ノ瀬さん、またいらしてくれたんですねっ」


俺に続いた二人を見て、彼女らに笑みを向けた。


「うん…こんにちは」


「はい、こんにちは」


宮沢は当たり前のように迎えてくれて、ことみは安心したように笑う。


「いつもは、四時間目のうちに一緒に飯食うことが多いんだけど、さ」


「ああ、そうなんですね」


俺は机の上に重箱を置く。


「なんだか、すごいですね。三人分ですよね」


「うん。三人でお昼ごはんといったら、重箱だから」


常識のように言うことみ。


「この間もお弁当でしたね。毎日作ってるなんて、すごいですね。この間も、おいしそうでしたし」


「お料理、好きだから」


にっこりと笑い合う。


ことみはかなりの人見知りだと思うが、さすがの宮沢だった。


「一ノ瀬さんも、ふぅちゃんのこと、知ってるんですよね?」


宮沢が俺に聞く。


「ああ」


確認程度、というよりも、この話をはじめるための端緒とでもいうところだろう。


俺の答えに、宮沢は一瞬時計に視線をやって、ことみを見る。


「今のところ、わたしたちだけの秘密ですね」


「あ…うん」


ことみは頷く。表情は少し嬉しそうで、じっと宮沢を見ていた。


そういえば、宮沢とことみで対面というのは今までなかったような気もするな。


「まだ、この四人だけだな」


「はい…」


「一緒に、ふぅちゃんのこと、がんばりましょう」


「うん…私、とってもとってもがんばるの」


ことみは、ぐ、と拳を握る。


頼もしい限りだった。


「そういや、結婚式ってかなり準備に時間かかるんだろ。今、公子さんにそういう予定とかってたててるのか?」


ふと気になって尋ねる。


「いえ、そういうちゃんとした式をする予定じゃないです」


「あ、そうなの?」


俺と渚も、別に式を挙げたわけではないので、よくわからない。


だが、話を聞くとかなり金と時間と労力がかかるという話だ。その分、すごく思い出深いみたいだが。


「はい。この学校で式を挙げたいって聞いていたので、あと必要なのは、学校を使う許可と、祐介さんのお休みと…」


あと、と言って、風子はことみのてのヒトデを見つめた。


星の形をした、少女の思い。


結婚式の、参加の切符。


「必要なのは…あと、参加してくれる人たち、です」


風子がそう言って、俺たちは黙り込んだ。


風子の決意と、やりきるしかない俺たちの決意。


この沈黙は気まずいからではなかった。


風子の言葉で、一瞬で、俺たちは自分の意思の深く深いところまで、覗き込んだような気がしていた。





141


しばし待つと、ぞくぞくと歌劇部員がやってくる。


…いや、ぞくぞく、というのは嘘。


渚がやってきてことみと挨拶をして、そのあと仁科と杉坂がいて自己紹介をする。ぎこちない調子だが…前よりは、マシになったような気もする。


これで全員。


「一ノ瀬ことみさん…噂は、聞いてました」


「本当に実在するんですね。実は、この学校が作り出した架空の存在っていう説も、下級生の間だとあるんですけど」


「杉坂…それはマジか?」


「はい、私も架空の存在だと思ってたんですけど…すごいですね、本当にいたんですね」


珍獣扱いみたいだが、他の学年の生徒からすると、ことみはそういう存在なのだろう。


「それで、先輩の知り合いって、どんな繋がりがあるんですか?」


そして、胡散臭そうに俺を見る。


そんな、俺は杉坂の信頼がないのだろうか。


「いや、授業サボって図書室に行ったら、会ってさ」


「…授業、出てください」


「あぁ、最近は七割くらい出てるから大丈夫」


「全然大丈夫じゃないですよっ」


「え?」


「杉坂さん、岡崎さんは素で言ってるから、悪気はないと思うよ」


「ああ、もう、先輩、もうちょっと真面目になってください」


杉坂の視線は、正しく出来の悪い先輩を見る眼差しだった。


隣で仁科は苦笑している。


「ですけど、わたしも、杉坂さんの言うとおりだと思いますっ」


趨勢を見守っていた渚が、口を挟む。


「さあ、飯にするかっ」


「あ、お、岡崎さんっ?」


俺は、話をそらして逃げをうった。



…。



「岡崎さん」


「ん?」


各々席についてわいわいしているところ、渚が話しかける。


「春原さんは、今日、来てますか?」


「あぁ…」


それぞれ雑談していたが、不意に、俺に視線が集まるのを感じる。


「まだ来てないけど、後で呼びに行く予定だ。あ、だから俺、先に食ってちょっと抜けるから」


「そうなんですか、わかりました」


渚は、小さく頷く。


「部員も、考えないといけないですね…」


宮沢が困ったように言う。


「私たちも、クラスの子たちに話してみますね」


仁科がにっこりと笑うが、晴れやかという微笑みではない。


「…」


杉坂は小さく俯く。


「まぁ、まだ時間はあるだろ。焦るほどじゃない」


意識して流し気味にそう言う。


「ああ、そういえば、さっきいきなり聞かされたんだけどさ…」


俺は話題をかえる。


今、暗い話をしていたら、未来まで暗くなってしまうような気がしていた。



…。



「三年で出展って、珍しいですね」


「というか、初めて聞きます。それはそれで、受験勉強のいい息抜きかもしれないですけど」


「ですけど、楽しそうですねー」


藤林姉妹中心の、合同喫茶店の話をすると、下級生組は意外そうな顔をする。


「藤林さんたちも、がんばってるんですね」


と、渚。というか、両方藤林さんだからな。


「そういや、そっちはクラスでなにかやるんだろ?」


「わたしのクラスは、ミリオネアみたいなクイズの出展ですね」


「へぇ」


「私たちは、お化け屋敷です」


「ですけど、部活の副部長って言ったら、そっちを優先してくれていい、って言ってくれましたので大丈夫です。杉坂さんは、ちょっと準備を手伝わないといけないですけど」


「あ、でも、そんな沢山じゃないです」


「ふぅん…」


彼女らも、クラスの関係でなかなか忙しいらしい。


「とても、楽しそうですっ。クラスの方には、参加するんでしょうか?」


渚は楽しそうに聞く。


おそらくあまりこういうイベントに積極的に接してきていなかっただろうから、興味があるのだろう。


「わたしは、BGM係で少し入る予定になってます。発表の時間とずらしてくれる約束ですけど」


「私も発表とずらしてもらえるんですけど、少しだけ受付に入らないといけないので…」


「…」


「杉坂は?」


「あ、杉坂さんは、脅かし役です」


「へぇ、どんな?」


「そ、それは、当日のお楽しみですっ」


慌てたように言葉を濁す杉坂。


「あ、それじゃ、当日見に来て欲しい、ということでしょうか?」


「ち、違うんですっ。ちょっと宮沢さんっ」


杉坂は狼狽して真っ赤になっていた。面白い奴だ。


「…ちなみに、どんな役だ?」


俺は、隣の仁科に小声で聞いた。


「河童です」


仁科は、笑いながら教えてくれる。


…なるほど、河童か。俺は二年C組の展示は見に行ってやろうと心に決める。


「ちょっとりえちゃん、今なんて聞かれたの? なんて言ったのっ?」


「なにも言ってないよ、あ、もう、いたいいたいっ」


机の側面、お誕生日席のほうから杉坂が仁科を襲撃して、ふたりは楽しそうに笑っていた。杉坂は、微妙に強張った笑いだったような気もしたが。


「伊吹さんのクラスは、なにをやるんですか?」


仁科が笑いながら水を向ける。


…何をやるもなにも、休学中だから参加不参加以前の問題だった。


即座に緊張する俺と風子とことみと宮沢。


(岡崎さんっ)


風子はすぐさま、斜め前から俺に助けを求める視線を向ける。


(ことみ、案はあるか?)


俺は右手のことみに目を向ける。


(…朋也くんっ)


ふるふると、首を振った。


そりゃ、ことみはほとんど創立者祭に見向きもしてなさそうだし、展示の傾向はわからないか。


だが、それは俺にも言えていることだった。


どんな展示と言えばいいのか、よくわからない。


それならば…



(宮沢っ)

(ゆきちゃんっ)

(有紀寧ちゃんっ)



三人の視線が、宮沢に集まった。


彼女は小さく頷いて、口を開く。


「たしか、飾りつけって聞きましたけど、そうですよね?」


「はい、ですが風子、けっこう暇です」


「頼りにされてないんじゃないか?」


「岡崎さん、とても失礼ですっ」


「でも、飾りつけも、とっても楽しそうなの」


慌てて口裏を合わせる俺たち。


アイコンタクトをしてから宮沢が口を開くまで、この間わずか一秒。


今のコンビネーションは、正直喝采を貰ってもいいと思った。


「ああ、そうなんですね。何クラスかは絶対に飾りつけやらなきゃいけないから…」


「でも、当日は自由に行動できるから、そういうメリットはあるわよ」


仁科と杉坂は、納得したようだった。


飾り付け、ね。そんな発表もあるのか。たしかに言われてみれば、校内の装飾は誰がやってるんだ、という疑問もある。


(ナイスだ、宮沢)


(いえいえ)


彼女はにっこりと笑った。


「岡崎さんは、当日、その喫茶店も出るんですか?」


「いや、まだわからない。というか、今日聞いたばかりだし、全然詳しくは決まってないからな」


「そうなんですか。もし当日お店にいるなら、お邪魔じゃなければ、わたしも行きますね。あと、余裕があれば、ですけど」


「ああ、その時はな」


「女子はメイド服ってさっき言ってましたけど、男子はどんな恰好なんですか? あ、全員裏方に回るとかでしょうか」


仁科が聞く。


「ああ、いや、タキシードって言ってたかな」


「タキシード…」


左手、仁科がぼうっと俺を見た。


「りえちゃん、私たちも、お店に行く?」


「あ、そ、そのっ……うん…」


杉坂は面白そうに笑い、仁科は恥ずかしそうに頷いていた。


「先輩、うちのクラスも来てください。りえちゃんもコスプレするんですよ」


「コスプレっていうほどじゃないけど…」


仁科は、頬を染めて苦笑い。


「お岩さんの恰好、ということで、白い着物を着るんです」


「へぇ」


仁科は和風な雰囲気がするから、よく似合いそうだ。


「ついでに、杉坂の勇姿も見ておくよ」


「いえっ、私はいいんですっ。というか先輩、私が何やるか、さっき、りえちゃんに聞きましたね? 聞きましたよねっ」


「いや、なんも」


「はは、杉坂さんはどんな格好するんですか?」


「なんだか、わたしもすごく気になってきましたっ」


「風子、鬼婆でも夜叉でもお歯黒べったりでも気にしたりしません」


「何でそういう方向ばっかりなのっ? というかお歯黒べったりって何!?」


「妖怪です」


「そ、それは、わかるんだけどっ」


杉坂は狼狽していて、俺たちは和やかに笑った。



…。



「当日、渚と風子以外は意外に忙しくなりそうだな…」


その後も、創立者祭当日の話をして、けっこう忙しくなりそうだと思い知らされる。


俺がどれくらい拘束されるかわからないが、宮沢、仁科と杉坂のクラスも回るとなると、時間も厳しい。


そもそも、劇の発表の前後にも準備と撤収がある。


「なんだか、わたしばかり、すみません」


「いや、普通の三年は暇だからな。俺はたまたまだよ」


三年生は、完全に客として参加するのが例年の慣わしらしいからな。おそらく、受験戦争前の最後の息抜き、というところなのだろう。


「大丈夫です。風子も暇ですから」


「はい、ふぅちゃん、一緒に見て回りましょう」


「はい」


ふたりはにっこり笑い合い…そして、俺は、ことみがその様子をぼうっと見ているのに気付く。


ずっと笑いながら話を聞いているだけだったことみ。


彼女もきっと、創立者祭当日は予定はないだろう。


「ことみ」


小声で彼女の名を呼んで、わき腹をつつく。


「…?」


「混ぜてって、言えばいいじゃん」


目線で渚を示す。


「…」


だが、ことみは顔を伏せた。


困ったように笑って、そうこうしているうちに話は去年の創立者祭の様子についてに移っていってしまう。


俺は、内心ため息をつく。


ことみも、この連中を嫌っていないのは、悪い気はしなかった。


それなら、もっと中に入ってきてほしいとも思う。


だが、それはまだまだ厳しいようだった。


もう少し、なにか、きっかけでもあればいいのだけれど。


そうこう思っているうちに、昼休みも半分が終わりそうになる。


俺は資料室を辞して、早足に、昇降口へ向かう。


智代との待ち合わせがあった。


back  top  next

inserted by FC2 system