folks‐lore 4/21



127


夕方というほどではないが、日はもう随分落ちていた。


部で揃って坂道を下っていく。


まだ部活終了の時刻にはけっこう間がある。微妙な時間だからだろう、辺りに他の生徒はいなかった。


「明日から、忙しくなりそうだな…」


「そうですね」


隣の宮沢が答える。傾いた日に風が吹き、しとやかに髪を押さえた。


「部員を探して、劇も完成させないといけないですし」


「ああ。ていうか、宮沢は大丈夫か?」


「はい?」


「最初入部する時、けっこう忙しいって言ってただろ」


「ああ、そうですね…」


宮沢は前行く渚たちの後姿を見る。わずかに微笑みながら、優しいまなざしを向ける。


…なんとなく、そんな視線を横から見ていて、彼女は演劇部を気に入ってくれているのだ、と再確認。


そう思って、少し嬉しくなる。


「今月中でしたら、大丈夫です。来月は、忙しい時期に欠席してしまいますけど…」


申し訳なさそうな顔を、こちらに向けた。


「いや、おまえにはおまえの人間関係があるだろ。もともと、そういう約束だったし、気にすることない」


「はい。ありがとうございます」


にっこりと笑って、言う。


「朋也さん、脚本はうまくできそうですか?」


「どうかな…」


さっきから、そう答えるしかない。


「実は、わたしも脚本はどういうものか、全然わからなくて…」


「まぁな…。でも、ひとり芝居だから、とにかくセリフを作っていけばいいんじゃないか」


かつての、渚の芝居を思い出す。


ナレーションはない。セリフは、少女のものだけだ。


少女が周囲の説明をし、ガラクタの人形と対話し、物語は進む。


細かな身振りは後で付けていけばいい。


それにまだ、照明や音楽、効果音などは考えなくていい。本番の叩き台にできる程度に仕上げていくというのが目標だ。


もちろん春原を満足させれればそれでいいかもしれないが、とにかく全力でやりきることが一番重要だった。


そういえば、春原をどうやってこの観客にするか、も問題だな…。


芽衣ちゃんと電話する約束があるし、あとで彼女に相談しよう。


一度考え始めると、キリがなかった。


劇は、どんなに磨き上げても満点はない。だが見果てぬ満点を目指さなくてはならない。


「とにかく明日、書いてみよう」


「そうですね。初めてですから、やってみないとわからないですね」


「脚本ですか?」


いつの間にか、前の集団との距離は縮まっていた。渚が振り返ってこちらを見ている。


「ああ。明日、一度文章にしてみよう」


「はい、そうですね」


渚が歩幅を緩め、宮沢の反対、隣に並んだ。二つに分かれていた集団は一つになる。


「岡崎さんも、あの話、知ってるんですよね?」


「ああ、まあ」


そのことはさっき学食で話している時に言っていた。


なぜか知っている、物語。


胸がどきりとした。


「わたし、あの話、最後どうなったか思い出せなかったんです」


「え…」


「なので、本当は人形を組み立てたところまでで劇にしようと思ってたんですけど…あの時、急にその続きを思い出せたんです」


渚は自分自身に確認するようにぽつぽつと話す。


他の少女らは、そんな大した話だとは思っていないのだろう、聞いてはいるが、そんな身を乗り出しているような様子はない。


だが、俺の心は千切れて乱れ、耳だけは冬の夜に雪の音に耳を澄ますみたいに彼女の言葉に研ぎ澄まされる。


「最後には歌を歌う、というお話だったような気がするんですけど、岡崎さんの覚えてる話もちゃんとそういう終わり方でしたか?」


「…ああ」


「…そういえば、その女の子と人形は、どうして旅にでたんですか?」


仁科が口を挟んだ。


「えぇと、それは…どうしてでしょうか」


渚は困ったような顔をする。


…そうだ。渚の話は、たしかに穴があった。いや、穴というより、詳しい筋までは覚えていない、ということだ。


たしか、以前もそうだったな、と思い出す。


思い出せないから…物置をあさったりして、古河家を探索したのだ。


そして、だから、オッサンや早苗さんの過去を暴くことにもなってしまったのだが。


「すみません、わたしもよく覚えてないです」


「でも、昔聞いたお話って、覚えてるところと覚えてないところがありますから」


杉坂がフォローを入れた。渚の表情は戸惑いだが、杉坂はよくあること、というように気に留める様子はない。


「思い出せなかったら、私たちでお話を考えましょう」


「うん、そうだね。ですけど、わざわざ旅にでる理由って、なんでしょうか?」


杉坂の言葉を仁科が繋いだ。


「きっと、探し物です」


「それは、あるかもしれないです」


風子が口を挟み、宮沢は笑いながら頷く。


「きっと、とても可愛いものを探していたんだと思います」


「そう、でしょうか…」


「可愛いものかはわからないけど、大事なものですよね。でも、住み慣れた場所を離れて、知り合いもいないし、そもそも誰もいないところに旅にでるなんて、私にはできないなぁ…」


仁科はそう言いながら、苦笑いを浮かべていた。


「いえいえ、きっと、別の場所には、別の楽しいことが待っています。そういうものですよ」


宮沢がそう言って、仁科はその言葉に安心したような表情を浮かべていた。


「マンガとかだったら、伝説の宝物、とかですよね」


「ワンピースみたいなものでしょうか?」


「あ、そうそう」


杉坂が笑顔を見せた。こいつ、マンガが好きなのだろうか。


「ですが、風子は可愛い女の子を探しに行ったんだと思います」


「女の子、ねぇ…」


俺は、どんな話だったか思い出そうとする。だけどやはり、詳しい筋まではなかなか覚えていない。





終わってしまった世界を旅する少女とガラクタの人形。


彼らが目指すのは、伝説の少女…


やがて二人は、古ぼけた廃墟にたどり着く…


少女「私たちに…力を貸してください…」


少女が願う。


…封印が解かれる時、彼らの前に姿を現すのは、神か、それとも悪魔か。



ファイナルヒトデ使い風子!!





ってダメそーーーーっ!!?


そんなことを考えてしまう自分に呆れてしまった。


「岡崎さん、覚えてますか?」


「ああ、そりゃ…」


…不意に、立ち上がるように、言葉があふれる。


「冬が近づいてたからだ」


「え?」


「冬?」


少女らが、目を開いて俺を見た。


…彼女らが驚くと同様に、自分自身、びっくりしていた。


冬…?


「ああ、俺もよく覚えてないけど、たしかな」


慌てて、言葉を繋いだ。


冬?


冬が近づくとは、どういうことだろうか?


終わってしまった世界にも、季節は巡っているのだろうか。


それに、ずっとその世界に暮らしていた少女は、もう幾冬も過ごしてきたのではないのだろうか。


「言われてみれば、そうだったような気もします」


「…明日、色々詰めていこうぜ」


それから、部活とは関係ない雑談が始まる。


時折それに口を挟みながら、頭によぎるのは、口をついてでた言葉。


その言葉には、続きがあった。


その旅は、冬が近づいていたから。


ふたりは、別の場所を求めた。


そこは…


いろいろなものがあって…


楽しくて…


温かな場所…





128


『はい、春原です』


「あ、俺」


『岡崎さん。そろそろかなって、思ってました』


「悪い、今、すぐにでたけど、わざわざ待っててくれたのか?」


『いえ、電話にでるの、わたしの仕事なんです』


「ふぅん…」


俺の家とは、違う原理で動いているらしい。


俺は、春原の勧誘に劇を演じてみるという案が出たことを報告する。


『わぁ、なんだか、兄のためにそこまでしてくれる人がいるんですね。その人、女の人ですか?』


「ああ、部長は女子だけど」


『ふぅん、そうですか…』


微妙な間。今の芽衣ちゃんの心中を思う。


春原と渚? いやいや。その組み合わせはないだろう、と思うが、さすがに芽衣ちゃんにそれを力説しても仕方がない。


『なんだか、ますますそっちに行くのが楽しみになってきましたっ。明後日の夕方くらいにそっちに着けると思います』


「もうそんな準備進んでるの?」


『はい、万全です』


「…」


ものすごい行動力だった。


「家族は、いいって?」


『はい。おにいちゃんの一大事って言ったら、わかってくれました』


「マジかよ…」


よくまわる舌が活躍したのだろうな、と想像する。


「ていうか、どこに泊まるんだ?」


以前は渚の実家だった。だが今のところ、オッサンとかとまだ会ってないし…いや、別に俺の立場は関係ないし、また渚の実家に泊めてもらえるか…?


『はい、しょうがないので、兄のところに泊まろうかと思います』


「ま、そうだよな」


『きっと部屋を散らかしてるから、片付けもしなきゃいけないし…』


「…芽衣ちゃん」


『はい、なんでしょう?』


「俺の妹になってくれないか?」


『あはは、岡崎さんも部屋、ぐちゃぐちゃなんですか?』


電話越しに、楽しそうな声が聞こえた。


いや、そういう意味で言ったんじゃない。ただ…つい口をついてでてしまっただけなのだが、まあいいや。


「でも、あいつの部屋に泊まると、多分体調崩すんじゃないか」


『えぇっ、そんなひどいんですか…?』


「変な菌とかいそうだ」


『変な…?』


「春原菌とか」


『どうなるんですか?』


「ヘタレになる」


『重病ですね…』


「不治の病なんだ」


『というか、わたしも春原ですよ』


「ああ、そうか、じゃ、中和できるかもしれないな」


『多分、無理です』


芽衣ちゃんはそう言って、楽しそうに笑った。


その後も、ちょっと雑談して、電話を切る。


不思議と、心が浮き立っていた。


が。


「…」


「…」


顔を上げると、風子が顔をしかめて俺を見ていた。


風子の目の前には、食後のコーヒー。


ちなみにここは居間。うちは、居間に電話がある。


「…なんだよ」


「岡崎さん。あんまり浮気をしていると、渚さんに嫌われます」


「浮気じゃないっ。春原の妹だ」


「妹さんにまで手を出してるんですかっ」


「出してないっ」


俺は、今日の春原の勧誘の話と繋げて芽衣ちゃんのことを説明する。



…。



「なるほど、話はわかりました」


「ああ」


「ですが…」


「?」


「…いえ、なんでもないです」


「なんだよ、気になるだろ」


「気になるなら、自分で考えてくださいっ」


ぷい、と顔を背ける風子。


なんなんだ、一体。


俺は困惑しながら、風子を見た。


だが結局、彼女の言いたいことはわからないまま、眠りについた。



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