folks‐lore 4/19


101


「ふむ…」


職員室まで出向いた俺たちは、創立者祭にひとつの部、二団体での参加を目指す旨を幸村に伝えた。


老教師は口ひげを触りつつ、目を細めて話を聞いていた。


「なるほどの…」


「あの、幸村先生、人数が集まれば、許可はいただけるでしょうか」


一生懸命に話す渚。演劇部員にも事情は説明し、手放しでこの話は受け入れられていた。


ハードルは上がったにしろ、その分人手は増えている。


俺にも、まだ誘いをかける相手は何人かいる。


「うむ…」


幸村は何度かこっくりと頷く。


「では、ここにいるのが今の部員でいいのかの?」


「いや、私は違う」


「風子も違います」


「ふむ、では…」


俺、渚、宮沢、仁科、杉坂。


「五人か…」


「人数は、なんとかする」


「うむ…」


幸村は頷くと、いくつかの書類を取り出す。


「ここに名前を書いてくれるかの」


言われるままに、複数の書類に名を書いていく。


入部届、部活申請届、そして渡される何枚かの放課活動の規則が書かれたプリント。


先ほど見た達筆で、すでに顧問の欄は記入されていた。


各自の名前の記入が終わる。


部長は、渚。副部長は俺と仁科とした。


「ふむ…これでいいかの」


「じいさん、これは誰が出せばいいんだ?」


「わしがやっておく」


「ありがとうございますっ」


すかさず、渚が頭を下げる。


俺たちもそれに習う。


幸村は変わらず柔らかく微笑んだような表情で俺たちを見つめている…。


「ん…忘れるところだった」


ファイルにしまおうとしたプリントを、もう一度俺たちに見せる。


「部の名前は、どうしようかの」


記入欄の、一番上。


『部名』。


「演劇部、じゃないんですか」


仁科は不思議そうな表情。彼女は合唱部の名にこだわってはいないようだった。部活ができればそれでいい、ということだろう。


「…」


渚は幸村からプリントとペンを受け取る。


少しだけ、考えるような間があって…


かわいらしい文字で、空欄は埋められた。


そこには、こう書かれていた。


部名、歌劇部。






102


憂鬱な雨ではなかった。


智代と別れた俺たちは、再び旧校舎、演劇部室へやってきていた。


「よろしくおねがいします」


仁科と杉坂が頭を下げる。こちらも頭を下げる。


お互いに自己紹介をし、風子も入れて六人。


賑やかにはなったが、幸村と相談し、隣の空き教室も部室…というか、活動する教室として貰えることになり、合唱部の普段の活動はそちら。


大枠では「歌劇部」という折衷の名の部名を背負っているので、開始と終了の挨拶は一緒にすることとなる。


しかし、歌劇部ねぇ…。


なんだか、違和感。


もちろん渚の性格からいって、合唱部の名を入れるというのは納得している。だがやはり、すぐにはしっくりこない。


ま、じきに慣れるだろう。


今日は空き教室のほうの掃除をする。


さすがに人数は多いから、暗くなる前には終わった。


続きは来週に、と話し、学校を出る。



…。



「岡崎さん」


雨降りの中を歩いていると、とたとたと渚が隣に来る。


先頭に風子と宮沢。仁科と杉坂。


「今日は、ありがとうございます」


「いや…」


「わたし、あんな方法があるなんて、思わなかったです」


「そりゃ、俺もだよ。智代が調べてくれたおかげだな」


「ええと…さっきの方ですよね」


「ああ、そうか、あいつは紹介してなかったな…。坂上智代っていうんだ。二年で、生徒会長を目指してる」


「生徒会長ですかっ。すごい人です」


「まだ会長じゃないけどな…」


言いながら、少し、不安が頭をもたげる。


現会長の男と、智代の間に生まれた確執。何もなければいいけどな…。


「まあ、来月には、会長になるだろうけど」


言いながら、思う。 なら、いいのだけれど。


「部員があと五人って、いけそうか」


「頑張ってみます」


渚は、そんな気負った様子でもなく笑う。


昨日に宮沢、今日に仁科と杉坂。たしかに、悪くないペースではある。


まだ、焦る段階ではないのだ。


「部員探し以外にも、活動を始めないとな」


「そうですね」


放課直後に部員探し、人がいなくなったら演劇部の活動。


「どんな劇をするか、とか」


「あの…」


「?」


「実はわたし、やってみたいお話があります」


「…ああ」


「世界にたったひとり残された女の子のお話です」


「…」


「それはとてもとても悲しい…」


渚は、遠い目をした。


「冬の日の、幻想物語なんです」


その目は…どこを見ているのだろうか。






103


「世界にたった一人残された、女の子のお話ですか」


「ああ…」


部活仲間と別れ、今歩くのは俺と風子。


演劇部の発表の劇のことを話していた。


「俺もどこかで聞いたことあるんだ、その話」


「そうですか…」


俺と渚のほか、誰も知らない物語。


オッサンや早苗さんにも聞いて回った記憶があった。だけど彼らは全く心当たりがない、といっていたような気がする。


というか、そもそもまだあの人たちに会ってないな…。すっげぇ勘が鋭い人たちだから、会うの怖いっちゃ怖いが。


この奇妙な物語を、なんとなく、俺と同じ立場の風子なら知っているのでは…と思った。


「おまえ、知ってる?」


「知りません」


「…」


期待を持っていた自分がアホらしいほど、一瞬で否定されていた。


「海岸で遊んでいたら、今日はヒトデ祭だぞ、って連れてかれる話なら知っています」


「全然違うっ。というか、明らかに誘拐されそうになってるじゃねぇか…」


「昔見た夢です」


「ああ、そう」


「そういえば、風子を連れて行こうとしたのは、上半身裸の人だったような気がします」


「どんな変態だっ」


「はい、変な人でした」


「ああ…」


風子の夢の中で上半身裸に剥かれてヒトデ祭りに連れ出す怪しい奴に、俺は同情を禁じえなかった。


「それ、どんな話なんですか」


「ああ、そんな難しい筋はない」


内容をかいつまんで、風子に聞かせる。


終わってしまった世界にたった一人残された少女が、彼女を見つめる魂に形を与える。


そして彼らは、旅に出る。


ラスト、雪に埋もれた彼らは、そこで、歌をうたう。


「…ハッピーエンドですか?」


「いや…違うと思う」


これは…悲しい物語だ。


終わった世界の少女は、最後に人ではなくなってしまう。


しかし実際、少女は自らそれを望んでいた…気がする。


彼女は間違いなく自らの勤めを果たしていたような気もする。


ならば、悲しく見えるのは、ガラクタの魂から物事を見ているからだろうか。


いや…そうじゃない。


この話を悲しい物語として扱うときに感じる違和感。


「多分、この話の終わりを、まだ誰も知らないような気がする」


「?」


風子は、首をかしげた。


そりゃ、そうだ。悲しい物語と断言しているのに、終わりを知らない。


話として筋が通っていないのは自覚している。


だけど、それでもこう考えると、すごく素直に腑に落ちる。






104


「ただいま」


「おじゃまします」


家に帰ると、ズボンの裾は随分濡れてしまっていた。屋根を打つ雨音が響く。ボロい家だから、余計に響いているような気がする。


「靴下脱げよ」


風子の靴から靴下にかけてもかなり水を吸ってしまっていた。そういや、そろそろ洗濯をしなければならない。明日、晴れればいいが。


風子の足元に手を伸ばすと、照れたようにぱっと距離をとって、自分で靴下を脱ぐ。


「飯作るから、風呂でも入っとけ」


「はい」


途中スーパーによって食材は買ってある。


今日は麻婆豆腐と味噌汁。それとほうれんそうのおひたし。


自分で食べるだけなら米、味噌汁、おかずで終わりなのだが、人にも食べさせるとなるとなんとなくもう一品を入れてしまうのはどうしてなのだろうか。


「そういえば」


素足で前を歩く風子に声をかける。


「おまえは料理できないの?」


「もちろん、できます」


自信満々、振り返って言う風子。信頼できないときのパターン…。


「風子、いつもご飯を作っていました。おねぇちゃんと一緒に」


「あ、マジ?」


公子さんの手伝いをしていたというなら、信頼できるかもしれない。


「はい。小林カツ代ばりの腕です」


「誰!?」


「辰巳芳子もびっくりです」


「誰だよ!」


信頼していいのか、よくないのか、わからなくなってきた。多分、よくないだろうけど。


「じゃ、まぁ、一緒に作るか? おまえもゴロゴロしてるだけじゃ暇だろ?」


「わかりました。腕によりをかけて作ります」


彼女も仕事を持つというのは、悪くないだろう。一応、家族として同居しているのだから。


「じゃ、風呂は後にして着替えたら台所に来いよ。今日から手伝ってもらうからな」


「わかりました。覚悟してくださいっ」


自信満々な風子。


あぁ、覚悟、するか…。



…。



風子は味噌汁に乾燥ワカメを入れるという大仕事を終え、やりきった顔をしていた。要するに、立ってただけということだ…。わかっていたけど。


夜の生活パターンは、大体染み付いている。


木を彫りながらテレビを見て、あーだこーだと話をする。


平和な夜だ。


寝る間際、そういえば、最近寮に行ってないなと気付く。


明日は休みだ、久しぶりに足を伸ばすのもいいだろう。


そんなことを考えながら、眠りに落ちる。


ざんざんと雨が響いている。


雨音は、もう、そんなに不快ではなかった。




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