folks‐lore 4/18


084


部室に戻るが、このまま部活を続けようという雰囲気ではなかった。


「今日は、すみません…」


「渚が謝ることじゃない」


「ですけど、わたし、どうにもできませんでした…」


じわり、と目の端に涙。


「おふたりは、すごく、がんばってました。わたしなんかよりも、ずっと」


「…」


「それなのに、わたし、ほとんど岡崎さんのおかげでこうしていられるのに、自分だけ勝手なことをしていました。合唱部の方の夢を、邪魔しようとしてます」


「渚さん、落ち着いてください」


「渚さん…」


宮沢が彼女をなだめる。風子は、そっと渚に触れようとして、おっかなびっくり、体を抱く。


「おまえは、がんばってるよ。もっと自信を持てよ」


「すみません…」


「…顧問が、両部を兼任することもできる」


「え…」


渚が、俺を見た。


「絶対に、どちらかの部しか設立できないってわけじゃない。他にも、なにか手はあるかもしれないし、まだやることはある」


「…」


憂鬱そうな瞳を伏せる。精神的に、かなりの負担だったのだろう。


まるで俺たちは、突然現れて合唱部に障害をつきつける悪者みたいだ。実際、持ってる条件は同じだ。だが、そう考えれば、そう見えてしまうのだ。


俺と同様のことは、みんな感じているだろう。


詳しくは覚えていないが、あの仁科という女子は、俺に似ていた。彼女が合唱部を立ち上げようという馴れ初めを、いつだか聞いたことがあった。


俺と同じように何も楽しめなくなっていて、だけど、彼女は、立ち上がった。


俺より、強かったのだ。


だから俺は素直に彼女を応援したい。


だけど、俺たちが出会う道は、対立する道だった。その道しか、なかった。


「両方笑える手はある。それに、演劇部だって俺がなにかしてやったなんてことはない。十分、がんばってる。ほとんどのことは、おまえが決めてきただろ」


渚が。


登れなくなった坂を登ったことを知っている。


決意して演劇部を立ち上げたことを知っている。


そして、今も、無理して先頭に立とうとしていることを知っている。


彼女らの敵意を、一身に受けようとしている。


渚も。俺より、強かったのだ。


だが、今の渚はその強さを、すべて俺ありきで考えてしまっているようだった。


踏み出したのが、自分自身の足なのか、信じられなくなっている。


俺は…、


「まずは明日、だ。あいつらと、ちゃんと向き合おう。できることはそれだけだ」


どうしようもなく、自分の力不足を感じていた。






085


渚を何とか励まして、彼女は先に帰っていった。一緒に帰る、と言ったが、大丈夫です、と断られた。


演劇部室に、俺と、風子と、宮沢が残される。


「くっそ…」


イスに座り込み、空を仰ぐ。無味な天井。憎々しい。それは、自分自身が、だ。


そもそも、合唱部との対立のことは知っていたのだ。


そして、相手が相応の理由を背負っていることだって、覚えていた。


だが…ここまで、こちらに衝撃を与えるとは、思っていなかった。


なんとかかわして和解する?


それができれば、以前だって、やっていた。


俺は何のためにここにいる?


渚と一緒に黙りこくるためじゃないだろう。


かわすなら、徹底的にかわすべきだった。事前情報も何もなしに、彼女らと話をするべきではなかったのだ。


ぶつかるなら、徹底的にぶつかるべきだったのだ。強力な理由をこちらにもこしらえて、真っ向から意見をぶつけ合えばよかったのだ。


結局、今は、相手の意思をくらうだけくらって、相手は、こっちの決意を少しも知らない。


何をやっているんだ、俺は。


俺は…。


「朋也さん」


ぴとっと、頬に、冷たい感触。


「うわっ!」


「考えすぎは、よくないですよ」


宮沢が、にこりと笑った。頬に当てたジュースをとん、と目の前の机に置く。


「岡崎さん、悩んでばかりはよくないです」


と、風子。


俺は、ぽかんとして、彼女たちを見た。


宮沢が、向かいの席につく。


風子が、傍らの席に座る。


「さあ、考えましょうか。他になにか、いい案が浮かぶかもしれません」


「風子も、今だけ演劇部員になります。期間限定です」


「……」


泣きそうになった。


俺は、一人ではなかった。一緒に、背負ってくれる奴らがいた。


「…ありがとう」


できれば、心が伝わりますように。俺は、頭を下げた。


目の前に、缶ジュース。煮えたぎった頭は、少し冷えた。


「宮沢」


「はい」


穏やかな、表情だった。いつもの宮沢だ。救われるような思いがした。


「ごめんな、いきなり初日にこんなことになって」


「はは、わたしもちょっと、驚いてしまいました」


ですけど、と続ける。


「わたしは、演劇部が好きです。力になりたいって思っています。まだ、新入りなんですけど」


「ゆきちゃんがいれば、百人力です。ちなみに、風子もいるので、二百人力です。なので、岡崎さんも入れれば、二百一人力ということです」


「俺は、一人分かよ」


「厳正な審査の結果です」


俺と宮沢は、少し笑う。


「さて、じゃ、どうしようか」


「そうですね…」


「俺からは、あれしか思い浮かばないな。顧問を兼任すると、毎日は活動できないけど」


「あの、それって可能なんですか?」


「できる。それは、保証する」


以前がそうだったのだ。


「なるほど…」


それから、しばらくの間話し合う。


だがやはり、最初に俺が提案した以上の策は、見つからなかった。


顧問になれる教師が幸村しかいないのだ。となると、別の案なんて他から教師を探してくるしかない。だがそうなると、時間もないし労力的にも足りない。


結局、 明日、顧問の共有を合唱部に持ちかけてみよう、という話になる。


向こうだって、両方笑えればそれがいいだろう。


今日の部活は、これでお開き。


あとは、渚が、明日気を張ってきてくれればいいが…。


傍から見ても随分ショックを受けていた。


悶々と考えすぎなければいいけど…。






086


幸村に明日時間をつくってもらう旨を頼みに、職員室へ。


宮沢と風子は、外に待たせる。


「じいさん」


「ん…岡崎か、なんじゃ」


「あんた、俺たちが衝突するって知ってただろ」


「うむ…」


「なんとかしようとか、思わないのかよ」


「まあ落ち着け」


「…」


「岡崎」


「なんだよ」


「それで…おぬしは、どうするつもりだ?」


老教師は、俺を見る。


そう言われて、俺は鼻白む。


「あ、あぁ…あんたに、両部の兼任を頼みたいんだ。明日あいつらと話し合うことになって、その時言ってみるつもりだ」


「ふむ、そうだの…」


手を顎に当てて、撫でる。


「それしか、ないかの…」


「ああ」


「ふむ…」


話は、もう終わったようだ。俺は立ち去ろうとする。


「それじゃ、じいさん、明日頼むよ」


「…岡崎」


「え?」


「創立者祭にはの」


「ああ」


「規約がある」


「…」


眉をひそめる。何の話だ?


「生徒会顧問の教師が管理してるはずじゃ」


その教師の名を教えてくれる。


「今日はもうおらん。明日にでも、訪ねてみるといい…」


なにか策でもあるのだろうか。


それにしても…創立者祭に関しても、細かい規則があるというのか。なんて面倒な学校だ。


「わかったよ」


俺はきびすを返す。


「岡崎…」


背中に老教師の声が届く。


小さな声は、こう言っていたような気がした。


…焦るでない、と。



…。



三人で下校する。会話は、さすがに、弾まない。


ぽつぽつと先ほどの幸村の話をして、だがなんにせよ問題は明日に送るしかない。


途中宮沢と別れ、風子と並んで歩く。


「大丈夫です」


「なにが」


「渚さんです」


「…」


「岡崎さん、言っていました。渚さんは、強い人です」


「ああ」


「だからきっと、平気です」


「…」


「明日、渚さんにプレゼントをします」


「ヒトデを?」


「違います…特製の、スペシャルヒトデですっ」


「…」


ヒトデだった。


「なにが違うんだよ」


「わかりませんか? このスペシャルな感じ…」


「全然わからねぇよ…」


それから、風子に彫りこみの妙味の話を延々とされる。


風子は風子なりに、渚のことを心配しているのだと思う。


しかし、数個しかヒトデを作ってないおまえがそこまで語るか、とツッコミを入れたくなってしまった。






帰宅する。


「ただいま」


「お邪魔しますっ」


延々と風子の話を聞かされて、俺は痩せたかもしれない。


まだ、親父は帰ってなかった。


俺は放課後でぐったり疲れて、すぐに寝始めて、明日の朝まで眠っていられそうな気もしたが、さすがにそれはもったいないと考え直す。


だからといって、これという趣味もないからな…。


結局、俺は風子と一緒にヒトデを彫った。


風子は結構な量の木片を持って帰っていた。どこから見つけてきたのだろうか。


あるだけの分を、ヒトデに変える。


「いいですか、岡崎さん。ヒトデを彫ると思ってはいけません」


風子はない胸を張って語る語る。


「この木から、ヒトデを取り出すんです。ヒトデは、ここに埋まっているんです。土から、石を取り出すようなものです」


おまえはどこの名工だ。


というか、今日失敗して痩せ細ったヒトデを渡したのは、どこのどいつだ。


はいはい、と相槌をうちながら、ヒトデを彫る。


持ってきた分が終わると、並んでテレビを見た。


ずっと、俺は、夜は長いと思っていた。


高校時代の夜も、汐とふたりで暮らす夜も。


それは、なんとか時間をつぶさないといけないものだった。


だが、今は、そうも思えない。


ちんちくりんな少女を思う。


彼女は、本人は否定するかもしれないが、ただ俺にとっては…


家族だった。



そして、夜は更けていく。




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