folks‐lore 4/18


081


給食の時のように適当に机をくっつけて、話し合い。


「今日は、どうしましょうか?」


「部員が揃った。だから、次は顧問だな」


「お昼にたしか、幸村先生とおっしゃってましたよね」


「ああ。じいさんに頼もう」


と、そこまで言って、気付いた。


そういえば、合唱部から、脅迫の手紙が送られてきたことがあった。


あれはたしか、幸村に顧問を頼んですぐだったような気がする。


顧問の取り合いだ。


たしか、渚がはじめ、部の存続を合唱部に譲ったんだよな…。


だが、最終的には両方の部活の顧問を頼むという形で両部存続になった。


なんでそんな話になったっけ…?


たしか春原が脅迫状を送った女子に怒って、だがすぐに立ち直った。


部活をやってる奴らを見返そうと、俺たちは…


ああ、バスケの試合とか、やったな…。


かつてのことが思い出される。


状況は、以前と同じだ。おそらく、同じように合唱部とは対立することになるんだろうな…。


こちらから、幸村に兼任してもらうことを申し出ようか。


だがそもそも、向こうが先に頼んでいたのだ。正直言って、こちらの立場のほうが低い。上級生ではあるが、それを振りかざすのは、渚は嫌がるだろう。


微妙なところだな…。


だが実際、それ以外に手はないような気がする。


ともかく、まずは幸村と話をしてみなければ、始まらない。


「探しに行くか」


言うと、他の部員も頷いた。


「職員室かな…」


風子は残し、三人で演劇部を出る。


俺たちには俺たちのやることがあるように、風子には彼女のすべきことがある。


部室を出る際、すでに脇目もふらずに木を彫っている。


一心に向き合うその姿勢は、まだまだ俺の持っていないものかもしれない、と思った。


道中、まだ合唱部と対立することを知らないから、空気は和やかで…俺だけ、口数が少なかった。






082


職員室で幸村の居場所を聞くと、生活指導室だろうと答えられる。面子が面子なだけ、教員にじろじろと見られたが…。


取って返して、生活指導室へ。


ノックしようとしたところで、運よく幸村が中から出てきた。


「ん…?」


俺たちを見て、目を細める。


「あ、じいさん。ちょうどいいや」


「なんじゃ…大人数で」


「ちょっと話があってさ」


「…岡崎っ」


「ん…」


部屋の中から名前を呼ばれる。


見ると、春原と担任が向かい合って座っていた。


…しまった。


俺の後ろには、渚と宮沢。


春原は、訝しげな目をしていた。部活をしている、なんて言ったら、あいつは変に首を突っ込んできそうだった。


続けてなにか言われる前に、俺はドアを閉める。


くそ、失敗だな…。そういえば、あいつは担任に呼び出されていた。


「春原に用ではないのかの?」


「いや、あんたに用だ。今、いいか?」


「ふむ…」


幸村はしばし考え込み、歩き出す。


「こっちへ…」


促されて、歩いていく。


ひとつ隣、進路指導室だった。縁のない教室だ。


中に入り、席につく。


周囲が進路関係の資料だろう、たくさんの本や書類で埋まっている。


図書室や資料室のようでいて、どこか落ち着かない場所だった。


「それで、なんじゃ…?」


「ああ…」


俺は、渚に目をやる。


「あの、実は、わたしたち演劇部の顧問をお願いしたいんです」


「ほぅ…」


「以前、顧問だったとお聞きしまして、それで、あの、お願いできますでしょうか?」


「ふむ…」


顎に手をあてて、俺たちを見た。


「じいさん、頼めるか?」


「うむ…」


「ほんとかっ」


「いや…」


「どっちだよっ」


「朋也さん、まぁまぁ」


宮沢が苦笑いで抑える。


ああ、もう、そういえばこの人は、こんな感じだったよな…。


「ふむ…」


皺深い顔で、考え込む。


「二年生のね、仁科さんって子とね…話をしてくれないですかな」


「…」


ああ、やはり。同じだ。


「仁科さん、ですか…?」


渚は、不思議そうに幸村の顔を見ていた。


突然話に出てきた二年生。たしかに、唐突だ。


「宮沢さん、知ってますか?」


「はい、たしか、C組の女の子ですね。可愛らしい方です」


「C組ですか」


「行ってみるか」


あまり顔は覚えていないが、見れば思い出すかもしれない。というか、宮沢が知っているようだから心配はない。


「…すこし待て」


席を立ちかけたところ、声をかけられる。


「もしかしたら…教室にはおらんかもしれん…」


「そうですね、もう放課後ですから…」


「いや、おそらく…校内にはいるじゃろうて…」


「幸村先生、どういうことですか?」


「ふむ…」


老教師はしばし考え込む。


「話せば、わかるじゃろう…」


だが、結局、口を閉ざした。


「行こうぜ」


席を立つ。


「じいさん、じゃあな」


「ありがとうございました」


「失礼します」


渚と宮沢は、丁寧に頭を下げていた。


進路指導室を出る。





「岡崎さん、先生にあの態度はひどいです」


出て少し歩くと、責めるような表情で渚。


「そうか? いつもあんな感じだったと思うけど」


「わたし、ずっとハラハラしてました」


「これくらいじゃ、怒らないって。というか、敬語つかったら驚かれるよ。あの人昔担任でさ、そういうよしみ」


「それでも、ダメです」


俺は苦笑する。


「今度、気をつけるよ。ところで、宮沢は仁科って子の顔はわかるんだよな?」


「はい」


「じゃ、いないかもって言ってたけど、まずは教室に行ってみるか」


ぞろぞろと、歩き出す。二年C組の教室に向かう。



…。



だが、教室にまばらに残った生徒の中に、目的の女子はいなかった。


校内を歩いて探す。


「校内には、いる。それってどういうことでしょうか?」


「仁科さん、部活動には入っていなかったと思いますが…」


「…」


きっと、彼女らは、もう部活を始めているのかもしれない。


彼女らは、幸村という顧問も見つけてまっとうに部活をはじめていて…


もしそれで、たとえば今日が初日だったりしたら、本当に救われない。


「多分、旧校舎の、部室のどこかだと思う」


文化部の部室は、旧校舎だ。


俺の言葉に、渚と宮沢は不思議そうな顔をする。


「それじゃ、行ってみましょうか」


宮沢がにこりと同意した。理由を詮索されなかったのが、助かる。


俺たちは旧校舎に戻り、部室にあてられている教室をすべて回った。





…だが、その中に、仁科という生徒の姿はなかった。


「…あれ?」


当てが外れた。


「悪い、いなかったな」


「いえいえ。でもこれで、新校舎だとわかりましたから」


「学食はどうでしょうか?」


「ああ、そうですね…」


などと、話しながら新校舎への渡り廊下を歩く。


そんな時。


「よろしくおねがいしますっ」


大きな声に、俺たちはその方を向いた。


中庭に、三人の女子生徒がいた。


ひとりが頭を下げて、ひとりが、なにやら話しかけている。ふたりの生徒に囲まれて、もうひとりは戸惑ったような表情だった。


「…朋也さん」


傍らの宮沢が呟く。


「今、頭を下げてる方。あの人が、仁科さんです」


「え…」


俺は、少し離れたところにいる、その生徒を見つめた。


話しかけられていた女子は頭を振って、小さく礼をして、去っていった。仁科という女子と、もうひとりが残され、後姿を見ていた。


そして、ふい、と視線を移し…


彼女と、目が合った。







083


俺たちは、何も声をかけなかった。


だけど、視線や雰囲気で、用があることは伝わったようだ。


ふたりの女生徒は、訝しげに、こちらに近づいてくる。


「あの…私たちに、なにか?」


仁科のほうが、口を開く。


「あの…わたしたち、演劇部です」


渚が口を開いた。瞬間、ふたりがびくりと体を震わせた。


そして、恐れるように、こちら見た。


…まさか、そんな反応をされるとは、思っていなかった。


渚は慌ててこちらに助けを求めるような視線を送る。だが、俺だって、わけがわからない。


まるで、死神にでも会ったような、ふたりの表情。


「俺たちは、幸村に演劇部の顧問になってくれるよう、頼んだんだ。そうしたら、あんたと話をしろってさ」


「そう…ですか」


仁科が、目を伏せる。


「みなさん、三人、演劇部なんですね」


「ああ」


「ちょっと、待ってください!」


不意に、仁科の隣の女子が声を上げる。敵意のこもった目で、俺たちを見ていた。


「私たちが、最初に幸村先生にお願いしてたんです! 後からきて、そんな、ひどいっ」


「杉坂さん…でも、しょうがないよっ」


「だけど…っ」


「全然、部員になってくれる人もいなかったし…もう、いいよ」


「よくないっ」


言い争うふたりに、俺たちは呆然とする。状況が、よくわからない。


「あの、すみません」


杉坂という女子生徒をなだめて、仁科は頭を下げる。


「私たち、合唱部を作ろうとして、幸村先生に、顧問になってくれるようにお願いしていたんです」


「…」


「ですけど、なかなかもうひとりの部員が見つからなくて…」


…状況がつかめた。


前回、俺たちが春原を加えて人数をそろえた時は、もう合唱部が三人いた。俺たちが、後から切符を手にしていた。


だが今回、演劇部は前より早く三人の部員を集め、遅れをとったのは、合唱部だったのだ。


以前はビラのことで生徒会ともめていた。今回はそれを避けたから、早く部員も見つかった。


数日の差。人数の差。そして、おそらく彼女らが感じているのは、あと学年の差。


それらの壁は、今、彼女たちの前に高く硬く冷たく、そびえているのだ。


仁科は悲しそうに笑っていた。


杉坂は悔しそうに俯いていた。


俺たちは…


「わたしたち…」


渚は、語尾を震わせて、しばし、言葉を失っていたが…頭を下げる。


「ごめんなさいっ」


振り絞るように、謝罪の言葉を口にした。


渚にとって、ひとつの夢だった、演劇部。


だが、その夢をかなえるために、他の人の夢をつぶそうとしている。


それを、知ってしまった。


知ってしまったら、もう、笑っていることはできなかった。


「わたし、知らなくて…あの、演劇部はあきらめま」


「いえっ」


渚の言葉を、仁科がさえぎった。


…ああ。状況は、彼女にとっても同じなのだ。


合唱部も、同じように演劇部をつぶそうとしている。


人数を集め、顧問を頼むこと。持っていた条件は同じだった。


こちらが笑えば、あちらはどう思うか。罪悪感に押しつぶされるくらいなら、降りてしまいたい。


そう思いながらも、諦めきることができない。…それが、人の夢だ。


互いが互いを食い合っている。


純粋な夢。それゆえに、妥協点がない。


「先輩方が、先に、人数をそろえたんですし。それに、幸村先生はもともと演劇部の顧問でしたから…」


「あの、他の先生で、顧問になれる方は…」


宮沢が、口を挟む。


「いえ…」


仁科が首を振った。


「あとは、校長先生か教頭先生しか…」


「他にいても、私たちは、幸村先生に顧問になってほしいんです。りえちゃんは、ずっとっ」


「杉坂さんっ」


拒絶するような鋭い仁科の叱咤。杉坂の続けようとした言葉は、か細い息となって消えた。


「…でもっ、私、納得できないっ」


杉坂が、必死な表情で、頭を下げる。


「せめて、少し、あと一日、明日の、放課後まで待ってください! 私たちが、部員を揃えて、それで、幸村先生も一緒になって、ちゃんと、どっちの顧問になるか、決めさせてくださいっ」


「あ、あのっ、頭を上げてくださいっ」


渚は彼女に駆け寄るが、頭は下げたまま。


「お願いしますっ」


「…」


何も、言えなかった。


一瞬、ひどく深い静寂が、満ちた。


「あの…」


杉坂の隣、仁科も、頭を下げる。


「すみません。私からも、お願いします」


つっかえながら、辛そうに、言葉を続ける。


「こうなって、まだ、お願いするのも、卑怯かもしれません。ですけど…すみません。私も、合唱部を作りたいんです」


「あ…」


渚は、じっと、彼女たちを見ていた。


演劇部はもういい、とは言えない雰囲気だった。それを言ってしまえば、彼女たちにあまりに失礼だった。


そんなにお願いするならば譲ってあげましょう、というのでは、傲慢が過ぎる言葉だ。それにもう、渚に同意して歩みをそろえた部員がいる。俺と宮沢の存在もあって、演劇部の夢だって大きく動いている。


これは、合唱部から演劇部への、堂々とした宣戦布告だった。



…。



「…はい」


やがて、渚は頷いた。


「本当ですか?」


「ありがとうございますっ」


ふたりの少女が、顔を上げる。


困惑、申し訳なさ、喜び、そして隠し切れない俺たちへの敵意。様々な感情が錯綜していた。


「明日まで、待ってもらえるんですねっ」


「あの、時間は…?」


「えぇと…」


渚が、俺を見る。


「二時、かな」


授業が終わり、食事をして、部活の生徒以外は大体いなくなる時間は、それくらいだった。


できる限り、厳正な時間だ。むこうもそれはわかっただろう、特に不満そうではない。


「わかりました。場所は…」


「部室とか」


「部室…ですか?」


仁科は、不思議そうに俺を見た。


そうか。彼女らは、部室を持っていないのだ。いや、演劇部も公的には部室なしなのだが。


「三階の図書室じゃない方の一番端。元演劇部室だ」


「わかりました」


「りえちゃん、行こう」


「うん…」


去り際に仁科は、丁寧に頭を下げる。


彼女の優しげなまなざしは、憂鬱そうだった。


これから、もうひとりの部員を探して、生徒たちに声をかけて回るのだろう。頭を、下げて回るのだろう。


彼女たちの、背水の陣。決意はあった、だが、失望もそこにはあった。


「…あのっ」


彼女たちの後姿に、渚が声をかける。


「わたしが、こんなこと…言えるわけないのは、わかってます。ですけど…」


渚も、同じように、泣きそうな顔をしていた。


「がんばってくださいっ」


悲痛な、言葉だった。彼女たちは自分の首を絞めてきている。明確な敵意を持って。だけど、自分の両手も間違いなく、相手の首に伸びているのだ。


どうしようもない閉塞感を、俺たちは抱えていた。


「ありがとうございます…。また、明日、よろしくお願いします」


仁科は、無理して、微笑んだ。




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